黒猫を追いかけてたら新しい世界への道を見つけちゃった話

まなづるるい

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音成恩

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 自分の居場所を確立したいと願うのは、承認欲求の高い人なら当然感じる当たり前なこと。お兄さんの表情筋は死んでるし、なんなら心も死んでるけど、ちゃんと人間味のある考え方も持ち合わせていたんだね。

 物心ついた時から自分の居場所がないと感じていたお兄さんは、現実の世界では確立できないとなんとなく分かっていた。世界の仕組みに生きづらさを覚え、誰かに甘えたり頼ったり。それらを全て諦め捨てたお兄さんは、現実の世界ではない、別の世界を追い求めるようになる。

 だけどそんな都合のいい世界は現実に存在しなかった。存在しないのなら自分で作ればいい。お兄さんはその日から毎日気が狂ったかのように、ノートに自分の理想の世界を書き殴っていた。

 理想を文字にして吐きだせば、いつかそれが現実になる。そうしているうちに夢によく見るようになり、大人になった頃、突如としてそれは叶った。自分の住んでるアパートに、あるはずのない螺旋階段が現れたのだ。

 お兄さんは階段を上った。屋上まで行くと、お兄さんは自ら下へ落ちたそうだ。

 死んだと思ったよ。だけど身体は生きていた。不思議と何処も痛くなくて、辺りが霧に包まれていく。霧の中を掻き分けて進むと、そこにはヘッドフォンとゲーミングPCがあった。マウスをカチカチとクリックしていくと強烈な目眩に襲われて、気が付けば新しい世界へと足を踏み入れていたらしい。

 やっとこの瞬間がきた。お兄さんは新しい世界の創設者となり、人を作り街を作りプログラムを作った。お兄さんの居場所を確立することにようやく成功したんだ。

「凄い、ですね……本当に、自分の居場所を確立することができたなんて……」

 私は素直に感動していた。本気で願い続ければなんだって叶うんだって、証明されたような気がして。

 お兄さんのことが知れて嬉しいな。もっともっと、お兄さんの心に触れてみたい。そう思っていると、閉めていたはずの襖がそっと開いた。

 もしかして詩恩かもと思い、そちらに視線を向けてみると、そこには全然知らない女の子が立っていた。

「あ、あれ……此処、どうこお?」

 小学生くらいだろうか。黒い髪がお腹の辺りまで伸びた女の子は、所々穴の開いたボロボロの白い布切れのような服を身に纏っている。向こうの部屋からきたということは、新しい世界から現実の世界へきてしまったということだろうか。

「おいおいまじかよ、なんでこっちに出てきてんだ?」

 思った通りの異常事態に、伊恩が焦りだす。

「ちょいちょいちょい、きみのおうちはこっちじゃないよ。早くおうちに帰りなさい」

 へえ、子供に対してだと話し方が変わるんだ。

 伊恩の意外な一面が見れた私は、思わず顔が綻んでしまう。

「おうちい? おうちい、怖い人たっくさあんいて入れないよお」

 怖い人とはきっと、悪性のことだろう。それに異物も徘徊してる。こんな小さな子を新しい世界に連れ戻すなんて、今はやめておいた方がいいかもしれない。

「ね、ねえ伊恩。い、今は悪性が大量発生してるんだよね? そんなところにこの子を連れていくのは、危ないんじゃない?」
「それはそうだけど、そもそもこっち側が此処にいる時点でおかしいんだよ。僕の仕事はこういう奴を本来いるべき場所に振り分けることなんだ。こいつだけ特別扱いするわけにはいかないんだよ」
「で、でも……その子を新しい世界に戻したら、殺されちゃう、かも……」
「……なるべく安全なところに飛ばすから。それならいいか?」

 飛ばされる場所はランダムで選べないと思ってたけど、メンテナンス担当ならそれさえも自由自在に操れるってこと?

 伊恩は嘘は吐かないだろうし、これも伊恩なりの精一杯の配慮なんだろう。なら、私からはこれ以上何も言えないよ。

「……ありがとう。本当に安全なところに飛ばすから、お前は心配しなくていい」

 伊恩はニコリと微笑むと、女の子を隣の部屋へと誘導した。襖を閉めて暫くすると、伊恩だけが戻ってくる。どうやら無事に飛ばせたらしい。

「こんなこと、今までなかったんだけどな」

 ぽつりと呟く伊恩の表情は暗い。

 すると、ここにきて初めてお兄さんが口を開いた。

「もう此処は危険かもしれない」
「……え?」
「きみももう気付いてると思うけど、隣の部屋は新しい世界と繋がっててね。何処からどう繋がってるのかは教えられないけど、そこがいつでも行き来できる状態になってしまうと僕も困るんだ」

 そりゃあそうだ。あの子は多分悪性じゃないけど、いつ悪性や異物が出てくるか分かったもんじゃない。彼女を食べたという悪性。それに空を飛ぶ異物なんかが間違えて現実の世界に足を踏み入れてしまったら、どうなるかは考えなくても分かるだろう。

