アーカーシュ護符店の孫娘

三島 至

文字の大きさ
2 / 10

元殺し屋の過去

しおりを挟む
 
 きっかけは数年前。
 商業都市に来たのは、要人の暗殺の仕事が入ったからだ。
 組織のなかでも腕利きの殺し屋だった私は、あらゆる感情が欠如していた。
 物心ついたときから裏の世界で生きてきて、喜びも、楽しみも、生き甲斐もなく、人の死に対して何も思わなかった。
 善とか悪とか、どうでもいい。
 ただただ腕を磨いて、人を殺した。
 私は秘匿された存在で、組織でも仲間というものがなく、ボスの命令だけに従い、一人で依頼をこなす。
 仕事で失敗したことはなかった。
 あの夜までは。


 また一つの命を奪った後で、私を狙う刺客に襲われた。
 隠れる時間も、逃げ場もなく、やむなく応戦する。
 刺客自体は私の敵ではない。やろうと思えば、一瞬で息の根を止められる。
 私のターゲットは、幼い子供を売り飛ばしている、ある誘拐組織の運び屋だった。依頼内容には、誘拐された子供の救出も含まれていたため、先に逃がしていたが、小部屋に一人残っていたのだ。
 泣いていたのか、子供が鼻をすすってしまい、刺客に気付かれる。黙って隠れていればいいものを、間抜けにも捕らわれてしまっていた。
 子供の安全を確保するために、少し手こずる。
 こちらの依頼内容も、私の情報も把握した上で刺客は迫ってきた。
 私が自分の命に執着しないことも知っているようだった。
 大人しく死ね。そうすればお前は任務を全うできる。
 子供の命と引き換えだと促し、私を殺そうとした。
 自分よりはるかに格下の相手に殺されるのも癪なので、返り討ちにしてやった。
 誤算だったのが、私を庇おうとしゃしゃり出てきた子供のせいで、一撃で仕留められなかったことだ。
 本当に余計なことしかしない。
 私の腕を引っ張り、手元を狂わせ(刺客の凶器から遠ざけようとしたようだ)、間に割り込んだ子供が、刺客の凶器で怪我を負う。
 私にやられた刺客はまだ意識があり、死の間際に反撃してきた。
 子供にしがみつかれて、上手く動けない私も怪我を負う。
 本当に邪魔だった。
 子供は無傷で帰せず、実績には傷がついたし、自分もこんな怪我、恥でしかない。
 刺客は息絶えた。
 私より一つ二つ歳上らしき子供は、髪色と同じ黒い瞳に涙をためて、しきりに私の心配をした。
 身なりのいい男の子だったが、私は目元以外は黒い布で隠した、全身黒づくめの怪しい出で立ちだ。よく物怖じせずに話しかけてこれるな、と思った。
 子供に応急手当だけして、保護してくれる場所まで送り、私は組織の拠点に帰ることにした。
 私の傷は思ったより深かったらしい。
 私がいくら優秀でも、身体は年端のいかぬ子供である。
 帰り道、拠点にたどり着いた記憶はなく、途中で意識が途切れた。

 目を覚ますと、あたりは明るかった。
 瞬時に昨夜の出来事を思いだし、警戒する。知らない場所に寝かされていた。
 すぐに起き上がろうとしたが、肩口に激痛が走り、思わずうめく。
 痛みに耐えて何とか身体を起こし、自分の身体を確認する。
 顔に巻いていた黒い布は取り払われ、血のついた服も、清潔な白いシャツに替えられていた。
 ペタペタと身体を触る。手当もしてあり、汚れも拭き取られている。
 傷の具合を見ていると、背後に人の気配を感じ、振り向いた。後ろにいたのは、年老いて背が曲がった男だった。
 老人は目を細め、私の頭に手を置いた。
 そのまま、優しく髪を撫でてくる。
 驚き過ぎて声も出ない。
 表情の変わらない私だが、あの時は呆けた顔をしていただろう。

「具合はどうかな、お嬢さん」

 穏やかな声音で問われる。耳に心地よい声だった。老人は、よしよし、と言うように破顔している。
 組織の人間が私を回収したのかと思ったが、それにしては、やけに親しげだ。
 組織の人間は、少なくとも私とは、馴れ合わない。
 一体どういう事だと、困惑する。
 喋れないでいると、老人は経緯を説明してくれた。

