騎士の鎧を着た社畜職人、最高の製品を作ったら王国の運命を変えることになった

前田 真

文字の大きさ
26 / 33
第3章:職人の知恵と、騎士団内部の裏切り者の排除

第26話:緊迫の連鎖。情報の整理と待機

しおりを挟む
 王太子の命令は迅速に実行された。

 衛兵隊が記録庫を取り囲み、シグマが指摘した署名を持つ騎士が、職務中に国家反逆罪の容疑で極秘裏に拘束された。

 シグマの論理が導き出した裏切り者の特定と拘束は、王権側の情報戦における大きな勝利だった。

 しかし、シグマは安堵の表情を見せることなく、王太子に冷静に進言した。

「殿下、この拘束は両刃の剣です。裏切り者の存在が組織外に露呈したことで、クーデター計画の首謀者たちは、計画が露見したことを即座に察知します」

 王太子は顔を強張らせた。

「つまり、計画の実行を早めるということか」

「その可能性が極めて高いです」

 シグマは頷いた。

「計画の核心を記した文書には、まだ暗号部分が残されています。このままでは、相手の最終的な目的や、真の首謀者の正体を知ることはできません。我々は、相手側が動くまでの間に、文書の解読を急がねばなりません」

 ルナは、その言葉に息を飲んだ。

 これまでの全てが、時間の戦いであったことを改めて痛感した。

 王太子は、状況の切迫性を理解し、直ちに謁見の間へ報告に戻る必要があった。

「分かった。衛兵隊長を動員し、騎士団を静かに監視下に置かせる。シグマ、ルナ。貴殿たちはこのまま記録庫に残れ。文書の解読は、私が信頼する宮廷学者たちに極秘裏に託す。そして、貴殿たちは、解読が完了するまでの間、王室にとって最も重要な戦略的資産となる」

 王太子は、ルナが抱えていた献上品の盾を、そばにいた上官に命じて丁重に受け取らせ言った。

「ルナ嬢。貴女の献上品は、確かに国王に届いた。その功績は忘れない。貴殿たちは、ここで休養を取り、引き続き我々に知恵を貸してほしい」

 王太子と衛兵隊長が慌ただしく記録庫を離れると、部屋に残されたのは、シグマとルナ、そして数名の厳選された衛兵たちだけとなった。

 ルナはシグマの顔を見上げた。

「シグマ、私……私にできることは?」

 シグマは、ルナの目を見て静かに言った。

「落ち着いて、ルナ。君はすでに最も重要な任務を果たした。ここからは、私たちが得た情報を整理し、最悪の事態に備える時間だ。君の職人の知識と、私の論理が必要になる」

 シグマは記録庫の机に向かい、裏切り者が横流しした武具の記録の写しを広げた。

 彼は、宮廷学者が暗号を解読する際に、裏切り者の記録から得られた事実が、何らかの論理的な手がかりにならないかを検討し始めた。


 王太子が宮廷学者たちに文書の暗号解読を命じてから、数時間が経過した。

 王城の記録庫には、依然として厳重な警備が敷かれ、ルナとシグマは静かに待機していた。

 シグマは、机上に広げられた裏切り者が作成した武具記録の偽造部分の写しを、繰り返し精査していた。

 彼は、暗号の専門知識がない自分に何ができるかを、論理的に検討していたが、その検討は『王族側が暗号を解読した後の行動』と『武具横流しの全容』に絞られていた。

 ルナは、シグマの隣で待機する間、王城での緊迫した事態に疲弊していた。

「シグマ、私たち、ここで待っているだけでいいのかな? 暗号解読を手伝うことはできないし……」

 ルナは、不安を隠せない様子で尋ねた。

 シグマは顔を上げず、横流し記録の分類作業を続けた。

「ルナ、我々の役割は、論理的な事実を提示することによって完了している。裏切り者が誰であるか、横流しが事実であるか、そしてその証拠を。暗号解読は、王族が信頼する専門家の仕事だ」

「でも、もし間に合わなかったら……」

「王族が、私たちをここに残したのは、私たちから得られた情報が、今後の戦略に必要不可欠だと判断したからだ。私たちは今、裏切り者がどのような種類の武具を、どれほどの規模で横流ししていたか、そしてその影響範囲を正確に把握する必要がある」

 シグマは、横流しされた武具の記録の写しを、種類別に分類し、その数量を算出し始めた。

「もし、クーデター計画の実行が迫っているなら、相手は必ず、王城の最も脆弱な部分を狙ってくる。私たちの次の役割は、横流しされた武具の数と種類から、敵がどの程度の武力を獲得したかを正確に予測し、王族に軍事的な助言をすることだ」

 ルナは、シグマの冷静な論理に、再び心強さを感じた。

 彼らは、暗号解読には関われないが、武具のプロとしての独自の視点から、王国の防衛に貢献できるのだ。

 二人は、自分たちの論理的な情報整理を続けながら、王都の命運を握る暗号解読の知らせを、静かに待った。

 時計の針は、王都の命運がかかった時を刻み続けていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

異世界ほのぼの牧場生活〜女神の加護でスローライフ始めました〜』

チャチャ
ファンタジー
ブラック企業で心も体もすり減らしていた青年・悠翔(はると)。 日々の疲れを癒してくれていたのは、幼い頃から大好きだったゲーム『ほのぼの牧場ライフ』だけだった。 両親を早くに亡くし、年の離れた妹・ひなのを守りながら、限界寸前の生活を続けていたある日―― 「目を覚ますと、そこは……ゲームの中そっくりの世界だった!?」 女神様いわく、「疲れ果てたあなたに、癒しの世界を贈ります」とのこと。 目の前には、自分がかつて何百時間も遊んだ“あの牧場”が広がっていた。 作物を育て、動物たちと暮らし、時には村人の悩みを解決しながら、のんびりと過ごす毎日。 けれどもこの世界には、ゲームにはなかった“出会い”があった。 ――獣人の少女、恥ずかしがり屋の魔法使い、村の頼れるお姉さん。 誰かと心を通わせるたびに、はるとの日常は少しずつ色づいていく。 そして、残された妹・ひなのにも、ある“転機”が訪れようとしていた……。 ほっこり、のんびり、時々ドキドキ。 癒しと恋と成長の、異世界牧場スローライフ、始まります!

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

転生の水神様ーー使える魔法は水属性のみだが最強ですーー

芍薬甘草湯
ファンタジー
水道局職員が異世界に転生、水神様の加護を受けて活躍する異世界転生テンプレ的なストーリーです。    42歳のパッとしない水道局職員が死亡したのち水神様から加護を約束される。   下級貴族の三男ネロ=ヴァッサーに転生し12歳の祝福の儀で水神様に再会する。  約束通り祝福をもらったが使えるのは水属性魔法のみ。  それでもネロは水魔法を工夫しながら活躍していく。  一話当たりは短いです。  通勤通学の合間などにどうぞ。  あまり深く考えずに、気楽に読んでいただければ幸いです。 完結しました。

処理中です...