リバーシ!

文月

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三章 ヒジリとミチルの「夜の国」

8.ミチルの初恋

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(side ヒジリ)


 まだ一人であっちの世界に渡るのが心配だった俺は、ミチルに頼み込んで、一緒に行ってもらうことにした。
 
 で、今。
 俺はミチルのマンションに来ている。
 こっち出身のミチルは、こっちが「本拠地」だ。こっちに身体を置いて置く「信用できる場所」がいる。
 それが、ミチルの家ってわけだ。
 何せ、あっちに行っている間、こっちのミチルはただ息をしているだけの「抜け殻」だ。
 叩かれようが、変な話家が火事になろうが起きられない。

 なかなか‥ハードな状況だ。

 信用が出来て、事情を知っている人間が一晩中傍にいたらそういう危険も回避できるだろうけど、‥なかなかね。
「一晩中起られきないから、俺の身体頼む」
 って‥
 そんなこと頼める人間いないよね。
 まあ‥家族や恋人が「この子はこういう子」って理解してるってのが、一番「ある」パターン‥かなあ。
 俺の場合は、事情を知っている家族がいるからよかった。
 そっか。あっち出身のリバーシは家族が理解者だから、こっち出身のリバーシよりずっと恵まれてるんだよな‥。
 まあ、俺も「こっちで生まれた」って思ってたけどね~。
 家族からは「ヒジリは一度寝たら5時に起きるまで何があっても絶対起きない」って揶揄われてた‥って感じ?
 俺も「それって、色々とまずいよな~」って自覚はしてた。だけど、魂がどう‥だとかは流石に考えなかったよ。ただ、そういう体質だから気をつけようって‥。対処してた。
 例えば、お泊りNG。
 門限は11時。
 だから、勿論泊りがけの学校行事なんかも不参加だった。
 それは、ミチルもそうだったらしい。
 
 ちょっと不便なことや、残念なことはあるけど‥気をつけさえすれば、暮して行く上に「知らなくても」不便はなかった。‥だけど、それは家族のフォローあってこその事だったわけだ。(今度お礼言っておこう)

 さて、ミチルのワンルームマンションは、バストイレ付のこじんまりした2LDKだった。
 憧れの一人暮らしって奴だ。
 食事の支度やなんか不便も多いけど、色々と気を遣うことが多い(地球住まいの)リバーシには、そっちの方がいいのかもしれない。(一人暮らしの醍醐味「彼女を呼ぶ」は出来ないけどね)

 ドラマで見る様な、イケメンのキラキラ高級マンションとかじゃない。
 キラキラの飾り食器棚にワイングラスとか高い酒とか飾ってないし、やたらデカいソファーもない。
 窓から夜景なんかも勿論見えない。
 モノトーンで決めた「出来るビジネスマン」のお洒落ワンルームとかでもない。
 だけど、‥何とか荘って感じの「ボロアパート」じゃなかった。
 普通のマンションって感じ。
 最小限の家具がブラウンとか生成りなんかのシンプルな色遣いでそろえられたシンプルなその部屋は、生活感なんてまるでなくって、ミチルっぽかった。
 玄関を入ってすぐに二人掛けのダイニングセットが置いてあるキッチン(ダイニングキッチンって奴だな)があって、廊下を挟んでバストイレと洗濯機なんかが置いてある脱衣所。引き戸を開けたらベッドが置いてあるリビングで、洗濯が干せる程度のベランダがある。って感じの間取り。広さはリビングで6畳‥ベランダと収納合わせて8畳って感じ。広くはない。
 ‥一人暮らしの学生の部屋みたい。独身男性なんてそういうもんなのかな?
 照明はダウンライトで、ベッドのところだけ、間接照明になっている。
 全体的に薄暗くって(ヒジリ主観)目が悪くなりそうって思った。
 俺は、もっと、白熱電球みたいな明るいのが好き。昼光色っていうんだったっけ? その話を先輩にしたら「‥寝室は暗めの方が落ち着けるし、ダイニングは温かみのあるオレンジの方がご飯が美味しそうに見えるんだ」って呆れ顔で諭された。

