スクラップ・ギア

前田 真

文字の大きさ
3 / 21
第一章:二度寝を夢見る孤児と古代機械

第三話:裏路地の陰

しおりを挟む
 ネロは、陽の光がほとんど届かない裏路地に立っていた。冷たい石畳とひび割れた壁が並ぶ、都市の影。表通りの喧騒とは無縁の、見捨てられたような空間だった。ネロの肩には、古びたポーチが下がっている。その中には、AIコアのテゴが収められていた。

『センサー反応。前方十メートル先、金属音。……子供の声も混じっている』

 ポーチの中から、低い電子音が響いた。テゴの冷静な報告に、ネロは足を止める。

「子供の声……?」

 この裏路地で人の声を聞くのは珍しい。大抵は物乞いか、ならず者か。警戒しつつ進むと、瓦礫の山の前で必死に声を張り上げる二人の子どもが目に入った。

「カイル! 動かないで! 絶対助けるから!」

「うう……ぐっ……! 足が……抜けねぇ!」

 崩れた建物の瓦礫に、ネロと同じ年頃の少年が片足を挟まれていた。短く刈られた髪と泥にまみれた顔。どう見ても必死に堪えている。瓦礫をどけようとする二人――一人は背の高い少年、もう一人は小柄な少女だった。

「リナ、無理に引っ張るな! 折れる!」

「でもミナト兄ちゃん、このままじゃカイルが――!」

 小さな少女の声が震えていた。

 ネロは思わず駆け寄った。

「ちょっと待て、手を貸す」

 突然現れたネロに、二人は驚いた顔を向けた。しかし助けを求める状況に背を向ける余裕などない。

『分析完了。挟まれている瓦礫の重さは推定百二十キロ。テコの原理を使えば十歳児三人でも動かせる』

 テゴの声が脳裏に響く。ネロはすぐさま周囲を見回し、長い鉄パイプを見つけた。

「これを使う。君たちは支えろ、俺が押し込む!」

 即席の作戦に、ミナトとリナも必死で頷く。鉄パイプを瓦礫の隙間に差し込み、三人で力を込める。ぎしり、と嫌な音が鳴った。

「う、うおおおっ!」

「もうちょっと! カイル、抜いて!」

 痛みに顔を歪ませながらも、カイルは足を引き抜いた。次の瞬間、瓦礫が崩れ、鉄パイプが折れて転がった。

「はぁ……はぁ……!」

「足……まだ動く。助かった……」

 カイルは涙目で呻きながらも、ネロを見て言った。

「お前……ありがとう。マジで命拾いした」

 リナもネロを見上げ、笑顔で言う。

「助けてくれて、ありがとう!」

 その笑顔に、ネロは胸の奥が少し温かくなるのを感じた。


 それから数日。
 ネロは廃墟を拠点にしていたが、不思議とリナたちと顔を合わせることが増えた。裏路地を歩いていると、彼らが小さな焚き火を囲んでいたり、古びた玩具を見つけて遊んでいたりするのに出くわす。

「ネロ! 一緒に来いよ!」

「こっちの方に古い倉庫があるんだ。使える部品が残ってるかも」

 カイルが無邪気に手を振り、リナは嬉しそうに笑う。

 最初は戸惑ったネロだが、気づけば彼らの輪の中にいることが増えていた。ミナトは冷静で頼りがいがあり、いつも弟分、妹分を守ろうとする。カイルは熱血で無鉄砲だが、意外と手先が器用だ。リナは小さいながらも観察眼が鋭く、危ないときに真っ先に気づく。

『ネロ、君の心拍が安定しているな。彼らと過ごす時間が、君にとって安らぎになっているのだろう』

 テゴの分析を否定できなかった。ネロにとって、こんなに誰かと一緒にいる時間は久しぶりだったからだ。孤独に慣れたはずの心が、少しずつほぐれていくのを感じていた。


 しかし、その穏やかな日々は長くは続かなかった。
 ある夕暮れ。ネロが拠点に戻ろうとすると、裏路地の奥から怒鳴り声が聞こえてきた。

「離せっ! やめろ!」

「おいガキ! 大人しくしろってんだ!」

「きゃっ!」

 血の気が引く。聞き覚えのある声――リナだ。

 慌てて駆け込むと、ならず者の男二人にリナが腕を掴まれていた。ミナトとカイルは必死に追いすがっているが、相手は大人。力で振り払われ、地面に叩きつけられる。

「チッ、男はいらねぇんだよ。おい、おまえら知ってるか? 子どもでも女なら。いい金になるんだぜ」

「やめろ! リナを返せ!」

 ミナトの叫びも虚しく、男たちはリナを連れ去ろうとする。

『ネロ、即時対応を推奨。敵の体格は大人二名。正面からの戦闘は危険だ。だが――奇襲なら勝算はある』

 テゴの冷静な声が響く。

 ネロは唇を噛んだ。恐怖があった。しかし同時に――胸に燃える感情があった。

「……守らなきゃ」

 足が勝手に動いていた。

 作戦は即興だった。ネロはテゴの情報を元に裏通りの崩れかけの瓦礫を蹴り倒し、砂埃を巻き上げる。男たちが目を覆った。それを見ていたカイルが近くの瓦礫から石を拾い投げた。頭に当たり片方がリナから手を離した瞬間、ミナトはその隙を突いてリナを引き寄せる。

