僕たちが見上げた空に ☆横浜の空高くホームランかっ飛ばせタシロ!☆

高橋ヒデミチ

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第三章_星満

9.約束

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 夕食の後に、山荘の近くで天体写真を撮った。
 この時は星の動きを追尾する、モータードライブを使わせてもらって、5分間の露出時間で撮ってみた。

 カメラの小さなスクリーンでは分からなかったが、山荘に戻ってテレビに接続して確認すると、自分で撮ったとは思えないほどの出来栄えだった。
 カメラの性能も関係してくるのだろうが、モータードライブを使った長時間露光で、こんなに簡単に凄い写真が撮れてしまうものなのかっ! これを仕事にするのならば、普通に撮るだけではなく、何かプラスアルファが無ければ通用しないだろう。

 木村さんの撮った写真は、どれもインパクトのある写真だ。
 どうしたら観る人の心に残る写真が撮れるようになるのか?
 ちょっと教えてもらって身に付くものではないことは薄々感じている。

 漠然とカメラマンになってみたい。
 なんて考えているけれど、ちゃんとした技術を勉強しなければ「素人が撮ったちょっと上手な写真」で終わってしまうに違いない。
 そんなことに気付いた夜だったが、明日の山行の為に、しっかり眠ることを優先しよう……

 翌朝、木村さんと二人で、夏休みに歩いた同じルートで、北岳に向けてスタートした。
 山で生活していて、容姿も体格も本格的な山男に見える木村さんだったが、やはり実力も段違いで、僕は付いて行くことができなかった。

 ちょくちょく待ってもらいながら、北岳の稜線まで出たが、山荘を出発してから四時間でここまで来てしまった。
 夏休みに来た時より一時間も速いペースだ。
 木村さん一人なら、もっと速いペースで来れるのだろう。
 写真の技術だけではなく、体ももっと鍛えなければならない。

 北岳の山頂から望む景色は、やはり素晴らしい景色だった。
 今日で二回目だが、ここには何回も来たいと思える場所だ。
 簡単には来れない場所だからこそ、ここで見る景色は特別な感動があるのだろう。
 夏休みはここでUターンしたが、今日はそのまま進み、眼下に見える北岳ヒュッテに泊まるのだ。

 北岳ヒュッテで昼食をいただき、荷物を置いて、軽装備で間ノ岳までピストンすることになった。
 天体写真だけではなく、美しい山の風景が撮れる絶好のチャンスだ。

 往復三時間のコースになる。
 左手に富士山・農鳥岳、前方に間ノ岳、そのやや右に塩見岳、振り返ると北岳・仙丈ケ岳・甲斐駒ヶ岳。
 稜線は広々としていて気持ちが良い。

 標高3000メートルの贅沢な景色を楽しみながら間ノ岳に到着すると、富士山が間近に望めて、その手前に巨大なケルンがあった。
 木村さんの写真にもあって、ポストカードにもなっている場所だった。
 実際に来てみると、写真では味わえない感動があった。
 太陽の温かさや、柔らかく肌に当たる風、流れる雲、風景は刻々と変化している。

 今撮った写真と全く同じ写真は撮れない。
 山の風景はめまぐるしく変化しているのだ。

 一期一会になるかもしれない風景を切り取って、北岳ヒュッテに向けて戻ることにした。
「ミツル君、明日の朝もここまで来てみようよ、夜明け前のこの場所は最高なんだよ」
「本当ですかっ? 是非とも来てみたいですっ!」
「よ~しっ! 明日の朝は四時前に出発だっ。ちょっと寒いと思うけど頑張ろうっ!」
 
 北岳ヒュッテに戻り、少し休憩するとすっかり夕方の景色になっていた。
 西の空が赤く染まっている時間帯に、何枚も写真を撮った。
 夕食を済ませた後は天体写真も撮った。
 両俣山荘とは空の広さが違う。
 北岳のシルエットを入れた写真や、富士山のシルエットを入れた写真が撮れた。
 大満足である。