 暮らしやすさって‥難しいもんだ。

 そんなことを考えながら改めて、ミチルの部屋を見る。
 天板がガラスのサイドテーブルがベッド脇に置いてある。サイドテーブルの上にはノートパソコン。
 ベッドは、木でできた大きくはない‥シングルベッド。
 何にもない部屋だから、部屋の隅にあるメタリックのアースピンクっていうのかな、大人しい感じのピンクのウォーターサーバーがやけに目立った。‥色が珍しかったから‥ってのもあるんだろう。
 ベランダに行ける掃き出し窓についているのは、カーテンじゃなくって、ウットブラインド。
 テレビも電子レンジもないけれど、小さな食器棚の上にちょっと本格的な(!)コーヒーサーバーと、偉く本格的な感じのミキサーが置いてある。きっと、人参とかジュースに出来る奴だ。‥ジューサーミキサーっていうのかな?
 ‥飲み物に対するこだわりが凄いな。
 きょろきょろと見ていると、ミチルが苦笑しながら、ハーブティーを入れてくれた。
 それをサイドテーブルに置くと、俺用にクッションを敷いてくれた。
 揃いの強化ガラスのシンプルなティーカップ。
 ‥ハーブティーのいい香りがする。
 部屋の中も何となく、ラベンダーだろうか、ハーブの匂いがする。
 スチームの‥アロマディフューザーかなあ。(加湿器じゃなかったんだ)
 イケメンはお洒落だね! ‥俺も見習わないとな! (俺はあいにく‥イケメンじゃないけどな‥)
 だけど、親と同居してると、中々こういうこだわりは出来ないよな。
 ‥言い訳だろうか。

「‥さっき、‥何の話してたっけ」
 勧められてクッションに座ると、何となく沈黙に耐えられなくなりそうで、口を開いた。
 いれてもらったハーブティーを一口口に含む。
 ふわり、と優しい香りがした。
 何の話って、‥ここに来るまでに話してた話題だ。
 部屋に入った瞬間、部屋の様子が珍しくってつい見入ってた。
「ヒジリの子供の頃に好きだった人の話」
 ふふ、とミチルが笑う。
 ‥イケメン。
 この部屋が似合う。
「‥好きだったとは言ってない。ただ、‥認めてもらいたかったと」
 ‥なんか顔が熱い。‥男同志で喋ってて顔赤くしてるとか‥なんだこれ‥って俺、女なんだっけ。じゃあ‥いいのか。って‥俺どんだけ適応力あるの。

 実はあなたは女でした。
 そうなのか! 女なのか、じゃあ男を好きになってもおかしくないね!

 って‥どんだけ単純なんだ。
 ‥顔が熱いのは‥この部屋があったかいのと‥あったかいハーブティーのせいだ。
 なんのハーブかは分からないけど、いいにおいがする。紅茶と違って薄い黄色い色。
 何が入ってるのか、とか、高位の詮索のスキルを持ってるミチルは聞かなくても、「分かる」んだろう。
 どこまでわかるんだろう。主原料は何となく‥って位?それとも、調味料まで分かるレベルとか? (高位っていうんだからあり得るよね)
 ‥例えば、お店秘伝の‥とかもミチルに掛かったら「なるほど、こういうのが入ってるのね~」って分かっちゃうんだろう。あとは‥「この味なんだっけ、あ~思い出せそうで思い出せない‥! 」とかないわけだ。ストレスレスでいいね! 
 だけど、これ、食品添加物がはいってるな~とか‥そういうのも分かるってことだよね‥。それは‥嫌かも。‥食事は、もっと「何となく」食べたい‥。
 俺がぼんやりとカップを見つめていたからだろうか
「気に入ってるハーブティーの店でブレンドしてもらったんだ。夜だから、カモミールベースにしてみた」
 ミチルが説明してくれた。
 俺はこくりと頷いた。
 うん、何となく、カモミール位はわかる。
 ‥味とかは知らないけど。
「美味しい」
 まあ、‥何が入ってるか‥とかは分からなくても、おいしいものはおいしい。俺はそれでいい。
「良かった」
 ふわりとミチルが微笑む。
 この数日間でミチルの色んな顔を見て来た。
 何か企んでるような冷たそうな顔も、今みたいに笑った顔も、全部、人を惹きつけて止まない。
 イケメンだからとかじゃない。‥雰囲気そのものが、自然にそうさせる。(いや、でも‥結局のところイケメンだからかも)

