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第三章_星満
4.ボールパーク
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入部してから月曜日と木曜日は、そんな感じで過ごしていた。
他の日は帰宅部同然の生活ができるのだが、普通に帰宅していては何もできない。
夏休みの終盤に北岳に行くのだから、旅費が必要になるのだ。
両親に頼めば旅費を工面してくれるだろうけど、ウチは決して裕福ではないし、普通の部活と違って、大会に出場する為の旅費ではないし、何だか申し訳なくて頼みにくいのだ。
やはり、自分でアルバイトで稼いで行くのが筋だろう。
と考えるようになった。
校舎は高台にあるので、正門から東の方向の眺望は良い。
昼間は分かりにくいのだが、暗くなってくると、横浜ボールパークの照明塔が近くに見える。
とは言え、電車で二駅分の距離はある。
走って行けばトレーニングになるし、球場のスタンドを重い荷物を持って、上がったり下ったりするのもトレーニングになる。
その上、好きな野球も観れる。
そんな理由で部活が無い日は、横浜ボールパークで弁当を売るアルバイトをすることにした。
野球部には入部しなかったが、基本的に野球は好きなのだ。
贔屓のプロ野球チームは、やっぱり地元の横浜ドルフィンズだ。
本拠地球場の横浜ボールパークに初めて行ったのは、小学五年生の時だった。
蛮と一緒に入った少年野球チームの監督が、皆を連れて行ってくれたのだ。
その頃から蛮は不動のレギュラーキャッチャーとして活躍していたが、僕は内野を守ればトンネルだし、外野を守ればバンザイだし、どこにも守る場所が無い不動のベンチウォーマーだった。
たまに代打で出場しても三振ばかり、ファールすら打てずにベンチに戻ることが多かった。
そんな僕を励ましてくれて、いつもキャッチボールのパートナーに選んでくれていたのは蛮だった。
蛮のおかげで、下手糞で試合に出れなくても、野球は楽しいなぁ。
と感じることができたのだと思う。
観戦しに行ったのは、シーズン終盤の秋だったと記憶している。
その年のドルフィンズも、例年通りの弱さを発揮していて、既に最下位が確定していた。
ただ一つの希望が、主砲の多城選手であった。
僕たちが観戦しに行った試合までに、ホームランを40本打っていて、自身二度目のホームラン王を確実にしていたのだ。
天気の良い日曜日のデーゲーム、チームが強ければ満員になってもおかしくない野球観戦日和だったが、最下位のドルフィンズの試合なのでスタンドはガラガラに空いていた。
僕たちはグローブを片手に外野スタンドの好きな場所に陣取っていた。
多城選手のホームランボールが飛んで来ないかなぁ……
と皆で口にしながら観ていたのだ。
僕だけは、ホームランボールが飛んで来ても捕れる自信がなかったので、できれば飛んで来ないで欲しいと思っていた。
そんな中、一回の裏に四球のランナーを一塁に置いて、四番の多城選手に第一打席が回ってきた。
対戦相手の名古屋軍も、既に四位以下のBクラスが確定していたので、あまり実績の無い、若手の知らないピッチャーが投げていた。
ただし、球はかなり速そうな感じだった。
電光掲示板に表示される球速は、150キロを上回る数字が出ていたのだ。
流石の多城選手も何球か振り遅れのファールを打っていて苦戦している様子に見えた。
フルカウントまで粘り、もう10球目に近づいていたその時、多城選手のバットから弾かれた打球は青空に高々と舞い上がった。
これは振り遅れの内野フライだ。
と思ったその打球が、いつまでも落ちてこない。
僕はポカンと口を開け、青空を長い時間見上げていたような気がする。
ゆっくりと放物線を描いた打球は、やがて僕が差し出したグローブの中に納まった。
いつもだったらバンザイして頭の上を越されてしまうのだが、この日はボールのほうから勝手にグローブの中に飛び込んできた感覚だ。
実を言うと、ボールが近付いてきた直前に、怖くなって目を閉じていたのだ。
でも、そんなことは関係ない!
大好きな多城選手のホームランをキャッチしたことが嬉しくて、僕はピョンピョン飛び跳ねながら外野スタンドを走り回っていた。
そうしているところに、何やら球場関係のお兄さんが近付いてきた。
「実は今のホームランが多城選手の通算200号なので、球団のほうでボールを預かりに来たんだけど……」
あぁそうなのか。
200号の記念のホームランでもあったのかっ!
それを僕がキャッチするとは!
