オネエなおにいちゃん

三島 至

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 二人とも無言になり、遮るものが無くなったので、部屋の外の音が耳に入った。誰かが階段を上ってくる。津田は恐らく帰ったはずだから、今度こそ叔母だろう。
 先ほどは、いつになく大声を出してしまった。唯都は足音に冷静さを取り戻し、焦りを覚えた。叔母にこの口調が聞かれたかもしれないからだ。
 今日はやけにノックが多い。
 扉の向こうから叔母の声が掛かった。

「結愛、騒がしいけど何かあった? 唯都の具合が悪いの?」

 聞かれた内容に安堵する。唯都がまた倒れたと思ったらしい。どうやら唯都が叫んだ詳細までは分からなかったようだ。

「ごめん、大丈夫だよ」

 先に持ち直したのは唯都だ。結愛はまだ呆然としている。
 このまま部屋に篭っていたら、また叔母に心配をかけそうなので、唯都は結愛の手を取って立たせた。だがすぐに離す。まだ恥ずかしかったのだ。
 何食わぬ表情で部屋を出て、叔母に顔を見せる。

「もう具合はすっかり良いから。騒がしくてごめん。ちょっとふざけ過ぎた」

「結愛と? 珍しいわねえ」

 叔母は不思議そうにした後、再び階段を下りる。途中で、「じゃあご飯食べるわね?」と唯都を振り返った。

「あら、結愛は?」

 叔母がきょとんとしていたので、唯都も後ろを見たが、結愛はまだ部屋の中だった。覗くと、唯都に立たされた体勢のまま、一歩も動いていない。

「ほら、結愛、夕飯だって。行こう」

 ロボットよりもぎこちない動きをする結愛を引き摺るようにして、唯都は外から扉を閉めた。





 叔父はまだ仕事が終わらないので、三人で夕食をとる。叔母が機嫌良さそうに「津田さんて良い子ねえ」と言うので、唯都は必死に「本当に彼女じゃないから」と言い返した。
 なんとか叔母の誤解を解く事が出来たが、結愛とは一言も言葉を交わさずに食事が終わる。
 喧嘩もどきは終わったと思ったのだが、結愛がフリーズしてしまったため、食事の後もろくに話を出来なかった。

 翌日は少し期待しながら結愛を起こしに行った。
 だが廊下に出た時点で、昨日までと同じように、既に支度を整えた結愛が立っている。
 その上、小動物じみたすばやい動きで、すぐに唯都の視界から姿を消した。
 昨日よりもっと酷い。
 会話どころか、顔色を窺う事すら出来ない。
「唯ちゃんを取らないで」と可愛く泣いていたのは何だったのか。昨日の態度とは裏腹に、今日は朝から話をする機会も与えてくれない。

 唯都は絶望しかけたが、結愛の泣き顔を思い出して耐えた。
 決して嫌がっているようには見えなかったのだ。
 酷い避けられ様に、落ち込まない訳では無かったが、それ以上に唯都は欲深い自分を見た。
 結愛のうろたえ様が、唯都をそういう意味で意識しての事なのだと思うと、もっと見ていたいような気持ちにもなる。

 結愛が先に一階へ下りてしまったため、部屋の前の廊下で一人佇む唯都は、自分に言い聞かせるようにぶつぶつと独り言を溢した。

 恥かしがっているだけ。そうだ。そうとしか見えない。

 根拠が無い自信とも言い切れなかった。
 結愛の気持ちが何であれ、昨日の一件で嫌われた訳では無いはずだ。
 結愛と唯都の「好き」は違うかもしれないが、押せばいけるかもしれない。
 そう考える唯都は、珍しく強気だった。






 登校すると、唯都は真っ先に津田を探した。平和そうな顔で自分の席に座っている津田を見つけると、彼女の所へつかつかと歩み寄る。
 津田は、今日も謎のポニーテールだった。
 唯都は津田と連絡先を交換してから、極力教室では彼女と会話しないようにしていた。その唯都が自分から近寄って来た事に、津田は驚いた顔を見せる。

「逢坂君じゃん、おはよー。何、昨日の報告してくれるの? 珍しいね直接来るなんて」

 気の抜けた声を出す。

「おはよう、津田さん。ちょっと話があるんだけど」

 唯都は挨拶を返しながら、含みのありそうな笑顔を意識して顔に乗せた。

「やだ、告白? じゃあ昨日あれから上手くいかなかったんだ……可哀想に……」

 内心違うと思っているだろうに、心底哀れむような目を向ける津田に若干いらつく。
 だがここで言い返しはしなかった。

「……昨日は、送ってくれてどうも有難う。しんどかったから、助かったよ」

 助けてもらったのは事実なので、そこだけは感謝している。

「おや、言い返さないんだ。余裕だね逢坂君。恋の病は治ったの?」

「ここ教室だからちょっと場所移してもいい?」

 長話になる前にと、唯都は教室を出るよう促す。
 恋の病云々も人に聞かれたい話題では無い。
 朝で、まだ人は少ないとはいえ、誤解製造機の津田と喋り続けていると、また新たな噂が立ちそうである。
 津田は「んー」と悩んだ素振りを見せ、首を振った。

「授業始まるし、どうせなら、後でゆっくり話そうよ。今日お昼一緒に食べよう」

 津田には得体の知れない怖さがあったが、彼女の繋がりが少し分かった事で、警戒心は薄れていた。
 それに、昨日の恩もある。人をからかいたいだけの人間かと疑っていたが、意外と優しい面もあるのだ。
 口調の事さえばれなければ、そこまで神経質に避けなくてもいいか……と、唯都は津田の提案を呑んだ。




 昼の休憩時間、学食でさっさと食事を済ませ、人気の無い教室に移動した。今は使われていないのか、物置と化しており、古い楽器や机、キャンパス等が置いてある。

 二人きりになると、唯都は深呼吸して、ずっと我慢して言わなかった事を吐き出した。

「津田!! 君さ、わざと誤解を招く言い回しをしていただろう!!」

 思わず呼び捨てにしながら、津田の両肩を掴んで、正面から彼女を睨んだ。



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