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伊恩と詩恩(4)
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伊恩の手に触れ言葉を遮った僕は、穏やかな笑みを浮かべてみせた。
「聞いて、伊恩。僕の身体は見ての通り、悪性に侵食されている」
「悪、性……」
「このまま伊恩が僕を助けてくれたとしても、僕はそのうち悪性となって消えてしまう。だったらそうなる前に、今このまま異物に殺された方がマシかもしれない」
「いやっ、そんな、ことは」
「悪性となってある日突然跡形もなく消えてしまうより、こうして伊恩の腕の中で死ねたら本望だと思わない?」
「本望だなんて、思わねえよ」
黒い影が、僕の手のひらにまで広がっていく。痛みはもう感じなかった。僕には時間がないのだろう。異物に殺されて死ぬか、悪性に変わって消えるか。どちらが早いかな。
ああ、恩に悪性が大量発生してるから気を付けてって伝えなきゃ。こんなことなら最初から我慢なんてしないで、いちるが邪魔だって言えば良かったなぁ。伊恩だけで新しい世界のメンテナンスなんて務まるのかな。空を飛ぶ異物がいるんだって、恩に教えてあげたかったな。
僕が喋ってる間に空を一周してきた異物が戻ってくると、まだ生きとったんかいワレと言わんばかりに追撃を仕掛けてくる。ドスドスッと鈍い音が背中ですると、僕は痛みに負けて思わず血を吐きだしてしまった。
「ぐふっ」
「詩恩!」
背中に弓矢が二本刺さったんだと思う。獲物に当たって満足したのか、異物はまた空を飛び回っている。
「ああ伊恩、ごめんね。伊恩の顔に僕の血が付いちゃった」
「い、いいんだよそんなことは! いいからもう喋んな!」
「ん……駄目だよ、まだ言いたいことがあるんだから」
「な、なんだよ言いたいことって」
体内を巡る血の流れが足踏みをし始める。出血多量が先、か。良かった。僕は伊恩の手をギュッと握り締めた。
「伊恩、愛してるよ」
「は? え……は?」
伊恩は僕の顔と手を交互に見ては、困惑した表情を浮かべている。
「お前は本当は優しいんだから、思ってもないこと言うのやめなよ」
「い、いや……えっと……や、やめろよそんな、今生の別れみたいな」
「今生の別れだよ。今言わないと後悔する。毎晩、化けて出てくるかも」
「い、いいよ詩恩なら」
「あは。嬉しいけど、やめとくよ。そうだ、恩にもちゃんと伝えてね。悪性が増えてること、空を飛ぶ異物が飛び回ってること、あと、僕が悪性に侵食されて死んだこと」
「い、いや……」
自分の手がひんやりと冷たくなってくる。こういうのを、血の気が引く感覚って言うのかな。これから死ぬっていうのに、こんなにも心が穏やかでいられるなんて。やっぱり伊恩が近くにいるからかな。
「伊恩、僕のこと愛してる?」
「……え?」
「僕のこと、愛してる?」
「…………………………」
「僕は言ったのに、伊恩は言ってくれないの?」
「……僕も詩恩を、愛してる」
それが聞けただけで僕はもう、満足だ。
「あは、嬉しい」
僕の心臓は、プログラムでいることを手放した。
僕の身体は伊恩にずっしりと重く伸し掛り、獲物が消失した瞬間を見届けた異物達は、何事もなかったかのように捌けていく。
「詩恩……」
爪の先までびっしりと黒い影に侵食された僕は、もうぴくりとも動かない。
「詩恩……ごめんな……」
ぽつりと呟いた伊恩の瞳は濡れていた。いったい何に対しての「ごめんな」なのか、僕にはもう知る術はない。
視点は戻り、いちるへ。
学校が終わってからお兄さんの部屋で漫画を読みながら暇を潰していると、伊恩が隣の部屋から襖を開けて入ってくる。
「あ、伊恩。お、おかえりなさい」
恐らく新しい世界から戻ってきたであろう伊恩に労いの言葉をかけようと立ち上がり歩み寄ると、私をスルーしてお兄さんに足を向ける伊恩。
もう学校じゃないんだから、無視しなくたっていいのに。
「恩、こっち側で悪性が大量発生してる」
ふと、伊恩がお兄さんに現状を報告をしたことで、一気に部屋中の空気が重くなる。驚いているのは私だけのようで、お兄さんは表情ひとつ変わらない。
