橋本愛莉というおんな

まなづるるい

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第六章

40.

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 気がついた時にはベットにいた。あたし、いつの間に寝たんだろう。昨日は確か、家に帰ると柚留ちゃんがいて。それで。

『……お兄ちゃん、死んじゃったの?』
『……あんたと暮らすなんで絶対に嫌……なんでお兄ちゃんが死んで、あんたが生きてんの……あんたが死ねばよかったのに……』
『……あんたなんか家族じゃない……次、柚留の前に現れたら殺すから……』

 それで柚留ちゃんがまたでていって、それからどうしたんだっけ。
 ベットからゆっくりと上体を起こすと、ノックもなしにドアが開く。

「あ、起きた? ねぇ、キッチンのところに薬の箱がおいてあるんだけど、具合でも悪いの?」
「薬の箱?」

 流に言われて思いだす。そうだ、確かあのあとすぐに頭痛がしたから薬を飲んだんだ。それでそのまま朝までぐっすり。

「あ……頭が痛かったら頭痛薬を飲んだんだ。流は昨日泊まったの?」
「ううん。起こすのも悪いから昨日は家に帰ったよ」

 そうなんだ、全然気がつかなかった。朝まで爆睡とか何年ぶり……。しかもまだ眠いし。普段薬とか飲まないからよく効いてんのかな。
 あたしはベットから降りようと一歩、片足を床につけると、急に目眩がしてそのまま前方に倒れ込んだ。

「愛莉!」
「ん……ねむ、い……」

 慌てて傍に駆け寄る流を余所に、あたしはまた深い眠りへと旅立った。
 それもそのはず、通常二錠でいいところを、あたしは六錠飲んだのだ。吐き気や記憶を飛ばすような事態には至らなかったものの、寝ても寝ても眠くなるのは至極当然。
 どうしてそんなに飲んだのかと問われれば、箱の裏側に書いてある説明をみていないから……ではなく、柚留ちゃんの言葉がいつまでもあたしの頭の中を占領して離れなくなったからと言った方が正しいだろう。簡単に言えば、あたしは柚留ちゃんの言葉に傷ついたのだ。
 次に目が覚めた時には、あたしはまたベットの上だった。布団をぴっちりと肩までかけている。きっと流がかけてくれたんだろう。
 今度はちゃんと立ち上がることができたので、リビングに行って流がいるか確認する。
 流はソファで漫画を読んでいるようだった。

「あ、起きた?」
「……うん」
「急に倒れるからなにかと思ったら寝てるんだもん。超焦った」
「ごめん」
「いいよ。菓子パン食べる? 冷蔵庫にヨーグルトもあるけど」
「……じゃあ、ヨーグルトで」

 流が冷蔵庫から取りだしたのは、苺味のヨーグルトだった。

「苺平気?」
「うん、ありがとう」

 今日が休日でよかった。ソファで優雅に漫画を読む流をみながら、あたしはヨーグルトを口に含んだ。
 おいしい。これ、流が買ってきたのかな。
 黙々とヨーグルトを食べていると、あたしのスマホが振動した。
 柚留ちゃんからだ。既に何通かこっちにメッセージを飛ばしている。 既読をつけると、あたしは絶句した。

『生きてる?』
『まだ生きてる?』
『もう死んだ?』
『まだ?』
『早く死ね』
『部外者は早く死ね』
『死ね』
『人殺し』
『お兄ちゃんを返せ』
『なんで生きてるの?』
『早くうちからでてけ』
『なんで既読つけないの?』
『死んだ?』
『なんだ、生きてんじゃん』
『悠々と寝てんじゃねえよ』
『おい』
『まだ寝てんの?』
『起きろ』
『は? なんでまた寝るの?』
『おい』
『起きろ』
『おい』
『家に女連れ込むな』

