スクラップ・ギア

前田 真

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第一章:二度寝を夢見る孤児と古代機械

第四話:小悪党への逆襲

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 夜の帳が、廃墟の街を覆っていた。そこにあるのは、錆びた鉄の匂いと、時折響く乾いた音だけ。風に揺れる古びた街灯が、昼間に蓄えた力で弱弱しい光を放っていた。

「……そろそろ、来ると思う」

 ネロは、焚き火のそばで眠るリナにそっと毛布をかけながら、隣に立つミナトに囁いた。
 ミナトは、黙って空を見上げる。その瞳には、不安と警戒が入り混じっていた。

「わかってる。カイルも、ちゃんと見張りをしてくれている」

「うん、でも油断はするな。あいつら、しつこいから」

 数日前、リナを助けた一件から、彼らの生活は脅かされるようになった。奴隷商への売りつけを失敗した小悪党たちが、逆恨みで執拗に彼らを狙っているのだ。

「前回は、お前に助けられたけど……今回はどうする?」

 ミナトの問いに、ネロはポーチをそっと撫でた。中では、青白い光が規則的に明滅している。

「大丈夫。ちゃんと、作戦がある」

 その日の夕方、ネロはテゴと話し合っていた。

『警告。敵は前回より数を増やしている。加えて、簡易的な武器を所持している可能性が高い。正面からの戦闘は危険だ』

「……じゃあ、どうすればいいんだ? ここを離れるか?」

『その必要はない。我々には、この場所のアドバンテージがある。この廃墟は、我々の生存戦略において最高の環境だ』

「最高の環境、ね。いつもボロボロなのに」

『データを分析した結果、普段は避けていた崩落しかけた足場や、不安定な瓦礫の山、そして無数の死角……これらは全て、我々が利用できる要素となる』

「……利用、か」

 ネロは、テゴの言葉を思い出す。

 そして今、彼は、静かに時が来るのを待っていた。

 やがて、裏路地の奥から、複数の足音が聞こえてきた。最初は三つ、四つ。やがて、六つになった。

 ミナトは身を硬くし、カイルが静かにネロを見た。

「来たな……」

 ネロが囁き、ミナトに合図を送る。ミナトは頷き、焚き火の火を、そっと土で覆って消した。

 闇の中、六人の男たちがじりじりと近づいてくる。

「見ろよ、子供の足跡だ。あのクソガキども。まだ、この辺りにいやがるぜ」

「聞こえているかぁ。ガキども! この前はよくもやってくれたなぁ」

「今度はタダじゃすまねえぞ。その腕、へし折ってやる」

 罵声が聞こえてくる。ネロは小さく息を吸い込んだ。

『警戒レベルは90%。しかし、彼らはこの場所に慣れていない。チャンスだ』

 テゴの冷静な声が、ネロを落ち着かせる。

「ミナト、カイル。リナを連れて、俺についてこい」

 ネロは声を潜め、素早く飛び出した。

「あっ、いた。逃げやがったぞ!」

「待てコラ!」

 男たちは罵声を上げながら追いかけてくる。ネロはあえて狭い路地を選んで走った。

 カイルがネロの横に並び、興奮したように叫ぶ。

「どこに行くんだよ、ネロ!」

「あそこだ!」

 ネロが指差したのは、二階部分の錆びた鉄骨がむき出しになった、崩れかけた足場だった。

『到達まであと30メートル。敵との距離10メートル。速度を上げろ』

「みんな急げ! 全力だ」

「うおおおおお!」

 カイルが雄叫びを上げて走る。ミナトはリナの手を握り、ネロを追いかけた。

『到達まであと10メートル。敵との距離5メートル』

「よし、間に合う!」

 足場の下を通過しきった瞬間、ネロは瓦礫の隙間に隠していた金属製の棒を掴んだ。

 そして、ミナトとカイルに叫ぶ。

「ミナトはリナを守って隠れてろ! カイルは……俺と一緒に押せ!」

「おう!」

 ネロは棒の先を足場の鉄骨に当て、体重をかけて押し込んだ。

「はあっ!」

 ギギギギギ……!

『足場に異音。崩落の兆候あり』

 錆びた鉄骨が、悲鳴のような音を立てて軋む。

「やめろ!」

「何やってやがる!」

 崩れかけた足場の下を走る小悪党たちが叫ぶ。だが、もう遅かった。

 ドシャァァァァン!!