「……そう。なら、きみは暫く新しい世界には出入りしない方がいいね」
「え……」
「他にも色々報告があるんだけど」
そう言うと、伊恩はちらりと私に視線を向ける。
どうやら私には聞かれたくない話らしい。いくら私が『特別な存在』だからって、部外者なことに変わりはないもんね。
「あ……わ、私、隣の部屋に行ってこようかな」
襖一枚閉めたところで声が遮断されるわけではないが、此処にいるよりかはマシだろう。
襖を閉めると室内は薄暗く、ひんやりとしていた。伊恩はこっちの部屋から出てきたけど、もしかしてこの部屋と新しい世界が繋がってたりするのかな。
たった今、お兄さんに出入り禁止令を命じられたというのに、私は好奇心からなんとなくソワソワしてしまう。ペタペタと適当に壁を触っていれば、うっかり秘密の扉が開いたりして。
今、私が新しい世界に足を踏み入れたら。多種多様な悪性がそこら中にいて、私をじっと見つめてきたら。
想像するだけでゾッとする。
襖にぴったりと耳をくっつけたら二人の話し声が聞こえないだろうか。試してみると、微かに声がするような。単語、単語だけなら拾えるかも……ううん、異物、空を飛ぶ……んええ? いったいなんの話をしてるの。
話しているのは多分、伊恩だけで、お兄さんの声は聞こえない。空を飛ぶ異物が現れたという話なら、私がいても良くないか? どうして伊恩は、私に席を外してほしかったんだろう。私に聞かれたくない話って何? そりゃ、悪性がいきなり増えて緊急事態なのは分かるけど、私だって新しい世界に片足突っ込んでるんだし、ちょっとくらい教えてくれたっていいじゃんか。
むう、と頬を膨らませていると、いきなり襖が開いてドキッとする。こっそり聞き耳を立てていたのがばれてしまったと思いヒヤヒヤしていると、仏頂面の伊恩が私を見て舌打ちをする。
「チッ」
「ひっ! ご、ごめんなさい……っ、で、でも、二人で何を話してるのか気になって……」
「……聞けばお前が傷付くと思うぞ」
「え?」
「それでも聞きたいか?」
私は頷いた。私だけ蚊帳の外なのは嫌だから。
「こっち側の二見双葉がいた」
「えっ」
こっち側。つまり、アイドルの二見双葉のことだ。あれ以来、見かけることはなかったけど、まだ存在していたことにほっと胸を撫で下ろす。
「あいつはもう壊れてた。そこまでは想定内だと思う。ただ、壊れて動かなくなったあいつに無数の悪性が群がって……食べてた」
一瞬、間があったのは伊恩なりの優しさだろう。私が傷つかないように、少しでもオブラートに包むべきかと躊躇った。だけど伊恩は私にも理解できるように、はっきりと伝えてくれた。確かに壊れてしまうことはお兄さんが言ってたから想定内ではある。問題はそのあとだ。
カニバリズム。言葉自体は知っている。その意味も知っている。
そんなおとぎ話のような出来事が本当に起こるなんて。
私は絶句した。
「そして悪性が異物に変わって、僕達に襲いかかってきた。空を飛ぶ異物まで現れて、そいつが弓矢を放ってきた」
え、ちょっと待って。今、『僕達』って言った? もしかして伊恩は詩恩と二人でいたの? なら、詩恩はどうして此処にいないの?
「僕は……いや、詩恩は僕を庇って……だ、だけど詩恩の身体は既に悪性に侵食されてて、ぼ、僕は止血をしようと思ったんだけど、詩恩がもういいよって、遺言みたいなこと言いだして」
伊恩が何を言っているのか分からなかった。伊恩の一人称って僕なんだとか、伊恩でも取り乱すことあるんだとか、冷静に外側の情報を分析してる自分がいて、私の思考が現実を受け止めるという行為を拒絶する。
「あ、愛してるって、詩恩が、僕に……っ、ぐす……ぼ、僕も愛してるって言ったら詩音が、詩恩がぁっ、ぐすん、ぐすん」
伊恩、泣いてるの? 伊恩は子供みたいに泣くんだね。
こんなに伊恩が感情的になってるのに、お兄さんの顔は虚無ってる。双子の片割れがいなくなったんだよ? 子供が一人、死んじゃったんだよ? お兄さんが作ったのに、伊恩がこんなに泣いてるのにお兄さんはなんとも思わないの?
