スクラップ・ギア

前田 真

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第二章:二度寝を夢見る孤児と修理屋の仲間たち

第二話:不穏な前兆

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 ――平穏とは、脆く、儚い。

 修理屋を始めてから、すでに数年が経っていた。

 あの時、荒廃した街の片隅で「武装した孤児の一団」と呼ばれた少年少女たちは、いまや青年へと成長し、確かな力と信頼を備えた存在へと変貌している。

 ネロ。かつて十歳の孤児に過ぎなかった少年は、いまや十七歳の青年へと成長していた。黒髪を後ろで一つに束ね、日焼けした精悍な顔つきをした立派なリーダーとなっていた。

 かつてビルだった拠点は、いまや立派な修理工房に生まれ変わっていた。

 看板には手描きの文字が踊る――「希望の修理屋《スクラップ・ギア》」。

 その名は街の人々に広まり、日々客が絶えることはなかった。


 リナは帳簿を抱えて走り回り、修理依頼の受付を的確にこなしていた。

「はい、おばあさんのランタンは明日の夕方には仕上げます。お代はいつものお芋で大丈夫ですから!」

 そう言って、リナは温かい笑顔を向けた。彼女の顔には、もうかつての怯えはなかった。

 カイルは油で汚れた腕を拭いながら、少年に笑顔を見せる。

「ポンプは直ったぞ。これでまた水が汲めるはずだ」

「ありがとう、兄ちゃん!」

 少年の瞳は純粋な感謝で輝き、カイルの胸に温かなものを残した。

「ったく、これだからやめられねぇんだよな」

 カイルは照れくさそうに頭を掻いた。

 ミナトは拠点の屋上から双眼鏡を覗き、街の動きを監視していた。

「……ネロ、南区画の治安がかなり安定してきた。あのチンピラどもが寄り付かなくなったからな」

 周囲の治安は以前よりずっと安定している。それは彼らの存在が抑止力となっている証だった。

 そして、ネロ。

 青年となった彼は、静かな眼差しで修理台に向かっていた。

 手元には分解された古代の通信機。彼の指先が繊細に動き、サイコキネシスの補助で細かな部品を浮かせては組み込んでいく。

「……よし、これで信号は安定するはずだ」

 起動と同時に、微かな電子音が室内に響く。

「ネロ兄ちゃん、さすが!」

 リナが嬉しそうに声を上げた。

 作業を見守っていたテゴが評価する。

『精度が上がったな。旧時代の技術を使いこなしてきている。君たちの“修理屋”は、この街の未来そのものだ』

 人々の信頼。仲間の絆。安定した物資と食料。

 ネロたちの拠点には、確かに「未来」の片鱗が芽生えていた。


 だが、平穏な日々は長くは続かなかった。

 噂は風のように忍び寄ってくる。

「街の反対側で、妙な集団が出没してるらしい」

「スカベンジャーだってよ。荒くれ者ばかりの群れで、住民から物資を奪ってるそうだ」

 工房を訪れた商人たちが、顔を青ざめさせて話していた。

 最初は遠い話に過ぎなかった。

 ネロも仲間たちも「どうせ一時的な騒ぎだろう」と深く考えなかった。

 だが日を追うごとに、噂は具体的になり、犠牲者の名が囁かれるようになった。

「隣の区画のハンスがやられたらしい」「食料を全部奪われたってさ」「怪我人も出たそうだ」

 ネロは修理の手を止め、静かに耳を傾ける。

「テゴ、スカベンジャーってのは、どういう連中だ?」

 ネロが問いかけると、テゴはすぐさまデータベースを検索した。

『スカベンジャー。直訳すると「漁る者」。荒廃した世界において、資源や物資を求めて徘徊する者たちの総称だろう。中には非人道的な行為に及ぶ者もいるようだ』


 夕暮れ時。

 工房の門を叩く音が響いた。

