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六話
スケルトン襲撃大作戦
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行きに比べてやたらと日数が掛かったが何とか帰ってくると事が出来た。帰ったと言っても聖都の一つ前の街、つまり俺がこのふざけた世界に叩き落とされた街である。
着いた時は暗くなっていたので聖都はまた明日に向かうことになった。
ここで一つ問題が発生した。この日に街で宿泊して明日聖都に向かうと街の外にいるグラジオラスとカクタスと連絡が取れなくなるのだ。二人は近くの森で身を潜めているので俺が意味もなく森に通うのは怪しまれる。
その事を話すと、
「いい方法がある」
グラジオラスが自身の考えを提案し、特に代案がない為それが採用された。そして首無しと骸骨と街の外で別れて街に着いたのだ。
街に着き向かう先は当然教会である。
「ウンスイ様!メリア様!お帰りなさいませ!」
街の教会に着くと出迎えてくれたのは腰の曲がった司祭ではなく、修道士のアイリスであった。
「お二人の噂はこの街まで届いております!元騎士団長の霊を鎮め、アナスタシアの街も開放したと!街はその噂で持ちきりです」
少しのんびり旅をし過ぎた。出来れば噂が広がる前に聖都に出向き話をまとめておきたかった。人の噂と言うもの脚色されて伝わるものだ。特にネットも何も無いこの世界では伝聞のみが情報源である。噂によっては取り返しのつかないことになる。これでは聖都の奴らからの心象は悪くなる一方だ。
メリアはメリアで俺の活躍の噂に不服そうな顔をしてる。まあ女神像を振り回していたからな、不服なのも仕方ない。
とりあえず営業スマイルで俺は対応する。
「そんなに噂が広がっているとは……少し照れますね。ああ、それとこれをお返します」
俺はポケットからアイリスから貰ったネックレスを返した。グラジオラスを正気に戻す時に使った便利なネックレスだ。
「ありがとうございます。ウンスイ様は必ず帰って、返してくれると信じておりました」
アイリスの真っ直ぐこちらを見ている。その目は澄んでいると言うかガン決まっていると言うか。盲信は怖いなと感じた。
「それでは部屋に案内します。長旅でお疲れでしょう。そちらの鞄を持ちましょう」
アイリスは俺が持つデカい鞄を持とうとしたが事情があるので断った。
教会に入ると腰の曲がった司祭がお辞儀らしい首の動きを見せて挨拶してくれた。司祭と他愛もない話をしてアイリスは俺達は個室に案内してくれた。そこでようやくゆっくり出来る。
「全く何故アイリス殿はウンスイなんぞを慕うのか……」
メリアはアイリスがいなくなったのが分かるとぶつぶつ文句を言い始めた。
「またそれか……」
メリアは俺がチヤホヤされるのは嫌がる。別に俺はチヤホヤしてくれとは言ってない、勝手に向こうがしてくるのだ。俺に文句を言うな。
「実に真面目そうで信仰心の厚そうな女性であったな」
部屋にグラジオラスの声が聞こえる。声は俺がこの部屋に持ち込んだデカい鞄からだ。鞄を開けるとグラジオラスの生首が収められている。
「こっちの安全が確認できるまで喋るなよ」
「これはすまん、すまん」
俺がグラジオラスを注意すると笑いながら謝った。
これが離れた所で待機しているグラジオラスとカクタスへの連絡手段である。
街の外の森の中ではグラジオラスの首から下とカクタスがいる。グラジオラスの首が見聞きした事を遠く離れた自身の手を動かして文字を書きカクタスに伝える。それが奴等の連絡手段だ。
「とりあえず明日の朝直ぐに聖都に向かう。そこでトライソーンの様子を探る。それでいいか?」
メリアは俺に明日の予定を告げた。俺からは断ることは無い、と言うよりコイツらと関わっているので断る選択肢は無い。
「グラジオラス様もそれでよろしいでしょか?」
「ああ、カクタス司祭にも伝える」
グラジオラスの首は一切動かないが遠くで手を動かしているのだろう。
「……右手を握られた……カクタス司祭も分かったらしい」
カクタスからの細かなメッセージは受け取れないのでグラジオラスの右手を握ると「はい」左手を握ると「いいえ」と簡単な意思確認のみで意思疎通している。
この電話やメールの無い世界で遠くの人間と意思疎通出来るのは非常に有利である。問題があるとすれば俺が常に生首を持ち歩く事だろう。
こんな所を見られたら不審者を通り越して猟奇殺人鬼だ。しかもその首が流暢に喋るときたもんだ。
いかに自分が文明の力に甘えていたかを痛感した。いや、元の世界でも電話ができる前は別に生首を持ち歩いて連絡をとっていたわけじゃないが。
教会で一晩明かした俺達は陽が登るとアイリスが用意してくれた朝食を食べ早々に出発した。朝は苦手では無いがこの世界の人間に比べると元気ではない。
俺は馬車に揺られながら今後の事を考えた。街では確かに御使の噂は広がっており、すれ違う人は皆笑顔で俺達を送り出してくれた。
一見この世界に馴染んでいる様だがそれをよく思わない奴等がいる。日本と違ってまともな警察組織等無いだろうから暗殺されても誰も異議を唱え無いだろう。つまり殺されたらそれでお終いだ。誰かが真相を解き明かすとかそう言うのは無い。死んでしまえば俺は関係ないから、だから何だって訳だが。
聖都に着くと今度は歩きで大聖堂に向かう。ここでも皆俺達を歓迎してくれた。
メリアと大聖堂に向かって歩いているとグラジオラスの生首を入れている鞄がモゾモゾと動き出した。
「……あまり動くな」
俺は誰にも聞こえないよう小さな声で鞄の中のグラジオラスに注意した。
「すまん、女神様の神聖なる力のせいかどうにもヒリヒリする」
「……ヒリヒリって何だ」
「直接触れずとも聖都には神聖なる力が満ち溢れているのだろう。気を抜くと召されそうだ」
鞄の中とコソコソ話しているが周りが騒いでいるおかげか誰も気にしない。
グラジオラスが苦しんでいるのは目の前にある馬鹿でかい女神像のせいだろう。やはり神聖な力とやらは大きさに比例するのか?
