スクラップ・ギア

前田 真

文字の大きさ
20 / 21
第二章:二度寝を夢見る孤児と修理屋の仲間たち

第九話:黄金の檻

しおりを挟む
 外の街――。

 そこはネロたちが生まれ育った荒廃した都市とは、あまりにも異なる光景だった。ひび割れたコンクリートと煤に覆われた灰色の街並みではない。光と色彩が洪水のように押し寄せていた。

 夜空を突き破るほどに高く積み上げられたガラスの塔。電飾の光は昼のように街を照らし、無数のホログラムが宙に浮かんで踊っている。豪奢な自動車が静かに並び、通りを歩く人々は絹の衣に身を包み、笑顔を浮かべながら煌びやかな店に出入りする。

 だが、そこに漂う空気は冷たい。華やかさに眩むほど、裏側に潜むものが一層際立っていた。

「……ここは街じゃない。見せ物小屋だ」

 ネロは喉の奥がひりつくのを覚え、隣のカイルに低く呟いた。

「贅沢の臭いが鼻につくな。裏じゃ、きっと誰かが踏みつけられてる」

 カイルは苦々しい顔で吐き捨てる。

「きれい……でも、怖い。なんだか全部、作り物みたい」

 リナは震える声で言った。そんな彼女の感想に、テゴが金属質の声で補足した。

「的確だ。これは“繁栄の演出”だ。この街の支配者、ガルヴァンは莫大な資金で富を誇示し、人々を恐怖で縛っている」

 その名を聞いたとき、仲間たちは互いに視線を交わした。情報をつなぎ合わせて浮かび上がった黒幕の姿――“傲慢なる大富豪”ガルヴァン。荒れ果てた大地でなお、これほどの繁栄を維持できる男。ただの権力者ではない。狂気じみた執着がなければ不可能だ。

「……あいつが、修理屋を狙った理由も分かったな」

 ネロは小さく吐息を漏らした。

「俺たちを“コレクション”として囲う気だったんだ。傭兵を雇ったのは、俺たちを壊さずに捕らえるため。価値のある宝を、傷つけるわけにはいかないからな」

「人を物と同じ扱いにするなんて……」

 リナの声がかすかに震える。

「そんなの……許せない。この街の人たちも、みんな、奴の資産ってこと……?」

「その通りだ。奴は、この街の全てを支配している。富も、人も、全てだ」

 テゴの言葉に、空気が張り詰めた。全員がその名に宿る重みを、ようやく肌で感じ取ったからだ。彼と対峙することは、単なる傭兵戦などとは桁違いの戦いになる――それを誰もが理解していた。

「で、どうする? 正面から乗り込んでも、勝ち目なんてないんだろ」

 カイルが不安そうな顔で尋ねる。

「ああ。だから、正面からは行かない」

 ネロはそう言って、街の地図を広げた。

「奴の支配の秘密を探る。どこかに必ず、奴の支配の脆弱な部分があるはずだ」



 調査を進めるうち、ネロたちは街の奥深く、ひときわ豪奢な建築にたどり着いた。

 それが――“黄金の檻”。

 外壁はすべて金箔で覆われ、日光を反射して眩しく輝く。塔の頂には宝石を埋め込んだ装飾が施され、夜になれば星のように光を放つ。贅沢の極み。だが同時に、その厚い壁は外界を完全に断ち切っていた。

「……すげぇな」

 カイルが吐き捨てるように言った。

「あんなの、ただの金ピカの牢獄だ」

「牢獄……」

 リナがつぶやく。

「そうね、あんな場所で暮らすなんて、むしろ閉じ込められてるみたい。外の空気も、太陽の光も、何も感じられないんじゃないかしら」

「その通り。彼は富を集めることで外と隔絶し、同時に己を縛っている。ゆえに“黄金の檻”と呼ばれている」

 テゴが頷いた。そこが決戦の場となることを悟り、ネロは拳を握りしめた。

「なら、檻ごとぶっ壊してやるさ。俺たちが――自由のために」



 夜。

 ネロたちは人目を避け、檻の外壁の裏手から潜入を開始した。

「よし、このルートなら大丈夫だ。テゴ、頼む」

「了解。ガルヴァンの警備網は、パターン化されている。このデータを使えば、無効化できる」

 再び体に入ったテゴが解析した警備網をかいくぐり、カイルの手際で鍵やセンサーを無効化していく。

「へへ、こんなもん、俺の手にかかればただの遊びだぜ!」

 カイルはニヤリと笑いながら、手早く電子錠を解除していく。リナは狙撃銃で監視ドローンを撃ち落とし、道を切り開く。

「ドローン、あと二機! 任せて!」

 彼女の弾丸は、風を切りさき、正確にドローンのセンサーを貫く。


 やがて内部へと到達した一行の前に、警備兵たちが立ちふさがった。彼らは金で雇われた貧民だ。だが、その装備は重装甲のスーツや強力な電磁銃。ネロたちの街の粗末な武器とは比べ物にならない。

