リバーシ!

文月

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十九章 「皆が望むハッピーエンド」

14.「大丈夫」

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「‥そういうことだな」
 って答えたのはミチルだ。ミチルはナラフィスを見ながら
「身体が魔力枯渇状態で倒れた場合、2割の力は勿論魔力回復に全部の力を使うわな。だから、精神が裏の世界に行ってる余裕がなくなる。
 同様に、普段から生活に使う量 = 魔力回復量のリバーシは裏の世界に行っていないってことだよな? 」
 確認を取るように尋ねた。
 ナラフィスは肯定も否定もしない。もとい、出来ない。
 だってまだ分からないから。
 黙るナラフィスの横で、ヒジリもまた黙って考え込んでいた。
 そして、ぼそり‥
「精神が飛ばされないってことは‥身体と精神が分離されていない状態ってこと? 
 ‥だとしたら、それがこの前のナラフィス先生の「夢を見た状態」ってことじゃない? 」
 って呟いた。
「‥っ! 」
 ミチルとナラフィスが目を見開く。
「そうか‥っ! 」
「リバーシは眠らない。‥眠らないのは身体じゃなくて精神‥。
 休息の必要がある脳や身体は、休息を妨げようとする精神‥意識があると休息が取れない。だから、精神を追い出している。だけど、何らかの原因で‥意識がない場合は、休息の必要がある身体は精神を追い出さなくてもいいってことか‥! 」
「そして、普通通りに脳がしている「記憶整理(夢)」の記憶が意識に残る‥」
「それも「自分の意志とは関係なく」だ」
「確かに‥! 確かにそれは夢を見ている状態と同じだな! 」
「そして、その時の身体は‥冷たくない! 」
「最高だな! 」
 興奮するミチルとナラフィスを、ヒジリは冷めた表情を浮かべて見ていた。
「どうした? ヒジリ。いかにも興味ないって顔してるけど」
 と、同じく「特に興味はない」って顔したサラージが聞いた。
 ヒジリは
「夢を見ることが出来るようになるってことは‥ここに来れなくなること。
 リバーシとして裏の世界の充実を取るか、人間のように‥夢を見れて体温がある「眠り」を取るか。
 そういう選択だったら‥俺はやっぱり裏の時間をとるかな~って。
 所詮ね。俺たちは普通の人間とは違うんだなって‥
 そんなことを思い知らされるんだったら、何もわからずに「夢とか見てみたいな! 」って無邪気に‥無責任に言ってられた時の方が良かったなって‥。
 なんか‥何もかも馬鹿馬鹿しい‥っていう言い方は変だけど‥なんか「どうでもいいや」って思えて来てさ」
 自嘲的な微笑を浮かべて言った。
 ミチルがヒジリを振り向く。
「「だから何」だよ。他の人と違うってことは今更だろ。別に‥どうでもいいんだよ。今はね、そういう話をしてるんじゃないんだよ。
 今、俺たちは一つの可能性を手に入れたんだ。今はそれを喜ぶべきなんだ」
 ミチルの眼がマジだ。
「一つの可能性? 」
 ヒジリが首を傾げる。
 夢を見れるかも‥が何の可能性を秘めてるんだ? 夢占い的な何かができる様になるかも‥、とか? 
 絶対無理だと思うぜ? 
 ミチルが首を振る。
「違うね。「地球で普通に結婚できるかも!? 」っていう可能性だ」
「え!? 」
 驚いたヒジリが目を見開く。
 へ?! 「地球で普通に結婚できるかも?! 」っていう可能性?!
「俺が今まで「結婚なんて興味ね~」って顔して暮らしてたのは、単に「その方が楽そう」って思ってたからじゃない。‥いやまあ‥それもあるけど。色んな子と遊べるしね? 
 そうじゃなくて。単純に結婚なんて無理だから諦めてたんだ」
 力説するミチルにヒジリは‥「?? 」って顔をしている。
 ‥なんだ?? どうしたっていうんだ?? 
「ナラフィスも言ってただろ? 横で寝てる人間が冷たくなるのは怖い‥みたいなこと。地球で同じことがあってみろ? ‥事件だよ」
 ‥まあ。そうだよね? 別の布団で寝てても、何気なく触れること位あるかもしれないよね? そんな時冷たかったら‥「し‥死んでる!? 」ってなるよね。結婚以前にお泊りでもアウトな案件だよね? 
「だけど、これが解明されて‥この技を(← 技とか言ってる)自在に使いこなせれば‥お泊りも可能になるってわけだ。
 もしかしたら、その状態なら外的刺激に身体が気づいて起きられるかもしれないってことだろ? だって、意識と身体が分離してるわけじゃないんだから」
 ゲスが‥!
 結局は女の子とお泊りデートとかしたいだけじゃねえか。
 可能性を手に入れた‥とか大袈裟なこと言ってんじゃね~よ! 
 ヒジリが侮蔑の表情でミチルを見た。ミチルがキョトンとした表情を浮かべて(可愛く)首をちょっと傾げる。(あざとい、「かわい子ぶりっ子」な表情って奴だ)
「あ、今ヒジリ、女の子との「お泊りデート」を想定した? 違うよ? 例えば社員旅行なんかもいけるねって話だよ? 」
 や~ね。って揶揄う様にいうミチル。ヒジリはムカッとしてミチルを睨む。
 ‥いやいやいやいや! 絶対違うよね?! その話‥社員旅行とか今考えたよね!? 絶対そんなっ話じゃないよね?! 人をムッツリ扱いするのやめてください! このムッツリスケベ!
 ここで俺が「あ‥いや‥そんなわけね~だろ! 俺も社員旅行のことしか考えてね~よ! 」とか赤面しながら言うと思うか!? おあいにく様! 言わね~よ! 
 そんなにベタじゃねえ! 
 って考えてるんだろうな~ってことがバッチリ顔に出ちゃってるヒジリを見て、爆笑するミチル。そんな二人を見て肩を震わせて笑うサラージとナラフィス。