「お嬢さん、私の店の裏で、倒れていたんだよ。昨夜の事は、覚えているかい?」

 仕事でへまをするのも初めてで、混乱していた。敵意はなさそうだが、この老人は、何者だろう。
 すぐに逃げた方がいいのか。
 組織に報告はいっているのか。
 今回の仕事のあらましは、知らされているのか。
 私の扱いはどの様になるにしろ、今はまともに動ける気がしない。
 黙ったままの私を、老人は根気強く待った。
 優しげに見つめられ、動揺する。
 こんな目は知らない。どうやって対処していいかも分からない。
 取り合えず、何か言わなければ。

「お……ぼえて、ない。ここ、どこ?」

 命令を聞くのに、返事一つで事足りる。
 思えば、相手ときちんとした会話をしたことがなかった。
 言葉はつかえてしまい、ぼそぼそとしか言えなかった。

「私の店の、居住部屋だよ。店と家が一緒になっているんだ。お嬢さん、自分のことはわかる?」

 私はこくり、と頷く。
 その後で、組織に帰ろうにも動けない事を思いだした。この老人が親切心で家まで送ってくれる可能性もある。
 どうしよう。組織の場所を知られる訳にはいかない。
 かといって、他に行く場所もない。

「お嬢さんの名前は?」

「えっと、すて……」

 言いかけて、慌てて口を閉じる。ぼんやり考えていたせいで、うっかりしていた。
 私のコードネームは、ステラだ。
 組織で使う名前をそのまま教えられない。そして私は、自分の本名も知らない。

「え……えすてる。エステル。名前」

 咄嗟に偽名を名乗った。

「エステルか。私はタリス・アーカーシュというんだ。ところでエステル。君は帰る家はあるのかな」

 どうしてそんなことを聞くのだろう。貧民街でもあるまいし、幼い子供なら、親元で暮らしているはずだ。
 探るように老人を見つめると、老人は痛ましげな顔をした。

「こんな酷い怪我……誰にやられたんだ。明らかに刃物で切られた傷だ……間違っていたらすまん。エステルよ、何処かから、逃げてきたんじゃないのかね」

 聞いて納得した。老人は、私が親から酷い虐待を受けていると思ったらしい。
 老人は、組織とは無関係そうだ。
 頃合を見て、適当に帰ろう。

「あの、帰りたくない。怪我が治るまで、ここにおいて、ほしい……」

 ともあれ、今放り出されても困るので、一応お願いしておく。
 老人は心得たとばかりに、力強く頷いた。
 ほっと息をつく。慣れないことをしたせいで、少し緊張していた。
 顔に影が射す。
 老人が、傷口に触れないようにしながら、私の背に手を回していた。
 あの心地よい声で、老人は、今まで辛かったな、よく頑張った、と言った。

「怪我が治っても、気の済むまでいなさい」

 老人は、私を家族として受け入れてくれたのだった。



 しかしどうしたことか、絆されたのは私のほうだった。
 家族のいない私は、知らなかっただけで、愛情に餓えていたらしい。
 結局、組織に帰らないまま、私は死んだことになっていた。
 私がそれっぽい死体を用意して誤魔化したのだ。
 そうまでして、老人の……お祖父様の側を離れ難く感じていた。
 お祖父様は私に一般教養を教えてくれた。
 普通のことを知る度、お祖父様が優しくしてくれる毎に、足りなかった感情が育っていく。
 近所の人とも付き合いが出来て、私がいることで、お祖父様の不利益にはなりたくないと思った。
 少しずつ、理想の人格を形成していった。
 近所の人からも、いい印象を持たれるように。お祖父様に好いてもらえるように。
 いつだったか、お祖父様が、私のことを自慢の孫だと言ってくれた。
 嬉しかった。
 私はお祖父様が大好きになって、できるなら、ずっとここで暮らしていこうと思った。
 黒い過去は、誰にも知られないようにして。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

元恋人が届けた、断りたい縁談

待鳥園子
恋愛
シュトルム辺境伯の末娘ソフィに隣国の帝国第二皇子から届けられた『縁談』の使者は、なんと元恋人のジョサイアだった。 手紙ひとつで別れることになったソフィは、素直になれずジョサイアから逃げ回る。 「私に届けなければ、彼は帝国に帰ることが出来ない」 そう思いようやく書状を受け取ろうと決意したソフィに、ジョサイアは何かを言い掛けて!?

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

処理中です...