詩恩が死んだ。
その事実が私の胸に深く突き刺さる。
痛い、痛い痛いいたいいたいいたいイタイイタイイタイイタイイタイ。
詩恩ともっと話したかった。もう会えないなんて嘘だよね。伊恩が大きなハンマーで、詩恩が弓矢を扱うんでしょう。武器を駆使して異物を排除する姿が見たかった。
「い、伊恩……よく、戻ってきたねぇ……っ」
「……! う、うわああああんっ!」
私の労いの言葉を聞いて、伊恩が大号泣する。つられて私も涙を流しながら伊恩をギュッと抱き寄せた。伊恩は嫌がりもせずに私をギュッと抱き返す。
その横でお兄さんは退屈そうに珈琲を飲んでいた。
散々泣き喚いたあと、伊恩と二人してティッシュで鼻を擤むと、そういえば……と伊恩の言葉を思いだす。
「そ、そういえば、おんってもしかしてお兄さんの名前ですか?」
「……そうだけど」
「お兄さんの名前、知りませんでした。なんていう名前なんですか?」
あまり自分のことを話したくないのか、私が聞いても黙りこくってしまうお兄さん。すると、一緒に泣き喚いたことによって友情が芽生えたのか、伊恩が代わりに答えてくれる。
「音成恩だよ。音楽の音に成人の成、恩は伊恩の恩で音成恩」
「へえー……素敵な名前ですねえ。あっ、もしかして、自分の名前から二人の名前を付けたんですか?」
「そうだよ。な、恩」
伊恩が話を振っても、お兄さんはまだ黙ったままだ。伊恩からお兄さんについて根掘り葉掘り聞いてもいいんだけど、せっかくなら本人から色々聞きたいよね。
「お、お兄さんは、どうして新しい世界を作ろうと思ったんですか?」
ドキドキしながらダメ元で聞いてみると、ゲーミングチェアに座りながら珈琲を一口飲んだあと、お兄さんが口を開く。
「……僕は、自分の居場所を確立したかったんだ」
「聞いて、伊恩。僕の身体は見ての通り、悪性に侵食されている」
「悪、性……」
「このまま伊恩が僕を助けてくれたとしても、僕はそのうち悪性となって消えてしまう。だったらそうなる前に、今このまま異物に殺された方がマシかもしれない」
「いやっ、そんな、ことは」
「悪性となってある日突然跡形もなく消えてしまうより、こうして伊恩の腕の中で死ねたら本望だと思わない?」
「本望だなんて、思わねえよ」
黒い影が、僕の手のひらにまで広がっていく。痛みはもう感じなかった。僕には時間がないのだろう。異物に殺されて死ぬか、悪性に変わって消えるか。どちらが早いかな。
ああ、恩に悪性が大量発生してるから気を付けてって伝えなきゃ。こんなことなら最初から我慢なんてしないで、いちるが邪魔だって言えば良かったなぁ。伊恩だけで新しい世界のメンテナンスなんて務まるのかな。空を飛ぶ異物がいるんだって、恩に教えてあげたかったな。
僕が喋ってる間に空を一周してきた異物が戻ってくると、まだ生きとったんかいワレと言わんばかりに追撃を仕掛けてくる。ドスドスッと鈍い音が背中ですると、僕は痛みに負けて思わず血を吐きだしてしまった。
「ぐふっ」
「詩恩!」
背中に弓矢が二本刺さったんだと思う。獲物に当たって満足したのか、異物はまた空を飛び回っている。
「ああ伊恩、ごめんね。伊恩の顔に僕の血が付いちゃった」
「い、いいんだよそんなことは! いいからもう喋んな!」
「ん……駄目だよ、まだ言いたいことがあるんだから」
「な、なんだよ言いたいことって」
体内を巡る血の流れが足踏みをし始める。出血多量が先、か。良かった。僕は伊恩の手をギュッと握り締めた。
「伊恩、愛してるよ」
「は? え……は?」
伊恩は僕の顔と手を交互に見ては、困惑した表情を浮かべている。
「お前は本当は優しいんだから、思ってもないこと言うのやめなよ」
「い、いや……えっと……や、やめろよそんな、今生の別れみたいな」
「今生の別れだよ。今言わないと後悔する。毎晩、化けて出てくるかも」
