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第二章_水野冬樹
12.帰郷
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真冬の期間はひたすら体力トレーニングに明け暮れた。
何せ寒すぎてボールを使った練習は難しい。
練習試合などはしばらく行われなかった。
これは中学の頃と同じだったので戸惑いは無かった。
各自が自分の課題に向き合い、弱点を克服する期間になる。
パワー不足を感じている僕は、筋トレをメインにして過ごしていた。
長いシーズンオフが終わりに近付き春休みになった。
入学以来、学校が休みの日も毎日練習していたのだが、春休みに一日だけ休みをもらうことにした。
横浜に行って胡桃沢に会うことにしたのだ。
丁度三年前、中一から中二に進級するタイミングで転校して以来になる。
LINEやメールで写真を送り合っているし、電話で話しもしているので、ちょくちょく会っている錯覚を覚えるのだが、直接会うとなるとやっぱり緊張する。
この日はデートっぽく、横浜駅で待ち合わせをすることにした。
朝七時前の新幹線に乗れば、九時には横浜駅に着く。
東口のデパートの前で待ち合わせることにしたのだが、実を言うと中一まで、ほとんど横浜駅には行ったことが無かった。
無理しないで上大笹で会うことにすれば良かったかなぁ……
などと弱気になっていたのだが、スマホさえあれば何とかなるものだ。
横浜駅を降りて、すぐに電話しながら歩いていると、簡単に会うことができた。
僕たちは水上バスに乗って、みなとみらいに向かった。
赤レンガ倉庫や山下公園を手を繋いで歩いた。
緊張して手汗がグッショリだ……
でも、そんなことを気にしていたのも短時間だった。
お互いの近況や、これからの目標を話してるうちに、すっかり緊張感も無くなった。
元町のお洒落な店でランチを食べて、横浜ボールパークに行ってみた。
この日はオープン戦をやっている様子で、歓声が聞こえてきた。
でも今日は野球どころではない。
公園内を歩いて球場を半周してから、伊勢佐木町方面に向かった。
京浜電鉄に乗って彼女が通う横浜紅陵高校を見に行くことにしたのだ。
京浜電鉄の東太田駅を降りて、ダラダラと長い坂を上り切ったところが正門だ。
坂道は楓並木になっていて、秋になると紅葉が素晴らしいとのことだ。
今日、ひとつだけ試したいことがあった。
息を止めて彼女が僕のことをどう思っているのか聞いてみようと思ったのだ。
しかし三十秒ほど息を止めているつもりなのだが、彼女の声は聞こえない。
きっとドキドキしているせいで、ちゃんと息を止められてないのだろうか?
まぁいいか。
こんなことしなくても、きっと彼女も僕のことを好きでいてくれているに違いない、無理して確かめることもないだろう……
楽しい時間が過ぎるのは早い。
そろそろ東京駅に向かわなければ、上田に着く時間が遅くなってしまう。
次に会えるのは三年の夏に負けて、野球部を引退した後になるのかなぁ?
気が遠くなるほど先に感じる。
でも、その時までにやるべきことは山積みだ。
その先の未来の為に、野球を頑張らなければっ!
僕たちは東太田の駅で解散することにした。
僕は横浜方面、彼女は上大笹方面の電車に乗る。
ホームは別々だ。
「じゃぁな胡桃沢。またな」
「冬樹、ちょっと待って。胡桃沢じゃなくて、これからは名前で呼んで!」
「えぇ? 嫌だよ。恥ずかしいじゃん」
「恥ずかしくないから名前で呼んでっ!」
「お、おぉ…… じゃぁな香織。またな」
「うん。じゃぁね冬樹。頑張ってね!」
野球の神様が居るとしたら大変申し訳ないんだけど、高校入学以来、試合に勝った日よりも、ホームランを打った日よりも、今日が一番幸せな日だと思った。
四月になり二年生になった。
そして新入部員を迎えることになった。
今年は投手力が弱いので、一年生でも有望な投手が居たら登板するチャンスはある。
しかし第一印象では全員同じような体格で、特別背が高いとか、逆に背が低いとか、太っているとか、痩せているとか、特徴がある新入生は居なかった。
全員平均的な体格だ。
その中で、中学で投手をやっていたのが綿田と後藤だった。
つい先日まで中学生だったので、ストレートは速くないが、コントロールが良い。
四球で自滅するタイプではないだろう。
今後のトレーニングで、体が大人になっていけばスピードも上がるだろう。
即戦力とは言えないので、今年は予定通り福井先輩と土田先輩と宮沢の三人で投手陣を形成することになった。
去年までの松村先輩のような、絶対的エースは不在だ。
打ち勝つ野球を目指すことになるだろう。
そうなると僕の出塁率は重要だ。
甲子園は無理としても、去年と同じくらいの結果は残したいところだ。
春の大会が始まった。
背番号1は宮沢が着けることになった。
サードは福井先輩。
宮沢が守る予定だったショートは山中先輩が守ることになった。
流動的だった一塁は土田先輩、ライトは同級生の大塚が抜擢された。
この大塚は、入学当初はガリガリに痩せていて、パワーは小学生並み。
スピートも瞬発力も無く、練習に全く付いて来れない状態だった。
グラウンドの外野の向こう側に、小さな川が流れているのだが、菅沼先輩の打撃練習が始まると、打球が川まで飛んで行ってしまう。
僕たち一年生が球拾いに行くのだが、大塚は止められていた。
その理由が「大塚が川に流されちまったらどうするんだっ!」と言うことだったらしい……
深いところでもくるぶしまでしか無い川なのだが、菅沼先輩はマジで心配していたのだ。
それほどまでに貧弱な大塚だった。
いつ辞めてしまうのだろうか?