「ガルヴァンの命に従い、ここで止める!」

 警備兵の一人が叫び、火線がほとばしる。

「ちっ! こんなもん、どうやって防ぐんだよ!」

 カイルが叫ぶ。だがテゴが仲間たちを包み、弾丸を逸らす。

「心配はいらない。私の防御は、この程度の攻撃なら防げる」

 テゴが淡々と答える。

「テゴの影から攻撃するんだ、カイル。ネロはあそこの柱を使え」

 ミナトが周囲を把握し指示を出しながら、銃を撃つ。

 カイルが改造ハンドガンを撃ち返し、ネロが前へ飛び出す。

「どけぇッ!」

 サイコキネシスが解放され、重厚な鉄柱が宙を舞い、敵兵を弾き飛ばす。リナの弾が正確に装甲の隙間を貫き、警備兵たちは次々と倒れていく。

「突破するぞ!」

 ネロの叫びに全員がうなずき、黄金の廊下を駆け抜けた。



 檻の中心――広間。

 そこには金箔で覆われた壁と天井、床には宝石が散りばめられていた。中央には金の椅子。その上に腰かけ、悠然と彼らを待ち受ける男。

 ガルヴァン。

 肥え太った体躯を豪奢な衣で包み、唇に冷笑を浮かべていた。

「よくぞ来た、修理屋ども。お前たちのような有能な者は、私の資産に加える価値がある。だが残念だ……少々、反抗的すぎる。……私の管理下にあれば、お前たちの才能はもっと開花しただろうに」

 その声には圧倒的な自信があった。金こそが絶対の力であり、人も街もすべて買えるという確信。

「資産? ふざけんな! 俺たちはお前のために生きてるんじゃねぇ。自由のために働いて……自由のために二度寝するんだ!」

 ネロは真っ向から言い返した。その言葉にカイルが笑い、リナが力強くうなずいた。ミナトが静かに睨む。

「そうだ! 誰かの支配下で生きるくらいなら、死んだ方がマシだ!」

「私たちは、私たちのやり方で生きるんだ!」

「ここでお前を倒す!」

 テゴも低く告げる。

「解析完了。勝機はある。全力で行け」



 戦闘が始まった。

 ガルヴァンは自ら戦わない。だが檻そのものが彼の武器だった。

「馬鹿な奴らだ……! この富が、力が分からないのか! 私に逆らうなど、ありえない!」

 ガルヴァンは、金の椅子に座ったまま、狂ったように叫ぶ。その叫びに応じるように、壁に仕込まれた機銃が火を噴き、天井からは電撃が降り注ぐ。床は次々と崩れ落ち、罠のように襲いかかる。

 テゴが盾となるが、電撃とは相性が悪い。

「本体に影響なし。ただし、体の制御が低下」

「ちっ、檻ごと戦場にしてやがる!」

 カイルが叫ぶ。

「なら壊すまでだ!」

 ネロが拳を突き上げる。

 彼のサイコキネシスが解き放たれ、壁の機銃がねじ曲がり宙を舞う。テゴが即座に経路を計算し、リナが狙撃で残りの機銃を潰す。ミナトは爆薬を投げ込み、制御装置を吹き飛ばす。

「俺の銃が、お前が築いた虚飾をぶっ壊してやる!」

 カイルの叫びと銃撃音が、黄金の檻にこだまする。黄金の檻は次第に軋み、豪奢な壁が崩れ始めた。

「そんな……! ありえない! この富は、この力は、誰にも負けないはずだ!」

 ガルヴァンの顔から冷笑が消える。彼は恐怖に顔を歪ませ、震えながら叫ぶ。

「その富に縛られてんのは、お前自身だ!」

 ネロが叫ぶ。

「檻の中でふんぞり返って、何が支配者だ! お前は、ただの臆病者だ!」

 ネロの言葉が、ガルヴァンの心臓を貫く。彼は自らの築いた富に、自らの手で閉じ込められていたのだ。

 ネロのサイコキネシスが荒れ狂い、天井が歪み落下する。黄金の檻は崩壊し、ガルヴァンは自ら築いた豪奢な牢獄に押し潰された。



 静寂。

 舞い上がる埃の中、ネロたちは立っていた。

「……終わったんだ」

 リナが安堵の息を吐く。

「ああ。これで、もう誰も俺たちを狙う奴はいないはずだ」

 カイルは改造ハンドガンをしまい、ミナトの方を向いた。

「なあ、ミナト。本当に終わったんだよな」

「ああ。もう、誰も俺たちを追いかけない。俺たちは、自由に生きられる」

 ミナトはそう言って、穴の開いた天井から空を見上げる。

「終わったんだな……」

 ネロも空を見上げ大きく伸びをした。


 やがて外の街にも変化が訪れる。

 監視の目が消え、街中では兵士たちの支配が崩れ、人々の顔に初めて希望の色が戻った。抑圧されていた生活に光が差し込む。

 その光景を見ながら、ネロは呟いた。

「次こそ……ふかふかのベッドで二度寝だ」

 テゴが硬い声で応じる。

「その夢、必ず現実となろう」

 仲間たちは顔を見合わせ、自然と笑みをこぼした。

 ――こうして修理屋は、街と自分たちの未来を勝ち取ったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

エレンディア王国記

火燈スズ
ファンタジー
不慮の事故で命を落とした小学校教師・大河は、 「選ばれた魂」として、奇妙な小部屋で目を覚ます。 導かれるように辿り着いたのは、 魔法と貴族が支配する、どこか現実とは異なる世界。 王家の十八男として生まれ、誰からも期待されず辺境送り―― だが、彼は諦めない。かつての教え子たちに向けて語った言葉を胸に。 「なんとかなるさ。生きてればな」 手にしたのは、心を視る目と、なかなか花開かぬ“器”。 教師として、王子として、そして何者かとして。 これは、“教える者”が世界を変えていく物語。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

Husband's secret (夫の秘密)

設楽理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...