「い、いいよ詩恩なら」
「あは。嬉しいけど、やめとくよ。そうだ、恩にもちゃんと伝えてね。悪性が増えてること、空を飛ぶ異物が飛び回ってること、あと、僕が悪性に侵食されて死んだこと」
「い、いや……」
自分の手がひんやりと冷たくなってくる。こういうのを、血の気が引く感覚って言うのかな。これから死ぬっていうのに、こんなにも心が穏やかでいられるなんて。やっぱり伊恩が近くにいるからかな。
「伊恩、僕のこと愛してる?」
「……え?」
「僕のこと、愛してる?」
「…………………………」
「僕は言ったのに、伊恩は言ってくれないの?」
「……僕も詩恩を、愛してる」
それが聞けただけで僕はもう、満足だ。
「あは、嬉しい」
僕の心臓は、プログラムでいることを手放した。
僕の身体は伊恩にずっしりと重く伸し掛り、獲物が消失した瞬間を見届けた異物達は、何事もなかったかのように捌けていく。
「詩恩……」
爪の先までびっしりと黒い影に侵食された僕は、もうぴくりとも動かない。
「詩恩……ごめんな……」
ぽつりと呟いた伊恩の瞳は濡れていた。いったい何に対しての「ごめんな」なのか、僕にはもう知る術はない。
視点は戻り、いちるへ。
学校が終わってからお兄さんの部屋で漫画を読みながら暇を潰していると、伊恩が隣の部屋から襖を開けて入ってくる。
「あ、伊恩。お、おかえりなさい」
恐らく新しい世界から戻ってきたであろう伊恩に労いの言葉をかけようと立ち上がり歩み寄ると、私をスルーしてお兄さんに足を向ける伊恩。
もう学校じゃないんだから、無視しなくたっていいのに。
「恩、こっち側で悪性が大量発生してる」
ふと、伊恩がお兄さんに現状を報告をしたことで、一気に部屋中の空気が重くなる。驚いているのは私だけのようで、お兄さんは表情ひとつ変わらない。
「……そう。なら、きみは暫く新しい世界には出入りしない方がいいね」
「え……」
「他にも色々報告があるんだけど」
そう言うと、伊恩はちらりと私に視線を向ける。
どうやら私には聞かれたくない話らしい。いくら私が『特別な存在』だからって、部外者なことに変わりはないもんね。
「あ……わ、私、隣の部屋に行ってこようかな」
襖一枚閉めたところで声が遮断されるわけではないが、此処にいるよりかはマシだろう。
襖を閉めると室内は薄暗く、ひんやりとしていた。伊恩はこっちの部屋から出てきたけど、もしかしてこの部屋と新しい世界が繋がってたりするのかな。
たった今、お兄さんに出入り禁止令を命じられたというのに、私は好奇心からなんとなくソワソワしてしまう。ペタペタと適当に壁を触っていれば、うっかり秘密の扉が開いたりして。
今、私が新しい世界に足を踏み入れたら。多種多様な悪性がそこら中にいて、私をじっと見つめてきたら。
想像するだけでゾッとする。
襖にぴったりと耳をくっつけたら二人の話し声が聞こえないだろうか。試してみると、微かに声がするような。単語、単語だけなら拾えるかも……ううん、異物、空を飛ぶ……んええ? いったいなんの話をしてるの。
話しているのは多分、伊恩だけで、お兄さんの声は聞こえない。空を飛ぶ異物が現れたという話なら、私がいても良くないか? どうして伊恩は、私に席を外してほしかったんだろう。私に聞かれたくない話って何? そりゃ、悪性がいきなり増えて緊急事態なのは分かるけど、私だって新しい世界に片足突っ込んでるんだし、ちょっとくらい教えてくれたっていいじゃんか。
むう、と頬を膨らませていると、いきなり襖が開いてドキッとする。こっそり聞き耳を立てていたのがばれてしまったと思いヒヤヒヤしていると、仏頂面の伊恩が私を見て舌打ちをする。
「チッ」
「ひっ! ご、ごめんなさい……っ、で、でも、二人で何を話してるのか気になって……」