 こんな日々がいつか終わってしまうのが寂しいって4人は口には出さないけど‥思った。


「分かることは‥嬉しくもあり、また寂しくもある。
 ナラフィスだってさ、知らないことがあるから調べる楽しみがあるわけじゃない? 総てが分かってしまったらきっと‥何をすればいいか分からなくなっちゃうんだろうな。
 でも、人間だって‥不変じゃない。時代や環境が変わればそれに伴って退化したり、進歩したり‥ちょっとずつ変化する。
 全部が分かるってことは、不変だってことが前提になってるわけじゃない。
 不変じゃなくて、それどころか不安定そのものの俺たちリバーシのこと‥総て解明するってことはきっと、無理なんだろうな」
 どこか優しい‥見守るような視線をナラフィスに向けながらサラージが言った。
 その表情は、一生暇つぶしは出来る。だから、安心しろって‥声に出さずに話し掛けてる様に見えた。
 ナラフィスがちょっと恥ずかしそうに、サラージから視線を逸らす。
 サラージが今度はミチルを見る。
「その場その場を取り繕って、大きな秘密を隠して結婚なんて‥するもんじゃない。疲れるだけだし、‥不誠実だ。それも含めて許容し‥理解してくれる人はきっとどこかにいるって思う。
 一生のことだし‥一生一緒に居る相手だ。投げやりにならない方がいい」
 ミチルが「ちぇ‥分かってるよ」って拗ねたみたいな独り言を呟いて俯く。
 ‥何これ。なんの青春ドラマ?? 三年B組サラージ先生的な??
 苦笑いするヒジリをサラージが見た。
 息を飲んで身構えるヒジリ。無言でヒジリを見るサラージ。
 サラージはヒジリをじっと見て、
「大丈夫。
 今のままで‥大丈夫だ。
 俺たちは普通じゃないって周りから忌諱されたりしてるけど、それは世間の評価であって「俺たち自身」じゃない
 俺たち自身のことは俺たちにもよくわかってなくって、‥不安になることもあると思うけど、大丈夫。俺たちが俺たちであることを諦めない限り、大丈夫だ」
 はっとした。
 サラージの言葉がすっと身体に染み込んでいくように感じた。
 言ってることは意味わかんないよ? きっとサラージも「総てが分かって言ってる」わけじゃないって思う。
 だけど‥俺はね、誰かに大丈夫って言って欲しかったんだ。
 不安で、怖くて‥。落ち着かない。
 得体が知れない自分。‥自分のことが一番わけわかんなくって‥。
 見ないで欲しい。嫌うなら、いっそ放っておいて。‥でも、見捨てないで‥。

