僕たちが見上げた空に ☆横浜の空高くホームランかっ飛ばせタシロ!☆

高橋ヒデミチ

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第三章_星満

24.円陣

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 ドルフィンズの春季キャンプは、ここ数年は一軍も二軍も沖縄で行われている。
 一軍は宜野湾、二軍は嘉手納だ。
 熱心なファンは沖縄までやってきて、両方のキャンプ地を見て巡りつつ、旅行がてら他チームのキャンプ地を巡ることも楽しみの一つになっているらしい。

 そうは言っても二軍のキャンプを見に来るファンは少ない。
 マスコミ関係の取材陣も少ないので、お客さんの声もよく聞こえる。
 下手なプレーをすると痛烈な野次が飛んでくる。
 野球選手としての基本が出来ていない僕は、ポロポロとエラーばかりしているので、兎に角目立っているらしい……

「こらぁ~ 18番っ! ちゃんとカバーに走れよっ!」
 ある日、よく通る聞き覚えのある若い女性の声で、的を得た野次を飛ばされた。
 カバーを怠ったところを指摘してくるなんて、本格的に野球を知らなければ、見逃してしまうところだ。

 恐る恐る客席を見ると、姉と香織先輩と木村さん、いや矢口さんが一緒に居る。
 どうなってるんだ?

「でぇ~ か、香織先輩だぁ…… 星よぉ~ 下手なプレーをすると、後でぶっ飛ばされるぞぉ~ でぇ~」
 練習が終わったら怒られそうだから、逃げて帰りたいところだが、矢口さんも来てるしなぁ…… 
 久し振りに話しがしたいから、逃げる訳には行かない。

 この日は、姉と香織さんと矢口さんと矢口さんの奥さん、つまり水野さんのお母さんが四人一緒に観に来ていた。

 四人はお兄さんと水野さんを応援しに、一軍キャンプに激励しに行ったついでに、僕と蛮の様子も観に来たらしい。
 矢口さんは新婚旅行も兼ねているらしいが、こんなのが新婚旅行で大丈夫なのだろうか?

「ミツル君、久し振りだねぇ。投球練習を見たけど、凄い速球じゃないかっ!」
「ダメダメっ! ピッチャーは投げるだけじゃないんだから、基本的なフォーメーションを叩き込まないと、プロじゃ通用しないよっ!
 体が勝手に動くようになるまで何万回も反復練習しないとねっ!」
「でぇ~ 香織先輩ぃ~ 星はまだ本格的な野球を始めたばかりなんですから、そんなに厳しいこと言わないでやって下さいよぉ~ でぇ~」

 姉も気が強いほうだが、香織先輩も気が強そうだ。
 お兄さんと水野さんは、これから大変だなぁ……

 矢口さんは結婚して、仕事をどうするのか心配していたが、両俣山荘が営業している夏は、今まで通り単身赴任で住み込みで働いて、シーズンオフは水野さんの実家の上田市で暮らすことになったらしい。

 遭難した当時に発見されたザックの中にあったカメラから編集された「稜線の果て」という写真集が出版されていたらしく、再版されたものをプレゼントされた。
 僕は去年までプロカメラマンを志していたが、師匠・矢口さんは、実は本物のプロカメラマンだったのだ。

 二十年前に「遺作」として出版された写真集は、かなり評判が良く、山岳写真集としては異例のヒットだったそうだ。
 去年の秋に奥さんと再会してから、少しずつ記憶を取り戻して行き、今後は両俣山荘で撮影した写真を出版できるように計画中とのことだ。

 その中に僕が撮った写真も掲載したいらしく、思わぬところで、僕も「デビュー」できそうなことになっている。
 プロ野球選手として活躍すれば、写真集の売り上げにも貢献できるのではないか?
 頑張れる理由は多いほうが良い。
 矢口さんの為にも僕も頑張ろうっ!


