スクラップ・ギア

前田 真

文字の大きさ
2 / 21
第一章:二度寝を夢見る孤児と古代機械

第二話:二人の日常

しおりを挟む
 AIコアのテゴを抱えて眠ったあの夜から、ネロの生活は一変した。空腹と寒さに怯えるだけの毎日から、目的を持った日々に変わった。そして、何より、孤独ではなくなった。

 ネロは、テゴのコアを大切に持ち運ぶ方法を探した。壊れた機械の残骸を漁り、使えそうな布切れを漁り、見つけたのが古びたポーチだった。それは、かつて誰かが大事にしていたのだろう。端はほつれているが、頑丈で、中は柔らかい布で覆われていた。

『このポーチは、コアユニットを人々の目から隠すのに適しています』

 テゴが冷静に分析する。

「これなら、おまえをどこにでも連れて行けるな、テゴ!」

 こうして、ネロの肩には小さなポーチが下がるようになった。中にはテゴのコアが収められ、ネロが歩くたびに小さく揺れる。まるで、ネロの心臓の鼓動に合わせるかのように。

 六歳になったネロは、ポーチの中のテゴの指示に従って廃墟を歩く。テゴはネロの視覚情報と、体温や心拍数などのバイタルデータを常に分析し、行動を最適化してくれた。危険な場所、物資がありそうな場所、安全な場所を的確に教えてくれる。

 最初はぎこちなかった二人のやりとりも、一年も経てばすっかり板についていた。

「テゴ、そっちは?」

『警告。右の通路に崩落の痕跡あり。進路変更を推奨』

「りょうかーい」

 ネロは軽く返事をして、身軽に方向を変えた。

「最近、あんまりひどい目に遭わないな。テゴのおかげか?」

『解析したデータによると、危険因子との遭遇率は78.3%減少しています。これは、私のナビゲーション機能と、ネロの身体能力の向上による相乗効果と分析されます。』

「なっが! もっと短く言えって! テゴと俺の力でいいだろ!」

『感情的な表現は、状況を正確に伝達するのに不適切です。』

「もういいよ……」

 ネロは呆れながらも、口元は緩んでいた。テゴは、ただの道具ではない。彼の言葉の一つ一つが、ネロの心を温める。


 ある日、ネロは壊れた建物の影に隠れて、錆びた缶詰の蓋を開けていた。中身は固まった肉の塊。

「うわ、もうカチカチだ。これ食べられるかな?」

『摂取可能です。ただし、味は……』

「はいはい、わかってるって。どうせ不味いんでしょ」

 ネロは顔をしかめながら、それでも一口食べた。

「……やっぱ不味い!」

『不味いという感情は、摂食の継続に悪影響を及ぼします。』

「わかってるけどさあ……。美味しいもの、食べてみたいなぁ……」

 ネロの呟きに、テゴは珍しく沈黙した。

 その日から、ネロとテゴの「宝探し」に新しい目的が加わった。「美味しい食べ物」を探すことだ。テゴは過去の食料品店のデータや、人間の生活パターンを分析して、まだ未開封の缶詰や、保存状態の良い食料品が残っていそうな場所を割り出してくれる。

