リバーシ!

文月

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十二章 ヒジリと地球の仲間たち

3.俺の日常と、雨と父さん

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(side ヒジリ)


 日曜日。
 その日は朝から、大雨が降っていた。昨日帰宅時には振っていなかったから寝ている間に降り始めたのだろう。
 週末だし、と昨日は久しぶりに自宅に帰ることにしたのだ。
 スーツも2着の着回しってのもどうかと思うし。
 ミチルの家に置いてる「洗濯機で洗えるスーツ」の洗濯は、家主のミチルがしてくれてる。パンツは‥流石に自分で手洗いして吊ってる。
 同性だっていっても、他人に洗われるのって恥ずかしいじゃない。人として。ブラも‥勿論そうだ。(いくら俺が男だっていっても、流石にね!! )
 ブラは、‥買うのがどうしても抵抗があって最初は「ブラ付きタンクトップ」を使っていたんだけど、「あんまり格好良くないよ」ってミチルに呆れらえたから休日に「誰も知った人がいないような」場所に電車に乗って買いに行った。
 勿論、女の恰好をして、だ。
 Tシャツとジーパンなんだけど恐ろしく美しいスリーピングビューティーはそれだけで「すんごい女子」感満載だった。
 で、下着屋さんで測ってもらって(ミチルに測ってもらえと言われた。流石女にもてる男は良く知ってる)ブラを買って! ついでに、店員さんに勧められて「デートで着るような」服を買った。
 スカートとお洒落なトップス(っていうの?? )。スカートなんて城で着てた魔道具以外着たことないから違和感が凄いね! 
 ‥ちなみにまだ着たことはない。いやだって、着る機会ないし‥。

 土曜日の夕方、久し振りに家に帰って来た俺を見て母さんは呆れた様な顔をして、そのあとキッと目を吊り上げて
「あんた女の子が毎日男の人の部屋に泊まったりなんかして! 」
 って、説教を始めた。
 俺は、一瞬母さんが何を言っているのか分からなかった「無断外泊するな心配するから連絡位しろ」っていうならまだしも、男が男の家に泊まるなって怒られるとは思わなかった。
 しかも、20歳もとうに過ぎた男がだ! 
 俺は見た目はどうであれ、心は男だ。それはミチルだって知ってるし、問題はない。これは、「多分」とかじゃなく、確定だ。
 それこそ、俺にも、ミチルにも失礼だ! 
 ていうか、‥何が「女の子が」だ。母さんがそれを言うか! 今まで男として育ててきたのじゃないのか?! 理不尽さに、つい言い返したくなるが‥説教が長くなりそうなので、やめる。後ろに居る父さんも(今日は珍しく帰りが早かったようだ)腕をくんで、うんうん、と母さんに賛同してるっぽいし‥。
 それどころか、‥もしかして怒ってないか?? ‥珍しいこともあるもんだ‥。
 母さんが怒ってるから、自分も怒らないとまずい的な感じか‥それはよくわかんないけど。
 それっ程、父さんが怒ったのなんて見たことがない。

 ふう、
 俺は小さくため息をついて
「何もないわけだし、別に心配しなくても大丈夫だよ。仕事も毎日行ってるし。さぼってなんてないし」
 仕事のことを言っているんだったら、問題なく毎日ミチルの家から行っていた。ご飯だって食べてるし、泊めてもらってる分食費は俺が払ってる。そういう金銭面の問題も‥多分無い。
 俺は自炊は出来ないが、ミチルが上手に料理してっくれてるから栄養面も問題ないしね! 一人暮らしの男にありがちなインスタントonlyとかコンビニで弁当じゃないんだよ? 凄くない? しかも、異世界人の俺たちは知らないようなこっちの料理も知れたし、ホント発見ばっかりだよ。
 鍋は簡単そうだから、今度作ってあげるね! ‥土鍋買ってこないとな。
「そんな心配はしてません! 世間体だってあるでしょ!? あんたが大丈夫でも、ミチルさん的に! 連日女の子が出入りしてたら同棲してるって近所の人たちに思われてるかもしれないでしょう」
 ああ、そうだった‥近所の人は俺のこと「元から知ってる」わけじゃないから、きっと女に見えてるんだよな。ってことは、‥そういうことになるのか。