「ああ、そうそう。認めて欲しかった、って? 」
 ‥ああその話。‥もうどうでもいいんだけどなあ。
 あの頃の事‥とか、‥面白い話でもないし。
 ‥あの頃の俺は‥
「‥あの頃の俺は、何でだか彼に認めてもらいたくて躍起になってたんだ。多分、‥先生はあの人しかいなかったからだろうな」
 俺は、ミチルからちょっと目をそらして話をつづけた。
 ‥じっと見てたら緊張するからね。(それに、見つめられたら‥ちょっと怖いよね)
 
 先生に認められたいって感情。

 今となっては、‥何でなんだか、全然分からない。家族にも愛されてたから、愛情に飢えてたってわけでもないと思うんだけど‥。
 先生が男前で好きだったのか? と言われると、そうではない。‥それこそ、ミチルとどっちが男前かっていう質問したら、百人が百人「ミチル」って言うだろう。ってか、比べるまでもない。
 性格が良かったかと言われても、‥覚えている限り、「微妙」としか。
 別に悪い奴ではなかったが、それだけ。優しい人でも、教育に燃える熱い人でも、理解ある大人‥とかでもなかった。
 先生は‥ナツミだけが好きだった。(勿論恋愛感情じゃない。‥確か、あの頃は10にも満たない様な歳だった。そんなのロリコンじゃないか‥)絶対、俺たちのクラスを受け持ってくれた理由は、ナツミがいたからだ。
 ナツミがっていうか、珍しい「魔法使い」であるナツミの「魔法」に興味津々だったんだ。
 魔法オタクってやつだ。
 ‥多分、俺は先生がナツミにしか興味が無かったから‥悔しかったんだ。
 その気持ちを「嫉妬」って思っちゃったのかも。

「ふうん‥先生なんだ。男、だよね? ‥だけど、どうでもいい奴なら認められたいとも、自分より好かれている幼馴染に嫉妬したりなんかもしないよな」
 そんな穏やかな顔で言われても、ホント、困る。
 生温かい恋バナとかじゃ、絶対にない。
「‥あの時の、自分の気持ちなんて、今じゃよくわかんないよ‥。多分、今会ったら「何であんなに躍起になってたんだろ」って思うかもしれない」
 俺は、ふっと苦笑いに近い笑いを浮かべてしまった。
 その微妙な感じがミチルに伝わったのか、
「ふふ、そういうのはあるね。初恋は実らないっていうけど、‥実らせる必要もないものも多いよね。結構、気のせいも多いかも、って感じだよね」
 ミチルも微妙な笑顔で俺を見た。
 ‥にしても。
「‥ミチルに初恋って言葉似合わないね」
「‥ヒジリは俺の事どういう風に見てるんだ。俺にも初恋の甘酸っぱい思い出ぐらいある」
 ちょっと「わざと」怒った様な、面白がってるような‥シニカルな笑顔を俺に向け、ミチルが
「時間だ。俺は、ベッドに横になるけど、ヒジリは、そのまま「あっちに行きたい」って念じるだけでいい」
 ふっと笑いを引っ込めた。
 俺は頷いて、目を軽く閉じた。
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