 轟音と共に足場が崩落し、瓦礫がまるで雨のように降り注いだ。

 砂埃が一気に巻き上がり、夜の闇を白く覆い隠す。

「うわああああっ!」

「ぐっ、がっ……!」

「クソッ、何なんだこれは!」

 男たちの悲鳴と罵声が入り混じる。

 ネロはカイルに合図を送り、二人で瓦礫の隙間をすり抜けて、静かに離脱した。

 背後では、男たちが瓦礫の中でパニックに陥っていた。

「全身がいてぇよ。おい、無事か? おいっ! ダメだ。こいつ気絶してやがる」

「あいつら、どこだ!? くそっ、この砂埃で見えねえぞ!」

 二人はミナトとリナの隠れている場所まで戻った。

 リナは震えながら、ネロにしがみつく。

「ネロ……こわかったよ……」

「大丈夫だよ」

 だが、安堵もつかの間。

『五名無力化。残り一名。要警戒』

 テゴの指示が脳に響く。

 一人の男が、砂埃の中から姿を現した。顔は煤まみれだが、その瞳はギラギラと憎悪に燃えている。

「……ガキどもめ……! よくもやってくれたな!」

 男はナイフを抜き、ゆっくりとネロたちを探しながら近づいてくる。

「くそっ、一人残ったか……!」

 ミナトが悔しそうに歯を食いしばる。

 隠れられる場所も少なく、四人もいるので、すぐに見つかってしまう。

 ネロはリナを後ろに押しやり、男の前に立った。

『ネロ、正面からの戦闘は不利だ』

「わかってるよ!」

 男は不気味な笑みを浮かべ、ナイフを構えた。

「ガキが、粋がってんじゃねえぞ!」

 そのとき、ポーチの中から、かつてないほど冷たい、変調された声が響いた。

「――お前たちの行動は、すべて監視していた」

 突然の第三者の声に、男は動きを止めた。

「な、なんだ……? 誰だ、どこにいる!」

 男は驚きと警戒で、周囲を見回す。だが、そこにはネロたち子どもしかいない。

「お前たちの組織の、違法取引のデータはすべて掌握している。次に子どもたちに手を出せば……」

 テゴの声は、まるで裏社会のすべてを掌握しているかのような、絶対的な威圧感を持っていた。

「……お前たちの居場所は、どこにもなくなる。二度と日の目を見ることはない。ただの物乞いにもなれなくなる」

 冷たく、淡々と告げられた言葉に、男の顔から血の気が引いていく。

「ひっ……! お、お前……誰なんだ……!?」

「……お前ごときが知る必要はない。だが……知らずとも、我々の許可なく勝手な取引は許されていない。覚えておけ。次に子供たちに近付くようならば、違法取引の準備とみなして……後は分かるな? 分かったら、この場を去れ」

 男は、震える手でナイフを落とし、まるで何かに追われるように、来た道を逃げていった。

 静寂が戻る。

 ネロは安堵の息を吐き、その場にへたり込んだ。

「……助かった……」

 ミナトが信じられないといった顔で呟いた。

「すごいや、ネロ! あの声、なんだかすごく偉い人みたいだった!」

 カイルが目を輝かせる。

「……あれ、お前だったのか?」

 ミナトがネロをじっと見つめる。

 ネロはポーチをそっと撫でた。

「……うん。俺と、テゴだよ」

「テゴ?」

「ああ、俺の……相棒だ」

 ネロはポーチからそっと、テゴのAIコアを取り出し、ミナトたちに見せた。

 彼らは、その小さな光の球体を、まるで聖なるもののよう見つめる。

「これが……ネロの、相棒……」

 リナがそっと、光に触れた。


 その夜、ネロたちは再び焚き火の周りに集まっていた。

 もう誰も、夜の恐怖に震えることはない。

 ミナトが、ネロの肩を叩く。

「ありがとうな、ネロ。お前がいなきゃ、俺たち……本当に危なかった」

「ああ……俺も、一人じゃ心細いからな。助けられて、よかった」

 カイルが、ネロの肩に腕を回す。

「やっぱ、お前はすげえよ! 俺、お前みたいになりてえ!」

「俺も、もっと強くなる。今度こそ、俺がみんなを守るんだ」

 ミナトが静かに誓う。

 リナは、満天の星空を見上げながら、ネロのポーチをそっと握った。

「ネロ……いつか、みんなで、ふかふかのベッドで眠れる場所、見つけようね」

「ああ、もちろんだ。それが、俺の目標だからな」

 そうして、裏路地の陰に芽生えた、孤独な少年と三人の子どもたちの小さな絆は、確かな「希望」へと変わっていった。

 それは、錆びと埃にまみれたこの世界で、彼らが生き抜くための、一番の光だった。
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