『宝物発見。場所:第3工場、座標B-7』

「なんだよ、座標って。うわっ、これ、ただの汚い水だろ!?」

『生体反応を観測。水は飲用可能です。ただし、フィルターを通すことを推奨します。』

「……テゴ、お前、宝物って言う割に、全然期待させてくれないじゃん」

『私のデータに感情的な期待値は存在しません。』

「もういいよ……」

 ネロは呆れながらも、テゴの指示に従い、見つけたものを工夫して使う。

「へへ、こんなことできるの、俺とテゴだけだな」

『その通り。我々の能力は、この地域における生存確率を飛躍的に向上させています』

「そういう真面目な返し、やめろって! もう! ……でも、お前といると、なんだか寂しくないんだよな」

 ネロの素直な感情に、テゴはまたしても沈黙した。AIコアが、わずかに、しかしはっきりと光を強めた気がした。

 二人の会話は、だんだんと変化していった。

『ネロ、君の心拍数が上昇しています。何に興味を持ったのですか?』

「これ見てよ、テゴ!まだ動くぞ!」

 ネロが拾ったのは、小さな電子オルゴールだった。歪んだ音を鳴らすが、確かに音楽を奏でる。

「これ……おばあちゃんが、昔、歌ってくれた歌に似てる」

『検索します。曲名:『月の光』。過去の記録に合致します』

「『月の光』……。きれいな名前だね。でも、どこか寂しい」

 ネロの言葉に、テゴが答えを返す。

『……データによると、この曲は、かつて多くの人々が深い感情を込めて聴いていたようです。喜びや、悲しみ、そして……孤独。』

「……そっか。みんなも、この歌を聴いて寂しくなったのかな」

『その可能性は高いです。音楽は、人間の感情を増幅させる効果があります。』

 ネロはオルゴールをそっとポーチにしまった。この小さな音色も、テゴとの二人だけの「宝物」になった。


 一年が過ぎ、二年が過ぎた。ネロの背は伸び、足も速くなった。五歳だった手が、小さな道具を器用に扱えるようになった。ある日、彼はいつものように廃墟を探索していると、古びた針金を見つけた。彼はそれの先端を布を貫ける程度に尖らせ、小さな針を作り出した。さらに、ボロボロになった布切れから、丈夫な繊維を抜き出し、細い糸を紡いでいった。

「テゴ、このポーチ、端がほつれてる。俺が直すよ」

 ネロはポーチの傷んだ部分に、自分で作った糸を針金で作った針の端に巻きつけ固定し、糸を通していく。小さな手が、繊細な作業をこなしていく。時折、針がうまく通らずに指を刺しそうになるが、ネロは集中して続けた。

『ネロのバイタルは正常。ただし、集中力が極度に高まっています。』

「うるさいな、いま大事なところなんだよ」

 数時間後。ポーチのほつれは、不恰好ながらも、しっかりと縫い合わされていた。ネロは満足そうにポーチを撫でる。
「これで、おまえも安全だな、テゴ」

『……この修復は、ポーチの寿命を推定5.4%延長させます。』

「そういうことじゃないんだよ、もう!」

 ネロは呆れながらも、嬉しそうだった。それはただのポーチではなく、自分とテゴの絆を象徴する、大切なものになっていた。


 七歳になったある日、ネロは街で初めてのトラブルに遭遇した。 

「おい、そこのチビ! お前、いいもん持ってるな!」 

 浮浪者の男に声をかけられ、ネロは身構える。 

『警告。相手は武器を所持。即時撤退を推奨』 

「うるさいっ、来るな!」

 ネロはテゴの指示に従い、男の死角に回り込んで瓦礫の山に飛び込む。男が追ってきたが、テゴの警告を頼りに瓦礫の隙間を通り、複雑な路地を駆け抜け、難なく撒くことができた。

「はぁ、はぁ……。助かった……」

『ネロの心拍は安定しています。撤退成功』

「テゴのおかげだよ……」

 この一件で、ネロは改めてテゴの存在の大きさを知った。そして、自分の力だけでは生きられないことを痛感し、より慎重になった。


 九歳になったネロは、廃墟の生活にすっかり慣れていた。テゴが教えてくれた知識を使い、より効率的に、そして安全に廃墟を探索できるようになった。見つけた物を組み合わせて、夜の闇を照らす小さな明かりにしたり、汚れた水を綺麗な飲み水に変えるような仕組みを考え出したりする。彼の創意工夫は、ネロの生存確率を飛躍的に向上させていた。

