オネエなおにいちゃん

三島 至

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 結愛が高校に来た時以来、津田によく絡まれるようになった。

「あれからどう?」「従兄妹さん元気?」「進展あった?」などと聞いてくる。唯都には心の余裕が無かった。苛々として、「何でそんなに構ってくるんだよ」と、突き放すような言い方をしてしまう。すると、津田はあっさりと理由を明かした。

「だって、私の妹が逢坂信者なんだもん」
「……は?」

(何よトウサカ信者って)と、心の中で問い返しながら、津田の目を見返す。
 津田は気ままに目を逸らし、自分の髪を手櫛で梳かし始めた。毛先をつまみながら、何でも無い事のように話し続ける。

「中学校でお友達いっぱい作って、妹さん……じゃないか、従兄妹さん見張らせているでしょ? 私の妹もそれなの。逢坂君の、お友達のお友達。喜んで従兄妹さん情報提供しているみたいよ」

 確かに唯都は、下級生と知り合いになり、結愛の情報がくるように手回ししている。

「やっぱり逢坂君、信者の家族構成までは調べてないか~。でも、妹にそんなに執着しているなんて、危ない人だなあ、って思っていたけど、従兄妹ならまあ、うん、大丈夫なんじゃない?」

「え、ちょ」

 声が大きい。

「逢坂君、もうちょっと情報統制した方が良いと思うよ? 知っている人は知っているよ、逢坂君が異常なシスコンだって事」

「……」

 何も言い返せなかった。


「妹が心酔する逢坂君がどんなものか、興味があったんだよね。まあ、確かにイケメンで優等生だけど、常軌を逸したシスコンは無いわ~と思っていたけど、この間の見る限り、従兄妹さんもなかなかブラコン? みたいだし、勝手にやっていろって感じ」
「じゃあ放っておけよ……」
「だって漫画みたいじゃん、面白いから友達になってよ」
「何も面白い事なんて無いよ」
「両想いなんでしょ?」

 唯都の音だけが、静かになった。
 一瞬教室の雑音も消えたのかと思ったが、錯覚だ。唯都だけが、音を認識出来なくなった。
 教室の壁に体重を掛けて、寄りかかる。津田も少し離れて立っている。
 音は中々戻らない。唯都は誰にも聞き取られないように小さな声を出す。「そうだったら、どんなにいいかな……」

 ざわざわと、周りの音が唯都の声を掻き消した。


「ねえ、逢坂君。友達になってよ。従兄妹さんとの事、応援してあげるから」

 津田が、軽く唯都の肩を叩いた。「今の関係に悩んでいるんでしょ? 同じ学校にも協力者居た方が良くない?」
 彼女は勝気に笑う。
 唯都はその顔に、何となく見覚えがあるような気がした。
 どこで見ただろうか、と考えても、これといった正解は見付からない。すっきりとしない、納得出来ない気持ち悪さが残る。
 だがもう一つ、思う事があった。
 彼女のこの笑顔はきっと、殻だ。
 唯都と同じ。
 作り物みたいだと思った。

「津田さんみたいな派手な見た目の女子とは、俺合わないと思う」
「人を見た目で判断しないでよ、ほらほら、握手! これで友達!」

 ――彼女は、唯都より、作るのが下手だ。
 唯都は津田を観察した。明るく染めた髪を巻いて、薄く化粧をしている。流行に乗ったような、今時の女子高生に見える。不器量では無い。少し日に焼けている。笑っているけれど、でも、笑っていないような気がした。

 お互い様か。
 そこまで、彼女の中味が知りたいとは思わなかった。何故なら、唯都も自分の中味を知って欲しいとは思わないからだ。
 関わってしまったのだから、もういいか。唯都は投げやりに、握手を返した。


 結愛の態度にも少し変化があった。
 授業が終わり、ちょうど帰ろうとした所で、携帯電話に連絡が入る。メッセージを開くと、結愛からだった。

『唯ちゃん、一緒に寄り道しよ! 高校まで行ってもいい?』

 文面をじっと見ていると、「ちょっと、ニヤニヤし過ぎだよ。妹さん……じゃない、従兄妹さんからでしょ。てかもう妹さんでいい?」と津田の声が邪魔をする。
 隙あらば唯都に話しかけてくる津田を手で追い払い、唯都は緩む表情に気をつけながら、メッセージを返した。

『中学生は基本、寄り道禁止。結愛が高校生になったら、一緒に行きましょうね。高校の近くに、美味しい洋菓子店があるのよ』

 着信を知らせる音と共に、すぐに返信が来る。

『ええ~~待てないよ! 今日行こうよ唯ちゃん』

『じゃあ、一度家に帰ってから、着替えて行きましょう。すぐ帰るから、結愛も寄り道せずに帰るのよ』

『分かった! すぐ帰ってきてね! 唯ちゃん大好き』

「……」

 無言で、携帯電話の画面を暫し眺める。
 ゆっくりと閉じると、はあ……と、長い息を吐いた。思わずといった風に、片手で顔を覆う。
 この間から、何かおかしい。
 結愛が他の男に取られてしまう……と危惧していたはずなのに、むしろもっと懐かれているような感じだ。
 てっきり、紹介も済んだ事だしと、芥子川の話題が増えるのかと思えば、そうでもなく。唯都と過ごす時間が減って、芥子川と出掛けるようになるのかと思えば、そんな気配は微塵も無く、今のように、前以上に唯都と出掛けたがる。

 特に、外出時だ。
 以前は、外の人目がある所では少し距離を取るようになっていた。結愛の戸惑いがそうさせていた。しかし、今は過剰と言える程、唯都に触れてくる。腕を組んだり、時には手を繋ぎたがったり。嬉しいのだが、理由が分からない。まるで周りに見せ付けるように、人が居るところでやりたがる。

 結愛は唯都の高校に迎えに行く、とよく言うようになったが、唯都はそれを拒否した。さすがに、中学生の妹が何度も高校に訪ねてくるのは良くない気がした。「志望校だから大丈夫」と結愛は言っているが、そもそも寄り道になってしまうので、中学生の結愛にとっては、校則違反である。

 極めつけは、最後の一言。
 唯都は、結愛が最近、「大好き」と言ってくれなくなったように感じていた。気のせいかもしれないが、彼女は無邪気に好意を口にしなくなったのだ。恥じらいがあるのかもしれないと思って、少しだけ残念に思っていたのだが。

 この間から、おかしいのだ。

 何かが開放されたかのように、メッセージのやりとりが増えた。そして終わりには、高い頻度で「大好き」が登場する。
 口で直接言ってくれる事は……よく考えると、あれから無いかもしれない。だが、文面では増えた。これはどういう事か。何か意味があるのか。

(深い意味は、無いんでしょうね……)

 期待するだけ馬鹿みたいだと思いながら、唯都は再び溜息をついた。



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