スクラップ・ギア

前田 真

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第二章:二度寝を夢見る孤児と修理屋の仲間たち

第九話:黄金の檻

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 外の街――。

 そこはネロたちが生まれ育った荒廃した都市とは、あまりにも異なる光景だった。ひび割れたコンクリートと煤に覆われた灰色の街並みではない。光と色彩が洪水のように押し寄せていた。

 夜空を突き破るほどに高く積み上げられたガラスの塔。電飾の光は昼のように街を照らし、無数のホログラムが宙に浮かんで踊っている。豪奢な自動車が静かに並び、通りを歩く人々は絹の衣に身を包み、笑顔を浮かべながら煌びやかな店に出入りする。

 だが、そこに漂う空気は冷たい。華やかさに眩むほど、裏側に潜むものが一層際立っていた。

「……ここは街じゃない。見せ物小屋だ」

 ネロは喉の奥がひりつくのを覚え、隣のカイルに低く呟いた。

「贅沢の臭いが鼻につくな。裏じゃ、きっと誰かが踏みつけられてる」

 カイルは苦々しい顔で吐き捨てる。

「きれい……でも、怖い。なんだか全部、作り物みたい」

 リナは震える声で言った。そんな彼女の感想に、テゴが金属質の声で補足した。

「的確だ。これは“繁栄の演出”だ。この街の支配者、ガルヴァンは莫大な資金で富を誇示し、人々を恐怖で縛っている」

 その名を聞いたとき、仲間たちは互いに視線を交わした。情報をつなぎ合わせて浮かび上がった黒幕の姿――“傲慢なる大富豪”ガルヴァン。荒れ果てた大地でなお、これほどの繁栄を維持できる男。ただの権力者ではない。狂気じみた執着がなければ不可能だ。

「……あいつが、修理屋を狙った理由も分かったな」

 ネロは小さく吐息を漏らした。

「俺たちを“コレクション”として囲う気だったんだ。傭兵を雇ったのは、俺たちを壊さずに捕らえるため。価値のある宝を、傷つけるわけにはいかないからな」

「人を物と同じ扱いにするなんて……」

 リナの声がかすかに震える。

「そんなの……許せない。この街の人たちも、みんな、奴の資産ってこと……?」

「その通りだ。奴は、この街の全てを支配している。富も、人も、全てだ」

 テゴの言葉に、空気が張り詰めた。全員がその名に宿る重みを、ようやく肌で感じ取ったからだ。彼と対峙することは、単なる傭兵戦などとは桁違いの戦いになる――それを誰もが理解していた。

「で、どうする? 正面から乗り込んでも、勝ち目なんてないんだろ」

 カイルが不安そうな顔で尋ねる。

「ああ。だから、正面からは行かない」

 ネロはそう言って、街の地図を広げた。

「奴の支配の秘密を探る。どこかに必ず、奴の支配の脆弱な部分があるはずだ」



 調査を進めるうち、ネロたちは街の奥深く、ひときわ豪奢な建築にたどり着いた。

 それが――“黄金の檻”。

 外壁はすべて金箔で覆われ、日光を反射して眩しく輝く。塔の頂には宝石を埋め込んだ装飾が施され、夜になれば星のように光を放つ。贅沢の極み。だが同時に、その厚い壁は外界を完全に断ち切っていた。

「……すげぇな」

 カイルが吐き捨てるように言った。

「あんなの、ただの金ピカの牢獄だ」

「牢獄……」

 リナがつぶやく。

「そうね、あんな場所で暮らすなんて、むしろ閉じ込められてるみたい。外の空気も、太陽の光も、何も感じられないんじゃないかしら」

「その通り。彼は富を集めることで外と隔絶し、同時に己を縛っている。ゆえに“黄金の檻”と呼ばれている」

 テゴが頷いた。そこが決戦の場となることを悟り、ネロは拳を握りしめた。

「なら、檻ごとぶっ壊してやるさ。俺たちが――自由のために」



 夜。

 ネロたちは人目を避け、檻の外壁の裏手から潜入を開始した。

「よし、このルートなら大丈夫だ。テゴ、頼む」

「了解。ガルヴァンの警備網は、パターン化されている。このデータを使えば、無効化できる」

 再び体に入ったテゴが解析した警備網をかいくぐり、カイルの手際で鍵やセンサーを無効化していく。

「へへ、こんなもん、俺の手にかかればただの遊びだぜ!」

 カイルはニヤリと笑いながら、手早く電子錠を解除していく。リナは狙撃銃で監視ドローンを撃ち落とし、道を切り開く。

「ドローン、あと二機! 任せて!」

 彼女の弾丸は、風を切りさき、正確にドローンのセンサーを貫く。


 やがて内部へと到達した一行の前に、警備兵たちが立ちふさがった。彼らは金で雇われた貧民だ。だが、その装備は重装甲のスーツや強力な電磁銃。ネロたちの街の粗末な武器とは比べ物にならない。

