アーカーシュ護符店の孫娘

三島 至

文字の大きさ
6 / 10

逃げと恋人捜索

しおりを挟む
 
 翌朝。
 前回と同様で、特に説明するようなこともない。
 店に戻るまでも大体同じだ。
 だが、これを繰り返すとなると、お祖父様に気付かれないかが心配である。
 奴にはまた来るよう、念を押されてしまった。
 暫くは通わなければならないだろう。
 ……何だか、面倒な事態になったな。
 通わないと駄目か………。

 朝から重い気分の私に、気遣わしげな声がかかる。

「エステル? 溜息をついて、どうかしたのかい 」

 お祖父様に聞かれてしまったようだ。

「何でもありませんわ。最近、色々あったものですから……クルッツ様が、撤回して下さって良かったなと、考えていましたの」

 にこりと、笑みを浮かべる。
 お祖父様も深く同意した。

「ああ、本当に。しかし、急に態度が変わるから、驚いたな」

 あれからお祖父様はずっと不思議そうにしている。
 私は事情を知っているが、「何かあったのでしょうか……?」と嘯いた。

 奴との恋人契約は、いつまで続ければいいのだろう。
 気長に、奴が飽きるまで待つしかないのか。
 今度はお祖父様に聞かれないように、また溜息を吐いた。



 不服ながら、私は毎晩、奴の部屋に通った。
 その度に、あの恋人対応である。
 奴は毎度嬉しそうだが、私は窶れそうだ。
 腹立たしい。

 腕輪も恐ろしかった。
 まだ爆発などはしていないが……無闇に弄ってそうなると嫌なので、何も出来ない。
 奴から逃れるためには、まず腕輪を何とかしないといけない。
 しかし今の私には伝もなく、自分の力では外せそうにない。
 結局、奴に従うしかない状態だ。

 昼間は、袖口の中に腕輪を隠して過ごした。
 ユオ・クルッツが、あれ以降店に来ることは無いが、何処で見られるか分からないから。




 何度目かの夜、いつものように口付けたあと、奴はそわそわと切り出した。

「準備が整いそうだ。後は、ステラが来てくれれば完成なんだが……」

 はて、何の話だ。

「一緒に暮らそう、ステラ」

 目を合わせて数秒。
 両手を捕まれた。
 逃がさない、と言うように。
 奴は本気だった。

 やばい忘れていた……。
 そういえば、そんなこと言っていた気がする。
 というか私は本気にしていなかった。

 ええー……私は準備とか全くしていないんだが。
 末長くお祖父様と暮らすつもりだし。
 この茶番いつまで続くんだ?

「……まだ、無理だ」

 取り合えず、準備が終わってない体でお茶を濁そう。
 嘘はついてない。
 疑う素振りはなく、奴は残念そうな声を出す。

「そうか……俺はいつでも大丈夫だから、手伝う事があれば言ってくれ。ステラが昼間することに支障があるなら、住む場所も変更する。希望はあるか?」

「……考えておく」

「ああ。ステラの住みたい所で、二人で暮らそう」

 いい笑顔で言い切るが、こいつ頭大丈夫なのか。
 クルッツ商会はどうするつもりだ。
 私の知った事ではないが……。



 次の晩、私は奴の所へ行かなかった。

 あのままでは、奴は私に飽きる様子がない。
 少し間をおいた方がいいと思ったのだ。
 そのうち我に返るだろう。
 最近の奴を見ていれば、私が少し行かなかったくらいで、また店を潰すとは言い出さない気がする。
 そろそろ潮時だったのだ。
 奴と関係を絶つ事は。


 腕輪を辿って見つかるかと思ったが、何日過ぎても、奴と私が会うことはなかった。
 奴にとってはやはり、その程度の気持ちだったのだろう。
 このまま何事もなく、忘れ去ってくれればいい。
 今度は失敗しない。

「ありがとうございました」

 お守りを買いに来た客に、愛想よく挨拶する。
 私が微笑むと、客は気分が良さそうに帰っていった。
 うん、本調子だ。
 最近は自分の布団で寝られているし、煩わしいこともない。
 上手くいっている。

「お祖父様、食材を買ってまいります」

 買い物に使う布袋と、硬貨を持ち、扉に手をかける。

「気を付けて行っておいで、エステル」

 お祖父様に見送られて、店を出た。


 体は本調子なのだが、何か、心にわだかまりがあった。
 別に奴に会いたい訳ではないが、もう少し粘るというか、骨がある奴かと思っていた。
 拍子抜けである。
 全く音沙汰なし、居場所が割れていないのなら良いことだ。
 だが、あの熱意は何だったのだ。
 もやもやする。

 買い物中には、その店の人にも、「エステルさん、浮かない顔ねぇ」と言われてしまった。
 いけない。考え込むと、笑顔が崩れる。
 ついでと言った風に、「そう言えば知っている?」と話を振られた。

「何がですか?」

「いえね、クルッツ商会のことなんだけど。」

 嫌な予感がする。
 笑顔で固まっている私が聞かされたのは、予想に反して、ステラの事ではなかった。
 ……なんだ。
 いや、なんだじゃない。良かったじゃないか、ばれていなくて。

「クルッツ商会のトップの、右腕みたいな人、解雇されたらしいわよ」

「え!?」

 右腕と言っても、分からん。
 もしや、あの下劣な部下のことか?

