233 / 248
二十章 新世界
1.深呼吸
しおりを挟む
「大丈夫」
サラージが言った、無責任な一言。
それだけで、こころがふわって軽くなった。
こころを覆っていたモヤが一気に晴れたみたい。
‥そんな気がした。
いままで締め付けられてた胸に、ぶわって空気が入ってきた。
びっくりして大きく息を吸い込んだ。
ほんとに咄嗟に。
それと同じタイミングでミチルの
「あ、時間だ」
って呑気な声が聞こえて‥
俺たちは地球に帰ってきた。
帰ってきた瞬間の、身体を包むヒヤリとした冷たい‥清涼な空気。俺はこの瞬間が好きだ。
ミチルはなんかの折に「あのぶるって来る感触が苦手」って言ってた。
「俺ね、ちょっとした変化ってのが苦手なんだ。
エレベータが止まる瞬間一瞬ガクッて来るじゃない? あれが一番嫌い」
って言ってホントに嫌そうな顔をしてたっけ。俺はでも、あの時
「そう? 俺は好き」
とは言わなかった。だって、ミチルにとっての「嫌い」って感情に俺の気持ちは関係ないじゃない? それに、俺だったら、俺の「好き」って気持ちを誰かに否定されたりしたら嫌だ。だから、きっとミチルにとってもそうだろうって思ったんだ。自分の気持ちは否定されたくない。
俺はね、あれが嫌い。車で山道登ってて気が付いたらなってるあの耳の不調。‥急に耳が詰まったみたいになる感覚。あの不快さは慣れないよね。気圧の変化が原因っていうけど、別に急に高所に飛ばされたわけじゃないのになんで? って思うよ。
「って‥そんなのどうでもいい‥」
誰に聞かせるわけでもないことを独り言ちて、俺は暫く寝ころんだまま、手を顔の前で握ったり開いたりしてみた。
白く細く長い、見慣れた指先。
意識して見たら、俺の身体は一つ一つのパーツが全部作りものみたいに美しい。
「‥現実味がない身体だな」
作り物みたい‥かって誰かに言われた言葉。
時刻は5時。普段だったらシャワーを浴びる為にすぐ起き上がるのに、今日はそんな気分になれなかった。
面倒だとか、ダルイとかそんな理由ではない。寧ろ反対。
映画を見終えて、感動の余韻に浸って‥暫く座ってたいって思う‥そういう気持ち。
飛び起きて、すぐに切り替えて日常生活送る、その前にちょっと余韻に浸る時間が欲しかっただけだ。
初めて、自分の力で息が吸えたって思った。
初めて、自分が随分無理して気を張ってたんだって気付いた。
気付いたら、凄く楽になった。認めただけで、随分こころに余裕が生まれて来た。
自分の身体が自分の思い通りに動くことに、今更ながら感動した。
それは、例えていうならば深呼吸。
呼吸は当たり前にしてる身体のオート機能だ。だけど、深呼吸はそうじゃない。自分の意志でわざわざ「大きく息を吸って」「大きく息を吐く」。オート機能じゃない、自分の意志でわざわざする行為だ。
思えばね、リバーシってそういう感情と最もかけ離れた存在なんだって思う。
当たり前に出来る。当たり前に持ってる。
当たり前に24時間起きてる。
一日を終えて、ほっと一息ついて眠りにつく喜びや、怖い夢を見て飛び起きて「夢でよかった! 」って言う安心感。二度寝の楽しみ。
そういうの、想像でしか分からない。
ゴールを目指して歩く楽しみや、ゴールした達成感を得られない代わりに、ゴールした先にある最高の一等賞の賞品をあらかじめ貰っている者‥それがリバーシなんだ。
例えば運動。運動自体が趣味って人も多いと思うけど、少数の人にとってそれは「目的(例えばダイエット)」の為の手段だったりするよね?