俺は苦しむグラジオラスを鞄の奥にしまい込んでさっさと大聖堂に向かった。
大聖堂では俺が仲良くしていた修道士達が出迎えてくれた。やはりメリアは気に入らないのかムスッとした表情で黙っている。
ひとしきり挨拶を終えるとメリアが質問をした。
「騎士団長に報告に上がりたいのだが今はどちらにおられるか分かるか?」
「先程フィザリス卿の執務室に行かれました」
近くにいた修道士にトライソーンの場所を聞きそこへ向かった。枢機卿と一緒なら都合がいい。二人の様子を同時に観察できる。
二人して枢機卿がいる執務室に向かった。歩くたびに思うが調度品がやたらと高価そうなのが気になる。随分と羽ぶりがいいのだろう。
おそらくトライソーンがいるであろう執務室の前に着いた。メリアが扉を叩くと中から、
「どうぞ」
中年男性の声がした。許しを得たのでメリアは扉を開けて執務室の中にズカズカと入っていった。
俺も後に続いて入ると二人の男が部屋の中にいた。一人は書類の山が積まれている机に座っており、白髪混じりの中年太りの男。もう一人はウェーブの掛かった長い黒髪と不健康そうな顔つきの鎧を着込んだ男であった。こいつがトライソーンなのだろう。そりゃこの不気味な男とメリアを比べたらメリアが人気になるのも分かる。
執務室の中も高価そうな調度品があちこちに置かれていた。廊下はまだしも個室までこれでは教会の金を完全に私物化している。あー嫌だ嫌だ。
入室した時から注意深く観察していたので俺は見逃さなかった。俺達を見た瞬間、二人の表情が明らかに曇った事に。やはり俺らは嫌われているらしいな。
「メリア・アルストロ、任務から帰還しました」
メリアが敬礼をしながらトライソーンに言った。
「よく戻ってきた。それで?監視の結果はどうであった?」
トライソーンは俺を見ながら疑い深そうに言ってきた。一応メリアの任務は口先だけで除霊するのを確認するのが目的だったからな。
「はい、この目で見ましたが確かにウンスイは言葉だけで悪霊を鎮めていました。私も協力はしていません」
「なんと……真であったか……」
枢機卿のフィザリスが声を漏らした。悪霊がいなくなったのだからもっと喜べばいいのに二人の表情は曇っている。コイツらちょろ過ぎるだろ、顔な出過ぎる。
「分かった。詳しい話は後で聞こう。今フィザリス卿と話をしているのだ」
トライソーンは流れをぶった斬り退室を促した。
「失礼します」
メリアは大人しく下がった。
「私も失礼します」
俺も頭を下げて退室する。
二人で無言で廊下をしばらく歩くとメリアが口を開いた。
「ウンスイはどう見る?あの二人は」
「見た通り。せっかく除霊したのにあの態度よ」
「やはりな……周囲から鈍いと言われている私でも感じられた、私達への敵意と言うか悪意と言うか……」
自分が鈍い事に自覚があったのか。
「それでウンスイ、作戦は実行するのか?」
「ああ、カクタスに合図を送った。しばらくしたら何か動きがあるだろ」
とりあえず俺は教会が用意してくれた部屋に行き少ない時間ながら旅の疲れを癒した。
部屋の中の俺はベッドに体を預けた。個室で一人はやっぱり落ち着く。あの鞄の中に生首が入っていなければの話だが。
「久々の聖都とはどうだ?」
俺は鞄を側に寄せてグラジオラス語りかけた。
「ゆっくりと見れないのは残念だが、声や雰囲気は感じられる。懐かしいな」
グラジオラスの顔は穏やかである。このまま召されるんじゃないよな?
「それは良かった。それでまだヒリヒリするのか?」
「ああ、やはり私は悪霊なのだろう。便利なことばかりではないな」
教会に近寄らなければ何も問題無いのだが、こんな姿になってもロータス教の信徒、それなりに堪えるものがあるのだろう。
グラジオラスと話していると部屋の扉が突然開いた。
「ウンスイ!緊急招集だ!」
開けたのはメリアだ。ノックくらいしろよ。生首出してたらどうすんだよ。
ため息をつきつつ、俺は焦る事なく身を整え早足に進んでいくメリアの後を追った。
メリアが俺を連れて来たのは騎士団の作戦室である。そこにはトライソーンを中心に騎士達が集まっていた。
「何故ウンスイがここにいる」
トライソーンは不機嫌そうにメリアに言った。メリアが話し始める前に俺が口を出した。
「私がメリアさんに無理を言って頼んだんです。微力ながらも皆様のお手伝いを出来たらと……」
俺が思っても無いことを言うとトライソーン以外は感心したような顔をした。
「じゃあ邪魔せず聞いていろ」
トライソーンは無愛想に会議に参加する事を許可した。周りの騎士達は同情的な目で俺を見た。そんな騎士達に俺は微笑み、
「私の事は気にしないで下さい」
と儚げな声で言った。
「全員集まったようだな、状況報告」
トライソーンは偉そうに部下に指示する。騎士の中の一人が前に出て緊急招集の理由を述べた。
「ブロッサムの街に程近い西の森からスケルトンの大群が出現しました。今のところ近隣の街に被害は出ていませんが市民が不安がり騎士団に出動要請が入りました」
このスケルトンはカクタスが出した奴らだ。トライソーンから情報を引き出す為にまずは聖都から連れ出し一人になる状況を作り出さなければならない。その下準備である。
て言うかあの街ブロッサムって名前なのか初めて知った。
「それで?御使様はスケルトン相手に何が出来るのかな?」
トライソーンは嫌味ったらしく俺に聞いてきた。こいつ感情を隠すとか出来ないのか?
