スクラップ・ギア

前田 真

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第一章:二度寝を夢見る孤児と古代機械

第八話:成長の兆し

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 廃墟に朝が訪れる。ひび割れた天井から射し込む光は冷たく、崩れた壁の隙間から吹き込む風はほのかに湿っていた。工場跡はまだ闇の気配を残していたが、夜の静寂はすでに終わり、遠くで響く鳥の鳴き声が、どこか遠い世界の音のように聞こえていた。

 ネロたちは昨夜、割れた桶に溜めた雨水を布で濾し、火で沸かして飲んだ。錆びた鉄の匂いが漂う工場跡で、煙を出さぬよう工夫しながら小さな焚き火を囲んだのだ。朝食は、カイルが廃工場の隅で見つけてきた古びた保存食だった。

「ほら。食料だ」

 カイルが粗末な布の上に置いたのは、色あせて擦り切れたパッケージの塊。封はしっかり閉じられており、奇跡的に中身はまだ食べられる状態だった。

「味は保証できねぇけどな。でも、腹は満たせるだろ」

 カイルが笑い、自分の分に手を伸ばした。

 リナは恐る恐るかじる。

「……硬い。これ、本当に食べ物?」

 顔をしかめ、まるで石でも噛んだかのように眉を寄せた。

 それをミナトはナイフで慎重に小さく切り分け、リナに渡しながら呟く。

「文句は言わない。あるだけマシ。草や根を食べるよりは、美味しい」

 リナは唇を尖らせながらも、黙って口に運んだ。食べ物が貴重であることを、彼女も理解しているのだ。

 彼らにとって、それは“日常”だった。

 だが――ネロは違った。

 硬い保存食を噛み締めるたびに、前世で夢見ていた"温かいご飯"や"柔らかなパン"の記憶が鮮烈に蘇る。湯気の立つスープ、ふかふかのベッド、清潔な水――この世界では贅沢と呼ばれるものを、彼はかつて"当たり前"として知っていた。

「……こんな暮らしから抜け出すには、力が要る」

 ネロは保存食を噛み砕き、握った拳に力を込めた。

『ネロ。君の心拍数は再び上昇している。目的意識の明確化は、精神的な安定に寄与する。しかし、過度なストレスは能力の発現を妨げる』

 テゴの冷静な声が、ネロの耳に響く。

「わかってる。でも、俺はやるんだ。この力を使えるように、訓練する。このままじゃ、いつかまた、あのギャングみたいな奴らに怯えなきゃならない」


 その日から、テゴの協力で本格的な訓練が始まった。工場跡の一角を片付け、スペースを作り、そこを「訓練場」と呼ぶことにした。錆びついた鉄の匂いが漂い、床には割れたガラスや砂利が散らばっている。だが彼らには、人気のないここしか居場所がなかった。