「君、名前は何て言うの?」
「星満です」
「どんな字?」
「夜空の星に、満足の満です」
「将来何になりたい?」
「プロ野球選手ですっ!」
そんなの無理だ。
って分かっていたけれど、この時は嬉しくて、つい言ってしまったのだ。
「じゃぁこのボールの代わりに記念品を持ってくるから、ちょっとここで待っててね」
そう言ってお兄さんはホームランボールを持って内野のほうに歩いて行った。
しばらくして、お兄さんが戻ってくると、多城選手のサインボールを持っていた。
記念のボールと引き換えに多城選手が書いてくれたそうだ。
そこには「満君 プロ野球選手になれるように 頑張れ」と書かれていた。
まぁそんな出来事があったので、万年補欠のままだったけれど、中学卒業までは野球部に在籍していたのだ。
もしかしたら一生懸命練習しているうちに、上手くなってレギュラーになれるかもしれない。
なんて思っていた時期もあったけれど、とうとう補欠のまま中学を卒業することになった。
プロ野球選手になれるように頑張ったつもりだったけれど、中学の野球部の万年補欠ではやっぱり無理だろう。
サインボールを書いてくれた多城選手には申し訳ないけれど、精一杯頑張った結果だから許して欲しい。
当面の目標は、山岳部で頑張って、綺麗な天体写真を撮影することだ。
その先の目標は、漠然としているけれど、カメラマンになれたらいいなぁ……
などと思ってはいるけれど、どうやったらなれるのか?
ちゃんと調べてないので、今のところ単なる憧れのレベルでしかない。
何はともあれ、まだ満足できる天体写真を一枚も撮れていないので、夏休みの北岳登山に向けて旅費を稼ぐことも重要だ。
山岳部の練習が無い日に、横浜ボールパークの弁当売りのアルバイトは、我ながら名案だと思っていた。
初めてアルバイトに行った日は、ちょっとした驚きがあった。
アルバイトの通用口は半地下になっている駐車場の奥にあるのだが、同じ通用口を選手やマスコミも利用していることを知ったのだ。
弁当屋の部屋は一塁側のベンチの近くにあり、すぐ横を選手が通ったりしている。
多城さんを始めとして、主力選手の熊本さんや、呂比須さんが目の前を普通に歩いているのだ。
それだけで嬉しくなってしまって、お金は要らないから、毎日ここで働かせて欲しい!
と思ってしまったのだ。
いや、ちょっと待てよ。
これは言い過ぎだろう。
やはりお金は欲しい。
山に行くのだから……
小学生の頃から野球部のベンチがポジションだったので、僕は大きな声を出すことが身に付いてしまっているようだ。
アルバイトに来てから、知っている選手が近くに来ると、「こんにちはっ!」「頑張っていきましょう!」「今日も打って下さいねっ!」
とか、特別意識する訳でもなく、自然と声が出てしまっていた。
そのうち選手のほうからも「お疲れ様」「ありがとう」「バイト頑張ってな」などと返事をしてくれるようになったのだ。
何だか選手と友達になれたみたいで、嬉しくて嬉しくて仕方がないっ!
チームが遠征で横浜ボールパークで試合が無い日は、何だか張り合いが無くて、抜け殻みたいになってしまっていた。
他の日は帰宅部同然の生活ができるのだが、普通に帰宅していては何もできない。
夏休みの終盤に北岳に行くのだから、旅費が必要になるのだ。
両親に頼めば旅費を工面してくれるだろうけど、ウチは決して裕福ではないし、普通の部活と違って、大会に出場する為の旅費ではないし、何だか申し訳なくて頼みにくいのだ。
やはり、自分でアルバイトで稼いで行くのが筋だろう。
と考えるようになった。
校舎は高台にあるので、正門から東の方向の眺望は良い。
昼間は分かりにくいのだが、暗くなってくると、横浜ボールパークの照明塔が近くに見える。
とは言え、電車で二駅分の距離はある。
走って行けばトレーニングになるし、球場のスタンドを重い荷物を持って、上がったり下ったりするのもトレーニングになる。
その上、好きな野球も観れる。
そんな理由で部活が無い日は、横浜ボールパークで弁当を売るアルバイトをすることにした。
野球部には入部しなかったが、基本的に野球は好きなのだ。
贔屓のプロ野球チームは、やっぱり地元の横浜ドルフィンズだ。
本拠地球場の横浜ボールパークに初めて行ったのは、小学五年生の時だった。
蛮と一緒に入った少年野球チームの監督が、皆を連れて行ってくれたのだ。
その頃から蛮は不動のレギュラーキャッチャーとして活躍していたが、僕は内野を守ればトンネルだし、外野を守ればバンザイだし、どこにも守る場所が無い不動のベンチウォーマーだった。
たまに代打で出場しても三振ばかり、ファールすら打てずにベンチに戻ることが多かった。
そんな僕を励ましてくれて、いつもキャッチボールのパートナーに選んでくれていたのは蛮だった。
蛮のおかげで、下手糞で試合に出れなくても、野球は楽しいなぁ。
と感じることができたのだと思う。
観戦しに行ったのは、シーズン終盤の秋だったと記憶している。
その年のドルフィンズも、例年通りの弱さを発揮していて、既に最下位が確定していた。
ただ一つの希望が、主砲の多城選手であった。
僕たちが観戦しに行った試合までに、ホームランを40本打っていて、自身二度目のホームラン王を確実にしていたのだ。
天気の良い日曜日のデーゲーム、チームが強ければ満員になってもおかしくない野球観戦日和だったが、最下位のドルフィンズの試合なのでスタンドはガラガラに空いていた。
僕たちはグローブを片手に外野スタンドの好きな場所に陣取っていた。
多城選手のホームランボールが飛んで来ないかなぁ……
と皆で口にしながら観ていたのだ。
僕だけは、ホームランボールが飛んで来ても捕れる自信がなかったので、できれば飛んで来ないで欲しいと思っていた。
そんな中、一回の裏に四球のランナーを一塁に置いて、四番の多城選手に第一打席が回ってきた。
対戦相手の名古屋軍も、既に四位以下のBクラスが確定していたので、あまり実績の無い、若手の知らないピッチャーが投げていた。
ただし、球はかなり速そうな感じだった。
電光掲示板に表示される球速は、150キロを上回る数字が出ていたのだ。
流石の多城選手も何球か振り遅れのファールを打っていて苦戦している様子に見えた。
フルカウントまで粘り、もう10球目に近づいていたその時、多城選手のバットから弾かれた打球は青空に高々と舞い上がった。
これは振り遅れの内野フライだ。
と思ったその打球が、いつまでも落ちてこない。
僕はポカンと口を開け、青空を長い時間見上げていたような気がする。
ゆっくりと放物線を描いた打球は、やがて僕が差し出したグローブの中に納まった。
いつもだったらバンザイして頭の上を越されてしまうのだが、この日はボールのほうから勝手にグローブの中に飛び込んできた感覚だ。
実を言うと、ボールが近付いてきた直前に、怖くなって目を閉じていたのだ。
でも、そんなことは関係ない!