「ガルヴァンの命に従い、ここで止める!」

 警備兵の一人が叫び、火線がほとばしる。

「ちっ! こんなもん、どうやって防ぐんだよ!」

 カイルが叫ぶ。だがテゴが仲間たちを包み、弾丸を逸らす。

「心配はいらない。私の防御は、この程度の攻撃なら防げる」

 テゴが淡々と答える。

「テゴの影から攻撃するんだ、カイル。ネロはあそこの柱を使え」

 ミナトが周囲を把握し指示を出しながら、銃を撃つ。

 カイルが改造ハンドガンを撃ち返し、ネロが前へ飛び出す。

「どけぇッ!」

 サイコキネシスが解放され、重厚な鉄柱が宙を舞い、敵兵を弾き飛ばす。リナの弾が正確に装甲の隙間を貫き、警備兵たちは次々と倒れていく。

「突破するぞ!」

 ネロの叫びに全員がうなずき、黄金の廊下を駆け抜けた。



 檻の中心――広間。

 そこには金箔で覆われた壁と天井、床には宝石が散りばめられていた。中央には金の椅子。その上に腰かけ、悠然と彼らを待ち受ける男。

 ガルヴァン。

 肥え太った体躯を豪奢な衣で包み、唇に冷笑を浮かべていた。

「よくぞ来た、修理屋ども。お前たちのような有能な者は、私の資産に加える価値がある。だが残念だ……少々、反抗的すぎる。……私の管理下にあれば、お前たちの才能はもっと開花しただろうに」

 その声には圧倒的な自信があった。金こそが絶対の力であり、人も街もすべて買えるという確信。

「資産? ふざけんな! 俺たちはお前のために生きてるんじゃねぇ。自由のために働いて……自由のために二度寝するんだ!」

 ネロは真っ向から言い返した。その言葉にカイルが笑い、リナが力強くうなずいた。ミナトが静かに睨む。

「そうだ! 誰かの支配下で生きるくらいなら、死んだ方がマシだ!」

「私たちは、私たちのやり方で生きるんだ!」

「ここでお前を倒す!」

 テゴも低く告げる。

「解析完了。勝機はある。全力で行け」



 戦闘が始まった。

 ガルヴァンは自ら戦わない。だが檻そのものが彼の武器だった。

「馬鹿な奴らだ……! この富が、力が分からないのか! 私に逆らうなど、ありえない!」

 ガルヴァンは、金の椅子に座ったまま、狂ったように叫ぶ。その叫びに応じるように、壁に仕込まれた機銃が火を噴き、天井からは電撃が降り注ぐ。床は次々と崩れ落ち、罠のように襲いかかる。

 テゴが盾となるが、電撃とは相性が悪い。

「本体に影響なし。ただし、体の制御が低下」

「ちっ、檻ごと戦場にしてやがる!」

 カイルが叫ぶ。

「なら壊すまでだ!」

 ネロが拳を突き上げる。

 彼のサイコキネシスが解き放たれ、壁の機銃がねじ曲がり宙を舞う。テゴが即座に経路を計算し、リナが狙撃で残りの機銃を潰す。ミナトは爆薬を投げ込み、制御装置を吹き飛ばす。

「俺の銃が、お前が築いた虚飾をぶっ壊してやる!」

 カイルの叫びと銃撃音が、黄金の檻にこだまする。黄金の檻は次第に軋み、豪奢な壁が崩れ始めた。

「そんな……! ありえない! この富は、この力は、誰にも負けないはずだ!」

 ガルヴァンの顔から冷笑が消える。彼は恐怖に顔を歪ませ、震えながら叫ぶ。

「その富に縛られてんのは、お前自身だ!」

 ネロが叫ぶ。

「檻の中でふんぞり返って、何が支配者だ! お前は、ただの臆病者だ!」

 ネロの言葉が、ガルヴァンの心臓を貫く。彼は自らの築いた富に、自らの手で閉じ込められていたのだ。

 ネロのサイコキネシスが荒れ狂い、天井が歪み落下する。黄金の檻は崩壊し、ガルヴァンは自ら築いた豪奢な牢獄に押し潰された。



 静寂。

 舞い上がる埃の中、ネロたちは立っていた。

「……終わったんだ」

 リナが安堵の息を吐く。

「ああ。これで、もう誰も俺たちを狙う奴はいないはずだ」

 カイルは改造ハンドガンをしまい、ミナトの方を向いた。

「なあ、ミナト。本当に終わったんだよな」

「ああ。もう、誰も俺たちを追いかけない。俺たちは、自由に生きられる」

 ミナトはそう言って、穴の開いた天井から空を見上げる。

「終わったんだな……」

 ネロも空を見上げ大きく伸びをした。


 やがて外の街にも変化が訪れる。

 監視の目が消え、街中では兵士たちの支配が崩れ、人々の顔に初めて希望の色が戻った。抑圧されていた生活に光が差し込む。

 その光景を見ながら、ネロは呟いた。

「次こそ……ふかふかのベッドで二度寝だ」

 テゴが硬い声で応じる。

「その夢、必ず現実となろう」

 仲間たちは顔を見合わせ、自然と笑みをこぼした。

 ――こうして修理屋は、街と自分たちの未来を勝ち取ったのだった。
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