 ただ、時間がもったいないんだ。俺には時間はない。ミチルに分からないことを聞くにしても、ミチルにだって時間がない。
 これだけは言っておこう、って思ったら、なんか‥ちょっと口をとんがらせて‥拗ねた様な顔をしてしまった。
 子供みたいな‥ってか、女子みたいな顔しちゃった‥。
 恥ずかしいから、視線を逸らす。
「だって‥時間が足りないんだ。本当に‥」

 ミチルの家で何をしているか? ‥修行をしている。
 なぜ修行をしているか? ‥ナツミに殺されないように。‥ナツミを悪者にしないために‥修行して強くならなくてはならないから。
 俺は、命を狙われてて、今凄く危ない状況なんだ。
 なんて‥言えるわけない。言いたくない。

 両親にこれ以上心配はかけたくない。
 ‥って思ったのに、流石母さん。俺の口調や表情から何かを感じ取っちゃったみたいだった。

「時間がないって、あんた‥。もしかして、何か‥何か悪いことに巻き込まれてるの? この前、急に消えて‥戻って来てから様子が変よ? 」
 母さんの顔色がすっと悪くなる。
 その顔を見て、
 ‥あ、しまった失言した。
 って気付いた。
 父さんが
「何のことだ? 」
 と、母さんの後ろから出てきて俺を見る。
 さっきまでの、不機嫌そうな「娘の父親」って顔とは違う。
 怒っているのとはちがう、真剣な目をしていた。

「‥‥‥」
 久し振りに父さんと向き合うと、‥ちょっとびっくりした。今までは‥男の姿をしていた時はちょっとだけ俺より小さかった父さんが、今この身体では、10センチほども目線が上にある。
 そのことに、ちょっと驚いた。
 ‥そんな場合ではないって‥分かっているんだけど、‥驚いた。
 今日は驚くことばっかりだ。
 自分は思った以上に‥現実逃避してしまう位に‥動揺しているのだ。そのことにも、‥驚いた。
 ちょっと目を逸らして口を閉ざしたままの俺を
 だけど、父さんは見逃してはくれない様だ。
「ヒジリ‥どうなんだ? 」
 俺の目を真っ直ぐに見降ろして、父さんは怖い程真剣な顔をしている。
 依然と目を逸らしたまま‥でも、隠して置けるものでもないな‥って思った。
 小さくためいきをついて、ちょっと決心を固め
 ぼつり、
「あの時俺は‥反政府組織に見つかった」
 呟いた。
 正確には、ナツミに、だ。

 だけど、「ナツミに」とは言いたくなかった。この期に及んで、俺は‥ナツミのことを母さんたちに悪く言われるのは‥嫌だった。ナツミをかばったわけではない。‥ナツミに騙されたことを認めるのが嫌だったってのが‥正しいかもしれない。
 この期に及んで、俺はそんなことを「まず」思ってしまった。

 あの時‥母さんにタンカ迄切った。
「ナツミは悪くない」
 って。でも結果が‥これで。

 だけど、事態はナツミがどう‥って問題どころではない‥。
 ‥そうだ、俺は「ナツミに」狙われてるんじゃない。俺の敵は「ナツミだけ」じゃない‥。
 改めてそのことに気が付き、さっと血の気が引いた。

 そんな俺を見て
「‥な‥ヒジリ‥」
 母さんは、絶望的な顔をして、言葉をなくし
「‥どうして言わなかったんだ‥」
 父さんは、目を見開いて‥次の瞬間、怒りをあらわにして俺を睨んだ。
「く‥っ」
 俺は、自分に気合をいれるためにも父さんの目を睨みえすと、
「狙われてるのは俺だ。俺だは誰も‥巻き込みたくなかったんだ。相手が、俺だけを指定して来てるのに、誰かを連れて行くのは、嫌だ。卑怯者にはなりたくない! 」
 男らしく、言い切った。
 だけど、父さんは更に目を吊り上げて
「何を言っているんだ! そんな‥己の矜持の問題じゃないだろう?! 相手は組織なんだぞ! 殺されに行く気か! お前が犠牲になれば済むって問題でもない。お前がしようとしているのは、ただの無駄死にだ! 」
 今にも、俺に掴み掛りそうな勢いだ。
 母さんは、ショックで顔色をなくしてその場に座り込み、すがる様な目で父さんと俺を見ている。
 そんな姿は、確かに目の端には入っていたが
「じゃあ、どうしろって言うんだ! 俺が出なかったら、周りの人に被害や及ぶよね?! それに、逃げ回っても、来る。仕方が無いじゃないか! 無駄死になんてしないよ! 俺は、俺が死んだって、止めるさ! 俺を情けない奴だと思わないでくれ! 俺は、人間爆弾だし、世界の災厄なんだろう?! 」
「ヒジリ‥! 」
 母さんが‥いつもは気丈な母さんが、血を吐く程叫んで、
 泣き崩れた。
 だけど、‥俺は止めるわけにはいかなかった。
「‥逃げられないなら、それに備えるのは当たり前だし、自分のタイミングで攻めていく方が優位だろ?! 」
 俺は、あえて母さんには触れず、強い口調で父さんに言った。
 ここで俺が弱気になったら、母さんは今以上に心配する。
 そんなの‥男として恰好がわるい。

