黒猫を追いかけてたら新しい世界への道を見つけちゃった話

まなづるるい

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二見双葉(4)

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「……二見さんが、死んだ?」

 さっきまでそこにいたはずの彼女が死んだなんて嘘。絶対に嘘。

 私はまるで駄々を捏ねる子供みたいに(某人気キャラクターちいさいかわいいみたいに)「やだ……やだ……」と言って、何度も首を横に振ってみせた。

「そこにいたら危ないよ。きみまで下に落ちちゃうよ」

 そんなふうに言われても急激な疲労感で立ち上がることすらできない私は、またしてもフルフルと首を横に振る。

 すると、しょうがないなと言わんばかりにこちらに近付いてきて、いきなり腰の辺りをグッと持ち上げてくるもんだから、思いもよらない出来事にぽかんと口が開いてしまう。

 見た目は華奢で、見方によっては貧相にも見えるのに、軽々と女の子を持ち上げちゃうとかなんか意外。

 ちょんと地面に両足が着地すると、「歩けないなら下まで抱っこしていくけど」などと言われたもんだから、十六歳にもなって抱っこはちょっと……と思い、気付けばやんわりと断っていた。

 自分の足で一階まで階段をトボトボと降りていくと、地面が雪でびっしりと埋まっていて、彼女の姿が見えないでいる。

 本当に彼女は死んだのだろうか。いくら気になるとはいえ、積もる雪をスコップ片手に掘り起こす勇気もないけれど。

 なら、雪が溶けるのを待てば出てくるのだろうか。

 なんて恐ろしいことを想像したりする。

 そもそもどうして急に死ぬ程長い螺旋階段が出てきたり、冬でもないのに積もる程雪が降りだしたりしたんだろう。

 例えば彼女の死を隠蔽する為に、お兄さんがわざとなんらかの力を使って雪を降らせたんだとしたら。例えば人畜無害な顔をして、実は生粋のサイコパスお兄さんだったとしたら。

 此処は現実の世界のはずなのに、次から次へと夢のようなことばかり起きている。

 だからかな、さっきから変な妄想ばかりしてしまうのは。

 部屋に戻ると室内が暖かくなっていた。多分、外の気温に合わせて室内のクーラーが自動で稼働する仕組みになっているんだと思う。立て続けに異様な出来事が起きている所為で、この程度の異変では驚かなくなってきたみたい。

「色々あって疲れたよね。眠かったら向こうの部屋に布団を敷くから遠慮しないで」

 確かに疲労感はやばいけど、知り合ったばかりの男の人の家で眠るなんて、私もそこまで馬鹿じゃない。自分の身は自分で守らなきゃ。

「ふ、二見さんは……本当に、死んだんですか……」
「うん、死んだよ。あれはもう助からないと思う。正直なところ、僕も知らなかったんだけど、なんていうのかな……そう、ドッペルゲンガーって知ってる? 自分とそっくりな存在が現れて死を死を招くという言い伝えがあるとされてるんだけど、新しい世界と現実の世界。ふたつの異なる世界に同時に存在してる二見双葉が出会ってしまうと、精神が壊れてしまい一時的に無気力状態に陥ったあと、自ら命を絶とうとする。実に面白い化学反応だよね」

 ドッペルゲンガーなら私も知っている。だけどそんな非現実的な話で彼女の死を語ってほしくなどなかった。

 それに、人の死を面白い化学反応だなんて。やっぱりお兄さんは生粋のサイコパスお兄さんなのだろうか。

「あ、新しい世界には、自分と同じ顔をしたドッペルゲンガー……の、ようなものが、必ず存在している……ということですか?」
「本当は唯一無二の世界を作りたかったんだけど、神様もそこまで頭が回らなかったんだろう。どうしても同じ顔をした人間が出来上がってしまったみたいなんだ」

 神様だなんて比喩表現を使ってるけど、新しい世界を作りだしたのはお兄さんなんだよね。お兄さんはどうして新しい世界を作ろうと思ったんだろう。どうやって新しい世界を作りだしたんだろう。分からないことが多すぎて、何から聞けばいいのか分からない。

 それにもし見た目が私と瓜二つの存在を私が見つけてしまったら、私も彼女のように精神が壊れてしまうのだろうか。そして私も彼女のように。

 そう思うと、迂闊に新しい世界へ出入りしない方がいいような気がしてきた。いつかばったり出会ってしまったら、自分がどうなってしまうのか分からないもの。

 恐怖で顔が強張っていると、お兄さんが黒いマグカップ片手に私のところにやってくる。

「そんなに怖がらないで。ドッペルゲンガーに遭遇する確率はゼロに等しい。二見双葉のような事例は初めてなんだ」

 今までなかったからって、これからもないとは限らない。もしかしたら彼女の死をきっかけに、今回のような事例が増えていくのかもしれないし。

「……僕のことは警戒しててもいいよ。でも、新しい世界のことは恐れないであげてほしい。彼等もまた、僕達と同じように生きてるんだ。生きてるだけなのに拒絶されたらどう感じるか、きみにだって分かるだろう」

 例えば日本と海外、男と女、健常者と身体障害者。生まれも育ちも違うけど、それだけで拒絶されてしまえば傷付くに決まっている。世界線が違うだけで、たまたま不幸な事件が起きてしまっただけで、邪険にするのは違うんだ。

 それは分かる。分かるけど。

「……どうして……二見さんを、助けてくれなかったんですか……どうして、面白いとか言えるんですか」

 あんな事例、初めてならなおさら助けなきゃと思うはず。新しい世界の管理人なら、創設者なら助けるのが義務のはず。

 それなのにお兄さんは助けてくれなかった。面白いと言って黙って見てた。

 理解不能。蛙化現象。これが例えば日常茶飯事でむしろこうなるのが当たり前なんだとしたら、それでも本当は嫌だけど、お兄さんの感覚が麻痺してしまうのも無理はないとまだ納得がいく。

 だけどそういうわけではないとなると、お兄さんの言動は理解に苦しむ。いったいどうしてそうなるの。どうしてお兄さんは平気なの。

 人が一人死んでるんだよ? 上から落ちてきたんだよ? どうして平常心でいられるの?

 分かんない分かんない分かんない。

「あの異音はね、たまに聞こえるんだ。あの音を出したあと、その子は必ず壊れちゃうの。だからアイドルの二見双葉も今頃壊れてると思う。助からないって、分かるから、だから急におかしくなった二見双葉もきっと駄目になるんだろうなって。面白いって言ったのはごめんね。流石に失礼だった」

 納得はしたくない。したくないけど、今の話を聞いて納得してしまった自分がいる。私も何処か、おかしくなってしまったのかな。素直に謝ってくれたんだしもういいか、なんて思ってる。変かな、変だよね。変だ、私。新しい世界に触れたことで毒気に当てられているのかも。

「これに懲りずにまたきてよ。また僕と一緒に新しい世界を探検しよう。きみにとって、いい刺激になると思う」

 変な人。頭のネジが外れてるみたい。こういう人とは関わっちゃ駄目。

 頭では分かっているのにどうしてだろう、拒絶できないのは。

 お兄さんに渡されたマグカップに口を付けると、ちょっぴり苦い珈琲の味がした。
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