例えば化粧。これも趣味だって人も多いだろう。だけど「綺麗になりたい」「綺麗に見せたい」って思いはその根底に少なからずあるだろう。
そういうの‥そういう「努力の先にあるもの」をはじめっから持ってるのがリバーシなんだって思う。
誰もが羨む理想のプロポーションやら、美貌。それらを「はじめっから」「当たり前に」持ってる。そして、それを失う危機感を持つ必要がない‥。
人は初めっから持ってるものに対しては無頓着になりがちだ。「あるのが当たり前」でなんの疑問も持たない。普通ならある「失う怖さ」さえも考える必要ないってなったら、誰もそのことについて考えすらしないだろう。
体型を維持したいから運動は欠かせない、とか、美しくあるためエステに行かなきゃ‥とか考えないでいいんだ。
いうならば、苦労して金持ちになった者は、お金の大事さも失う怖さも十分知っているけど、生れた時からの金持ちバカ息子は、お金の大事さに対しても、失う怖さに対しても‥実感として分からないかもしれない‥そういうの。
「まあ、それも想像に過ぎないんだけどね」
ヒジリはまた独り言ちて、今度は風呂に向かうべく、起き上がった。
いつもより勢いよく、
「よし、やるぞ! 」
とか‥わざわざ声に出して呟く。
今日もいつもと変わらない日常が始まる。
だけど、今までみたいに惰性で過ごすんじゃない。「自分の意志で」「大事に」日常を過ごすんだ。
こうしなきゃ。じゃなく、自分の意志で「こうしたい」って考えて‥だけど、我が儘を通すんじゃなくって、周りと話し合ったりしながら、出来る限り自分らしく生きていく。
自分の意志で、自分の為に息を吸って、自分の為に生きていく。
誰かを不幸にしてもいいなんて考えは幸いなことに持っていない。
自分の意志を尊重して生きても、皆を幸せにすることはできるって確信を持てる。
「深呼吸して、心機一転頑張りますか! 」
今日という日は昨日という日の続きだけど‥昨日と今日は全く違う。
今日の俺は昨日の俺の続きだけど、昨日の俺と今日の俺は全く違う。
毎日、俺たちは新世界を生きているんだ。
サラージが言った、無責任な一言。
それだけで、こころがふわって軽くなった。
こころを覆っていたモヤが一気に晴れたみたい。
‥そんな気がした。
いままで締め付けられてた胸に、ぶわって空気が入ってきた。
びっくりして大きく息を吸い込んだ。
ほんとに咄嗟に。
それと同じタイミングでミチルの
「あ、時間だ」
って呑気な声が聞こえて‥
俺たちは地球に帰ってきた。
帰ってきた瞬間の、身体を包むヒヤリとした冷たい‥清涼な空気。俺はこの瞬間が好きだ。
ミチルはなんかの折に「あのぶるって来る感触が苦手」って言ってた。
「俺ね、ちょっとした変化ってのが苦手なんだ。
エレベータが止まる瞬間一瞬ガクッて来るじゃない? あれが一番嫌い」
って言ってホントに嫌そうな顔をしてたっけ。俺はでも、あの時
「そう? 俺は好き」
とは言わなかった。だって、ミチルにとっての「嫌い」って感情に俺の気持ちは関係ないじゃない? それに、俺だったら、俺の「好き」って気持ちを誰かに否定されたりしたら嫌だ。だから、きっとミチルにとってもそうだろうって思ったんだ。自分の気持ちは否定されたくない。
俺はね、あれが嫌い。車で山道登ってて気が付いたらなってるあの耳の不調。‥急に耳が詰まったみたいになる感覚。あの不快さは慣れないよね。気圧の変化が原因っていうけど、別に急に高所に飛ばされたわけじゃないのになんで? って思うよ。
「って‥そんなのどうでもいい‥」
誰に聞かせるわけでもないことを独り言ちて、俺は暫く寝ころんだまま、手を顔の前で握ったり開いたりしてみた。
白く細く長い、見慣れた指先。
意識して見たら、俺の身体は一つ一つのパーツが全部作りものみたいに美しい。
「‥現実味がない身体だな」
作り物みたい‥かって誰かに言われた言葉。
時刻は5時。普段だったらシャワーを浴びる為にすぐ起き上がるのに、今日はそんな気分になれなかった。
面倒だとか、ダルイとかそんな理由ではない。寧ろ反対。
映画を見終えて、感動の余韻に浸って‥暫く座ってたいって思う‥そういう気持ち。
飛び起きて、すぐに切り替えて日常生活送る、その前にちょっと余韻に浸る時間が欲しかっただけだ。
初めて、自分の力で息が吸えたって思った。
初めて、自分が随分無理して気を張ってたんだって気付いた。
気付いたら、凄く楽になった。認めただけで、随分こころに余裕が生まれて来た。
自分の身体が自分の思い通りに動くことに、今更ながら感動した。
それは、例えていうならば深呼吸。
呼吸は当たり前にしてる身体のオート機能だ。だけど、深呼吸はそうじゃない。自分の意志でわざわざ「大きく息を吸って」「大きく息を吐く」。オート機能じゃない、自分の意志でわざわざする行為だ。
思えばね、リバーシってそういう感情と最もかけ離れた存在なんだって思う。
当たり前に出来る。当たり前に持ってる。
当たり前に24時間起きてる。
一日を終えて、ほっと一息ついて眠りにつく喜びや、怖い夢を見て飛び起きて「夢でよかった! 」って言う安心感。二度寝の楽しみ。
そういうの、想像でしか分からない。
ゴールを目指して歩く楽しみや、ゴールした達成感を得られない代わりに、ゴールした先にある最高の一等賞の賞品をあらかじめ貰っている者‥それがリバーシなんだ。
例えば運動。運動自体が趣味って人も多いと思うけど、少数の人にとってそれは「目的(例えばダイエット)」の為の手段だったりするよね?
