スクラップ・ギア

前田 真

文字の大きさ
10 / 21
第一章:二度寝を夢見る孤児と古代機械

第十話:迫る影

しおりを挟む
 廃墟に冷たい風が吹き抜けた。空は灰色の雲に覆われ、太陽の光は鈍く濁っている。老人商人の倉庫前に立つネロたちの胸中もまた、空と同じく重苦しかった。

「――取引は終わりだ」

 老人は、背を向けたまま低くそう言った。その声には、以前の商売人としての鋭さではなく、深い疲労と諦めが滲んでいた。

「どういう意味だよ、じいさん……!」

 ネロは一歩踏み出す。

「俺たちはまだ修理できる。あんたにとっても悪い話じゃないはずだ」

 老人は深い皺を刻んだ顔を曇らせ、しばらく逡巡したのち、絞り出すように告げた。

「……マフィアだ」

 場の空気が一気に張り詰める。

 カイルが眉をひそめ、警戒するように周囲を見回した。

「マフィアだって? まさか、こんな場所まで……」

「やつらがこう言ったんだ。『勝手に修理を請け負う野良を許さない。俺たちの利権を脅かす奴は潰す。お前も潰されたくなかったら、取引はやめるんだな』ってな」

 老人の言葉は、まるで鋭利なナイフのようにネロたちの心を突き刺した。

 リナが目を見開き、小さな拳をぎゅっと握る。その瞳は、恐怖と怒りに揺れていた。

「なんで……! なんで直して生きてるだけで狙われなきゃいけないの!」

 リナの叫びは、虚しく路地にこだました。

 老人は苦々しく唇を噛みしめる。

「俺だって好きでこんなことしてるわけじゃねぇ。だが、俺はもう歳だ。いつ死んでもおかしくねぇ。だが、命をかけてまで、お前さんたちと組む義理はねぇ。すまねぇが、俺は修理の独占をしている連中に目をつけられたくねぇ。悪いが、これ以上お前らとは組めん……」

 ミナトが低い声で唸った。

「つまり……修理ってだけで、マフィアの利害を刺激したんだな」

「そうだ。特に電気系統の修理は、やつらの稼ぎ頭だ。電気が使える場所は限られてるからな。それを誰でも修理できるようになれば、やつらの商売は成り立たなくなる」

 カイルは苛立ちを抑えきれず、近くの壁を殴りつけた。

「チクショウ、腐った連中だ! 俺たち、何も悪いことしてないのに!」

 テゴは冷静な声で言う。

『合理的ではある。彼らの権力の根拠は“独占”にある。修理を広めれば、それは崩れる。だからこそ、恐怖で縛ろうとするのだ』

 ネロは歯を食いしばった。

(修理技術は生き延びるための知恵。だけど――あいつらは、それすら潰そうとするのか)

