僕たちが見上げた空に ☆横浜の空高くホームランかっ飛ばせタシロ!☆

高橋ヒデミチ

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第三章_星満

14.アルプスでの生活

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 野球部敗退直後こそ落ち込んだものの、夏休みを目前として、いよいよ両俣山荘での住み込みのアルバイトが始まる。
 いつ覚醒するか分からない他力本願の野球よりも、努力した分だけ結果を残せる山登りのほうが精神的には気持ちが良い。

 北岳ヒュッテに連絡して、木村さんからの折り返しの電話を待って日程の調整を行った。
 夏休みに入ってすぐの七月二十二日からアルバイトに来て欲しい。
 と言われたので、早速準備に取り掛かった。

 木村さんに会うのは去年の十月以来だ。
 冬の間、少しでも木村さんに近付けるようにトレーニングに励んだので、その成果を見てもらうのも楽しみだ。
 両俣山荘に行くのは、今回が三回目なので変な不安は無い。
 去年と同じように、早朝の上大笹駅をスタートして、昼前に甲府駅に到着した。
 バスに乗り、夏真っ盛りの夜叉神峠を越えて広河原に到着すると、平日だというのに大勢の登山者で賑わっている。
 ここから更にバスを乗り継ぎ、野呂川出合のバス停を降りたのは僕だけだった。

 広河原は大変な賑わいだった。
 そこから北沢峠に向かうバスも混んでいたのだが、野呂川出合から両俣山荘に向かうルートを選ぶ人は少ない。
 多くの登山者は広河原から北岳を目指すか、北沢峠までバスを乗り継ぎ、仙丈ケ岳や甲斐駒ヶ岳を目指す計画を立てているようだ。

 このルートは、野呂川で渓流釣りを目的とする人に人気があるとは、去年教えてもらっていたが、ここから北岳を目指すルートや、三峰岳を経由して間ノ岳に向かうルートも魅力的だと思う。
 もっと多くの登山者に知って欲しいと思い、僕は写真を撮りながら両俣山荘に向かった。

「こんにちはっ! 横浜の星です。今日から宜しくお願いしますっ!」
 山荘に着くと、大きな声で挨拶した。
「おぉ! ミツル君、待ってたよっ! ん? 去年より大きくなったんじゃないか?」

 春にドルフィンズの熊本さんに言われたことと、同じことを木村さんにも言われて嬉しくなった。
 大きく見えるということは逞しくなった。ってことだろう。

 今日から八月十二日までの三週間、ここで働くかと思うと、今年はどんな経験ができるのだろうか?
 とワクワクする気持ちが抑えられない。

 先ずは、一日の作業の全体像を把握しないといけない。
 朝起きてから夜寝るまでの間、山小屋のスタッフとしてどんな仕事があるのか?
 簡単に説明を受けたら、あとは実践形式で覚えてもらうように言われた。
 今日はこれから夕食の準備だ。
 平日なので宿泊客は少ないらしい。
 僕は先輩たちを見ながら、見様見真似で仕事を手伝った。
 夕食の片付けを終えたら、明日の朝食と弁当の準備をできるところまでやって、今日の作業は終わりだ。
 明日は五時半までに朝食と弁当の提供ができるようにしなければならないので、四時半に起きなければ間に合わない。

 宿泊客として泊まるのとは大違いである。
 しっかり働く為には早く寝て体力を回復させなければいけない。
 今日は移動で疲れていたので、夜の団欒もそこそこにして早々と就寝することにした。
 
 翌朝、朝食を作り・弁当を作り・後片付けをして宿泊客を送り出すと、間髪入れずに掃除をした。
 一休みしてから布団を干すのだが、両俣山荘は谷が深く日の当たる時間が短いので、布団を干すタイミングが難しい。
 谷が深い影響でヘリコプターでの荷揚げもできない。
 野呂川出合まで行き、食料や飲み物は歩荷で荷揚げする。
 これは大変な作業だった。

 昼時はカレーやラーメンなどの食事の提供もある。
 登山道で荒れた場所があると、補修に出掛けることもあった。
 住み込みで来てから一週間休み無しで働いて、一通りの作業を経験することができた。

 休日は他のスタッフの協力もあり、木村さんと一緒に休ませてもらえることになった。
 この日は野呂川出合から北沢峠に向かい、仙丈小屋に泊まり夜は天体写真を撮影した。
 大きな山容の仙丈ケ岳のシルエットと、満天の星空の構図が気に入った。

 翌朝、仙丈ケ岳から小仙丈ケ岳を経由して北沢峠に戻ってきたが、途中の小仙丈ケ岳からは富士山・北岳・間ノ岳を望むことができた。
 日本の標高ベストスリーの山々である。
 なんと神々しい姿であろうかっ!
 本格的な登山を開始してから僅か二年目の夏に、この様な素晴らしい体験ができたのも、木村さんが同行してくれたからだ。
 去年の山岳部の登山が北岳になっただけではなく、両俣山荘経由のルートになって、本当にラッキーだった!

