スクラップ・ギア

前田 真

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第二章:二度寝を夢見る孤児と修理屋の仲間たち

第一話:未来を切り開く者たち

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 マフィアの牙城を奪った夜から、すべてが変わった。

 倉庫に積み上げられていた食料と燃料、そして銃火器。それはネロたちにとってただの物資以上の意味を持っていた。

 彼らはもはや「弱い孤児の群れ」ではなく、武器を手にし、拠点を持ち、知恵を備えた存在――街の荒廃した秩序の中でひとつの勢力へと変貌したのだ。

 噂はすぐに広がった。

「マフィアの倉庫をガキどもが乗っ取ったらしい」

「武装してる。しかも機械まで直せるって話だ」

 最初は笑い話のように語られたが、すぐに誰もがその真実を知ることになる。


 ある日、チンピラの一団が拠点に近づいた。

 錆びた鉄パイプを肩に担ぎ、下卑た笑みを浮かべた男たちが、ネロたちの新しい拠点の前に立つ。

「おい坊主ども。そこは俺たちの縄張りだ。物資を差し出せ」

 鼻で笑うような声が響く。男たちの目は、ネロたちをただの獲物としか見ていなかった。

 だが、彼らが拠点を見上げると、壁の上に立つカイルの姿があった。

 カイルは以前の怯えた目ではなく、鋭い視線を男たちに向け、手に持った銃口を見せつけた。

「……帰れ。ここはもうお前らの好きにできる場所じゃない」

 挑発に乗ってチンピラの一人が一歩踏み込んだ瞬間、倉庫の屋上からネロの声が響いた。

「次の一歩で、センサーが感知する。銃座が自動でお前らを撃つぞ」

 言葉と同時に、コントロールルームから起動された古代の自動防衛システムが赤いライトを点滅させる。

 チンピラたちは蒼白になり、足が止まった。彼らは、子供たちがただの孤児ではないことを悟ったのだ。

「なんだよ、冗談だろ……?」

「おい、やばいぞ! 本当に動いてる!」

 男たちは何も言わずに逃げ去った。

 その光景を見た街の人々は悟った。

 ――あそこは、ただの孤児の巣じゃない。

 ――武器と知恵を備えた、ひとつの勢力だ。

 街の住人たちは、ネロたちを"希望の修理屋"と呼び始めた。


 その日から、拠点には人々が訪れるようになった。

 壊れたランタンを抱えた老婆。

 錆びついたポンプを背負った男。

 止まったラジオを直してほしいと涙目で訴える子供。

 ネロはテゴと共に修理台に向かい、ひとつひとつの機械を蘇らせていった。

「これは……燃料系統の腐食が原因だな。部品を交換すれば動く」

 ネロは手際よく工具を使い、テキパキと機械を修理していく。

 電気が灯るたび、人々の顔に希望の光が浮かぶ。

「ありがとう! ありがとう、ネロくん!」

 老婆は涙を流しながら、温かいスープが入った鍋を差し出した。


 彼らは、修理の代わりに食料や資源を差し出し、孤児たちの生活は次第に安定していった。

 リナは計算や帳簿を担当し、取引の記録を几帳面にまとめる。

「このラジオは……食料三日分と交換。ちゃんと記録しておかないと、ごちゃごちゃになっちゃうからね!」

 ミナトは周囲の警戒と巡回を管理し、危険が近づけばいち早く報告した。

「ネロ、南西の方角から、見慣れない連中が近づいてくる。数は三人、武装は不明」

「了解。カイル、頼む」

 カイルは防衛を一手に担い、武器を整備して仲間に使い方を教える。

「いいか、銃はただ撃てばいいってもんじゃない。狙いを定めて、確実に仕留めるんだ!」

 そしてテゴは、旧時代の技術を解析し、ネロに知恵を授け続けた。

『このビル管理システムは、地下の水道網とも接続されている。掌握できれば、街全体の水の流れを制御できる』

 ただの子供の集まりは、やがて「組織」へと変わっていく。

 彼らはもはや、互いに助け合うだけの弱者の集まりではなく、それぞれの役割を持ち、街に影響力を持つ存在となっていた。



 年月は流れた。

 瓦礫に覆われた街も、時の流れに応じて人の営みを取り戻しつつある。

 だが混沌は変わらず、弱き者は常に奪われ、強き者が支配する世界だった。

 その中で――ネロは成長した。

 少年の面影を残しながらも、背は高く伸び、目つきには鋭さと落ち着きが宿る。

 かつてぎこちなかったサイコキネシスの力も、いまでは確かな制御を得ていた。

 空き倉庫の一角。

 浮かび上がるのは数本の鉄パイプ。

 ネロの目が静かに輝き、鉄が宙に舞う。

 そのまま一定のリズムで回転し、やがて音もなく床に降ろされた。

「……ふぅ」

 額に汗をにじませながらも、ネロは口元に笑みを浮かべる。

 テゴが離れて見守っていた。

『見事だな。力に振り回されるのではなく、意志で操っている。もう実戦で使えるレベルは超えているぞ』

「まだ足りない。俺たちが生き抜くだけじゃなく、この街を変えるなら……もっと強くならなきゃ」

 ネロは静かに言った。その声には、かつての幼い弱さは微塵も感じられなかった。

「ネロ……」

 リナは成長したネロの姿を見上げ、少し心配そうに、それでいて誇らしげに呟いた。


 街の噂はさらに広まっていた。

「修理屋の孤児団。あそこに頼めばどんな機械も蘇る」

「彼らはもう孤児じゃない、未来を切り開く者たち"希望の修理屋"だ」

 人々はそう呼んだ。

 かつて、恐怖と憎悪に支配された街で、希望を灯す存在として。

 だがネロは浮かれなかった。

 胸の奥底には常に問いがある。

 ――俺たちはこの街で生き延びるために力を持った。

 ――なら、その力でどこまで変えられる?

 倉庫の屋上に立ち、ネロは遠くを見つめる。

 崩れた高層ビル、瓦礫に埋もれた街路、その向こうに広がる灰色の地平線。

 仲間たちが後ろに集まる。

 リナは書類を抱えたまま、不安そうに彼を見上げる。

 ミナトは無言で周囲を警戒し、カイルは笑みを浮かべながら拳を鳴らした。

「なぁ、ネロ。これからどうするんだ?」

 カイルが尋ねる。

 ネロはゆっくりと振り返り、仲間たち一人一人の顔を見つめた。

「俺たちは、もうただの生き残りじゃない」

 ネロはゆっくりと口を開いた。

「この街を、未来を……俺たちが切り開くんだ。ここにいる全員で、この街を立て直すんだ」

 風が吹き抜け、瓦礫の街に新しい息吹を運んでいく。

 ネロの言葉は、仲間の胸に確かな炎を灯した。

「……うん!」

 リナは不安を打ち消すように、強く頷いた。

「面白くなってきたな! 俺たちで街の王様になるってことだろ?!」

 カイルが目を輝かせて言う。

「王様じゃない。……この街を、みんなが安心して暮らせる場所に直す修理屋だ」

 ネロはカイルの言葉を否定し、ミナトに視線を向けた。

 ミナトは何も言わず、ただ静かに頷いた。彼の瞳には、ネロと同じように、確かな決意が宿っていた。

 彼らはもはや、過去に囚われたままの子供たちではなかった。

 未来を、自分たちの手で掴み取ろうとする、"希望の修理屋"となったのだ。
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