 キャンプが終わりオープン戦が始まったが、僕と蛮は二軍で反復練習を中心に過ごしていた。
 二軍のオープン戦で何度か投げさせてもらう機会があったが、本気で投げると二軍では打たれないので、実戦練習にならない。
 喜多二軍監督から、少しスピードを落として、わざと打たせて様々なケースに対応できるようにしろ。
 などと異例の指示が出されることになった。

 三月中旬から一足早く二軍の公式戦が始まったが、公式戦でもスピードは控え目にして、様々なケースに対応できるように、実戦での経験を積んだ。
 二月のキャンプ開始当時に比べると、かなり「プロっぽい」動きができるようになった実感はある。

 三月も終わりに近付き、いよいよ開幕一軍メンバーが発表された。
 去年は三位だったのだが、開幕をホームで開催するのは、一昨年の順位を元に決めることになっているので、今年もビジターで開幕する。

 僕と蛮は開幕一軍メンバーには選ばれなかったが、チーム第四戦、即ちホーム開幕戦の先発投手が僕に決まった。
 という驚愕の通達を受けた。

「でぇ~ 星ぃ~ 凄いぞぉ~ でぇ~」
 蛮は自分のことの様に喜んでいるが、僕は不安でしかない……
 無名の公立高校の山岳部出身のドラフト八位の投手が、葉山監督が現役時代に背負っていた背番号18になったことだけで、批判の声が出ていたのは嫌でも耳に入って来る。
 その上ホーム開幕戦でボロクソの結果だった場合、どれだけの罵声を浴びることになるのか……

「でぇ~ 星よぉ~ 心配することなど何も無いぞぉ~ 今のお前の投球ならば、多少コースが甘くなっても心配は要らん。
 水野さんを信じて全力で投げていれば簡単には打たれんぞぉ~ でぇ~」

 蛮はいつでも前向き思考だ。
 一緒に居るだけで安心感がある。
 蛮も一軍に上げてもらって、ベンチで隣に座ってくれるだけでも気分が楽になるのだが、そうは行かない……

「でぇ~ お前はこの二ヶ月の間に投手のフォーメーションを理解してマスターしとるし、バントや牽制球も上達しとるぞっ!
 あとはハートの問題だけだっ! 気持ちで相手を上回ることが肝心じゃ! でぇ~」
「蛮、いつも元気が出る励まし、ありがとな。 俺も頑張るから、お前も早く一軍に来れるように頑張ってくれよな」
「でぇ~ お前に言われんでも分かっちょるわ~い! キャッチャーってのはな、お前が思っているより大変なポジションなんじゃい。 一年間フル出場するのは大変なことだぞ。 水野さんは攻撃でも一番を打って、出塁すれば盗塁もしちょる。 一人何役もの役割をしちょるんじゃ、たまには休養も必要だろう。 水野さんが休む時には俺が出れるようにアピールして行くわいっ! でぇ~」

 水野さんにも弱点はある。
 出塁率は高いけれど、パワーがあまり無いので長打力は無く打率はそれほど高くない。
 守備力は高いので、水野さんが出場している時のチーム防御率は良いが、肩の強さはイマイチなので、盗塁阻止率はやや低い。

 一方、蛮は体も大きくパワフルな打撃が売りだ。
 プロのスピードに適応できるようになれば、打撃は期待できるだろう。
 肩も強く、捕球してから二塁までの送球は1.8秒を切ることが多い。
 蛮の長所を伸ばせば、水野さんの休養日はスタメンマスクも夢ではないし、代打としても活躍できる可能性があると思う。
 キャンプインしてから二ヶ月間、僕とマンツーマンで基礎的な動きを教えてくれたので、自分の練習に集中できていなかっただろう。
 これからは自分自身の為に努力して、早く一軍に合流して欲しいと願っている。

 
 四月になり、いよいよホーム開幕戦だ。
 ビジターで開幕した燕軍との三連戦は、二勝一敗で勝ち越して戻って来た。
 開幕三連戦を勝ち越したのは何年振りになるのだろうか?
 僕の記憶には無い……