大好きな多城選手のホームランをキャッチしたことが嬉しくて、僕はピョンピョン飛び跳ねながら外野スタンドを走り回っていた。
そうしているところに、何やら球場関係のお兄さんが近付いてきた。
「実は今のホームランが多城選手の通算200号なので、球団のほうでボールを預かりに来たんだけど……」
あぁそうなのか。
200号の記念のホームランでもあったのかっ!
それを僕がキャッチするとは!
「君、名前は何て言うの?」
「星満です」
「どんな字?」
「夜空の星に、満足の満です」
「将来何になりたい?」
「プロ野球選手ですっ!」
そんなの無理だ。
って分かっていたけれど、この時は嬉しくて、つい言ってしまったのだ。
「じゃぁこのボールの代わりに記念品を持ってくるから、ちょっとここで待っててね」
そう言ってお兄さんはホームランボールを持って内野のほうに歩いて行った。
しばらくして、お兄さんが戻ってくると、多城選手のサインボールを持っていた。
記念のボールと引き換えに多城選手が書いてくれたそうだ。
そこには「満君 プロ野球選手になれるように 頑張れ」と書かれていた。
まぁそんな出来事があったので、万年補欠のままだったけれど、中学卒業までは野球部に在籍していたのだ。
もしかしたら一生懸命練習しているうちに、上手くなってレギュラーになれるかもしれない。
なんて思っていた時期もあったけれど、とうとう補欠のまま中学を卒業することになった。
プロ野球選手になれるように頑張ったつもりだったけれど、中学の野球部の万年補欠ではやっぱり無理だろう。
サインボールを書いてくれた多城選手には申し訳ないけれど、精一杯頑張った結果だから許して欲しい。
当面の目標は、山岳部で頑張って、綺麗な天体写真を撮影することだ。
その先の目標は、漠然としているけれど、カメラマンになれたらいいなぁ……
などと思ってはいるけれど、どうやったらなれるのか?
ちゃんと調べてないので、今のところ単なる憧れのレベルでしかない。
何はともあれ、まだ満足できる天体写真を一枚も撮れていないので、夏休みの北岳登山に向けて旅費を稼ぐことも重要だ。
山岳部の練習が無い日に、横浜ボールパークの弁当売りのアルバイトは、我ながら名案だと思っていた。
初めてアルバイトに行った日は、ちょっとした驚きがあった。
アルバイトの通用口は半地下になっている駐車場の奥にあるのだが、同じ通用口を選手やマスコミも利用していることを知ったのだ。
弁当屋の部屋は一塁側のベンチの近くにあり、すぐ横を選手が通ったりしている。
多城さんを始めとして、主力選手の熊本さんや、呂比須さんが目の前を普通に歩いているのだ。
それだけで嬉しくなってしまって、お金は要らないから、毎日ここで働かせて欲しい!
と思ってしまったのだ。
いや、ちょっと待てよ。
これは言い過ぎだろう。
やはりお金は欲しい。
山に行くのだから……
小学生の頃から野球部のベンチがポジションだったので、僕は大きな声を出すことが身に付いてしまっているようだ。
アルバイトに来てから、知っている選手が近くに来ると、「こんにちはっ!」「頑張っていきましょう!」「今日も打って下さいねっ!」
とか、特別意識する訳でもなく、自然と声が出てしまっていた。
そのうち選手のほうからも「お疲れ様」「ありがとう」「バイト頑張ってな」などと返事をしてくれるようになったのだ。
何だか選手と友達になれたみたいで、嬉しくて嬉しくて仕方がないっ!
チームが遠征で横浜ボールパークで試合が無い日は、何だか張り合いが無くて、抜け殻みたいになってしまっていた。
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