「何っ!? このガキども!」

『いまだ、ネロ』

 テゴが敵の位置を伝え、ネロは姿勢を低くして砂埃に紛れて近付き、鉄くずの塊で男の膝を狙った。鈍い悲鳴と共に、男が崩れ落ちる。もう一人が怒鳴り声を上げてリナを再度捕まえようとするが、リナを背後に隠したミナトとカイルが立ちはだかった。

 ネロも震える手で折れた鉄の棒を構え、叫ぶ。

「リナに近寄るな! これ以上は……絶対に許さない! 大怪我するぞ!」

 その声に、ならず者は舌打ちし、仲間を引きずって退散した。

 静寂が戻る。リナは泣きじゃくりながらネロにしがみついた。

「ネロ……ありがとう……!」

 ミナトは悔しそうに拳を握る。

「俺たちだけじゃ……守れなかった」

 カイルも同じように肩を落とし、しかし真っ直ぐにネロを見た。

「お前がいなきゃ……リナは助からなかった。これからも一緒に……いてくれないか」

 ネロは戸惑った。だが胸の奥で、温かさが確かに広がっていた。

「……俺も、一人じゃ心細いから……一緒に生きよう」

 リナが涙の中で笑い、ミナトとカイルも力強く頷いた。

 こうして、孤独な少年と三人の子どもたちの小さな絆が結ばれた。裏路地の陰に芽生えたその絆は、やがて大きな運命へと繋がっていく――。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

宇宙打撃空母クリシュナ ――異次元星域の傭兵軍師――

黒鯛の刺身♪
SF
 半機械化生命体であるバイオロイド戦闘員のカーヴは、科学の進んだ未来にて作られる。  彼の乗る亜光速戦闘機は撃墜され、とある惑星に不時着。  救助を待つために深い眠りにつく。  しかし、カーヴが目覚めた世界は、地球がある宇宙とは整合性の取れない別次元の宇宙だった。  カーヴを助けた少女の名はセーラ。  戦い慣れたカーヴは日雇いの軍師として彼女に雇われる。  カーヴは少女を助け、侵略国家であるマーダ連邦との戦いに身を投じていく。 ――時に宇宙暦880年  銀河は再び熱い戦いの幕を開けた。 ◆DATE 艦名◇クリシュナ 兵装◇艦首固定式25cmビーム砲32門。    砲塔型36cm連装レールガン3基。    収納型兵装ハードポイント4基。    電磁カタパルト2基。 搭載◇亜光速戦闘機12機(内、補用4機)    高機動戦車4台他 全長◇300m 全幅◇76m (以上、10話時点) 表紙画像の原作はこたかん様です。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。 九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。 同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。 不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。 古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

廃城の泣き虫アデリー

今野綾
ファンタジー
領主の娘だったアデリーはある日家族を殺され育った領地から命からがら逃げ出した。辿り着いた先は廃城。ひとり、ふたりと住人が増える中、問題が次々とおこって… 表紙はフリー素材です

結婚する事に決めたから

KONAN
恋愛
私は既婚者です。 新たな職場で出会った彼女と結婚する為に、私がその時どう考え、どう行動したのかを書き記していきます。 まずは、離婚してから行動を起こします。 主な登場人物 東條なお 似ている芸能人 ○原隼人さん 32歳既婚。 中学、高校はテニス部 電気工事の資格と実務経験あり。 車、バイク、船の免許を持っている。 現在、新聞販売店所長代理。 趣味はイカ釣り。 竹田みさき 似ている芸能人 ○野芽衣さん 32歳未婚、シングルマザー 医療事務 息子1人 親分(大島) 似ている芸能人 ○田新太さん 70代 施設の送迎運転手 板金屋(大倉) 似ている芸能人 ○藤大樹さん 23歳 介護助手 理学療法士になる為、勉強中 よっしー課長(吉本) 似ている芸能人 ○倉涼子さん 施設医療事務課長 登山が趣味 o谷事務長 ○重豊さん 施設医療事務事務長 腰痛持ち 池さん 似ている芸能人 ○田あき子さん 居宅部門管理者 看護師 下山さん(ともさん) 似ている芸能人 ○地真央さん 医療事務 息子と娘はテニス選手 t助 似ている芸能人 ○ツオくん(アニメ) 施設医療事務事務長 o谷事務長異動後の事務長 雄一郎 ゆういちろう 似ている芸能人 ○鹿央士さん 弟の同級生 中学テニス部 高校陸上部 大学帰宅部 髪の赤い看護師(川木えみ) 似ている芸能人 ○田來未さん 准看護師 ヤンキー 怖い

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

処理中です...