「スケルトンは喋る事もなく動き回る魔物と聞きます。私では到底力になれません」
「そうだろう」
「ただ後学の為にご一緒出来たらと思います。現場では騎士団長様から離れる事なく待機しています。決して邪魔はしませんので」
「何で私がそんなこと……」
トライソーンは突然黙った。何か考えている様だ。そして何か思いついたようで下品な笑みを浮かべた。
「まあ、そこまで言うなら仕方ない。戦場では何が起こるか分からない。私から離れない様に」
掛かった。チョロすぎる。
「流石騎士団長様、ありがとうございます!」
俺は笑顔でお礼を言った。そこからはトライソーンはご機嫌であった。俺と二人きりになると何か良いことでもあるのかな?
今のところこちらの思い通りに事が進んでいる。スケルトン襲撃でトライソーンを外に連れ出して、俺がトライソーンと行動する事により二人きりの状況を作り出す。本当にトライソーンが現場に出てくるか不安だったが一回目で成功してくれた。今回失敗しても似た様な事をすればまた外に出てくれるだろう。
当然のことながらこの自らが囮になる献身的な作戦に俺が乗り気な訳がない。教会に着いてもいつか殺されるだろう、となると悪霊どもに着くしか俺には選択肢はない。我ながら何故こんな事に巻き込まれたのか自身の行動に後悔するばかりだ。それもこれもこんなふざけた世界に連れて来た自称女神のせいだ。やはり奴の顔面に一発蹴り飛ばす位しないと腹の虫が治らん。
その後作戦会議は滞りなく進み、終わり次第出発する事になった。その間トライソーンは終始ニヤニヤし機嫌が良かった。
仕舞いには、
「これでいい報告ができる」「愚か者め、自ら罠に飛び込むとは」「クックック、まずはテントに誘い出して……」
副騎士団長が他の騎士達に話している最中にブツブツと独り言を言い始めていた。幸いにもトライソーンは騎士達に人望が無いのか興味を持たれてないのか誰も独り言に関して言及するものはいなかった。
これにはトライソーンを警戒していたメリアも驚きの表情だ。いや、驚きと言うか呆れと言うかそんな何とも言えない表情であった。あまりに馬鹿すぎる。こんな奴の下につき仕事をしているのだ、俺は不憫だなと同情した。
本当にこいつは暗躍とかに向いていない。表情にも口にも出過ぎている。それともバレてもいいと思ってるのか?こんな奴にグラジオラスは殺されたのか、情け無い。
どちらにしてもトライソーンがその調子ならこの後の尋問も問題なく進めそうだなと確信した。
出動する為にバタバタ準備をして廊下を歩き回っている時にたまたまフィザリスとすれ違った。トライソーンから何か報告を受けたのだろう、こちらを見ながらニヤニヤ下品な笑みを浮かべていた。
本当にコイツら……なんかもういいや、馬鹿馬鹿しくなってきた。
スケルトン討伐の為に騎士団総出で出撃した。ブロッサムの街の近くにテントを張り、そこを簡易作戦室としている。
騎士団が聖都を出てからだいぶ時間が経ち、テントを張った時にはもう直ぐ日が落ちそうであった。夜戦の方が危険だと思うがトライソーンが出発を意味もなく渋り、こんな時間までずれ込んだのだ。夜になると奴にとって都合のいい事があるのだろう。
西の森からワラワラ出てくるスケルトンを騎士団が相手をしている。勿論メリアも出撃してスケルトン相手に剣を振っている。
ただ思いの外スケルトンの相手は手こずっており中々壊滅まで追い込めていない。それもそのはずスケルトンはカクタスが操り時間稼ぎに徹しているからだ。いくら騎士団言えど時間稼ぎに徹し連携してくるスケルトンには手を焼くだろう。
そうして状況が変わらない戦闘が続き日がすっかり落ちた頃、トライソーンはテントに残っている騎士を全員出撃させた。テントに残っているのは俺とトライソーンだけである。
トライソーンはテント裂け目から顔を出して周囲を確認するとニヤニヤしながら振り返り俺を見た。
「どうされました?騎士団長様?」
俺が惚けてトライソーンに話しかけるとニヤニヤとバカにした様な下品な口を開いた。
「所詮お前も人を疑う事を知らないお人好しだったって事だ」
「それはどういう事ですか?」
「教会はお前が邪魔なのだよ。だからお前はここでスケルトンに襲われて死んだ事になる」