「だから僕は、また誰かがこちらに迷い込んでしまう前に、ふたつの世界を繋げる道を壊してしまおうと思う」
「……え」

 そんなことをすれば、新しい世界の住人であるお兄さんや伊恩にまで何か影響があるのでは? それともふたつの世界を繋げる道を壊して、新しい世界を無法地帯にするつもりなんじゃ。

「きみはまた良からぬことを考えているね?」
「だ、だって、道を断ち切ってしまったら、新しい世界の住人は、いったい誰が管理をするんですか?」
「管理はもうしない。僕達含む新しい世界の住人は、一人残らず消しておくよ」
「け、す……? い、今、消すって言いました?」
「ああ。新しい世界との繋がりを断つということは、僕の居場所が消えてしまうと同義なんだ。そうなれば僕の存在意義はなくなるよね。なら僕は新しい世界と共に心中する道を選ぶよ」

 ああそうだ、この人はそういう人なんだ。端から死を恐れてなどいない人。こうなってしまったのは自分が新しい世界を作りだしてしまったから。お兄さんは自分で自分のしたことの責任を取ろうとしてるんだ。自己犠牲と言えば聞こえはいいが、自分から始めた物語に終止符を打つ。お兄さんは最初からそのつもりで新しい世界を作ったんだ。何か予期せぬことが生じた際は、自らの命と共に新しい世界を手放すと。

 でも、やっぱり、そんなの駄目だよ。せっかく伊恩とも仲良くなれたのに。せっかくお兄さんのことを知れたのに。私達、これからじゃん。詩恩を失ってしまったのは本当に悲しいことだけど、三人で新しい世界を、お兄さんの居場所を守っていこうよ。

 私は必死で首を横に振った。

「僕は大丈夫だから」

 伊恩が言う。

 私は必死で首を横に振った。

「このまま放っておけば、現実の世界と新しい世界の区別がなくなって、悪性が何食わぬ顔で現実の世界に紛れ込んで害を与えるかもしれない。そうなれば世界は滅茶苦茶だ」

 そんなのは分かっている。

 私は必死で首を横に振った。

「今、此処で繋がりを切っておけば、消えるのは僕達だけ。きみは大好きな苺谷先輩と共に現実の世界で生きるんだ」

 もう苺谷先輩のことなんて好きじゃない。二人のいない世界に私だけが生きたって、意味がない。

 私は必死で首を横に振った。

「わ、私もうっ苺谷先輩のことなんて好きじゃない! 伊恩は詩恩の分まで生きなきゃ駄目だし、お兄さんに自分の居場所が必要だったのと同じように、私にも居場所が必要なのっ、わ、私の居場所を勝手に奪わないで!」

 自分の気持ちを上手く言語化できたかどうかは分からない。だけど今、何かを伝えなきゃいけないことだけは分かるから。

 お兄さんが、私の手を取りギュッと握る。

「きみにはきみの居場所がある。例え新しい世界が消失しても、現実の世界がある。きみはどちらの世界でも生きていける異質な存在。希少で、稀で、レアなんだ」

 それはとても優しい声だった。

 私が何を言ってももう、駄目な気がした。だからといって、別れを受け入れる度胸もない。

 言葉に詰まっていると、襖の奥からドンッと大きな音がした。どうやらまた誰かがきてしまったらしい。

「おいおいおい、今度は異物じゃねえか!」

 瞬時にそれを異物と判断した伊恩の手には、大きなハンマーが握られている。襖を乱暴に壊して私達のいる部屋にきた異物は、四つん這いになってこちらに突進してこようとしてる。

 異物との対峙に勤しむ伊恩の横で、私はまだ決断できずにいた。

「……いちる」
「…………………………」

 初めてお兄さんに名前を呼ばれたことにも気付かずに、私は終始無言のまま。

 奥では異物の数が一人から二人、二人から三人、三人から四人へと、その数はどんどんと増えていく。

「恩! 僕だけじゃ無理だよ! 早く閉じよう!」

 このままではどんどん異物が現れて、あっという間にこの部屋全体を埋め尽くすだろう。伊恩が異物なんかに殺される瞬間を、私は絶対見たくない。

「……恩……私、は……」

 自分でも無意識のうちにお兄さんの名前を呼んでいた。

 もう時間がない。分かってる。私が決断しなくたってお兄さんは。

「きみは生きて」

 瞬間、部屋中が眩い光に包まれて、何処からともなく風が吹く。初めて見るお兄さんの瞳はとても綺麗で、顔もかなりイケメンだった。

 なんだ、滅茶苦茶イケメンじゃん。どうしていつも前髪で隠してたの?

 光が消えると、白いアパートもお兄さんも伊恩もいなかった。私は一人、路地裏で立っている。

 本当にいなくなっちゃったんだ。私だけを残して。

 道中、あのダンボールがあって、そこにあの日途中で見失ったはずの黒猫がいた。

「お前、こんなところにいたの?」

 私は座り込み、黒猫に話しかける。

「やっぱりお前はお兄さんなんじゃ……なんてね」

 黒猫は私の手の匂いをクンクン嗅いでいる。

「皆、皆、消えちゃった。消えちゃったよお……」

 思わず涙が込み上げてくると、私はわんわんと泣いていた。

 こんなに泣いたのは初めてのことだった。
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