スクラップ・ギア

前田 真

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第一章:二度寝を夢見る孤児と古代機械

第十一話:敵の牙城と修理の力

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 数日間にわたる観察は、子供たちの忍耐力を試すものだった。

 廃墟の影に潜み、瓦礫にまぎれ、時には泥にまみれてじっと息を殺す。空腹と眠気、そしていつ気づかれるかという恐怖を堪えながら、彼らはマフィアの拠点を見張り続けた。

「……なぁ、あとどれくらい待つんだよ、ネロ」

 カイルが小さな声で呟く。彼の顔は泥で汚れており、隠れるために身につけたボロ布からは、冷たい風が吹き込んでいた。

「もう少しだ。日が暮れるまでには、巡回のパターンがわかるはずだ」

 ネロもまた、瓦礫の隙間から目を凝らす。彼の持つ布切れには、簡易な地図が描かれており、ミナトが逐一記録した巡回の動線が赤い線で示されていた。

「……やっぱり三時間おきに外周を一周。武装は軽いけど、人数は一定だな」

 ミナトが冷静に分析する。

「ただし、夜明け前だけは巡回が薄くなる。連中も疲れてるんだ」

 ミナトの言葉に、ネロは頷いた。

 リナは狭い路地に寝そべり、目を凝らす。

「ほら、あのビルの壁……小さな通気口。子供でもぎりぎり通れるくらい」

「俺らじゃ無理だな」

 カイルが苦笑した。

 ネロは通気口に意識を集中させ、サイコキネシスの力をわずかに使って、開けられるか確認する。

「開けられる。テゴ、あれはどこにつながっているか分かるか?」

 テゴが、マフィアが発電していることにより、局所的に使えるようになっていた旧時代のネットワークに接続した結果を話す。

『プロテクトを解除。ビルの設計図の解析完了。あのダクトは、旧時代のビル管理システムが置かれていたコントロールルームにもつながっている。だが、現在、そのシステムは完全に停止しているようだ』

「よし……見つけた!」

 ネロの心臓が高鳴った。

 ――見つけたんだ。俺達が反撃できる方法を。

 幾度も観察を繰り返した結果、マフィアの牙城の心臓部が浮かび上がる。

 それは旧時代の技術で作られたコントロールルームだった。かつて街のビル群を統制していた制御盤だが、今は老朽化して動かなくなり、マフィアもただの倉庫扱いしていた。

(ここだ……! ここを、俺たちの手で動かすんだ!)

 ネロは仲間たちに、この場所から撤退する合図を送った。


 廃工場に戻った夜。

 焚き火の周りに集まり、ネロは仲間を前に策を口にした。

「敵のコントロールルームを気付かれないように修理し、内部から掌握する」

 ネロは淡々と、しかし強い意志を込めて語った。

「小柄なリナがダクトを通って侵入。内部から扉を開けてくれる。ミナトは巡回の記録を元に最適なタイミングを見極めて。カイルは退路を確保して、万一の時に道を作る。俺とテゴで制御盤を修復してシステムを奪う」

 火の粉が舞い上がる焚き火の前で、皆が沈黙した。その沈黙は、恐怖ではなく、策の危険性を理解した上での静寂だった。

 リナが不安げに問いかける。

「……本当にできるの? もし、見つかったら……」

 ネロは彼女の瞳をまっすぐに見返す。

「できるさ。もう逃げ場なんてない。やらなきゃ俺たちは一生、奪われるだけだ。もう誰かに怯えるのは終わりにしたいんだ」

 テゴが静かに口を開いた。

『技術は本来、誰かを生かすためにある。だが時に、それは力にもなる……。ネロの策は理にかなっている。成功率は、最高で七割だ』

 その言葉に、カイルが大きく息を吐いた。

「七割かよ……俺たちの命がかかってるんだ。微妙な数字だな」

「微妙じゃない。半分以上だ。何もしなければゼロだよ」

 ミナトがカイルを睨んだ。

「わかったって! やるしかないんだろ? だったら、文句言ってる場合じゃねぇな」

 カイルは真剣な顔つきに戻り、ネロにまっすぐな目を向けた。

「よし……やるなら徹底的にやろうぜ。連中の牙城を、俺たちでひっくり返してやる」

 ミナトは無言で頷き、自分の役割を再確認するように、街の地図を広げていた。

(修理技術は、生き延びるための知恵だった。……だが今度は、マフィアを倒すための武器になる)