そう言うとトライソーンは鞘から剣を抜いた。
「何か恨みを買った覚えは無いのですが?」
「ふん、それはお前の認識だ。こちらとして御使がいるだけで邪魔なのだ」
「邪魔だからグラジオラスを殺したのですか?」
グラジオラスの名を聞いてトライソーンは明らかに動揺した。目を見開き口をパクパクさせている。
「何故それをお前が……その事を知っているのは……とにかく生かしておけない」
トライソーンは俺に剣を向けた。正直怖いが冷静にならなければならない。
「私が知ってる理由を知りたいのですか?それは直接聞いたからです」
「直接?誰に?」
俺は持っている鞄に手を突っ込むグラジオラスの髪を掴み鞄から引き抜いた。
「勿論グラジオラスですよ」
グラジオラスの生首を見たトライソーンは腰を抜かして地面に尻餅をついた。
「お前!正気か!首を持ってくるなど!正気か!おま!正気か!」
トライソーンは動揺して肝心な事に気が付いていない。二十年も前に亡くなった人間の首がこんなに綺麗な筈ないだろ。
「久しぶりだな、トライソーン」
グラジオラスの目が開き、喋り出した。
「ひぃ!しゃ、喋った!グラジオラス!死んだ筈では!」
首は重いので俺は机に置いて二人の会話を眺める事にした。
「やはりお前が私を殺したのだな」
「ひぃ!違います!私では無いです!」
トライソーンは腰を抜かしながら必死でテントの外へ逃げ出そうとしている。そこへテント入り口に人影が見えた。
「助けてくれ!」
トライソーンが情け無い声でテントの幕を開けるとそこには首無しの騎士が立っていた。
「ひぃ!く、首が!」
トライソーンはまた腰を抜かした。そしてグラジオラスの首と体を交互に見てようやく事態が理解できたらしい。
「グラジオラス!まさかデュラハンに!」
グラジオラスの体はトライソーンの襟首を掴みズルズルと引き摺りながら生首の前に連れて来た。絵面が怖すぎる。
「さあ、トライソーン二十年前あの砦で何をした聞かせてもらうか」
グラジオラスとトライソーンは完全に上司と部下の関係になっている。
「そんな!私は関係ないです!誤解です!」
トライソーンの言葉にグラジオラスは剣抜いた。
「今ここで俺と同じ様に首を切り離してもいいのだぞ?首が取れるのは中々便利でいいものだ」
「ひぃ!話します!話します!」
遂に観念したトライソーンはガタガタ震えながら砦の出来事を話し始めた。
「確かに騎士団長を襲ったのは私ですが……私はただ命令されただけです!」
「誰にだ?」
グラジオラスはトライソーンを睨みつけ恫喝する様な声を出した。
「アコナイト法王です!」
直ぐに白状した。やはり保身は口を軽くする。
「アコナイト卿だと、それも今は法王なのか」
「は、はい十年程前に前法王が崩御され、後任にアコナイト様が法王に即位しました」
「その命令はアコナイト個人からの命令か?」
「それは分かりません……ただ他の枢機卿や当時の法王が深く追求してこなかったので、おそらく全員知っていたのでは……」
今も昔もそう言う奴等が教会を牛耳ってきたのだろう。特別驚きはしないがな。
「何故私を殺した?」
「それは騎士団長が目立ちすぎたからと……彼らにとってあまり好ましくなかったとか……」
「その程度の理由で……」
グラジオラスは下らない理由で殺された事に怒りが湧いている様であった。
まあ、トライソーンから聞きたい事は聞けたし後はコイツを拘束して市民の前で喋らせれば目的は達成するだろう。
「ほら、グラジオラス。あまり長居は出来ない、早く連れて行こう」
「ああ、そうだな」
「連れて行くって何処へ!」
トライソーンはまたガタガタ震え出した。
「別に殺しはしない。ただ市民の前で真実を話してもらう為に一時的に捕まえるだけだ」
俺はトライソーンの手首に綱を巻き拘束し始めた。
「後はカクタス司祭と合流してスケルトンを撤退させよう」
その言葉にトライソーンは驚きながら反応した。
「まさかあのスケルトンはお前達の差金か!」
「察しがいいですね騎士団長様」
俺がそう返すとトライソーンは絶望した顔で呟いた。
「まさか法王様と同じでお前達も操れるなんて……」
こいつ今なんて言った?