『まずは昨日と同じ要領だ。石に意識を集中。浮かせてみよう』

 テゴの声が耳に響く。冷静で機械的なその調子は、時に冷酷にも聞こえるが、ネロにとっては道標だった。

 ネロは地面に落ちていた小石を手に取り、掌に乗せてじっと見つめた。

「……浮け」

 意識を集中させる。額に汗がにじみ、視界が滲む。

 だが、小石はぴくりとも動かない。

「くそっ……!」

 歯を食いしばり、さらに念じる。

 刹那、石がかすかに揺れ、ふわりと浮いた。

「……!」

 喜びかけた瞬間、石はすぐに地面へと落ちた。

「ぐっ……!」

 頭に鋭い痛みが走り、ネロは膝をつく。

「まだ駄目か……!」

 悔しさに唇を噛む。

「ネロ兄ちゃん、大丈夫?」

 リナが心配そうに駆け寄ってきた。

「ああ、大丈夫だ。ちょっと疲れただけ」

「そんなに痛そうな顔して……一旦、休もう」

 リナの言葉に、ミナトも同意して頷く。

「ネロ、真剣なのは分かるけど、一度休もう」

 ネロは、首を振り言う。

「でも……!」

「そんな状態だと、素直に応援できないよ」

 リナは不満げにネロを見つめた。


 テゴは冷静な声で伝える。

『焦るな、ネロ。記録上、持続時間は昨日より伸びている。確実に成果はある。脳への負荷を考慮し、一度休憩を推奨する』

「まだやれる! 俺は……!」

 ネロは立ち上がろうとするが、ミナトがそっと肩に手を置いた。

「無理するな。まだ始まったばかりだ。少し休んでからにしよう。焦ってもいいことはない」

 ネロはミナトの真剣な眼差しを見て、渋々頷いた。


 失敗は続いた。石は浮いたかと思えば落ち、頭痛は容赦なく襲ってきた。額から汗が滴り落ち、呼吸は荒れ、視界は霞む。

「なんでだ……! なんで上手くいかないんだ!」

 ネロが苛立ちを露わに、瓦礫を蹴る。

「やめろよ、ネロ!」

 カイルがネロの腕を掴んだ。

「お前がそんなんでどうすんだよ! 諦めるのか!?」

「諦めてない! でも……」

 ネロの言葉は、ミナトの静かな声にかき消された。

「落ち着け、ネロ。テゴが言っていただろ。力は、感情に左右される。感情をコントロールできなければ、力もコントロールできないって」

 ミナトの言葉に、ネロははっとした。

 ネロは深く息を吐き出し、再び地面に落ちていた小石を手に取った。

「……わかった。もう一度、やる」

 彼の瞳には諦めの色はなく、ただ必死さだけが宿っていた。

 仲間たちも、その姿を見守っていた。

「おい、無理はすんなよ」

 カイルは、そう口では言いながらも、拳を握っている。

 リナは両手を胸の前で握りしめ、祈るように見つめる。

「ネロ兄ちゃん、頑張って……!」

 ミナトが静かに言う。

「……無駄じゃない。確実に進歩している。焦らずに、落ち着いて」



 ある日の夕方。

 ネロは、ギャングのリーダーから奪った拳銃を手にしていた。

 金属の冷たさが掌に伝わる。

「ねぇ、ネロ兄ちゃん。それ、弾入ってないんでしょ?」

 リナが不安そうな顔で尋ねる。

「ああ、そうだよ。全部使い切った。あの時、全部。……一発も残ってない」

 ネロの瞳に、過去の情景が浮かぶ。瓦礫の山、油断した隙にナイフを取り出し襲い掛かってきた男。

 生きるために夢中になって撃ち続けた、あの日の記憶だ。

 カイルがネロの隣に座り込み、その銃を持ち上げる。

「へえ、これが銃ってやつか。俺、初めてちゃんと触ったぜ。ずっしり重いんだな」

「弾を込める場所も汚れてる。これ、まともに手入れされていない?」

 ミナトが冷静に分析する。

「でもさ、これ持ってるだけで大人がビビッてたぜ。俺たちもさ、銃さえ持ってりゃ、もうあんな目に遭わなくて済むのかな」

 カイルの言葉に、リナが首を振る。

「でも、弾がないんでしょ? ただの鉄の塊じゃない。それより、ネロ兄ちゃんの能力の方が、よっぽどすごいよ」

 ネロは何も言わず、ただ銃身を指でなぞった。

 彼の心の中には、銃への複雑な感情があった。

 それは、彼を守ってくれた道具であると同時に、恐ろしい力を持つ"暴力"の象徴だった。

『銃器の有効性は、弾薬と射手の練度に依存する。君の持つその物体は、現在、威嚇効果以外の価値を持たない』 

 テゴの声が響く。

「わかってるよ。でも……」

 ネロは一度、銃を掲げてみた。

 狙いを定め、引き金を引く。

 カチッ、と虚しい金属音が響くだけだ。

「……もし、弾があればな」

 その言葉は、誰に聞かせるでもなく、ただの独り言だった。

 ミナトはネロの言葉を聞き、静かに言った。

「銃は、ただの道具だ。問題は、それを使う人間が、その力をどう使うか、だ。ネロ、お前は銃に頼らずとも、自分の力で強くなろうとしている。その方がずっと確実で、誰にも奪われない力になる」