「はーい、今開けますね!」

 リナが慌てて駆け出し、扉を開く。

 そこに立っていたのは、かつて何度も取引をしてきた老人商人だった。

 だが、その姿は惨憺さんたんたるものだった。

 衣服は裂け、体には無数の傷。片足を引きずり、顔は血に濡れている。

「おい……! 大丈夫か!」

 カイルが驚き、すぐに駆け寄って老人の体を支える。

「……やつらに……やられた……」

 か細い声が漏れる。老人の体は震え、恐怖に怯えていた。

 ネロも駆け寄り、傷を確かめた。深手ではないが、相当に痛めつけられている。

「一体誰にやられたんだ? 何があった!?」

 リナが悲鳴のような声を上げる。

「スカベンジャー……だ……」

 老人の言葉に、拠点の空気が凍りついた。

「農業やっている村に行商に行ったんだろ。荷車は? 物資は?」

 カイルが問いかける。

 老人は首を振った。

「全部……奪われた……。いや、それだけじゃない。奴らは……見せしめみたいに……村を壊し尽くすんだ……」

 その言葉に、拠点の空気が凍りついた。

「壊す……?」

 リナが震える声で呟く。

「そうだ……。奪うだけじゃ飽き足らず……井戸を潰し、家を燃やし……笑いながら……人を蹴散らす……。あれは……ただの盗賊じゃない……狂気だ……」

 老人の声が途切れ、気を失った。


 拠点の医療室に運ばれ、応急処置を施した後。

 仲間たちは集まっていた。

「ふざけんな……!」

 カイルが壁を殴り、拳を震わせる。

「ただ奪うだけじゃなく、壊して楽しんでるだと!? そんな連中、許せるか!」

 ミナトは険しい表情で腕を組んだ。

「つまり、あのスカベンジャーどもは街を無法地帯に戻すつもりだ。もし放置すれば……次に狙われるのは、俺たちの拠点かもしれない。彼らにとって、俺たちの存在は邪魔なはずだ」

 リナは不安げにネロを見つめる。

「ネロ……どうするの? 私たち、せっかく築いた平和を守れるの……?」

 静寂の中、ネロはゆっくりと拳を握りしめた。

 彼の目には恐怖ではなく、冷たい光が宿っている。

「――備えるしかない」

 短く、しかし重い言葉だった。

「俺たちはもう子供じゃない。街の人々も、俺たちを頼ってる。なら、逃げることはできない。敵が来るなら……迎え撃つ覚悟を決める」

 テゴが同意する。

『避けられぬ戦いになるだろう。だが、備えさえすれば勝機はある。奴らは暴力と破壊しか知らん。君たちの“知恵と秩序”で対抗するのだ』

 その瞬間、拠点に漂う空気は変わった。

 繁栄の日々の裏に潜んでいた緊張が、ついに表に姿を現したのだ。


 夜。街の外に、焚き火の明かりがいくつか見える。遠くに見える炎の揺らめきは、まるで不吉な狼煙のようだった。人々は怯え、噂は恐怖と共に拡散する。

「スカベンジャーが迫っている」

「次は、この拠点が狙われるかもしれない」

 静かな繁栄の日々は終わった。

 街全体を覆う影――それが、荒くれスカベンジャーたちの影だった。

 そして、ネロは確信する。これは始まりにすぎない。本当の嵐が、いま街へと近づいているのだ。

 ネロは屋上から遠くの炎を見つめていた。その隣に、ミナトが静かに立つ。

「ネロ、無理はするな。一人で背負い込むな」

「わかってる。……でも、俺たちが何もしなければ、この街はまた元の恐怖に怯えた街に戻っちまう。俺たちがやってきたこと、全部無駄になる」

 ネロは強く拳を握りしめた。

「俺たちの平和を、あいつらには壊させない」

 ミナトは何も言わず、ネロの肩に手を置いた。その手の温かさが、ネロの心に静かな力を与えた。

 この街を守るために、彼らは再び、戦いの渦へと身を投じていく。
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