「お前達も?それに法王様だと?」
今の言葉は聞き捨てならなかった。それはグラジオラスも同じである。
「おい、トライソーン!それはどういう事だ!」
グラジオラスがトライソーンに掴み掛かった。それがいけなかった。グラジオラスはうっかりトライソーンの剣に触れてしまった。剣の鞘にも女神の装飾が施されておりそれに触れたグラジオラスは痛みのあまりトライソーンを離してしまった。
トライソーンは好機と見たか、転がる様にテントから飛び出して行った。
「助けてくれ!魔物が出た!テントの中だ!」
騎士団長の筈のトライソーンは恥じる事なく情けない声で騎士達に助けを求めた。
「しまった!くそ!トライソーン!」
グラジオラスは自身の失態に声に漏らした。
どうする、もうトライソーンを捕まえに行くのは難しい。退却するしかないのか。
俺が考えているとグラジオラスは入り口とは反対側のテントの幕を剣で裂いた。
「こっちから逃げろ!私の事は心配するな」
「分かった。俺は街で身を隠す。森の中で待機しててくれ。何とか連絡をよこすから」
それだけ言うと二人でテントから飛び出して二手に分かれて逃げ出した。
草陰に飛び込み身を屈めながら早足で逃げて行く。幸い街が近いのと街明かりが見えるので迷う事なく夜でも進んでいける。
後ろでは騎士達が何か叫んでいる。おそらくグラジオラスが何かやってくれている。正義感の強い男だ。囮になってくれたのだろう。
心配ではあるがグラジオラスが遅れをとるとは思えない。それに今は夜だ。森の中に入ってしまえば問題無いだろう。
今はただ自分の安全を最優先に逃げるだけだ。
着いた時は暗くなっていたので聖都はまた明日に向かうことになった。
ここで一つ問題が発生した。この日に街で宿泊して明日聖都に向かうと街の外にいるグラジオラスとカクタスと連絡が取れなくなるのだ。二人は近くの森で身を潜めているので俺が意味もなく森に通うのは怪しまれる。
その事を話すと、
「いい方法がある」
グラジオラスが自身の考えを提案し、特に代案がない為それが採用された。そして首無しと骸骨と街の外で別れて街に着いたのだ。
街に着き向かう先は当然教会である。
「ウンスイ様!メリア様!お帰りなさいませ!」
街の教会に着くと出迎えてくれたのは腰の曲がった司祭ではなく、修道士のアイリスであった。
「お二人の噂はこの街まで届いております!元騎士団長の霊を鎮め、アナスタシアの街も開放したと!街はその噂で持ちきりです」
少しのんびり旅をし過ぎた。出来れば噂が広がる前に聖都に出向き話をまとめておきたかった。人の噂と言うもの脚色されて伝わるものだ。特にネットも何も無いこの世界では伝聞のみが情報源である。噂によっては取り返しのつかないことになる。これでは聖都の奴らからの心象は悪くなる一方だ。
メリアはメリアで俺の活躍の噂に不服そうな顔をしてる。まあ女神像を振り回していたからな、不服なのも仕方ない。
とりあえず営業スマイルで俺は対応する。
「そんなに噂が広がっているとは……少し照れますね。ああ、それとこれをお返します」
俺はポケットからアイリスから貰ったネックレスを返した。グラジオラスを正気に戻す時に使った便利なネックレスだ。
「ありがとうございます。ウンスイ様は必ず帰って、返してくれると信じておりました」
アイリスの真っ直ぐこちらを見ている。その目は澄んでいると言うかガン決まっていると言うか。盲信は怖いなと感じた。
「それでは部屋に案内します。長旅でお疲れでしょう。そちらの鞄を持ちましょう」
アイリスは俺が持つデカい鞄を持とうとしたが事情があるので断った。
教会に入ると腰の曲がった司祭がお辞儀らしい首の動きを見せて挨拶してくれた。司祭と他愛もない話をしてアイリスは俺達は個室に案内してくれた。そこでようやくゆっくり出来る。
「全く何故アイリス殿はウンスイなんぞを慕うのか……」
メリアはアイリスがいなくなったのが分かるとぶつぶつ文句を言い始めた。
「またそれか……」
メリアは俺がチヤホヤされるのは嫌がる。別に俺はチヤホヤしてくれとは言ってない、勝手に向こうがしてくるのだ。俺に文句を言うな。
「実に真面目そうで信仰心の厚そうな女性であったな」
部屋にグラジオラスの声が聞こえる。声は俺がこの部屋に持ち込んだデカい鞄からだ。鞄を開けるとグラジオラスの生首が収められている。
「こっちの安全が確認できるまで喋るなよ」
「これはすまん、すまん」
俺がグラジオラスを注意すると笑いながら謝った。
これが離れた所で待機しているグラジオラスとカクタスへの連絡手段である。
街の外の森の中ではグラジオラスの首から下とカクタスがいる。グラジオラスの首が見聞きした事を遠く離れた自身の手を動かして文字を書きカクタスに伝える。それが奴等の連絡手段だ。
「とりあえず明日の朝直ぐに聖都に向かう。そこでトライソーンの様子を探る。それでいいか?」
メリアは俺に明日の予定を告げた。俺からは断ることは無い、と言うよりコイツらと関わっているので断る選択肢は無い。
「グラジオラス様もそれでよろしいでしょか?」
「ああ、カクタス司祭にも伝える」
グラジオラスの首は一切動かないが遠くで手を動かしているのだろう。
「……右手を握られた……カクタス司祭も分かったらしい」
カクタスからの細かなメッセージは受け取れないのでグラジオラスの右手を握ると「はい」左手を握ると「いいえ」と簡単な意思確認のみで意思疎通している。
この電話やメールの無い世界で遠くの人間と意思疎通出来るのは非常に有利である。問題があるとすれば俺が常に生首を持ち歩く事だろう。
こんな所を見られたら不審者を通り越して猟奇殺人鬼だ。しかもその首が流暢に喋るときたもんだ。
いかに自分が文明の力に甘えていたかを痛感した。いや、元の世界でも電話ができる前は別に生首を持ち歩いて連絡をとっていたわけじゃないが。
教会で一晩明かした俺達は陽が登るとアイリスが用意してくれた朝食を食べ早々に出発した。朝は苦手では無いがこの世界の人間に比べると元気ではない。
俺は馬車に揺られながら今後の事を考えた。街では確かに御使の噂は広がっており、すれ違う人は皆笑顔で俺達を送り出してくれた。
一見この世界に馴染んでいる様だがそれをよく思わない奴等がいる。日本と違ってまともな警察組織等無いだろうから暗殺されても誰も異議を唱え無いだろう。つまり殺されたらそれでお終いだ。誰かが真相を解き明かすとかそう言うのは無い。死んでしまえば俺は関係ないから、だから何だって訳だが。
聖都に着くと今度は歩きで大聖堂に向かう。ここでも皆俺達を歓迎してくれた。
メリアと大聖堂に向かって歩いているとグラジオラスの生首を入れている鞄がモゾモゾと動き出した。
「……あまり動くな」
俺は誰にも聞こえないよう小さな声で鞄の中のグラジオラスに注意した。
「すまん、女神様の神聖なる力のせいかどうにもヒリヒリする」
「……ヒリヒリって何だ」
「直接触れずとも聖都には神聖なる力が満ち溢れているのだろう。気を抜くと召されそうだ」
鞄の中とコソコソ話しているが周りが騒いでいるおかげか誰も気にしない。
グラジオラスが苦しんでいるのは目の前にある馬鹿でかい女神像のせいだろう。やはり神聖な力とやらは大きさに比例するのか?