「へへ、どうだ、テゴ。これなら、二度寝もできるかな?」

 ネロは満面の笑みで、自分が作った小さな暖炉に火を灯した。揺らめく炎が、冷たい廃墟にささやかな温かさを与える。

『……ネロの生存確率は現在、98.5%です。』

「だから、そういうんじゃないって!」

 そして、十歳になった。
 五年前とは違い、ネロの眼差しには年齢に似合わぬ慎重さと、確かな自信が宿っている。

『ネロ。この一帯のルート情報が更新されました。人為的な移動の痕跡を複数確認。居住地が存在する可能性があります』

「え……? ほんとかよ。こんなところに、誰か引っ越してきたのか」

 ネロはポーチを握りしめた。

「……どんな人がいるのかな……」

 見知らぬ隣人との接触に、不安と期待が胸をよぎる。前世の記憶は、ネロに人との繋がりを教えてくれた。同時に、人間社会の冷たさも。

 新しい出会いは、宝物か、それとも罠か。

 裏路地へとネロは歩き出す。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

宇宙打撃空母クリシュナ ――異次元星域の傭兵軍師――

黒鯛の刺身♪
SF
 半機械化生命体であるバイオロイド戦闘員のカーヴは、科学の進んだ未来にて作られる。  彼の乗る亜光速戦闘機は撃墜され、とある惑星に不時着。  救助を待つために深い眠りにつく。  しかし、カーヴが目覚めた世界は、地球がある宇宙とは整合性の取れない別次元の宇宙だった。  カーヴを助けた少女の名はセーラ。  戦い慣れたカーヴは日雇いの軍師として彼女に雇われる。  カーヴは少女を助け、侵略国家であるマーダ連邦との戦いに身を投じていく。 ――時に宇宙暦880年  銀河は再び熱い戦いの幕を開けた。 ◆DATE 艦名◇クリシュナ 兵装◇艦首固定式25cmビーム砲32門。    砲塔型36cm連装レールガン3基。    収納型兵装ハードポイント4基。    電磁カタパルト2基。 搭載◇亜光速戦闘機12機(内、補用4機)    高機動戦車4台他 全長◇300m 全幅◇76m (以上、10話時点) 表紙画像の原作はこたかん様です。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。 九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。 同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。 不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。 古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

廃城の泣き虫アデリー

今野綾
ファンタジー
領主の娘だったアデリーはある日家族を殺され育った領地から命からがら逃げ出した。辿り着いた先は廃城。ひとり、ふたりと住人が増える中、問題が次々とおこって… 表紙はフリー素材です

結婚する事に決めたから

KONAN
恋愛
私は既婚者です。 新たな職場で出会った彼女と結婚する為に、私がその時どう考え、どう行動したのかを書き記していきます。 まずは、離婚してから行動を起こします。 主な登場人物 東條なお 似ている芸能人 ○原隼人さん 32歳既婚。 中学、高校はテニス部 電気工事の資格と実務経験あり。 車、バイク、船の免許を持っている。 現在、新聞販売店所長代理。 趣味はイカ釣り。 竹田みさき 似ている芸能人 ○野芽衣さん 32歳未婚、シングルマザー 医療事務 息子1人 親分(大島) 似ている芸能人 ○田新太さん 70代 施設の送迎運転手 板金屋(大倉) 似ている芸能人 ○藤大樹さん 23歳 介護助手 理学療法士になる為、勉強中 よっしー課長(吉本) 似ている芸能人 ○倉涼子さん 施設医療事務課長 登山が趣味 o谷事務長 ○重豊さん 施設医療事務事務長 腰痛持ち 池さん 似ている芸能人 ○田あき子さん 居宅部門管理者 看護師 下山さん(ともさん) 似ている芸能人 ○地真央さん 医療事務 息子と娘はテニス選手 t助 似ている芸能人 ○ツオくん(アニメ) 施設医療事務事務長 o谷事務長異動後の事務長 雄一郎 ゆういちろう 似ている芸能人 ○鹿央士さん 弟の同級生 中学テニス部 高校陸上部 大学帰宅部 髪の赤い看護師(川木えみ) 似ている芸能人 ○田來未さん 准看護師 ヤンキー 怖い

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

処理中です...