部員全員の心配を余所に、大塚はコツコツと練習を重ねていた。
堀内監督自作の筋トレマシーンで地道に努力を重ねて行った結果、今では誰もが大塚を、立派な逞しい高校球児として見るようになった。
一回戦と二回戦は先発の宮沢が試合を作り、打線が爆発して大量得点で問題無く勝ち上がった。
準々決勝の相手は去年の秋に県大会でベスト8に進出した実績のある小諸工業だ。
ここ数年コンスタントに良い成績を残しているので、難しい試合になると予想していた。
不安は的中した。試合巧者の小諸工業は、投手経験の浅い宮沢に対してバント攻撃を仕掛けてきたのだ。
ペースを崩された宮沢のコントロールが乱れ、四球から崩れて降板。
この流れになると、福井先輩と土田先輩もプレッシャーに弱いので、相手の攻撃を止められない。
僕たちの攻撃も機能していて点の取り合いになったが、残念ながら7対10で負けてしまった。
去年の秋に続き、地区大会敗退となった。
しかし、三試合で合計30得点を記録したので、打ち勝つ野球を目指す方向性は間違っていないだろう。
夏の大会を前に、福井先輩と土田先輩が野手に専念することになった。
練習試合で好投しても、公式戦では全く良いところが無いので、思い切って新戦力の綿田と後藤に託したい。
今年は良い成績を残せなくても、綿田と後藤が公式戦を経験すれば、来年以降に繋がるだろう。
勿論、今年も諦めた訳ではなく、自分たちが野手に専念することで、攻撃力が上がれば、打ち勝つ試合も増えるだろう。
との思いからの決断だった。
とは言え、宮沢が打たれるような展開になると、まだまだ球威が無い綿田と後藤では抑えるのは難しいだろう。
緊張して委縮するタイプではないが、今年の夏は宮沢の出来次第になるのではないだろうか?
何せ寒すぎてボールを使った練習は難しい。
練習試合などはしばらく行われなかった。
これは中学の頃と同じだったので戸惑いは無かった。
各自が自分の課題に向き合い、弱点を克服する期間になる。
パワー不足を感じている僕は、筋トレをメインにして過ごしていた。
長いシーズンオフが終わりに近付き春休みになった。
入学以来、学校が休みの日も毎日練習していたのだが、春休みに一日だけ休みをもらうことにした。
横浜に行って胡桃沢に会うことにしたのだ。
丁度三年前、中一から中二に進級するタイミングで転校して以来になる。
LINEやメールで写真を送り合っているし、電話で話しもしているので、ちょくちょく会っている錯覚を覚えるのだが、直接会うとなるとやっぱり緊張する。
この日はデートっぽく、横浜駅で待ち合わせをすることにした。
朝七時前の新幹線に乗れば、九時には横浜駅に着く。
東口のデパートの前で待ち合わせることにしたのだが、実を言うと中一まで、ほとんど横浜駅には行ったことが無かった。
無理しないで上大笹で会うことにすれば良かったかなぁ……
などと弱気になっていたのだが、スマホさえあれば何とかなるものだ。
横浜駅を降りて、すぐに電話しながら歩いていると、簡単に会うことができた。
僕たちは水上バスに乗って、みなとみらいに向かった。
赤レンガ倉庫や山下公園を手を繋いで歩いた。
緊張して手汗がグッショリだ……
でも、そんなことを気にしていたのも短時間だった。
お互いの近況や、これからの目標を話してるうちに、すっかり緊張感も無くなった。
元町のお洒落な店でランチを食べて、横浜ボールパークに行ってみた。
この日はオープン戦をやっている様子で、歓声が聞こえてきた。
でも今日は野球どころではない。
公園内を歩いて球場を半周してから、伊勢佐木町方面に向かった。
京浜電鉄に乗って彼女が通う横浜紅陵高校を見に行くことにしたのだ。
京浜電鉄の東太田駅を降りて、ダラダラと長い坂を上り切ったところが正門だ。
坂道は楓並木になっていて、秋になると紅葉が素晴らしいとのことだ。
今日、ひとつだけ試したいことがあった。
息を止めて彼女が僕のことをどう思っているのか聞いてみようと思ったのだ。
しかし三十秒ほど息を止めているつもりなのだが、彼女の声は聞こえない。
きっとドキドキしているせいで、ちゃんと息を止められてないのだろうか?