俺は苦しむグラジオラスを鞄の奥にしまい込んでさっさと大聖堂に向かった。
大聖堂では俺が仲良くしていた修道士達が出迎えてくれた。やはりメリアは気に入らないのかムスッとした表情で黙っている。
ひとしきり挨拶を終えるとメリアが質問をした。
「騎士団長に報告に上がりたいのだが今はどちらにおられるか分かるか?」
「先程フィザリス卿の執務室に行かれました」
近くにいた修道士にトライソーンの場所を聞きそこへ向かった。枢機卿と一緒なら都合がいい。二人の様子を同時に観察できる。
二人して枢機卿がいる執務室に向かった。歩くたびに思うが調度品がやたらと高価そうなのが気になる。随分と羽ぶりがいいのだろう。
おそらくトライソーンがいるであろう執務室の前に着いた。メリアが扉を叩くと中から、
「どうぞ」
中年男性の声がした。許しを得たのでメリアは扉を開けて執務室の中にズカズカと入っていった。
俺も後に続いて入ると二人の男が部屋の中にいた。一人は書類の山が積まれている机に座っており、白髪混じりの中年太りの男。もう一人はウェーブの掛かった長い黒髪と不健康そうな顔つきの鎧を着込んだ男であった。こいつがトライソーンなのだろう。そりゃこの不気味な男とメリアを比べたらメリアが人気になるのも分かる。
執務室の中も高価そうな調度品があちこちに置かれていた。廊下はまだしも個室までこれでは教会の金を完全に私物化している。あー嫌だ嫌だ。
入室した時から注意深く観察していたので俺は見逃さなかった。俺達を見た瞬間、二人の表情が明らかに曇った事に。やはり俺らは嫌われているらしいな。
「メリア・アルストロ、任務から帰還しました」
メリアが敬礼をしながらトライソーンに言った。
「よく戻ってきた。それで?監視の結果はどうであった?」
トライソーンは俺を見ながら疑い深そうに言ってきた。一応メリアの任務は口先だけで除霊するのを確認するのが目的だったからな。
「はい、この目で見ましたが確かにウンスイは言葉だけで悪霊を鎮めていました。私も協力はしていません」
「なんと……真であったか……」
枢機卿のフィザリスが声を漏らした。悪霊がいなくなったのだからもっと喜べばいいのに二人の表情は曇っている。コイツらちょろ過ぎるだろ、顔な出過ぎる。
「分かった。詳しい話は後で聞こう。今フィザリス卿と話をしているのだ」
トライソーンは流れをぶった斬り退室を促した。
「失礼します」
メリアは大人しく下がった。
「私も失礼します」
俺も頭を下げて退室する。
二人で無言で廊下をしばらく歩くとメリアが口を開いた。
「ウンスイはどう見る?あの二人は」
「見た通り。せっかく除霊したのにあの態度よ」
「やはりな……周囲から鈍いと言われている私でも感じられた、私達への敵意と言うか悪意と言うか……」
自分が鈍い事に自覚があったのか。
「それでウンスイ、作戦は実行するのか?」
「ああ、カクタスに合図を送った。しばらくしたら何か動きがあるだろ」
とりあえず俺は教会が用意してくれた部屋に行き少ない時間ながら旅の疲れを癒した。
部屋の中の俺はベッドに体を預けた。個室で一人はやっぱり落ち着く。あの鞄の中に生首が入っていなければの話だが。
「久々の聖都とはどうだ?」
俺は鞄を側に寄せてグラジオラス語りかけた。
「ゆっくりと見れないのは残念だが、声や雰囲気は感じられる。懐かしいな」
グラジオラスの顔は穏やかである。このまま召されるんじゃないよな?
「それは良かった。それでまだヒリヒリするのか?」
「ああ、やはり私は悪霊なのだろう。便利なことばかりではないな」
教会に近寄らなければ何も問題無いのだが、こんな姿になってもロータス教の信徒、それなりに堪えるものがあるのだろう。
グラジオラスと話していると部屋の扉が突然開いた。
「ウンスイ!緊急招集だ!」
開けたのはメリアだ。ノックくらいしろよ。生首出してたらどうすんだよ。
ため息をつきつつ、俺は焦る事なく身を整え早足に進んでいくメリアの後を追った。
メリアが俺を連れて来たのは騎士団の作戦室である。そこにはトライソーンを中心に騎士達が集まっていた。
「何故ウンスイがここにいる」
トライソーンは不機嫌そうにメリアに言った。メリアが話し始める前に俺が口を出した。
「私がメリアさんに無理を言って頼んだんです。微力ながらも皆様のお手伝いを出来たらと……」
俺が思っても無いことを言うとトライソーン以外は感心したような顔をした。
「じゃあ邪魔せず聞いていろ」
トライソーンは無愛想に会議に参加する事を許可した。周りの騎士達は同情的な目で俺を見た。そんな騎士達に俺は微笑み、
「私の事は気にしないで下さい」
と儚げな声で言った。
「全員集まったようだな、状況報告」
トライソーンは偉そうに部下に指示する。騎士の中の一人が前に出て緊急招集の理由を述べた。
「ブロッサムの街に程近い西の森からスケルトンの大群が出現しました。今のところ近隣の街に被害は出ていませんが市民が不安がり騎士団に出動要請が入りました」
このスケルトンはカクタスが出した奴らだ。トライソーンから情報を引き出す為にまずは聖都から連れ出し一人になる状況を作り出さなければならない。その下準備である。
て言うかあの街ブロッサムって名前なのか初めて知った。
「それで?御使様はスケルトン相手に何が出来るのかな?」
トライソーンは嫌味ったらしく俺に聞いてきた。こいつ感情を隠すとか出来ないのか?