 火照る拳を握りしめながら、ネロは静かに言った。

「……修理は無理だ。今のままじゃすぐ潰される。だからまず――マフィアの拠点の情報を集める」

 リナが不安げに見つめる。

「拠点って……危険すぎるよ。またあの時みたいに……」

 ネロは優しくリナの頭に手を置いた。

「大丈夫だ、リナ。もうあの時とは違う。俺たちには、力がついた。それに、今回も正面から戦うわけじゃない」

 ネロの瞳は揺るがなかった。

「知恵は生き延びるための武器だ。今度はそれで、あいつらの牙城を崩す」


 廃工場に戻った夜。

 鉄骨の隙間から月明かりが差し込み、焚き火の炎が仲間の顔を照らしていた。

「……つまり、マフィアの本拠地を探るってことだよな?」

 カイルが腕を組み、半ば呆れたように笑う。

「お前、正面から殴り合うのが無理だからって、今度は斥候かよ」

「軽口を叩くな、カイル。これは遊びじゃない」

 ミナトが鋭い目でカイルを睨む。

「命懸けになる」

「わかってるって、冗談だよ」

 カイルは気まずそうに目を逸らした。

 ネロは焚き火に薪をくべながら、静かに話す。

「ミナトの言う通りだ。だが、このままじゃ俺たちは何もできない。やつらの言いなりになって、ただ怯えて生きていくなんて、俺は嫌だ」

 テゴは静かに言う。

『理にかなっている。敵の情報がなければ、我々は常に受け身だ。状況を変えるには、まず敵を知る必要がある』

 リナが心配そうにネロの袖を握った。

「……でも、どうやって? 街の人たちはマフィアのことを怖がって何も教えてくれないよ」

 ネロは火の揺らぎを見つめながら答えた。

「マフィアは街の裏通りを押さえてる。見張りや使い走りもいるはずだ。そいつらの動きを追えば、拠点が見えてくる」

 ミナトが鋭い視線を落とす。

「尾行か……。だが、連中は素人じゃない。気づかれれば逆に袋叩きにされるぞ」

「だからこそ、チャンスを待つんだ」

 ネロは静かに言った。

「夜の市、取引の影、使い走りの往復。必ず隙がある。その隙を見つけるんだ」

 カイルがネロの言葉に力強く頷く。

「よし、わかった! 俺は尾行のプロになってやるぜ! 隠れるのは得意だしな!」

 ミナトは相変わらず真剣な顔で、しかし、その瞳にはネロへの信頼が宿っていた。

「俺は、その隙を見つけるために、街の地図を頭に入れる。そして、もしもの時に備えて、逃げ道を準備しておく」

 リナはネロの袖を握ったまま、小さな声で言った。

「私も、何かできること、あるかな……?」

 ネロはリナの頭をもう一度優しく撫でた。

「リナは、みんなの目と耳になってくれ。俺たちが気づかないこと、リナなら気づけるかもしれない」

 リナは少し不安そうな顔をしながらも、コクンと頷いた。


 数日後。街外れの裏路地。

 人通りの少ない時間を狙い、ネロたちは分散して張り込みをしていた。

 ぼろ布を被った乞食のふりをするリナ。彼女の顔は汚れており、誰にも気づかれない。

 荷運びの真似をして瓦礫を運ぶカイル。

 路地裏の影に潜むミナト。暗闇の中で彼の目だけが動いている。

 そして、瓦礫の隙間に腰を下ろして石を弄ぶネロ。

 ネロは訓練で習得した集中力を使い、瓦礫の隙間に隠れたまま、遠くの物音に耳をすませていた。

『ネロ、右前方、三人の男性が歩いてくる。警戒レベルは二』

「……了解」

 ネロは目を閉じ、耳をすませる。

 足音、話し声、かすかな金属の擦れる音。

 そこへ、数人の男たちが現れた。粗末な鉄パイプを肩に担ぎ、威圧的に歩く――マフィアの手下だ。

 彼らの一人が、袋に詰められた食糧を抱えている。

「親分のところに持っていけ。今夜は“幹部の集まり”だからな」

 ネロの耳がその言葉を逃さなかった。

(幹部の集まり……! 行き先を追えば、拠点に辿り着ける!)

 ネロはカイル、ミナト、リナに目配せをする。

「行くぞ」

 全員が頷き、息を潜め、彼らの後を追う。

 影から影へ。

 荒れ果てた建物の裏を駆け抜ける。

 リナの心臓は早鐘を打っていた。だが、彼女は必死に唇を噛み、足音を殺した。

(大丈夫……大丈夫。ネロが一緒だから……!)

 やがて、マフィアの手下たちは古い高層ビルの地下へと消えていった。

 重い鉄扉が開閉する音。

 ネロは瓦礫の影からその様子を凝視し、拳を握った。

「……見つけた」

 カイルがネロの隣にしゃがみ込み、興奮した面持ちで尋ねる。

「おい、ネロ! どうするんだ? 突入するか?」

「馬鹿を言え、カイル」

 ミナトが冷静にカイルの頭を叩いた。

「ネロが言っただろう。正面から戦わないって」

「そうだよ! 危険すぎるよ!」

 リナも不安そうに言った。

 ネロは静かに頷く。

「そうだ。今は、情報を持ち帰るだけだ。今、中に突っ込んだら、俺たちの命はいくらあっても足りない」


 その夜、廃工場に戻った彼らは円になって座り、報告を交わした。

「マフィアの拠点は、旧金融街のビル地下。幹部連中も出入りしてる」

 ネロが言うと、カイルは頷く。

「確かにあそこは近づく奴はほとんどいねぇ」

 ミナトは顎に手を当てる。

「堅牢な地下なら、拠点としては最適だ。だが同時に攻め込むには最悪の場所でもある。入り口は一つしか見えなかった。もし逃げ場を失えば、全滅だ」

 リナが不安そうに呟く。

「じゃあ……どうするの?」

 ネロは深く息を吐き、焚き火を見つめた。

「戦うんじゃない。今は情報を集めるだけだ。拠点の構造、人の出入り、警備の仕組み……全部洗い出す」

 テゴが頷く。

『賢明だ。知識は最大の武器になる。敵の牙城を崩すには、まず基礎を固めねばならない』

「その通りだ。俺のサイコキネシスも、正面から敵を圧倒するほどじゃない。だから、知恵で勝つしかない。奴らの弱点を見つけるんだ」

 ネロは拳を固め、心に刻んだ。

 外では風が唸り、遠くからは雷鳴が聞こえてきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

エレンディア王国記

火燈スズ
ファンタジー
不慮の事故で命を落とした小学校教師・大河は、 「選ばれた魂」として、奇妙な小部屋で目を覚ます。 導かれるように辿り着いたのは、 魔法と貴族が支配する、どこか現実とは異なる世界。 王家の十八男として生まれ、誰からも期待されず辺境送り―― だが、彼は諦めない。かつての教え子たちに向けて語った言葉を胸に。 「なんとかなるさ。生きてればな」 手にしたのは、心を視る目と、なかなか花開かぬ“器”。 教師として、王子として、そして何者かとして。 これは、“教える者”が世界を変えていく物語。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

Husband's secret (夫の秘密)

設楽理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...