 昼過ぎに両俣山荘に戻り、また忙しい日々が始まる。
 山小屋のスタッフとして働いている以上、寝ている時間以外は一日中働いているのと同じ感覚だ。
 今までは短時間のアルバイトの経験しか無かったので、体力的な疲れだけではなく、精神的にも疲れてしまうことがあった。

 でも、いろいろな地方から来る登山者との団欒で、初心者の僕が初めて聞くような体験談をしてもらったり、技術的なアドバイスをしてもらったり、これから登山を続けて行く上で、貴重な時間を過ごしているんだ。
 と感じながら働いていた。

 次の休日も木村さんと一緒に休ませてもらえることになった。
 今回は北沢峠から甲斐駒ヶ岳を目指し、山頂の反対側にある七丈小屋に泊まることになった。
 ここは南アルプスの最北端になる。
 甲府盆地や諏訪湖の夜景なども眺められるルートになるので、夜景と星空の構図で撮影することができた。

 甲斐駒ヶ岳の山肌は白く独特の雰囲気だ。
 白い花崗岩が多くあるため、他の山とは違って見えるらしい。
 山頂には立派な祠があり、岩に突き刺さった剣や、様々な形の石仏などが多く点在する。
 多くの人から信仰の対象とされている山とのことだ。
 軽々しく足を踏み入れることのできない、険しい山だからこそ信仰の対象になるのだろう。


 住み込みのアルバイトの最後の週になった。
 やっと仕事にも慣れてきて、これから役に立てそうな時に終わってしまうのは申し訳ないけれど、夏休みの宿題もあるし、山岳部の活動もあるので予定通り下山させてもらうことにした。

 最後の週末に、このルートには珍しく女子大生五人組の登山者が訪れた。
 食堂に飾られてる木村さんが撮影した写真を見て、頻りに関心している。

「ねぇねぇ、この写真は君が撮ったの?」
 と尋ねられた。
「ま、まさかぁ…… 僕にはこんな技術はありませんよ。
 あそこに居る、髭面の大きな人が撮ったんですよ」
「へぇ~、何だか野性的で、如何にも山男! って感じの人ね」
「見た目と違って優しい人ですよ。夜はここが談話室みたくなるから、写真のことで質問があれば、詳しく説明してくれると思いますよ」

 夕食後の団欒の時間、いつもは男ばかりの山小屋なのだが、今日は華やかな雰囲気だ。
 常連のお客さんも、いつもより楽しそうに話しをしている。
 女子大生、恐るべしっ!

 それなのに、今日の木村さんは無口だ。
 お姉さんたちの質問に対して、僕が通訳のような役割をしないと会話が成立しないのだ。
 体調でも悪いのだろうか……
 
 翌朝お姉さんたちは北岳に向かってスタートして行った。
「お世話になりました。また来年も来ますねっ!」
「木村さん、来年は写真の撮り方をもっと詳しく教えて下さいね」
「来年は木村さんの休みの日に来て、一緒に登りたいですっ」

 昨日は無口な木村さんだったが、何故か凄い人気だ。
 お姉さんたちは手を振りながら歩き始めたが、木村さんは今朝も無口だ。

「木村さんからも、お姉さんたちに何か言ってあげて下さいよ」
 と僕が小声で言うと……
 木村さんは覚悟を決めたかのように、手を振りながら大声で挨拶した。

「りゃ、りゃい年もお待ちしておりましゅっ!」

 な、何だ! どうした木村さんっ! 
「俺さ、若い女の人と話しをすると、緊張しちゃって上手く喋れないんだよ……」
 と木村さんは真っ赤な顔をして僕に告白した。
 見掛けによらず何てシャイな人なんだろうっ!
 僕は木村さんのことが、ますます好きになってしまった。
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