「スケルトンは喋る事もなく動き回る魔物と聞きます。私では到底力になれません」
「そうだろう」
「ただ後学の為にご一緒出来たらと思います。現場では騎士団長様から離れる事なく待機しています。決して邪魔はしませんので」
「何で私がそんなこと……」
トライソーンは突然黙った。何か考えている様だ。そして何か思いついたようで下品な笑みを浮かべた。
「まあ、そこまで言うなら仕方ない。戦場では何が起こるか分からない。私から離れない様に」
掛かった。チョロすぎる。
「流石騎士団長様、ありがとうございます!」
俺は笑顔でお礼を言った。そこからはトライソーンはご機嫌であった。俺と二人きりになると何か良いことでもあるのかな?
今のところこちらの思い通りに事が進んでいる。スケルトン襲撃でトライソーンを外に連れ出して、俺がトライソーンと行動する事により二人きりの状況を作り出す。本当にトライソーンが現場に出てくるか不安だったが一回目で成功してくれた。今回失敗しても似た様な事をすればまた外に出てくれるだろう。
当然のことながらこの自らが囮になる献身的な作戦に俺が乗り気な訳がない。教会に着いてもいつか殺されるだろう、となると悪霊どもに着くしか俺には選択肢はない。我ながら何故こんな事に巻き込まれたのか自身の行動に後悔するばかりだ。それもこれもこんなふざけた世界に連れて来た自称女神のせいだ。やはり奴の顔面に一発蹴り飛ばす位しないと腹の虫が治らん。
その後作戦会議は滞りなく進み、終わり次第出発する事になった。その間トライソーンは終始ニヤニヤし機嫌が良かった。
仕舞いには、
「これでいい報告ができる」「愚か者め、自ら罠に飛び込むとは」「クックック、まずはテントに誘い出して……」
副騎士団長が他の騎士達に話している最中にブツブツと独り言を言い始めていた。幸いにもトライソーンは騎士達に人望が無いのか興味を持たれてないのか誰も独り言に関して言及するものはいなかった。
これにはトライソーンを警戒していたメリアも驚きの表情だ。いや、驚きと言うか呆れと言うかそんな何とも言えない表情であった。あまりに馬鹿すぎる。こんな奴の下につき仕事をしているのだ、俺は不憫だなと同情した。
本当にこいつは暗躍とかに向いていない。表情にも口にも出過ぎている。それともバレてもいいと思ってるのか?こんな奴にグラジオラスは殺されたのか、情け無い。
どちらにしてもトライソーンがその調子ならこの後の尋問も問題なく進めそうだなと確信した。
出動する為にバタバタ準備をして廊下を歩き回っている時にたまたまフィザリスとすれ違った。トライソーンから何か報告を受けたのだろう、こちらを見ながらニヤニヤ下品な笑みを浮かべていた。
本当にコイツら……なんかもういいや、馬鹿馬鹿しくなってきた。
スケルトン討伐の為に騎士団総出で出撃した。ブロッサムの街の近くにテントを張り、そこを簡易作戦室としている。
騎士団が聖都を出てからだいぶ時間が経ち、テントを張った時にはもう直ぐ日が落ちそうであった。夜戦の方が危険だと思うがトライソーンが出発を意味もなく渋り、こんな時間までずれ込んだのだ。夜になると奴にとって都合のいい事があるのだろう。
西の森からワラワラ出てくるスケルトンを騎士団が相手をしている。勿論メリアも出撃してスケルトン相手に剣を振っている。
ただ思いの外スケルトンの相手は手こずっており中々壊滅まで追い込めていない。それもそのはずスケルトンはカクタスが操り時間稼ぎに徹しているからだ。いくら騎士団言えど時間稼ぎに徹し連携してくるスケルトンには手を焼くだろう。
そうして状況が変わらない戦闘が続き日がすっかり落ちた頃、トライソーンはテントに残っている騎士を全員出撃させた。テントに残っているのは俺とトライソーンだけである。
トライソーンはテント裂け目から顔を出して周囲を確認するとニヤニヤしながら振り返り俺を見た。
「どうされました?騎士団長様?」
俺が惚けてトライソーンに話しかけるとニヤニヤとバカにした様な下品な口を開いた。
「所詮お前も人を疑う事を知らないお人好しだったって事だ」
「それはどういう事ですか?」
「教会はお前が邪魔なのだよ。だからお前はここでスケルトンに襲われて死んだ事になる」
そう言うとトライソーンは鞘から剣を抜いた。
「何か恨みを買った覚えは無いのですが?」
「ふん、それはお前の認識だ。こちらとして御使がいるだけで邪魔なのだ」
「邪魔だからグラジオラスを殺したのですか?」
グラジオラスの名を聞いてトライソーンは明らかに動揺した。目を見開き口をパクパクさせている。
「何故それをお前が……その事を知っているのは……とにかく生かしておけない」
トライソーンは俺に剣を向けた。正直怖いが冷静にならなければならない。
「私が知ってる理由を知りたいのですか?それは直接聞いたからです」
「直接?誰に?」
俺は持っている鞄に手を突っ込むグラジオラスの髪を掴み鞄から引き抜いた。
「勿論グラジオラスですよ」
グラジオラスの生首を見たトライソーンは腰を抜かして地面に尻餅をついた。
