僕たちが見上げた空に ☆横浜の空高くホームランかっ飛ばせタシロ!☆

高橋ヒデミチ

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第三章_星満

11.開幕

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 冬の間の山岳部の活動は地味である。
 次の夏はどの山に登ろうか?
 ってな話題は盛り上がるが、来週や来月の話しではないので、多くの部員はトレーニングをやらずに、地図を見たり雑誌を見たりするだけで、何となく部室に集まって時間潰しをすることが日常になってしまっている。

 僕だけは、両俣山荘で住み込みのアルバイトをする目標があるので、トレーニングは手抜きせずに続けていた。
 先日のキャッチボールで、入学した頃よりも球が速くなった。
 って事実も励みになっていた。
 毎日少しずつでも続けて行けば、結果は後から付いてくるものなのだ。
 たまに三浦半島の低山に練習登山に行くことがあったが、以前だったらすぐにハァハァして息が上がってしまっていたのに、今は先頭を息切れすることなく歩けるようになっていた。


 二月が近付いてきた頃、久し振りに納豆とあさりの味噌汁という組み合わせになった。
 もしかしたら今日は何か起きるかもしれない……
 と少しは期待していた。

 上大笹から電車に乗ると、予感は当たっている気がした。
 電車の速度が遅く感じるのだ。
 東太田駅を降りて歩き始めると、学校に向かう生徒の歩く列が遅く感じる。
 僕だけがスイスイ歩けている。
 今日は速球が投げられるっ!

 そう確信して、学校に到着して蛮のところに向かって走った。
「でぇ~ 星ぃ~ 本当かぁ~」
「おぉ! 今日は間違いなく覚醒している実感があるんだ」
「良しっ! 久し振りにやってみるかぁ! でぇ~」
 いつもの体育館裏に行き、キャッチボールを開始した。
「うぉ~ 星よぉ~ 速いぞぉ~ でぇ~」
 蛮は久し振りに大袈裟に喜んでいる。
「星よぉ~ まだ覚醒する条件は見つかってないが、とりあえず野球部に入部してもらえんかのぅ? お前が投げてくれれば甲子園も夢じゃないんだが…… でぇ~」
「待ってくれよ蛮。俺が速球を投げられたのは、高校に入ってから今日で三回目だろ。
 試合がある日に覚醒すれば、もしかしたら勝てるかもしれないけど、普通の日だったら俺なんか戦力にならないだろっ」
「とりあえず、形だけでも野球部に入部して、いつでも投げられるように準備してもらえんかのぅ…… でぇ~」
「入部するだけじゃダメだろ。ベンチ入りメンバーとして登録しなければ試合には出れないだろ。
 俺がベンチ入りすると、一人外れなきゃならないじゃないかっ!
 形だけの入部でそんなことできないよっ!」

 速球が投げられたのは良いが、謎は全く解けていない。
 どうしたら速球が投げられるのか、自分の意志でコントロールできない以上、戦力になんかなれっこない。
「でぇ~ とりあえず入部届だけても提出しておいて、山岳部の練習が無い日は野球部で練習するってのはどうだろうか? ダメかのぅ? でぇ~」

 入部して練習に参加するとなると、ユニフォームや硬式用のグローブが必要になってくるだろう。
 牛丼屋のバイトで貯金はあるけれど、それは山に行く為の旅費にしたいし、野球の道具は安くないしなぁ……

 結局この日は結論が出なかった。
 納豆とあさりも意識して食べると効果が出ないので、しばらく自然に過ごすことにした。
 寒い日が続いているので、キャッチボールも日課にはしていない。
 僕の感覚で、今日は行けるっ!
 って予感がした時にだけ、蛮に報告してキャッチボールをするように約束していた。

 二月になりプロ野球のキャンプが始まった。
 お兄さんは一軍メンバーには入れなかったようだ。
 まぁ無名のドラフト七巡目の選手だから、二軍スタートでも何の不思議もないのだが、やはり気にならない訳はないのだ。

 お兄さんが野球をやっているところは見たことがないけれど、キャンプが終わって横浜でオープン戦が始まる頃に、一軍でチャンスを貰えるように頑張って欲しい。
 お兄さんが一軍のベンチに入ったら、絶対に弁当屋のバイトに行って挨拶しなきゃ!
 と思っていた。
 でもお兄さんは僕のことを覚えているだろうか?
 それが心配ではあるが、こんなにも開幕が待ち遠しいのは初めてのことだった。

 その後、納豆とあさりの味噌汁の日があったのだが、その日は何も起きなかった。
 他に何か条件が必要なのだろうが、全く心当たりが無い。
 それでも野球部に入部だけでもしてくれないか?
 と、蛮のアプローチが続いたのだが、プロ野球が開幕したら弁当屋のアルバイトをやりたいので、野球部に入るのは無理だなぁ。
 との判断で、毎回お断りをするのが辛かった……
 
 三月になり、横浜ボールパークでもオープン戦が開催されるようになった。
 今年も弁当屋のアルバイトを頑張るぞっ!
 とは言え、デーゲームでの開催なので平日は行くことができない。
 土日は他の球場だったりして、なかなか機会を得られなかった。
 ちゃんと行くのは開幕してからにしようか……

 お兄さんは相変わらず二軍に居るようだ。
 この調子ではアルバイトに行っても会えないだろう。
 二軍の試合があったら観に行くのも悪くないかな? 

 学校は春休みになった。
 プロ野球も開幕目前だ。
 ドルフィンズは毎年ドベなので、開幕は相手の本拠地から始まるのが当たり前になっていた。
 今年は広島からスタートだ。
 開幕一軍登録メンバーが発表されたが、お兄さんの名前は無かった。

 横浜ボールパークでの開幕戦は、東京の「紳士」を自負している球団が相手だ。
 広島での開幕三連戦は「例年通り」負け越した。
 本拠地での開幕三連戦は絶対に勝ち越したいところだ。
 ここで勝てないと、今年もズルズルと下位に低迷する予感しかしない。

 試合開始前にお兄さんの一軍登録が発表された。
 キャンプ、オープン戦と二軍での調整が続いていたので、まさかこのタイミングで一軍に呼ばれるとは思わなかった。
 入団発表の時、今年から指揮を執ることになった葉山監督が「秘密兵器は長嶋」とコメントしていたけど、本当に秘密兵器なのだろうか?
 そうだとしても、いきなり重要な場面での登板はないだろう。
 実績の無い新人投手だから、負けそうな場面での、俗に言う敗戦処理から信頼を勝ち取って、勝ちパターンで起用されるように、ステップを踏んで行くに違いない。

 まだ春休み中だったので早速アルバイトに出掛けた。
 試合開始前にお兄さんに会えないものか?
 緊張して行ったのだが、この日は会うことはできなかった。

 去年の八月以来のアルバイトだったが、最初が肝心だと思っていたので、大きな声で挨拶して回った。
 スタッフの皆さんからは「今年も宜しくねっ」と声を掛けてもらえて嬉しくなった。

 選手の何人かも、僕のことを覚えていてくれていたみたいで、声を掛けてくれた。
 セカンドを守る熊本さんから「去年より大きくなったな」と言われたことが嬉しかった。
 この一年で身長はそんなに変わっていない。
 これは「背が伸びたな」という意味ではなく「ガッチリした体になったな」という意味で言ってくれたのだろう。
 山登りの為にトレーニングを続けていた効果が現れていると思われる。
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