スクラップ・ギア

前田 真

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第一章:二度寝を夢見る孤児と古代機械

第十話:迫る影

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 廃墟に冷たい風が吹き抜けた。空は灰色の雲に覆われ、太陽の光は鈍く濁っている。老人商人の倉庫前に立つネロたちの胸中もまた、空と同じく重苦しかった。

「――取引は終わりだ」

 老人は、背を向けたまま低くそう言った。その声には、以前の商売人としての鋭さではなく、深い疲労と諦めが滲んでいた。

「どういう意味だよ、じいさん……!」

 ネロは一歩踏み出す。

「俺たちはまだ修理できる。あんたにとっても悪い話じゃないはずだ」

 老人は深い皺を刻んだ顔を曇らせ、しばらく逡巡したのち、絞り出すように告げた。

「……マフィアだ」

 場の空気が一気に張り詰める。

 カイルが眉をひそめ、警戒するように周囲を見回した。

「マフィアだって? まさか、こんな場所まで……」

「やつらがこう言ったんだ。『勝手に修理を請け負う野良を許さない。俺たちの利権を脅かす奴は潰す。お前も潰されたくなかったら、取引はやめるんだな』ってな」

 老人の言葉は、まるで鋭利なナイフのようにネロたちの心を突き刺した。

 リナが目を見開き、小さな拳をぎゅっと握る。その瞳は、恐怖と怒りに揺れていた。

「なんで……! なんで直して生きてるだけで狙われなきゃいけないの!」

 リナの叫びは、虚しく路地にこだました。

 老人は苦々しく唇を噛みしめる。

「俺だって好きでこんなことしてるわけじゃねぇ。だが、俺はもう歳だ。いつ死んでもおかしくねぇ。だが、命をかけてまで、お前さんたちと組む義理はねぇ。すまねぇが、俺は修理の独占をしている連中に目をつけられたくねぇ。悪いが、これ以上お前らとは組めん……」

 ミナトが低い声で唸った。

「つまり……修理ってだけで、マフィアの利害を刺激したんだな」

「そうだ。特に電気系統の修理は、やつらの稼ぎ頭だ。電気が使える場所は限られてるからな。それを誰でも修理できるようになれば、やつらの商売は成り立たなくなる」

 カイルは苛立ちを抑えきれず、近くの壁を殴りつけた。

「チクショウ、腐った連中だ! 俺たち、何も悪いことしてないのに!」

 テゴは冷静な声で言う。

『合理的ではある。彼らの権力の根拠は“独占”にある。修理を広めれば、それは崩れる。だからこそ、恐怖で縛ろうとするのだ』

 ネロは歯を食いしばった。

(修理技術は生き延びるための知恵。だけど――あいつらは、それすら潰そうとするのか)

