僕たちが見上げた空に ☆横浜の空高くホームランかっ飛ばせタシロ!☆

高橋ヒデミチ

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第三章_星満

10.お兄さん

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 十月の終わりにプロ野球のドラフト会議が実施された。
 ドルフィンズは今年も見せ場無く最下位に終わっていた。
 今年の目玉は明法大の青木投手だ。
 競合してくじ引きになるだろうが、最下位脱出する為には是非とも必要な投手だ。
 覚悟を決めて指名して欲しい!

 なんて思っていたのだが、このチームはくじ引きがあまり好きではなく、ここ数年は、そこそこの能力の選手を単独指名する戦略を採用していた。
 今年も目玉の青木投手を回避して、なんとなく上手い指名をしている感じだが、弱気な戦略としか感じられなかった。

 CS放送で観ているので、ドラフト下位まで中継は続いているが、裏番組を観たい様子の姉が文句を言い出した。
「あんたさぁ、こんなの明日の新聞読めば結果は分かるじゃない。
 もう誰だか知らない選手ばっかりだし、チャンネル替えなよ」

 姉の言い分は最もである。
 指名は六巡目に入っていたので、僕も知らない選手が多くなってきていた。
「分かったよ。じゃぁ次の横浜の指名が終わったらチャンネル替えるよ」

 そろそろ指名を終了するチームも出てきたので、ドルフィンズの順番はすぐに回ってきた。
 まぁ七巡目ともなれば、間違って活躍してくれたらラッキー!
 ってレベルの選手しか残っていないだろうが……

「第七巡目選択希望選手、横浜、長嶋一茂、投手、二十二歳、横浜情報工芸大学」
 そう読み上げられた瞬間、姉が「えぇっ!」と大声を出してテレビの前に移動して画面を凝視した。
「何だよ、姉貴この選手と知り合いなの?」
「えっ? あぁ、うん。ちょっと知ってる人だったから、びっくりした」
 指名された選手で注目されている選手は、今までの活躍シーンのVTRが紹介されたり、アマチュア時代の成績が紹介されたりするが、この長嶋選手に関してはVTRどころか顔写真も出てこない。それどころか、投手として指名されているのに、大学時代に投手として公式戦に出場した記録が残されていない。
 と発表された。

 まぁ大して期待されないドラフト下位指名なんだろうが、こんな指名をしているから毎年最下位なんだよ……
 と、半分呆れかえっていたところで、僕の中の記憶の糸がピーンと張り、頭の中で振動した。
「あぁっ! この人はっ!」
「何よ、あんたもこの人のこと知ってるの?」
「思い出したっ! ボールパークの弁当屋のバイトで一緒だったお兄さんだっ!」

 そうだ、二人して大きな声を出して、売り子のムードを盛り上げる役を担っていたバイトのお兄さんは、「長嶋一茂」って名前だった気がする。
 お互いちゃんと自己紹介はしていなかったが、有名人と同じ名前なので何となく憶えていたのだ。
 でも顔写真が紹介されてないので、本当にあのお兄さんなのか、完全に決まった訳ではない。

 翌日、駅の売店でスポーツ新聞を買った。
 全球団の全指名選手が写真入りで紹介されているが、長嶋選手の写真は鮮明ではなく、あのお兄さんと同一人物なのか判断できるものではなかった。

 テレビで報道されるのは、広島がくじを引き当てた、青木投手のような有力選手ばかりで、最下位球団の無名のドラフト七巡目の選手など、話題にもならなかった。
 しばらくすると、週間プロ野球ガイトという雑誌でドラフト特集号が発売された。
 その雑誌に長嶋選手のことが少し詳しく載っていた。
 顔写真も鮮明で、球場でアルバイトをしていたエピソードも紹介されていたので、やっぱりあのお兄さんだった!
 と確信することができた。

 来年もバイトに行って、お兄さんと会えたらいいなぁ……
 と思ったが、果たして一軍の戦力になる実力があるかどうか?
 それは分からなかった。

 姉にも雑誌を見せた。プロフィールと写真を見て姉も確信した様子だった。
 姉はどこでお兄さんと知り合いになったのだろうか?