「お前!正気か!首を持ってくるなど!正気か!おま!正気か!」
トライソーンは動揺して肝心な事に気が付いていない。二十年も前に亡くなった人間の首がこんなに綺麗な筈ないだろ。
「久しぶりだな、トライソーン」
グラジオラスの目が開き、喋り出した。
「ひぃ!しゃ、喋った!グラジオラス!死んだ筈では!」
首は重いので俺は机に置いて二人の会話を眺める事にした。
「やはりお前が私を殺したのだな」
「ひぃ!違います!私では無いです!」
トライソーンは腰を抜かしながら必死でテントの外へ逃げ出そうとしている。そこへテント入り口に人影が見えた。
「助けてくれ!」
トライソーンが情け無い声でテントの幕を開けるとそこには首無しの騎士が立っていた。
「ひぃ!く、首が!」
トライソーンはまた腰を抜かした。そしてグラジオラスの首と体を交互に見てようやく事態が理解できたらしい。
「グラジオラス!まさかデュラハンに!」
グラジオラスの体はトライソーンの襟首を掴みズルズルと引き摺りながら生首の前に連れて来た。絵面が怖すぎる。
「さあ、トライソーン二十年前あの砦で何をした聞かせてもらうか」
グラジオラスとトライソーンは完全に上司と部下の関係になっている。
「そんな!私は関係ないです!誤解です!」
トライソーンの言葉にグラジオラスは剣抜いた。
「今ここで俺と同じ様に首を切り離してもいいのだぞ?首が取れるのは中々便利でいいものだ」
「ひぃ!話します!話します!」
遂に観念したトライソーンはガタガタ震えながら砦の出来事を話し始めた。
「確かに騎士団長を襲ったのは私ですが……私はただ命令されただけです!」
「誰にだ?」
グラジオラスはトライソーンを睨みつけ恫喝する様な声を出した。
「アコナイト法王です!」
直ぐに白状した。やはり保身は口を軽くする。
「アコナイト卿だと、それも今は法王なのか」
「は、はい十年程前に前法王が崩御され、後任にアコナイト様が法王に即位しました」
「その命令はアコナイト個人からの命令か?」
「それは分かりません……ただ他の枢機卿や当時の法王が深く追求してこなかったので、おそらく全員知っていたのでは……」
今も昔もそう言う奴等が教会を牛耳ってきたのだろう。特別驚きはしないがな。
「何故私を殺した?」
「それは騎士団長が目立ちすぎたからと……彼らにとってあまり好ましくなかったとか……」
「その程度の理由で……」
グラジオラスは下らない理由で殺された事に怒りが湧いている様であった。
まあ、トライソーンから聞きたい事は聞けたし後はコイツを拘束して市民の前で喋らせれば目的は達成するだろう。
「ほら、グラジオラス。あまり長居は出来ない、早く連れて行こう」
「ああ、そうだな」
「連れて行くって何処へ!」
トライソーンはまたガタガタ震え出した。
「別に殺しはしない。ただ市民の前で真実を話してもらう為に一時的に捕まえるだけだ」
俺はトライソーンの手首に綱を巻き拘束し始めた。
「後はカクタス司祭と合流してスケルトンを撤退させよう」
その言葉にトライソーンは驚きながら反応した。
「まさかあのスケルトンはお前達の差金か!」
「察しがいいですね騎士団長様」
俺がそう返すとトライソーンは絶望した顔で呟いた。
「まさか法王様と同じでお前達も操れるなんて……」
こいつ今なんて言った?
「お前達も?それに法王様だと?」
今の言葉は聞き捨てならなかった。それはグラジオラスも同じである。
「おい、トライソーン!それはどういう事だ!」
グラジオラスがトライソーンに掴み掛かった。それがいけなかった。グラジオラスはうっかりトライソーンの剣に触れてしまった。剣の鞘にも女神の装飾が施されておりそれに触れたグラジオラスは痛みのあまりトライソーンを離してしまった。
トライソーンは好機と見たか、転がる様にテントから飛び出して行った。
「助けてくれ!魔物が出た!テントの中だ!」
騎士団長の筈のトライソーンは恥じる事なく情けない声で騎士達に助けを求めた。
「しまった!くそ!トライソーン!」
グラジオラスは自身の失態に声に漏らした。
どうする、もうトライソーンを捕まえに行くのは難しい。退却するしかないのか。
俺が考えているとグラジオラスは入り口とは反対側のテントの幕を剣で裂いた。
「こっちから逃げろ!私の事は心配するな」
「分かった。俺は街で身を隠す。森の中で待機しててくれ。何とか連絡をよこすから」
それだけ言うと二人でテントから飛び出して二手に分かれて逃げ出した。
草陰に飛び込み身を屈めながら早足で逃げて行く。幸い街が近いのと街明かりが見えるので迷う事なく夜でも進んでいける。
後ろでは騎士達が何か叫んでいる。おそらくグラジオラスが何かやってくれている。正義感の強い男だ。囮になってくれたのだろう。
心配ではあるがグラジオラスが遅れをとるとは思えない。それに今は夜だ。森の中に入ってしまえば問題無いだろう。
今はただ自分の安全を最優先に逃げるだけだ。
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