 火照る拳を握りしめながら、ネロは静かに言った。

「……修理は無理だ。今のままじゃすぐ潰される。だからまず――マフィアの拠点の情報を集める」

 リナが不安げに見つめる。

「拠点って……危険すぎるよ。またあの時みたいに……」

 ネロは優しくリナの頭に手を置いた。

「大丈夫だ、リナ。もうあの時とは違う。俺たちには、力がついた。それに、今回も正面から戦うわけじゃない」

 ネロの瞳は揺るがなかった。

「知恵は生き延びるための武器だ。今度はそれで、あいつらの牙城を崩す」


 廃工場に戻った夜。

 鉄骨の隙間から月明かりが差し込み、焚き火の炎が仲間の顔を照らしていた。

「……つまり、マフィアの本拠地を探るってことだよな?」

 カイルが腕を組み、半ば呆れたように笑う。

「お前、正面から殴り合うのが無理だからって、今度は斥候かよ」

「軽口を叩くな、カイル。これは遊びじゃない」

 ミナトが鋭い目でカイルを睨む。

「命懸けになる」

「わかってるって、冗談だよ」

 カイルは気まずそうに目を逸らした。

 ネロは焚き火に薪をくべながら、静かに話す。

「ミナトの言う通りだ。だが、このままじゃ俺たちは何もできない。やつらの言いなりになって、ただ怯えて生きていくなんて、俺は嫌だ」

 テゴは静かに言う。

『理にかなっている。敵の情報がなければ、我々は常に受け身だ。状況を変えるには、まず敵を知る必要がある』

 リナが心配そうにネロの袖を握った。

「……でも、どうやって? 街の人たちはマフィアのことを怖がって何も教えてくれないよ」

 ネロは火の揺らぎを見つめながら答えた。

「マフィアは街の裏通りを押さえてる。見張りや使い走りもいるはずだ。そいつらの動きを追えば、拠点が見えてくる」

 ミナトが鋭い視線を落とす。

「尾行か……。だが、連中は素人じゃない。気づかれれば逆に袋叩きにされるぞ」

「だからこそ、チャンスを待つんだ」

 ネロは静かに言った。

「夜の市、取引の影、使い走りの往復。必ず隙がある。その隙を見つけるんだ」

 カイルがネロの言葉に力強く頷く。

「よし、わかった! 俺は尾行のプロになってやるぜ! 隠れるのは得意だしな!」

 ミナトは相変わらず真剣な顔で、しかし、その瞳にはネロへの信頼が宿っていた。

「俺は、その隙を見つけるために、街の地図を頭に入れる。そして、もしもの時に備えて、逃げ道を準備しておく」

 リナはネロの袖を握ったまま、小さな声で言った。

「私も、何かできること、あるかな……?」

 ネロはリナの頭をもう一度優しく撫でた。

「リナは、みんなの目と耳になってくれ。俺たちが気づかないこと、リナなら気づけるかもしれない」

 リナは少し不安そうな顔をしながらも、コクンと頷いた。


 数日後。街外れの裏路地。

 人通りの少ない時間を狙い、ネロたちは分散して張り込みをしていた。

 ぼろ布を被った乞食のふりをするリナ。彼女の顔は汚れており、誰にも気づかれない。

 荷運びの真似をして瓦礫を運ぶカイル。

 路地裏の影に潜むミナト。暗闇の中で彼の目だけが動いている。

 そして、瓦礫の隙間に腰を下ろして石を弄ぶネロ。

 ネロは訓練で習得した集中力を使い、瓦礫の隙間に隠れたまま、遠くの物音に耳をすませていた。

『ネロ、右前方、三人の男性が歩いてくる。警戒レベルは二』

「……了解」

 ネロは目を閉じ、耳をすませる。

 足音、話し声、かすかな金属の擦れる音。

 そこへ、数人の男たちが現れた。粗末な鉄パイプを肩に担ぎ、威圧的に歩く――マフィアの手下だ。

 彼らの一人が、袋に詰められた食糧を抱えている。

「親分のところに持っていけ。今夜は“幹部の集まり”だからな」

 ネロの耳がその言葉を逃さなかった。

(幹部の集まり……! 行き先を追えば、拠点に辿り着ける!)

 ネロはカイル、ミナト、リナに目配せをする。

「行くぞ」

 全員が頷き、息を潜め、彼らの後を追う。

 影から影へ。

 荒れ果てた建物の裏を駆け抜ける。

 リナの心臓は早鐘を打っていた。だが、彼女は必死に唇を噛み、足音を殺した。

(大丈夫……大丈夫。ネロが一緒だから……!)

 やがて、マフィアの手下たちは古い高層ビルの地下へと消えていった。

 重い鉄扉が開閉する音。

 ネロは瓦礫の影からその様子を凝視し、拳を握った。

「……見つけた」

 カイルがネロの隣にしゃがみ込み、興奮した面持ちで尋ねる。

「おい、ネロ! どうするんだ? 突入するか?」

「馬鹿を言え、カイル」

 ミナトが冷静にカイルの頭を叩いた。

「ネロが言っただろう。正面から戦わないって」

「そうだよ! 危険すぎるよ!」

 リナも不安そうに言った。

 ネロは静かに頷く。

「そうだ。今は、情報を持ち帰るだけだ。今、中に突っ込んだら、俺たちの命はいくらあっても足りない」


 その夜、廃工場に戻った彼らは円になって座り、報告を交わした。

「マフィアの拠点は、旧金融街のビル地下。幹部連中も出入りしてる」

 ネロが言うと、カイルは頷く。

「確かにあそこは近づく奴はほとんどいねぇ」

 ミナトは顎に手を当てる。

「堅牢な地下なら、拠点としては最適だ。だが同時に攻め込むには最悪の場所でもある。入り口は一つしか見えなかった。もし逃げ場を失えば、全滅だ」

 リナが不安そうに呟く。

「じゃあ……どうするの?」

 ネロは深く息を吐き、焚き火を見つめた。

「戦うんじゃない。今は情報を集めるだけだ。拠点の構造、人の出入り、警備の仕組み……全部洗い出す」

 テゴが頷く。

『賢明だ。知識は最大の武器になる。敵の牙城を崩すには、まず基礎を固めねばならない』

「その通りだ。俺のサイコキネシスも、正面から敵を圧倒するほどじゃない。だから、知恵で勝つしかない。奴らの弱点を見つけるんだ」

 ネロは拳を固め、心に刻んだ。

 外では風が唸り、遠くからは雷鳴が聞こえてきた。
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