 ネロはミナトの言葉に、少しだけ気持ちが楽になった。

「そうだな。銃は、奪えるからな」

 彼は静かに弾のない銃を地面に置いた。

「俺には、俺自身の力がある。そして……みんながいる」

 ネロは、仲間たちの顔を見回した。

 彼らの瞳には、恐怖ではなく、確かな信頼が宿っていた。


 やがて――変化が訪れる。

 訓練開始から一週間と数日が経ったある日。ネロは再び小石を浮かせる訓練をしていた。

「……浮け」

 集中する。一つ、二つ、三つ……。

「お、今日はいい感じじゃねぇか」

 カイルが呟く。

 ミナトが分析する。

「呼吸は安定している。無駄な力が入っていないな」

 ネロはさらに意識を深めた。四つ、五つ。

 五つの小石が宙に浮かび、小刻みに震えながらも、ネロの周りをゆっくりと旋回し始めた。

「……っ、すごい! ネロ兄ちゃん、五つも!」

 リナが目を丸くして叫んだ。

「すげぇ! 五つも同時に浮いてるぞ!」

 カイルも驚きの声を上げる。

 ネロの額から、大粒の汗が流れ落ちる。身体が痺れるような重圧。

 頭痛はあったが、昨日までのような意識が遠のくほどの痛みではない。

『素晴らしい。持続時間も過去最長を記録。制御も安定している。これは、明確な成長の証だ』

 テゴの声が、誇らしげに聞こえる。

「……よっしゃ、やったぁ!」

 ネロは思わず拳を握りしめ、ガッツポーズをした。



 その日から、ネロの成長は目覚ましかった。

 小石は、徐々に大きな石へと変わっていく。

 手のひらサイズの石から、拳大の石、そして両手で抱えるほどの石まで。

 最初は、ほんの一瞬しか浮かせられなかった大きな石も、徐々に持続時間が延びていく。



 ある日。ネロは訓練の成果を皆に見せようと、とっておきを披露した。

「みんな、見ててくれ!」

 ネロは工場跡に転がっていた、錆びてボロボロになった鉄の棒を指さした。

 その棒は、ミナトでも一人では動かせないほどの重さだ。

「あれを……動かすのか?」

 カイルが不安そうな顔をする。

「いくぞ……!」

 ネロは全身の力を集中させる。眉間に皺を寄せ、瞳を閉じ、意識を鉄の棒へと向ける。

『ネロ、無茶は禁物だ。現在の君の能力では、その鉄を動かすことは……』

 テゴが警告を発する。

 しかし、ネロは止まらなかった。

「動け……動け、動けえええええ!!」

 彼の叫びが、工場跡に響き渡る。

 ゴゴッ、と鈍い音がした。

 鉄の棒が、地面からほんの数センチ、浮き上がったのだ。

 すぐさま、ズンッと音を響かせ落ちる。ほんの少しの間だけだったが、ネロは確かに浮かせたのだ。

「うそだろ……? あ、あれが……浮いた」


 カイルが言葉を失う。
「ネロ兄ちゃん、すごい!」

 リナが拍手をした。

 ネロは、満面の笑みを浮かべた。

「……俺、やったよ。ミナト、カイル、リナ……俺、やったんだ!」


 その夜。

 錆びた鉄骨の隙間から夜空を見上げながら、ネロは小さく呟いた。

「この力を手にすれば……夢見た“贅沢な暮らし”が、現実に近づく」

 焚き火の明かりに照らされた仲間たちの顔が浮かぶ。

 リナの笑顔、ミナトの真剣な眼差し、カイルの豪快な笑い声。

「ネロ兄ちゃん、今度は何をするの?」

 リナが尋ねる。

「……まずは、この力を安定させる。それから、もっと大きな力を手に入れる。もっと……」

 ネロの言葉は途切れ途切れだったが、その瞳は決意に満ちていた。

「……いつか、本当に温かいご飯と柔らかなパンを、みんなで分け合いたい。汚れた床じゃなくて、温かいベッドでみんなで眠りたい」

 その言葉に、仲間たちは黙って頷いた。彼らもまた、ネロと同じ夢を見始めていたのだ。

 ネロは拳を握りしめた。

 成長の痛みを、糧に変えるために。

 そして、その糧が、いつか彼らを光ある未来へと導いてくれることを信じて。
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