 まだ、そんな意地位はれる。
 ‥逆に、そんな意地も張れないようになったら、もう気力的にも、ヤバい。意地が張れている間は、大丈夫だ、と自分に言い聞かせる。

 父さんは、ぐっと唇を噛む。その唇が、ぎりぎりと噛みしめられているように見えた。
「‥攻めていくって‥。お前は、お前に何が出来るっていうんだ‥! 戦い方どころか、今まで、スキルのことすら忘れていたって言うのに‥! 」
 暫く俺を睨んでから、血を吐くように叫ぶ。
 その大声に、母さんがますます顔色をなくして、父さんを見上げる。
「ヒジリ‥っ! 」
 父さんの顔が怖い。‥こんなに怒った‥心配した父さんの顔を今まで見たことがない。
 俺は、父さんをもう一度睨み返した。
 息を‥乱れた息をむりやり吐きだすと‥驚く程、冷静になれた。
 否、冷静になった気になった。
 自分の総ての感覚が研ぎ澄まされたようだ。周りの音や、父さんたちの息遣いまでがはっきりと分かった。
 家の外で、雨音が一際激しい‥滝のような音をたてた。
 なんなら、嵐か? というような音。
「父さんたちは、‥ヒジリに死んでほしくなんて‥ない‥! 」
 父さんの、心臓の音が痛い程強く‥大きく聞こえた。
 生命の音。
 いきてるって音。

 死ぬって言う事は、この心臓が止まること。この目が二度と開かないってこと。
 異世界‥。この平和な世界に居る限り、俺は‥俺たちは誰も、そうそう生命の危機を感じたりはしない。‥だけど、ここでもあっち(夜の国)でも‥生命の危機っていうのは、実は割と身近にある。

 ‥まさか、自分にそれが迫ってこようとはね‥。

 ふう
 目を瞑り、大きく息を吐くと、
 今度は、‥何の音も聞こえなくなった。
 落ち着け。大丈夫だ‥。
 ‥熱くなっても、仕方が無いんだ。
「俺だって、死ぬ気なんてない。‥死にに行くわけじゃない。‥だから、自分なりに考えている。分かってよ‥。俺には、‥逃げ道もないし、‥本当に時間もない。本当に‥切羽詰まってるんだ‥っ」

 前を向かないと。

 今までちょっと、‥のんびりし過ぎたな。
 俺に、‥遠回りしている時間なんてないって言うのに。
 ざあざあ ざあざあ
 窓の外では雨が、まるで川みたいな勢いで窓ガラスを洗っている。
 川ってか、ちょっと濁流みたい。
 記録的大雨ってやつかな。

「‥あ、貴方‥。そんなに怒ったりしたら‥」

 母さんの震えた様な声が聞こえた。
「? そんなに怒ってなんか‥」
 母さんを振り向き、俺が首を傾げた。
 そういや、『俺が怒り過ぎると天災が起きる』んだっけ?
 ‥この雨か!?
 青くなる俺に、母さんが首を振る。
「ヒジリじゃない。‥父さん、よ」
「あ‥」
 父さんが慌てて庭に出て行って、‥立ちすくんでいる。
「‥‥‥」
 母さんも後を追って行って、庭を見る。
 それにつられて俺も庭に出て行く。
 雨の中どうしたっていうんだ?

 ‥‥‥

「え? 」
 ‥なんだこれは‥?
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