黒猫を追いかけてたら新しい世界への道を見つけちゃった話

まなづるるい

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伊恩と詩恩(3)

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 視点は代わり、詩恩へ。

 僕と伊恩は、新しい世界で管理人の手によって同時に作られた双子のプログラム。目を覚ますと隣には僕と瓜二つの顔をした伊恩がいて、伊恩が『差伊恩』で僕が『和詩恩』と教えてもらった。

 名前を教えてもらった次に教えてもらったのは僕達の役割。僕達は新しい世界のメンテナンス担当で、時には異物を排除したり、バグがないかを見て回ったり。あとは、本来新しい世界にきちゃいけない人が間違ってきちゃった際に、その人の記憶を消したり。そして、現実の世界の人達が新しい世界へと迷い込まないように見張る監視役として、現実の世界で高校生として生活するよう教えられた。

 現実の世界で生活するにあたっての注意点。学校では決して目立たないこと。僕達は現実の世界では実体を持てない為、身体が透けてしまうらしい。だから普段は透けないよう意識を強く持ちなさい。僕達が人間じゃないとばれたら、現実の世界の住人が混乱してしまうから。人間じゃないとばれる機会を少しでも減らす為に、穏やかに過ごしなさい。

 そう、管理人である音成恩おとなりおんに教わったのが全ての始まりだった。

 恩は、現実の世界では働きもせずに家に引きこもっている成人男性だと聞いている。前髪が長く、全身黒服でいることが多い。というか、黒服以外見たことがない。夏でも長袖長ズボンだから、見ているこっちが暑苦しい。理由を聞いたら、「日焼けしたくないから」だと言っていた。

 一人称は『僕』。僕も伊恩もそれは同じ。恩の表情筋は死んでいて、省エネ男子。またの名を無気力系男子という。自他共に関心が薄く、何を考えているのか謎に包まれている。

 そんな恩と伊恩と過ごす日々は僕にとって心地良く、ずっと三人でいられればいいと思っていた。恩のことは嫌いじゃないし、伊恩は口が悪いだけで本当は優しい子だって知ってるから。

 まあ、本音を言えば、新しい世界に迷い込んでしまった人の記憶を消すのは心苦しいと思ってる。伊恩はなんとも思ってなさそうだけど。ふたつの異なる世界のバランスを保つ為とはいえ、プログラムはプログラムらしく存在したかったのに、人の心が少なからず備わってしまっている僕としては、しんどいものがあるんだよね。

 それでも僕は文句なんて言わないし、それさえ目を瞑っていればなんてことはなかったんだ。彼女、無花果いちると出会うまでは。

 恩は、いちるを『異質な存在』であると言った。僕は困った。異質な存在という前例が今までにないからだ。僕は焦った。このままでは恩を、伊恩をいちるに取られてしまう。僕の居場所が奪われる。それだけは我慢できそうにもなかった。

 それでも僕は文句なんて言わないし、いちるを心良く思ってないことを悟られないよう振舞った。僕は普段通りの僕を演じたよ。誰も僕の偽りの仮面に気付かない。こんな人には言えない黒い気持ちを持っているから、僕は日に日に『悪性』へと侵食されてしまうんだ。

 このままだといつか近いうちに僕は跡形もなく消えるだろう。右の肩に黒い影が浮かび上がっている。これが悪性。黒い影は僕が黒い気持ちを持つ度に広がっていく。僕がいちるに対して言葉に言い表せない程の感情を抱いた時、身体が引き裂かれてしまうんじゃないかと思うくらい強い痛みが僕を襲うんだ。だから僕はいつしか伊恩と行動を共にすることが減っていった。伊恩はいちるを気にかけている。優しい伊恩。伊恩はなんにも悪くない。それなのに僕が勝手に嫉妬する。黒い影が広がっていく瞬間は、痛みに顔が歪むだろう。痛みに顔が歪んだら、流石に伊恩も気付くだろう。僕が跡形もなくこの世界から消える時、伊恩を残して消えてしまうのだけが唯一の心残りなんだ。

 最期は誰にも悟られないよう、ひっそりと消えたい。

 それだけが僕の望みだった。





「おい詩恩、やべえぞこれ」

 いちるが僕達の世界に干渉するようになってから数週間が経った頃。いつものように新しい世界をパトロール中に、伊恩が言った。

 きゅいんきゅいんと音がする方に歩いてみたら、無数の悪性が一箇所に集まっている。

 いったい何に群れているのかと思い近付くと、その中心にいたものに流石の僕もゾッとした。

「この子……確か、無花果さんのクラスメイトだよね?」
「ああ。二見双葉。暫く見ないと思ったら、こんなところで壊れてたのか」

 今日みたいに異音が聞こえた日、新しい世界の二見双葉から異音がした。同日、いちるのクラスメイトの二見双葉が恩のアパートの屋上から飛び降りて自殺。僕はその場にいたわけじゃないから分からないけど、いちるも相当取り乱していたらしい。

 異音がしたものは例外なく壊れる。それは僕達も何度も目にしたことだ。僕がゾッとしたのはそこじゃない。壊れた二見双葉に群れる悪性達が、二見双葉の皮膚を食べている。共食いと言ったら分かりやすいだろうか。こんなことは初めてだ。恩が知ったら間違いなく喜ぶだろう。