 僕と姉は少し年が離れていて、姉は大学四年生で来年から社会人になる。
 長嶋選手と同学年なので、どこかで接点があっても不思議ではない。

 蛮のお父さんが、地元の大手・豊産自動車の広報の偉い人らしくて、姉は所謂いわゆるコネというもので内定を決めているらしかった。
 多分近所のディーラーに配属されて、受付か何かの仕事をやるのだろう。
 と本人も家族も勝手に想像していたのだが、この頃になって姉から直々に、蛮のお父さんに予想外のお願いをしていることが発覚した。

 それは、横浜ボールパークのリリーフカーを運転する仕事がやりたい。
 という突拍子もないお願いだった。
 確かにリリーフカーは豊産自動車の車だし、蛮のお父さんは広報の仕事をしているので、少しは影響力があると思われるが、リリーフカーの運転ってボールパークの職員の人か、もしくはチアリーダーのチームのお姉さんがやるものなのでは?
 と勝手に想像していた。

 本来ならば、車を提供しているメーカーの社員の仕事ではないのだが、姉の鬼気迫る迫力に圧されて、蛮のお父さんが動いてくれたらしく、来シーズン限定でリリーフカーを運転させてもらえるようになったらしい。
 僕と蛮は幼稚園からの腐れ縁なのだが、父と蛮のお父さんも同じ関係らしく、幼稚園から高校卒業まで一緒だったようで、蛮のお父さんにしてみると姉は娘みたいなもので、ついつい甘やかしてしまっているようなのだ。

 蛇足ではあるが、僕と蛮は幼稚園からの腐れ縁ではなく、父親の金○の中に居た頃からの腐れ縁だと訂正する必要がある。
 姉の企みの真意が何なのかは謎ではあるが、ボールパークのリリーフカーの運転手って、ちょっと羨ましかった。
 弁当屋のバイトが終わったらブルペンに移動して、トランクの中に隠れて、僕もグラウンドの中に入れないものか?
 ちょっと想像したりしてみたが、それに何の意味があるのか?
 と冷静に考えるとバカバカしくなってきた。

 十二月になり、毎朝のキャッチボールが寒くて辛くなってきた。
 蛮の投げる球は、キャッチャーなのに僕よりも速いし、球質も重くて左手が痛くなる。
 僕はと言うと、納豆とあさりの味噌汁を継続しているのに、その後は何も変化が起きず、毎朝ヘロヘロ球を投げている。

「でぇ~ 星よぉ~ 四月から毎日付き合ってもらっているが、こう寒いと怪我をする危険もあるし、暖かくなるまでキャッチボールは休みにしようと思うんだが、お前はどう思うかぁ? でぇ~」
 突然の提案ではあったが、正直有難かった。
「いや、まぁ、そうだな…… 全然速球を投げられないし、少し休んでみるのもいいかな?」
「でぇ~ それとな、納豆とあさりの味噌汁の組み合わせにも飽きただろう。半年以上も続けてるのに、何の効果も無いってことは、もしかしたら違うものが原因なんじゃないかと思うんだよ。でぇ~」
「うん、俺もそんな気がしているところだったよ」
「唯一の手掛かりなんだか、春になってキャッチボールができる環境になるまで、納豆とあさりの味噌汁も休みにしたらどうかと思うんだがな…… でぇ~」
「分かった、少し休みにしてみよう。以前のように何も意識しないで、普通に朝ごはんを食べてるうちに、何か新しいヒントが現れるかもしれないしな」
「星よぉ~ これだけは伝えておきたかったんだが、お前の投げる球は以前と比べると、間違いなく速くなってるぞぉ~ でぇ~」
「えぇ? 本当かっ?」
「あぁ本当だとも! 最初の頃はせいぜい90キロくらいの速さだったが、今は100キロ以上は出ているぞぉ~ でぇ~」
「何だよ、100キロじゃぁ野球部員としては最低レベルじゃないか……」
「いや~毎日の練習の成果だと思えば、これは凄いことだと思うぞぉ~ 継続することの大切さを、お前は身をもって証明しとるんじゃぁ~ でぇ~ ピッチングフォームも格好良く見えるようになったしのぅ」
「そうか、それじゃぁ冬の間も、暖かい日はキャッチボールをやるか! 何もしないと元に戻っちゃいそうだしな」

 そんな訳で、しばらく納豆とあさりの味噌汁とキャッチボールから解放されることになった。
 アジの開きやハムエッグ、日によってはご飯ではなくパンを食べてから家を出ることが新鮮で嬉しかった。
 たまに納豆の日もあったが、久し振りに食べると美味しく感じられることも良かった。
 義務で食べていると気分も上がって来ない。
 速球を投げる状態に覚醒しなかったのは、気分の問題も関係していたのではないか?
 そんな風にも思っていたが、年が明けるまでは何の変化も起こらなかった。
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