 寮からボールパークまでは、隣の部屋の水野さんの車に同乗させてもらうことになった。
 寮には二軍の選手も多いが、ほとんどの選手が高級車に乗っている。
 そんな中で水野さんが乗っている車は、少しくたびれた国産のコンパクトカーだ。
 何でも、就職して初めて自分の稼ぎで買った車だから、愛着があって手放せなくなっていると言うのだ。
 壊れるまで乗るつもりらしいが、プロ野球の新人王が乗る車としてはショボいので、僕が免許を取ったら譲ってもらおうかなぁ?
 
 グラウンドに着くと、多城さんとお兄さんが待っていてくれた。
 ホームラン王を二回獲得している多城さん。
 その節目のホームランボールを偶然キャッチした三人が一緒に走る。
 お兄さんと水野さんは子供の頃から活躍していたが、僕自身は一年前まで、こんなことになろうとは夢にも思ってもいなかった。
 なんだかフワフワしてちゃんと走れてないんじゃないかと心配になる。

 外野のフェンス際を走っていると、呂比須が近付いてきて水野さんと会話を始めた。
 流調なスペイン語で会話をしている。
 新外人のメースマンとは英語で会話をしている。
 水野さんは天才なのだろうかっ?

「そう言えば、多城さんが300号を打ったのは四年前でしたけど、その時もキャッチした人にサインボール書いたんですか?」

 僕も気になっていたことを、お兄さんが聞いてくれた。
「あぁ、300号の時も、将来プロ野球選手になりたい。って言っていた少年がキャッチしたっけかな」

 これは凄いことだ。
 おじさんやおばさんが捕るかもしれないし、少年が捕ったとしても野球少年とは限らない。
 僕みたいに形だけの野球少年が捕っちゃう可能性もあるけれど、あと何年かしたら、この四人の輪の中に加わってくるかもしれない。

「300号の時は、確か「ヒデミチ君 プロ野球選手になれるように 頑張れ」って書いたんだっけかなぁ?」
 へぇ? ヒデミチ君かぁ。
 ここまでの状況を考察すると、お兄さんと水野さんと僕は、ここに至るまでの間に少なからず接点があった。
 ヒデミチ君も知らず知らずの間に出会っているのだろうか?

「おい水野、ヒデミチ君って知り合い居るか?」
「う~ん…… 居るような居ないような…… カズさんはどうなんですか?」
「そうだなぁ…… 居るような居ないような…… ミツルは?」
「そうですねぇ…… 居るような居ないような……」

 今のところ三人ともピンと来る知り合いは居ない。
 けれど何か聞いたことのある名前だよなぁ。
 あいつの名前って「ヒデミチ」じゃなかったっけ? 

「そのヒデミチ君が現れるのが、今年のドラフトなのか来年以降になるのか、それとも野球選手にならないのか、今のところ全く分からないけどさ、一茂が入って四位、冬樹が入って三位になってるじゃないか。今年はミツルが入って二位なのか?」

 多城さんが問い掛けてきた。
 確かに順番的には今年は二位なのかもしれない。
 まだ見ぬヒデミチ君が入って優勝なのだろうか?
 でも多城さんは違う思いだった。

「俺はさ、今年こそ優勝するんじゃないかと思っているぞっ! 優勝してヒデミチ君を迎えようじゃないかっ!」

 多城さんは400号ホームランが目前に迫っている。
 ヒデミチ君に続く野球少年がキャッチするのかどうか?
 これも興味深いが、彼らが入団してくるのかどうか?
 それがいつ頃になるのか?
 そんなことは全く分からない。
 それを待つまでもなく、今年は優勝が狙えるのではないか?

 僕たちは立ち止まり、誰が言い出した訳でもなく四人で円陣を組み、それぞれが言葉にならない叫び声を上げた。

 この雄叫びが、これから始まる物語の序章になる予感がした。
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