 俺はずっと‥
 誰かに、大丈夫って言って欲しかったんだ。
「頑張れ」
 でもなく
「特別」
 でもない。
「大丈夫」
 無責任でも、気安めでも。根拠が無くても。

 ‥そんな気がした。
 これから先、どうなるか分からない。決めなきゃいけないこともいっぱいあるし、やらなきゃいけないこともいっぱいある。
 やりたいことだって‥。あったはずだ。
 だけど、それすら今は「やりたかったのかな」「それって、重要? 」って尻込みしてしまう。
 大事なこと、優先順位、‥自分の務め。それをしなきゃって‥。
 でも、出来なくて。
 何すればいいか分からない。
 皆の望むhappyend。その皆の中に俺はいる? ‥俺は、自分の幸せを望んでいいの? そもそも‥俺の幸せって‥何だろう。
 
 そんな不安をあの言葉で、あの顔で全部まるっと「ま、いっか」に変えちゃった。
 年上だっていうのに、年上感なくてさ。だけど、王族だからなんかえらそーで、カリスマ性? あってさ。ラルシュみたいな美しさも落ち着きもない、所謂「俺様王子」で、強度のブラコン。一番手にはなれない二番手キャラ。なのに‥
 ここぞってとこで、その場の空気がらって変えてっちゃうんだ。
 俺みたいなモブ、参りました。貴方にはかないませんよ! ってなってもおかしくない。
 ‥俺の今までの緊張感を返して欲しい。どうするのさ。国家滅亡レベルの災厄‥「バケモノ」の緊張の糸切っちゃってさ。
 気を抜くな、頑張れ、‥大丈夫じゃないって今まで気を張ってきたのにさ! 

 ヒジリはボロボロと涙をこぼした。
 頭一つ大きなサラージがそんなヒジリの前に立つ。
「最近のヒジリ。空回りしすぎだ。
 空元気も、らしくない前向きな態度も‥見てて痛々しい。
 頑張るのは悪くない。だけど、もっと周りを信用して周りを頼れ。肩の力を抜け
 大丈夫。‥ヒジリはバケモノなんかじゃない」
 ヒジリは何も答えない。ただ、ボロボロと涙を流しながら俯いている。
 俯いて、弱弱しく涙を流す美少女。美味しいシュチュエーションだ。だけど、サラージは雰囲気に流されてヒジリを抱きしめたりしない。
 だって、ヒジリは敬愛する兄の婚約者だから。ちょっとの誤解とか、スキャンダルも起こす気はない。
 だけど、慰めない程冷たくもない。
 ポンポンと頭を叩いて叱咤激励。
「ヒジリはバケモノにならない。正義の味方にならなくてもいいじゃない。
 そもそもヒジリや俺たちのことを「バケモノ」って忌諱してる連中が、「特別だから」「正義の味方になって」「奇跡を起こして」って期待する方が図々しいんだ。
 皆の言うところの‥恐れてるバケモノにさえならなきゃそれで万事オッケーじゃない? 
 ヒジリは‥ささやかに幸せになればいい。
 皆だってそうしてる‥だろ? 
 ヒジリが特別だって言うんだったらさ、特別であれって強いるんだったら、もっと報酬を要求すればいいんだ。
 神秘性を求められ、清貧を強いられ‥安心安全をアピールさせられ続けるとか! くそくらえだ。
 ‥まあ、ヒジリを城に閉じ込めてる王族が言えるセリフじゃないから、忘れてくれ。
 でも、‥言いたかったんだ。俺はね。
 ‥ヒジリの友人としては、さ」
 って言ったんだ。
 涙を流しながら、ヒジリは顔を上げる。
 きっと‥目の前のサラージを睨みつける。

 サラージは‥無責任だ。結局何の根拠もなく、言いたいこと言っただけ。
 だけど‥
 それが俺の心をずっと締め付けていた鎖をちょっと緩めてくれたのは確か。
 繋がれているのには違いない。だけど、緩められた隙間からぶわって空気が入り‥俺は久し振りにゆっくりと息を吸えた様な気がした。
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