黒猫を追いかけてたら新しい世界への道を見つけちゃった話

まなづるるい

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苺谷先輩(2)

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「わ、私……苺谷先輩のことが……」

 心臓の音が煩すぎて、自分の声すら聞こえていなかった。それくらい、私は緊張してたんだと思う。思いの丈を吐露したあと、恥ずかしさのあまり逃げだしたくなってくる。それでも逃げなかったのは、ほんの少しの可能性を信じてみたくなったからだ。

「あ、チャイムが鳴っちゃった。もう行こっか」
「……え……」

 告白はしたはずだ。確かに私は好きだと言った。

 私の声が小さすぎて聞こえなかったのか?

 いや、苺谷先輩のことだから、もしも聞こえていなかったら聞き返してくるだろう。

 わざわざ聞き返してこないということは、私の告白をなかったことにされたということだ。私は苺谷先輩に、遠回しに振られたということだ。

 それはあまりにもショックで、スルーされるくらいならはっきりと断ってくれた方が何倍もマシだった。

 なかったことにされたなんて、一生の汚点。黒歴史。消したい過去。

 私はなんにも言えなかった。なんにも言えないまま靴を履き替えて、なんにも言えないまま教室に入っていく。

 ごめんなさいの一言で済むのに、どうしてそれすら言ってくれなかったんだろう。私の告白を断るのすら面倒ってこと? 私だからスルーしても気付かれないとでも思った?

 そんなわけないじゃん。ずっと私の口元を見てた癖に、何か言ってるの分かってた癖に。

 あの時、チャイムが鳴らなかったらどうしてた?

 そしたら今度は、「遅刻しちゃうから早く行こっか」って言うんでしょう。

 結局、授業が始まっても机に突っ伏したまま、放課後までやり過ごしてしまった。こんなことは初めてだ。だけど誰にもなんにも言われなかった。伊恩も詩恩も私のことをスルーする。

 私も早く帰らないと。

 人が少なくなった教室で、おもむろに席を立つ。

 誰かに話を聞いてもらいたくなった私は、いつの間にか新しい世界へと足を踏み入れていた。

「そ、それでね、い、苺谷先輩ってば酷いんだよ?
 わ、私の告白をなかったことにして、遠回しに振ってさぁ」
「いやお前、昨日の今日でよく告白しようと思ったな」
「だ、だって……す、好きな気持ちがっ、こう、溢れてきたんだもん」

 たまたまそこら辺をブラブラと散歩してた伊恩を捕まえて、事のあらましを話す私。

 今日も近くに詩恩はいないみたい。そういえば、双子だからって毎日一緒にいるわけではないんだなぁ。むしろ各々で行動する方が多いかも。

「あいつはお前のこと妹としか思ってねえよ」
「……そ、そうだとしても……ちゃんと伝えてほしかった」
「伝えるって何を? お前のことは妹としか思ってない、そんなつもりはなかったんだ、だからお前とは付き合えないって?」

 それはそれで、心が抉られるようにズキズキと痛む。

 そんなの詰みじゃん。ならどう言えば良かったんだよ。断ろうがスルーしようが、どちらにしろお前が傷付くのを回避できないなら、スルーしてくれただけマシなんじゃねえの? 遠回しにやんわりと、オブラートに包んでくれたってことだろ?

 伊恩に言われて確かにそうかもと感じてしまう。

 だけどこれから先、どんな顔して苺谷先輩に会えばいいのか分かんないよ。あのタイミングで告白したのは早計だったかも……。

 誰かに話すことで少しでも楽になりたかったのに、誰かに話すことで余計に傷口が開いたかもしれない。『誰かに』の相手を間違えただけかもしれないけど。

 膝を抱えたまま顔を埋めていると、静かな時間が流れていく。

 伊恩は無理に励まそうとはしない。それが伊恩のいいところであり、助かってる部分でもあった。変に慰められでもしたら、天邪鬼な私はその優しさに反発してしまうから。

「お前さ、もう苺谷先輩のこと諦めたらいいじゃん」
「…………………………」
「想い続けるだけ時間の無駄だろ。言い方わりいけど、そいつには何を言っても響かないと思う。二見双葉がこっち側でアイドルだったのは、二見双葉の願望だ。同じように苺谷苺がこっち側でチャラくなってんのは、苺谷苺が女が怖いと思ってるからなんじゃねえの?」
「……どういう……意味……」
「あいつ女にモテんだろ? 色々あって、お前の告白をスルーすることで自分の心を守ってたんだとしたら、こっち側ではどうなるか。こっち側は個人の願望が解放される世界だ。本当はあいつだって、女といちゃいちゃしたいんだろうよ」
「なら……すればいいじゃん……げ、現実の世界でだって、女の子といちゃいちゃすればいい」
「だからそれができないからこうなってんだろ。女が怖いとか受験のストレスとか、受験があるんだから色ボケしてる場合じゃないとか色々あるんだろ。本当はこうしたい欲を押し殺してて、その壁はお前なんかじゃ到底壊せない。だから諦めろ」
「そ、んな言い方っ」
「お前がモーション仕掛ける度に、あいつが傷付いてんのが分かんねえのか?」