「……聞けばお前が傷付くと思うぞ」
「え?」
「それでも聞きたいか?」
私は頷いた。私だけ蚊帳の外なのは嫌だから。
「こっち側の二見双葉がいた」
「えっ」
こっち側。つまり、アイドルの二見双葉のことだ。あれ以来、見かけることはなかったけど、まだ存在していたことにほっと胸を撫で下ろす。
「あいつはもう壊れてた。そこまでは想定内だと思う。ただ、壊れて動かなくなったあいつに無数の悪性が群がって……食べてた」
一瞬、間があったのは伊恩なりの優しさだろう。私が傷つかないように、少しでもオブラートに包むべきかと躊躇った。だけど伊恩は私にも理解できるように、はっきりと伝えてくれた。確かに壊れてしまうことはお兄さんが言ってたから想定内ではある。問題はそのあとだ。
カニバリズム。言葉自体は知っている。その意味も知っている。
そんなおとぎ話のような出来事が本当に起こるなんて。
私は絶句した。
「そして悪性が異物に変わって、僕達に襲いかかってきた。空を飛ぶ異物まで現れて、そいつが弓矢を放ってきた」
え、ちょっと待って。今、『僕達』って言った? もしかして伊恩は詩恩と二人でいたの? なら、詩恩はどうして此処にいないの?
「僕は……いや、詩恩は僕を庇って……だ、だけど詩恩の身体は既に悪性に侵食されてて、ぼ、僕は止血をしようと思ったんだけど、詩恩がもういいよって、遺言みたいなこと言いだして」
伊恩が何を言っているのか分からなかった。伊恩の一人称って僕なんだとか、伊恩でも取り乱すことあるんだとか、冷静に外側の情報を分析してる自分がいて、私の思考が現実を受け止めるという行為を拒絶する。
「あ、愛してるって、詩恩が、僕に……っ、ぐす……ぼ、僕も愛してるって言ったら詩音が、詩恩がぁっ、ぐすん、ぐすん」
伊恩、泣いてるの? 伊恩は子供みたいに泣くんだね。
こんなに伊恩が感情的になってるのに、お兄さんの顔は虚無ってる。双子の片割れがいなくなったんだよ? 子供が一人、死んじゃったんだよ? お兄さんが作ったのに、伊恩がこんなに泣いてるのにお兄さんはなんとも思わないの?
詩恩が死んだ。
その事実が私の胸に深く突き刺さる。
痛い、痛い痛いいたいいたいいたいイタイイタイイタイイタイイタイ。
詩恩ともっと話したかった。もう会えないなんて嘘だよね。伊恩が大きなハンマーで、詩恩が弓矢を扱うんでしょう。武器を駆使して異物を排除する姿が見たかった。
「い、伊恩……よく、戻ってきたねぇ……っ」
「……! う、うわああああんっ!」
私の労いの言葉を聞いて、伊恩が大号泣する。つられて私も涙を流しながら伊恩をギュッと抱き寄せた。伊恩は嫌がりもせずに私をギュッと抱き返す。
その横でお兄さんは退屈そうに珈琲を飲んでいた。
散々泣き喚いたあと、伊恩と二人してティッシュで鼻を擤むと、そういえば……と伊恩の言葉を思いだす。
「そ、そういえば、おんってもしかしてお兄さんの名前ですか?」
「……そうだけど」
「お兄さんの名前、知りませんでした。なんていう名前なんですか?」
あまり自分のことを話したくないのか、私が聞いても黙りこくってしまうお兄さん。すると、一緒に泣き喚いたことによって友情が芽生えたのか、伊恩が代わりに答えてくれる。
「音成恩だよ。音楽の音に成人の成、恩は伊恩の恩で音成恩」
「へえー……素敵な名前ですねえ。あっ、もしかして、自分の名前から二人の名前を付けたんですか?」
「そうだよ。な、恩」
伊恩が話を振っても、お兄さんはまだ黙ったままだ。伊恩からお兄さんについて根掘り葉掘り聞いてもいいんだけど、せっかくなら本人から色々聞きたいよね。
「お、お兄さんは、どうして新しい世界を作ろうと思ったんですか?」
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