 時間はあっと言う間に過ぎてしまい、九時になった。
 そろそろ寝ないと明日の朝が辛い。
 三時に起きて、四時には出発だ。

 興奮していてなかなか眠れなかったが、翌朝の目覚めは悪くはなかった。
 天気は良さそうだ。
 満天の星空だ。
 ヘッドランプを装着して、真っ暗な登山道を間ノ岳目指してスタートする。
 途中で何度も写真を撮りたくなったが、間ノ岳の山頂で撮影することが目的だ。
 暗いうちに辿り着きたい。

 五時を少し過ぎた頃に、間ノ岳に到着した。
 富士山の方向は空が白み始めていたが、まだ星空は残っている。
 巨大なケルンと富士山を入れた構図で撮影を開始すると、我ながら素晴らしい写真が撮れた。
 そうしている間にも、空はどんどん明るくなってきて、天体写真の時間は終わった。
 赤く染まった東の空に、富士山とケルンのシルエットが浮かび上がってきた。
 夢中になって何度もシャッターを切った。
 
 すっかり朝になり、八時前に北岳ヒュッテに戻って来た。
 夢のような時間を過ごすことができた。
 これから横浜に向けて帰らなければならない。
 もっともっとここに留まりたい気持ちはあったが、今回はここまでだ。
 僕には考えていたことがあったので、木村さんにお願いしてみた。

「あの…… 来年の夏休みに、三週間くらいなんですけど、住み込みでアルバイトさせてもらうことってできますか?」
「おぉ! 大歓迎だよっ。夏休みは忙しいから是非来てくれよ。社長にも話しをしておくよ」
「うわっ! 本当ですかっ? じゃぁ来年の夏山シーズンになったら、必ず連絡するので、具体的な期間とかはその時に決めて下さい」
 そんな約束をしながら、二人で北岳の山頂を越えて、両俣山荘との分岐点まで戻って来た。
 木村さんはここを左折、僕は夏休みと同じルートで、広河原を目指して直進する。

 ガッチリと固い握手をして、木村さんと別れ、不思議な充実感を味わいながら下山を開始した。
 そうなのだ、山岳部に入って何度か練習登山に出掛けたのだが、下山する時の何とも言えない心境はいつも一緒だ。
 登頂できた満足感と、帰らなければいけない寂しさと、「ゴールするまで油断しちゃダメだぞ」って自分を戒める気持ち、必ずまた登りに来ようっ!
 って心に誓ってみたり、様々な感情が入り乱れて不思議な気持ちになるのだ。

 今回は初めてのソロ登山で両俣山荘まで行き、その後はベテランの木村さんに連れられて、充実した登山になった。
 写真も沢山撮れたし、一人では無理なことも経験させてもらえた。

 これから冬に向けて、高い山に登る機会は無いだろうが、来年の為にもっと体力を身に付けなければならない。
 部活も頑張ろうっ!
 新たな決意を胸に、広河原までの道を歩き続けた。


 北岳での夢のような体験から、いつもの日常に戻った。
 毎朝、納豆とあさりの味噌汁で一日が始まり、蛮とキャッチボールをして授業を受ける。
 何の変哲もないヘロヘロ球を毎日投げている自分に失望するが、相変わらず何の手掛かりも無く、惰性で続いている感じになっていた。

 牛丼屋のアルバイトは継続することにした。
 直近で旅費は必要無いので、働く時間は少し短くしたが、来年の登山シーズンの為に、今のうちから少しでも貯金しておく必要性と、納豆とあさりの味噌汁も買わないとならないから、毎月の小遣い以上に出費はあるのだ。

 夜叉神峠で一足早い秋を感じてきたが、横浜も大分秋が深まってきた。
 涼しくなってきたので、運動するのは楽になった気がする。
 真夏の暑い頃よりも、体は自由に動いている。
 月曜日と木曜日の山岳部のトレーニングも、以前より少しハードなメニューに変えて行った。
 木村さんとの圧倒的な体力差を埋めなければ、一緒に行動する時に迷惑になるので、少しでも近づけるように頑張ろうと思っていた。
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