例えば化粧。これも趣味だって人も多いだろう。だけど「綺麗になりたい」「綺麗に見せたい」って思いはその根底に少なからずあるだろう。
そういうの‥そういう「努力の先にあるもの」をはじめっから持ってるのがリバーシなんだって思う。
誰もが羨む理想のプロポーションやら、美貌。それらを「はじめっから」「当たり前に」持ってる。そして、それを失う危機感を持つ必要がない‥。
人は初めっから持ってるものに対しては無頓着になりがちだ。「あるのが当たり前」でなんの疑問も持たない。普通ならある「失う怖さ」さえも考える必要ないってなったら、誰もそのことについて考えすらしないだろう。
体型を維持したいから運動は欠かせない、とか、美しくあるためエステに行かなきゃ‥とか考えないでいいんだ。
いうならば、苦労して金持ちになった者は、お金の大事さも失う怖さも十分知っているけど、生れた時からの金持ちバカ息子は、お金の大事さに対しても、失う怖さに対しても‥実感として分からないかもしれない‥そういうの。
「まあ、それも想像に過ぎないんだけどね」
ヒジリはまた独り言ちて、今度は風呂に向かうべく、起き上がった。
いつもより勢いよく、
「よし、やるぞ! 」
とか‥わざわざ声に出して呟く。
今日もいつもと変わらない日常が始まる。
だけど、今までみたいに惰性で過ごすんじゃない。「自分の意志で」「大事に」日常を過ごすんだ。
こうしなきゃ。じゃなく、自分の意志で「こうしたい」って考えて‥だけど、我が儘を通すんじゃなくって、周りと話し合ったりしながら、出来る限り自分らしく生きていく。
自分の意志で、自分の為に息を吸って、自分の為に生きていく。
誰かを不幸にしてもいいなんて考えは幸いなことに持っていない。
自分の意志を尊重して生きても、皆を幸せにすることはできるって確信を持てる。
「深呼吸して、心機一転頑張りますか! 」
今日という日は昨日という日の続きだけど‥昨日と今日は全く違う。
今日の俺は昨日の俺の続きだけど、昨日の俺と今日の俺は全く違う。
毎日、俺たちは新世界を生きているんだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
主人公の義兄がヤンデレになるとか聞いてないんですけど!?
玉響なつめ
恋愛
暗殺者として生きるセレンはふとしたタイミングで前世を思い出す。
ここは自身が読んでいた小説と酷似した世界――そして自分はその小説の中で死亡する、ちょい役であることを思い出す。
これはいかんと一念発起、いっそのこと主人公側について保護してもらおう!と思い立つ。
そして物語がいい感じで進んだところで退職金をもらって夢の田舎暮らしを実現させるのだ!
そう意気込んでみたはいいものの、何故だかヒロインの義兄が上司になって以降、やたらとセレンを気にして――?
おかしいな、貴方はヒロインに一途なキャラでしょ!?
※小説家になろう・カクヨムにも掲載
幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない
ラム猫
恋愛
幼い頃に、セリフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セリフィアはそれを喜んで受け入れた。
その後、十年以上彼と再会することはなかった。
三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セリフィアはその場を離れた。
しかし治療師として働いているセリフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。
それどころか、シルヴァードはセリフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。
「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」
「お願い、セリフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」
※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。
※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる