スクラップ・ギア

前田 真

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第一章:二度寝を夢見る孤児と古代機械

第九話:知恵の取引

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 ギャングとの死闘から数ヶ月。ネロたちは廃工場の一つを拠点としながら、日々の暮らしと訓練に明け暮れていた。

 ネロはサイコキネシスの制御を少しずつ習得していた。

 最初は石一つを数秒浮かせるのが限界だった。だが今では、拳大の瓦礫を数メートル先に飛ばすこともできる。使い過ぎれば頭痛はあるが、持続力も上がり、制御の精度も増して無駄が減っていた。

「はぁ……っ……くそ……まだ重いな……!」

 ネロは膝に手をつき、荒い呼吸を整えた。眼前には、浮かび上がったコンクリート片がガシャンと床に落ちている。

 テゴの声が響く。

『記録は上々だ。最初の頃と比べれば、出力は百倍、持続時間は二百倍以上に伸びている。順調な進化だ』

「でも……ネロ、顔色悪いよ」

 リナが駆け寄り、心配そうに覗き込む。

 ネロは額の汗を拭いながら、無理に笑ってみせた。

「大丈夫だ。慣れてきた。……こうやって少しずつでも強くなれば、俺たちは生き残れる」

 その言葉に、ミナトは静かに頷き、カイルは拳を叩き合わせて声を上げる。

「おう! お前の力があれば、もうどんな奴らが来ても大丈夫だな!」

 だが――生活は決して楽ではなかった。

 テゴの解析能力を使えば水の濾過や食料の調理も多少は効率化できる。カイルが廃墟から見つけてくる保存食や資材も、多少は役立った。だが、拾い物や偶然の収穫だけに頼る暮らしは限界がある。

 毎日の食卓は、固い保存食が多い。服は継ぎ接ぎだらけで、靴底は擦り切れて穴が空いてきている。

 “贅沢な暮らし”――温かい料理、柔らかな布団、清潔な水。それらはまだ遠い夢のままだった。

(このままじゃ、駄目だ……)

 ネロは夜、焚き火の明かりを見つめながら思った。

(いつまでも拾い物を漁るだけじゃ、前に進めない。俺たちには、“取る”だけじゃなく、“作る”ことが必要なんだ)

 その夜、ネロはカイル、ミナト、リナを前に、一つの提案をした。

「なぁ、みんな。俺、この生活を変えたいんだ」

 リナが不安そうにネロの顔をのぞきこむ。

「変えるって、どうやって?」

 ネロは言葉を選びながら、ゆっくりと語り始めた。

「俺たちは、この廃墟でしか生活できない。でも、街にはたくさんの人間がいて、それぞれが何かを"作って"、それを"売って"、生きてる。俺たちも、この廃墟で見つけたものを、ただ使うだけじゃなく、価値あるものに変えて、街の人たちと"取引"するんだ」

 カイルが目を丸くする。

「俺たちが作った物を取引? 誰がそんなの、信用するんだよ」

 ミナトが静かに口を開く。

「ネロの言うことはわかる。このままでは、いつか資源が尽きる。だが、取引の相手を見つけるのは大変だ。特に、子供だけのグループではな」

 ネロは強く首を振る。

「わかってる。だからこそ、俺たちにしかない"価値"を見せるんだ。テゴ、頼む」

『承知した。これから、この場所で発見された物資を解析し、取引に利用可能な物品を特定する』

 無機質な声が響き、ネロの目の前に空間的なディスプレイが投影された。そこには、工場の隅々に散らばる部品や資材のデータが表示されていく。

 リナとカイルは、初めて見る光景に息をのんだ。ミナトだけは冷静に、そのディスプレイを見つめていた。

「……これは、旧時代の技術か」

 ミナトが呟く。

「そうだ。俺の知識と、テゴの解析能力があれば、この廃墟にあるガラクタを、街で価値のある"商品"に変えられるはずだ」

 ネロの瞳は、希望に満ちていた。

「この生活から抜け出すための、最初の一歩だ」


 ある日、工場の隅で布がかぶさり埃にまみれた鉄塊を見つけた。

 ネロが覆いかぶさった布を剥ぎ取ると、そこには旧時代のポータブル発電機が眠っていた。

 外装は錆びつき、配線は切れ、タンクにはひびが入っている。誰が置いたのかは分からない。おそらく廃棄され、誰も修理できないまま忘れ去られた重いだけの鉄塊だろう。

 だが、ネロの目には違って見えた。

(これを直せば……使えるはずだ)

「テゴ、どうだ?」

『モデルは旧世代だが、修理可能だ。主な故障は燃料系統と配線の腐食。部品を取り替えれば動く』

「部品か……この辺りの廃墟に、まだ残ってるか?」

『確率は五割を下回る。しかし、可能性はある』

 ネロはすぐに動いた。

 リナとミナトを伴い、街外れの廃屋を探索する。錆びついた工具箱を見つけ、油の染み込んだ布切れを拾い、切断された銅線を集める。

 カイルは工場に残って、磨き上げた鉄片を削り、部品の代用品を作ろうと奮闘した。

「こんなもので本当に動くのか……?」

 カイルが訝しげに呟く。

 ネロは自信に満ちた目をしていた。

「試してみなきゃ分からない。でも……これが動けば、ただ拾うだけじゃなく、“取引”できる」

「取引?」

 リナが首を傾げる。

「そうだ。物を直して、必要としてる奴に売るんだ。食料や水と交換できれば……俺たちは今よりマシな暮らしができる」

 その言葉に、リナの目が少しだけ輝いた。

「……なんだか、すごいね」

「ネロの考えは悪くない」

 ミナトが真剣な顔で言った。

 テゴが説明する。

『発電機を直すのは一筋縄ではいかない。特に、この燃料タンクのヒビは厄介だ。ふさぐだけでは、すぐにまた漏れ出すだろう』

「だから、カイルにはその代用品を、完璧な形に作ってもらいたいんだ」

 ネロはカイルの腕を見込んでいた。彼が道具を扱う手つきは、誰もが舌を巻くほどに繊細で正確だった。

 カイルはネロの言葉に、少し照れたように俯いた。

「……わかった。やってみるよ」


 数日間の格闘の末、ついに発電機は形を取り戻した。

 テゴの指示で配線を繋ぎ直し、燃料タンクをカイルが作った代用品で補修し、内部の清掃を繰り返す。

 そして――試運転。

 ガガッ……ガガガ……ブォォォン!

 低い振動とともに、発電機が唸りを上げた。

 ランプが点灯し、青白い光が闇を照らす。

「……ついた!」

 リナが歓声を上げ、カイルが思わず「おおっ!」と叫んだ。

 ネロは汗に濡れた額を拭い、唇を引き結んだ。

「これで……本当に“取引”できる」

 カイルが興奮した面持ちで尋ねる。

「なぁネロ! これ、どこで取引するんだ?」

 ミナトが冷静に答える。

「街外れに、小さな取引所みたいなのがあるのは調べてあるんだ。盗品まがいの物から、使える道具まで、様々なものが持ち込まれる場所だ。そこなら、この発電機に価値を見出す者がいるかもしれない」

「よし! じゃあ、みんなで今すぐ行こうぜ!」

 カイルが勢いよく立ち上がる。

「待て、カイル」

 ミナトが冷静に制した。

「ここに俺とリナは残る。発電機はネロとカイルが持っていけ。交渉はネロに任せる」

「え、なんで? 私も行きたい!」

 リナが不満げに言う。

「お前は狙われやすいし、一番子供だ。取引で足元を見られると困る。それに、もし取引に失敗して、なかなか売れずに、すぐに戻れない場合、暗くなる中でリナを安全に守らなければならないのは大変だ。拠点にいた方がいい」

 ミナトの言葉に、カイルは納得した。

「わかった。……じゃあ、行こうぜ、ネロ」

 ネロとカイルはミナト、そしてリナの期待を背負い、荷車に発電機を積んで街へ向かった。


 街外れに、小さな取引所があった。

 木材と鉄板で無理やり作られた屋台が並び、盗品まがいの品から古びた道具まで、あらゆる物が雑然と積まれている。

 そこに、古参の商人として知られる老人がいた。

 ネロは発電機を荷車に積み、カイルと共に取引所を訪れた。

「……こんなガラクタを持ってきて、何がしたい?」

 老人は皺だらけの顔を歪め、鼻で笑った。

「ガキの遊びだな。直せるもんなら直してみろ」

 周囲の客たちも笑った。

「子供が発電機だとよ!」

「どうせ遊びで持ってきただけだろ」

 カイルが思わず反論しようとすると、ネロが肩を叩き、静かに首を振る。

「いいんだ、カイル。言葉でなく、行動で示せばいい」

 ネロは黙って発電機を起動させた。

 ブォォォン! 光が灯り、轟音が響く。

 その瞬間、老人の目が変わった。

 皺の奥に潜む光が鋭くなり、手を顎に当てて唸った。

「……面白い。お前さん、ただの小僧じゃないな」

 そして取引は成立した。

 発電機一台と引き換えに、しばらくの保存食と水、それからみんなの分の新しい靴を手に入れたのだ。


 夜。

 焚き火を囲み、新しい靴に喜ぶ仲間を見ながら、ネロは思った。

(知識は、生き抜く力になる。拾うだけじゃなく、作り出すことで……俺たちは未来を変えられる)

 小さな一歩かもしれない。

 だが――確かに進んでいる。

 “贅沢な暮らし”へ近づく道を。
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