 皮膚がちぎれて剥きだしになる中身はとてもグロい。いくら僕でも流石に直視はできなかった。

「うへえ」
「行こう、詩恩。こいつらも直に壊れる」

 壊れた仲間を共食いをする悪性、か。僕の肩にある黒い影は、今は肩だけでなく腕にまで広がっている。普段から長袖を着てるお陰でばれずにいるが、それも時間の問題だろう。

 悪性でも異物に変わらなければ普通の人間と同じように生活ができる。異物に変われば僕達が排除する。悪性は一定数存在する。元々悪性として生を受けたもの、途中から悪性に変化するもの。前者の例として、二見双葉と苺谷苺がそれに該当する。元々悪性として生を受けたものは、異物にさえ変わらなければなんの問題もなかったんだ。だけど二人ともなんらかの理由によって異物に変わってしまった。

 そして僕は後者にあたる。途中から悪性に変化する場合、身体中の細胞が入れ替わるのだが、その段階で身体が耐えきれなければ消えてしまうとされている。残念だけど、僕は耐えきれないと思う。耐えきれればなんの問題もなく今まで通り過ごせるかもしれない。かもしれないと言葉を濁すのは、過去に成功した前例がないからだ。

 前例がないということは、可能性が著しく低いということだ。いちるが異質な存在ということ。そして、壊れた仲間を共食いする悪性が現れたこと。どちらも僕達が生を受けてから今まで一度も起きなかったことだ。そんな低い可能性の中、僕が成功するとは思えなかった。

「なあ、なんか今日、悪性多くね?」
「……? そう、だね」
「最近妙なことばかり起こるよな。これも異質な存在がこっち側を出入りするようになったからだったりして」

 油断した。ふいにいちるの話題が出て、僕の腕がチクリと痛む。この程度の痛みなら造作もないが、早く話題を変えた方がいいかもしれない。

「ん、どうだろうね。こればっかりはよく分からないな。それよりも、悪性の増加に関してはあまりよくない傾向かもしれないね。戻ったら恩に報告しとこうか」
「ああ、そうだな」

 僕達の瞳は、見ただけで対象が悪性かそうじゃないかの判別ができるようになっている便利な代物だ。この瞳で、ある程度までは異物になるかどうかの判別までできる。あくまで、『ある程度までは』なので、外れることも全然あるけど、全く分からないよりはいいと思う。

 悪性達がいる道を気にせず歩いていると、なんだか視線を感じて気持ち悪かった。いつもはこんなふうに見てくることなんてなかったのに。いったいどうしたんだろうと後ろを振り返ってみると、その瞳の色が一斉に赤くなる。

「えっ」
「詩恩? どうし」

 悪性が異物に変わる瞬間を、僕は初めて見た。

 舌がカメレオンのように長く伸びるもの、身体が巨大化するもの、顔がボコボコに腫れて「痒い、痒い」と訴えるもの、爪が鋭い凶器となってこちらに向かってくるもの等々。

 姿形が様々な異物が僕達目掛けて襲ってくる。伊恩は大きなハンマーを、僕は手のひらから片手剣を取りだすと、異物と戦う覚悟を持った。

 いったい今まで何処に隠れてたんだと思うくらい大量の異物がそこにいた。その数は、都内の有名なスクランブル交差点に群がる数に匹敵するだろう。対伊恩と僕の二人では、到底捌ききれなかった。それに、黒い影が疼くような痛みを覚え、僕自身上手く立ち回れていなかった。

「ぐ……っ」

 痛みでつい、顔が歪む。その隙をついて異物が襲いかかってくる。それを伊恩が庇い、僕も再び応戦する。僕だけではやられていたに違いない。

「詩恩、何処か痛むのか? あいつらにやられたのか?」

 伊恩はまだ、気付いてないようだ。良かった。僕は安堵する。

「大丈夫だよ、伊恩。ありがとう。それよりもこいつらをまともに相手してたらキリがない。適当にあしらって恩のところに戻ろう」
「ああ分かった」

 僕はニコリと伊恩に笑いかけると、一瞬の隙を狙って一目散に走りだそうとした。が、その瞬間、新手の刺客が空から現れて、こちらに目掛けて弓矢を放ってきた。

「った」
「詩恩!」

 伊恩を庇って僕の肩を掠めた弓矢が地面に突き刺さる。よりにもよって、黒い影がある方の服が破けるなんて。

「え、詩恩、これ、いつから」
「あは、とうとうばれちゃったかぁ」

 僕の肩から血が溢れだすと、あとからズキズキとした痛みが生じてくる。これは結構深いかも。早く止血をした方がいいかもしれない。

「ま、まって、まずは血を止めないと」

 こんなに取り乱す伊恩、初めて見た。傷口が痛むのに、僕は笑ってしまう。

「笑ってる場合かよ! くっそ、服が破けねえ」

 自力で自分の服を破こうと奮闘する伊恩に、ますます笑いが込み上げてくる。ああ、僕はこのまま死ぬんだろうな。なんとなくそう思った僕は、これ以上攻撃を仕掛けてこない異物達を前に、伊恩の手にそっと触れていた。

「もういいよ、伊恩」
「はあ? 全然良くないだろ!」
「もういいんだよ、伊恩」
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