 決行の夜。

 空には月もなく、街は濃い闇に沈んでいた。

 廃工場の前で、ネロは仲間たち一人一人に声をかける。

「リナ、お前は俺たちの希望だ。無理はするな。危険だと感じたら、すぐに引き返せ」

 リナはネロの言葉に、小さく頷いた。

「カイル、頼むぞ。お前の足が、俺たちの命運を握ってる」

「おう! 任せとけって! 俺は誰よりも早く走れるからな!」

「ミナト、お前がいてくれなきゃ、この作戦は成り立たない。一番大事なのは、安全な道を見つけることだ」

「わかっている。……みんなで、生き残ろう」

 ミナトの言葉は、いつもよりも重く、深く響いた。

 彼らはそれぞれ、与えられた役割を果たすため、闇の中へと散っていく。

 リナは小さな体を折りたたむようにして、錆びた通気口に身を滑り込ませる。金属がきしむ音に胸が跳ね上がるが、彼女は必死に呼吸を抑え、狭いダクトを進んだ。

(怖い……でも、やるしかない……! みんなのため……!)

 冷たい鉄に頬を擦りながら、ようやく内部のルームに辿り着く。暗闇の中で懐中電灯を点し、古びたレバーを中から操作すると、わずかに鍵が外れる音がした。

「……開いたぞ」

 ミナトが確認し、合図を送る。

 影のように忍び込む仲間たち。

 彼らは廃棄された機械が並ぶ部屋へと滑り込み、ついにコントロールルームの前に立った。

 埃まみれの制御盤が鎮座している。幾重ものケーブルは切断され、ランプはすべて沈黙していた。

「テゴ、始めるぞ」

 ネロは懐中電灯を口にくわえ、工具を取り出す。

『承知。解析を開始する』

 ネロは、テゴの指示に従い、断線したケーブルを繋ぎ直し、錆びついた端子を磨き、焼けた基盤を用意してきた物に取り替える。

 その間、ミナトは背後を警戒し、カイルは退路を確保するために、ビルの周辺の敵の位置を把握していた。

 やがて、沈黙していた盤面にかすかな光が灯った。

 赤いランプが一つ、二つ……次々と点灯していく。

「……動いた!」

 ネロの胸が震える。

 古代の機械は蘇り、画面にはシステムの簡易マップが浮かび上がった。照明、センサー、扉のロック、そして防火シャッターの制御。

『修復完了。システムの掌握に成功した』

「よし……全部俺たちの手の中だ」

 ネロは震える指で操作を行い、照明を切り替えた。

 暗かった廊下が突然眩しい光に包まれる。マフィアの構成員たちが驚き、怒鳴り声を上げる。

「なんだ!? 眩しいぞ!?」

「誰だ、何が起こってる!」

 続けてセンサーを制御し、警報を意図的に誤作動させる。各所でサイレンが鳴り響き、構成員たちは混乱に陥った。

「てめぇら、早く原因を調べろ!」

「わかんねぇ! システムが完全に狂っちまった!」

 極めつけは――防火シャッター。

 ネロは息を呑み、レバーを操作する。

「閉じろ……!」

 轟音を立て、分厚い鉄のシャッターが主要通路を次々と塞いでいく。

 マフィアたちは叫び声をあげ、閉じ込められた区画で右往左往する。

「クソッ、扉が開かねぇ!」

「誰か、早く親分を呼べ!」

 だが親分とて身動きが取れない。牙城そのものが檻と化したのだ。


 混乱のさなか、ネロたちは一直線に倉庫へ向かった。

 シャッターの制御を使って敵を閉じ込め、誰も近づけない状態で扉を開く。

 そこには山積みの物資があった。

 食料、燃料、そして武器。マフィアが独占してきた富のすべてが、いま目の前にある。

「これが……全部」

 リナが呟く。

 カイルが拳を握りしめた。

「もう飢える心配はねぇ……!」

 ネロはコントロールルームに戻り、最後の操作を行う。

 地下通気口の切り替え――つまり、この建物全体を自分達の支配下に固定するのだ。

 やがて、深い静寂が訪れた。

 マフィアの牙城は完全に子供たちの手に落ちた。


 焚き火の明かりではなく、ビルの照明が彼らを照らす夜。

 ネロは仲間を前に立ち、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「もう俺たちは奪われる側じゃない」

 沈黙。

 仲間たちの胸に、重くも熱い響きが広がる。

「俺たちが……奪う側に立ったんだ」

 その言葉は決して残酷さではなく、確かな未来への手応えだった。

 恐怖に怯えるだけの弱者ではなく、自らの知恵と力で生き抜く者として。

 ネロの言葉に、仲間たちはそれぞれ強く頷いた。

 闇に閉ざされた世界で、新たな火が確かに灯ったのだ。
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