「あの、以前クルッツ様のお側にいた方でしょうか?」

「エステルさんも見たことある? いやーな目つきの、ニタニタしている気持ち悪い男よ」

 どうやら間違いないようだ。
 何故突然、そんなことになったのだろう。

「何だか知らないけど、商会の不利益になるものを一掃しようとしているって噂よ」

 あの男、切り捨てられたのか。
 無理もない気がするが。

「それから、人探しもしているんだって。銀の腕輪をした少年を見つけたら、褒賞金が出るとか」

「………詳しいですね」

 一度逃れたと思ったら、戻ってきた。
 銀の腕輪をした少年、って私のことだよな……。
 あれか、敢えて噂を流して、自主的に戻らせようとしているのか?
 本当は居場所も何もかも分かった上で、奴の掌で遊ばれているだけだとしたら。
 ……考えたくない。

 帰り道、服の上から、腕輪の感触を確かめながら歩いた。
 何かの拍子に見つかったら大変だ。
 外してもらうのが一番いいのだが、また奴に接触して、了承してもらえるだろうか。
 試す価値はあるんじゃないか?
 奴には会いたくないがな。
 そう、腕輪を外してもらうために仕方がなく、だ。
 これはやむを得ないこと。
 もしかしたら、もう私に興味を無くして、あっさり解放してくれるかもしれない。
 ……その可能性も、あるのだ。
 まあ、どうせ奴のこと、何かと引き留められそうな気もするな。
 そうなれば少しくらいは、相手をしてやってもいい。
 ああ、面倒だが、仕方がないな。

 思考の区切りがついたところで、微かに異音が耳に入った。
 よく聞き取ろうとすると、どうやらそれは、人のうめき声のようだ。
 どこからだ?
 私は音のする方を辿った。


 音が耳についたのは、人通りが少なくなったからだ。
 辺りは閑散としている。
 考え事をしながらも、無意識に近道をしようとしたらしい。
 人目があるので、昼間はあまり通らないようにしていたのだが、うっかりしていた。
 エステルとしての私は、か弱い娘のつもりなので、危険がありそうな道は避けて通る。
 普段のイメージ作りは大事だ。
 しかし、来てしまったものは変わらないので、そのまま進む。

 声は路地から聞こえてくる。

「ううぅ……ぁ、ぜ、」

 近づくにつれ、明瞭に聞き取れた。

「……なぜ、私が……クルッツめ、……」

 足を止める。
 不穏な声だった。
 今、クルッツと言わなかったか。
 それに、この声には、聞き覚えがあった。

 気配を気取られたはずはないのだが、声の主は、「誰かいるのか!」と突然叫びだした。

 当てずっぽうで言っているだけのようだが、いかんせん、まずい。
 私のいる方へ足音が近付いてくる。
 逃げた方が良さそうだ。
 しかし、急に目の前を飛んできた物体に、行く手を阻まれる。
 瞬間、耳をつんざく不快な音が響き、私は思わず耳をふさいだ。
 音響弾だった。
 日常的に使うものではない。こんなものを持ち歩くということは、相手は厄介な人間であることが多い。
 少なくとも、一般人ではないだろう。

 昼間ということもあって、気が緩んでいた。
 私が止まった僅かな間に、路地にいた人間に追い付かれてしまう。

 私の姿を捉えて漏らした声は、やはり覚えがあり、不愉快な記憶が頭を過る。

「おや……アーカーシュの店の娘ではないですか……」

 見たくもなかったが振り返る。
 視界に入ったのは、気味の悪い笑い方をする男。
 ユオ・クルッツの部下の男だった。

 先程の話が本当なら、元、が付くが。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

元恋人が届けた、断りたい縁談

待鳥園子
恋愛
シュトルム辺境伯の末娘ソフィに隣国の帝国第二皇子から届けられた『縁談』の使者は、なんと元恋人のジョサイアだった。 手紙ひとつで別れることになったソフィは、素直になれずジョサイアから逃げ回る。 「私に届けなければ、彼は帝国に帰ることが出来ない」 そう思いようやく書状を受け取ろうと決意したソフィに、ジョサイアは何かを言い掛けて!?

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

処理中です...