 顔を上げて反論しようとした。だけど伊恩の顔を見た瞬間、意地悪で言ってるわけではないんだと分かったからこそ、私は深く傷付いた。

 私じゃ苺谷先輩の壁は壊せない。私じゃ苺谷先輩の深い傷は癒せない。

 伊恩は私に向かって、「お前じゃ無理だ」と言いたいんだ。

 痛いよ、苦しいよ。私は苺谷先輩とお近付きになることすら許してもらえないの? こんなに苺谷先輩のことが好きなのに。

 伊恩に此処まで言われて初めて涙が溢れだす。

 その瞬間、伊恩の眉間に皺が寄る。

「そ、そんなの、分かんないよぉ!」

 私は逃げるようにしてその場から走っていた。

 逃げても逃げても失恋の痛みは私を追いかけて、現実を受け入れろと訴えかけてくる。酷い言葉で私を傷付けたのは伊恩の癖に、どうしてあんな傷付いたような顔をするの? 傷ついたのはこっちなのに。

 無我夢中で走っていた。自分が今、何処を走っているのかも分からない。目的地も分からないまま走り続けていると、目の前に苺谷先輩の姿が見えてきた。

 これも幻覚なのだろうか。私が苺谷先輩を好きすぎて見てしまう、白昼夢。

 白昼夢なら別にいいか。涙はまだ止まらない。あの時言えなかった言葉を言うなら今しかない。

「ど、どうしてあの時、私の告白をなかったことにしたんですかっ?」

 こんな問いかけ、新しい世界の苺谷先輩にしたって無駄かもしれないけど、目の前にいるんだから言ったっていいじゃん。こんなこと、現実の世界の苺谷先輩に言えるわけないんだから。

 苺谷先輩は私を見つめると、答えになってない答えを言う。

「俺も好きだよ」

 違う、そうじゃない。

 そうじゃないのに、言われたかった言葉を言われた私は余計に涙で視界がぼやけてしまう。

「う、うわあああん! 苺谷先輩、大好きい!」

 箍が外れてわんわんと泣いていると、苺谷先輩が私の前にやってくる。今度こそ邪魔されることなく唇と唇が触れ合って、幸せの絶頂へと辿り着いたかと思いきや。

「うっ、ぐえ」

 苺谷先輩の舌が喉の奥へと入り込んで息が苦しい。キスなんて初めてしたし、舌と舌を絡ませてする深い方のキスがあるのも知っている。が、はたしてこれはそうなのか。こんなに苦しいキスがあるものなのか。

 いや違う、こんなに苦しい思いをしながらするキスなんてキスじゃない。だって舌長すぎでしょう。

 苦しさのあまり目を開けてみると、苺谷先輩の舌が化け物のように伸びていた。

「がっ! いひゃ、いひゃっ、え゛え゛ッ」

 誰!?

 舌が喉の奥まで入ってくる所為で嘔吐反応が出てしまう。それに、息が苦しくて涙が止まらない。

 私はこのまま死ぬの? 苺谷先輩のフリした化け物に窒息死させられて死んじゃうの?

 そんな嫌。絶対に嫌。こんな死に方したくない!

「ようやく姿を現しやがったな、こんの化け物があッ!」

 大きなハンマーが苺谷先輩の身体を吹っ飛ばすと、私はようやく息を吸うことができた。喉の奥が焼けるように熱い。もう少しで胃カメラみたいに体内に入ってくるところだった。

「うっ、けほけほ! げほっ、げえ!」
「ったく、いきなり走りだすんじゃねえよこのすっとこどっこいが!」
「す、すっとこど」

 すっとこどっこいなんてなかなか聞かない言葉に意識が全部持っていかれてる間に、伊恩が大きなハンマーで苺谷先輩をぶん殴ろうとする。苺谷先輩の舌はまるでカメレオンのように長く、アレは本当に悪性なんだと私もようやく実感できたみたい。

「おい、いちる!」
「は、はい!」

 いつもはお前呼ばわりする癖にいきなり名前で呼ぶもんだから、驚いて肩がビクッとしてしまう。

「こいつもう消していいよな? こいつは化け物だって分かっただろ?」
「え……」

 化け物は消す。当たり前だ。伊恩は新しい世界のメンテナス担当。化け物……つまり、異物を消すのは伊恩の役目。異物が暴走しだせばそれを止めるのが仕事なんだから。その為に伊恩は存在するのだから。

「苺谷、先輩……」
「もう消すかんな! じゃねえとお前が殺されるんだからな!」

 大好きな苺谷先輩が目の前で消えてしまうのは悲しいけど、消さなきゃこちらが死ぬのなら、消してしまおう。大丈夫、新しい世界の苺谷先輩が消されても、現実の世界の苺谷先輩は死んだりしないから。

「け……消して、伊恩! 苺谷先輩を消して!」

 私は大きな声で叫んでいた。叫んだ瞬間、伊恩が微かに笑ったような気がしたけど、多分それは私の見間違いだと思う。

 苺谷先輩が消えてしまった。

 さようなら、苺谷先輩。

 私の中で、初恋が終わりを告げる。

 現実の世界で苺谷先輩に声をかけられてももう、ドキドキはしなかった。
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