 一通りメッセージをみおわると、待ってましたと言わんばかりにまた柚留ちゃんからメッセージが届く。

『やっと既読ついた』
『まだ死なないの?』
『早く死になよ』
『家族でもないのにいつまでそこにいんの?』
『ヨーグルトおいしい?』

 この部屋に、あたしの部屋に、この家のありとあらゆる場所に監視カメラが仕掛けられている。柚留ちゃんはずっとあたしを監視してるんだ。あたしが死ぬかこの家をでるまでずっとずっと、永遠に。

『なに固まってんの?』
『早く死ねよ』

 こんなメッセージが永遠と送られてくるなんてむり。あたしはスマホの電源をオフにした。

「……流」
「んん?」

 流は漫画から視線を外さずに返事をする。余程その漫画が面白いのだろう。あたしよりも漫画に夢中な流が、いまはなによりもあたしの心の支えになっていた。
 ねぇ流、流はいなくならないでね。じゃないとあたし、死んじゃうから。

「お昼ご飯、なに食べよっか」

 知らぬが仏とはよく言ったもので、誹謗中傷アンチコメントのような類いのものは、みない方がいいに決まっている。
 だが、一方でこういった言葉があるのを知っているだろうか。
 怖いものみたさ。
 これが随分と厄介な心理で、みれば確実にきもちが落ち込むのをわかっていながらも好奇心が勝り、結果きもちが落ち込むというあれである。
 お昼ご飯を食べたあと、あたしはまたスマホの電源を入れていた。思った通り、柚留ちゃんからのメッセージが沢山ある。既読をつければまたなにか言われるだろう。それでも内容が気になって仕方がなかったあたしは、柚留ちゃんからのメッセージを開いていた。

『電源切ったって無駄だよ』
『どうせまたみるに決まってる』
『あんたの性格なら絶対そう、むしろわざと既読をつけて楽しむタイプだもん』
『ねぇ、いつまでそこにいるの?』
『早くでていってよ』
『部外者』
『死ね』

 トーク画面を開いた時点で死ねという文字はみえていた。みれば絶対に傷つくってわかっていたのに、どうしてあたしはみちゃうんだろう。
 こうしてみていれば柚留ちゃんの安否確認ができるから?
 それとも柚留ちゃんの言う通り、あたしはこの状況を楽しんでるの?
 わからない。ただ気になるからみてるだけ。馬鹿なあたしはそれをみてまた傷つくの。傷ついて、傷ついて、傷ついた傷を癒すためにあたしは薬に手を伸ばす。
 一錠、二錠、三錠、四錠、五錠、六錠、七錠……。ワンシートまるまる手のひらに乗せると、ペットボトルの水と一緒に飲み込んだ。
 こんなんじゃ足りない。あたしの心はもっともっと傷ついている。スナック菓子を口の中に次々と放り込むように、薬を過剰摂取したい。あのふわふわとした瞬間が堪らないの。一時的だっていい。薬を飲んでいる間だけは楽しくなる。
 だけどこんなに一気に飲んでたらすぐになくなっちゃうな。あとで薬局に行かないと。
 薬を摂取したあとも、あたしは柚留ちゃんからのメッセージを見続けていた。

『お薬おいしい?』
『もっと飲みなよ』
『精神科にでも通ってお薬溜め込むといいよ』
『眠れないんですぅとか言えば、あいつらは簡単にだしてくれるから』
『吐くほど飲め』
『吐いても飲め』
『イッキ!イッキ!』

 こんなふうに言われて苦しい反面、こんなふうに言われても柚留ちゃんと関われて嬉しいだなんておかしいよね。
 精神科……あたしには無縁の場所だと思ってた。
 だけどそれで柚留ちゃんが喜んでくれるなら、あたしはいくらでも犠牲になるよ。
 だってもうお兄ちゃんは戻ってこないから。これで死んだら死んだでお兄ちゃんに会えるしいいよね。
 返事はしない。したらもう、柚留ちゃんはなにも言ってくれないような気がするから。
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