まぁいいか。
こんなことしなくても、きっと彼女も僕のことを好きでいてくれているに違いない、無理して確かめることもないだろう……
楽しい時間が過ぎるのは早い。
そろそろ東京駅に向かわなければ、上田に着く時間が遅くなってしまう。
次に会えるのは三年の夏に負けて、野球部を引退した後になるのかなぁ?
気が遠くなるほど先に感じる。
でも、その時までにやるべきことは山積みだ。
その先の未来の為に、野球を頑張らなければっ!
僕たちは東太田の駅で解散することにした。
僕は横浜方面、彼女は上大笹方面の電車に乗る。
ホームは別々だ。
「じゃぁな胡桃沢。またな」
「冬樹、ちょっと待って。胡桃沢じゃなくて、これからは名前で呼んで!」
「えぇ? 嫌だよ。恥ずかしいじゃん」
「恥ずかしくないから名前で呼んでっ!」
「お、おぉ…… じゃぁな香織。またな」
「うん。じゃぁね冬樹。頑張ってね!」
野球の神様が居るとしたら大変申し訳ないんだけど、高校入学以来、試合に勝った日よりも、ホームランを打った日よりも、今日が一番幸せな日だと思った。
四月になり二年生になった。
そして新入部員を迎えることになった。
今年は投手力が弱いので、一年生でも有望な投手が居たら登板するチャンスはある。
しかし第一印象では全員同じような体格で、特別背が高いとか、逆に背が低いとか、太っているとか、痩せているとか、特徴がある新入生は居なかった。
全員平均的な体格だ。
その中で、中学で投手をやっていたのが綿田と後藤だった。
つい先日まで中学生だったので、ストレートは速くないが、コントロールが良い。
四球で自滅するタイプではないだろう。
今後のトレーニングで、体が大人になっていけばスピードも上がるだろう。
即戦力とは言えないので、今年は予定通り福井先輩と土田先輩と宮沢の三人で投手陣を形成することになった。
去年までの松村先輩のような、絶対的エースは不在だ。
打ち勝つ野球を目指すことになるだろう。
そうなると僕の出塁率は重要だ。
甲子園は無理としても、去年と同じくらいの結果は残したいところだ。
春の大会が始まった。
背番号1は宮沢が着けることになった。
サードは福井先輩。
宮沢が守る予定だったショートは山中先輩が守ることになった。
流動的だった一塁は土田先輩、ライトは同級生の大塚が抜擢された。
この大塚は、入学当初はガリガリに痩せていて、パワーは小学生並み。
スピートも瞬発力も無く、練習に全く付いて来れない状態だった。
グラウンドの外野の向こう側に、小さな川が流れているのだが、菅沼先輩の打撃練習が始まると、打球が川まで飛んで行ってしまう。
僕たち一年生が球拾いに行くのだが、大塚は止められていた。
その理由が「大塚が川に流されちまったらどうするんだっ!」と言うことだったらしい……
深いところでもくるぶしまでしか無い川なのだが、菅沼先輩はマジで心配していたのだ。
それほどまでに貧弱な大塚だった。
いつ辞めてしまうのだろうか?
部員全員の心配を余所に、大塚はコツコツと練習を重ねていた。
堀内監督自作の筋トレマシーンで地道に努力を重ねて行った結果、今では誰もが大塚を、立派な逞しい高校球児として見るようになった。
一回戦と二回戦は先発の宮沢が試合を作り、打線が爆発して大量得点で問題無く勝ち上がった。
準々決勝の相手は去年の秋に県大会でベスト8に進出した実績のある小諸工業だ。
ここ数年コンスタントに良い成績を残しているので、難しい試合になると予想していた。
不安は的中した。試合巧者の小諸工業は、投手経験の浅い宮沢に対してバント攻撃を仕掛けてきたのだ。
ペースを崩された宮沢のコントロールが乱れ、四球から崩れて降板。
この流れになると、福井先輩と土田先輩もプレッシャーに弱いので、相手の攻撃を止められない。
僕たちの攻撃も機能していて点の取り合いになったが、残念ながら7対10で負けてしまった。
去年の秋に続き、地区大会敗退となった。
しかし、三試合で合計30得点を記録したので、打ち勝つ野球を目指す方向性は間違っていないだろう。
夏の大会を前に、福井先輩と土田先輩が野手に専念することになった。
練習試合で好投しても、公式戦では全く良いところが無いので、思い切って新戦力の綿田と後藤に託したい。
今年は良い成績を残せなくても、綿田と後藤が公式戦を経験すれば、来年以降に繋がるだろう。
勿論、今年も諦めた訳ではなく、自分たちが野手に専念することで、攻撃力が上がれば、打ち勝つ試合も増えるだろう。
との思いからの決断だった。
とは言え、宮沢が打たれるような展開になると、まだまだ球威が無い綿田と後藤では抑えるのは難しいだろう。
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