相生様が偽物だということは誰も気づいていない。

文月

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二章.柊 紅葉

3.8年前

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 ここで、母さんと俺の話を少ししようと思う。

 母さん‥桜は俺の生みの母で、俺が4歳の時父さんと離婚した。
 といって、別に二人の間が不仲になった‥とかではない。
 西遠寺の跡継ぎが母さんしかいなくなり、仕方なく母さんが呼び戻されたって話だ。
 ‥家の事情とは言え、よく承諾したなって思ったが、西遠寺ならそういうこともあり得る‥って納得するしかない。
 母さんは
「私が戻らなかったら、あんたを跡継ぎに貰ってくっていってたから」
 って言ってた。
「そんなのあのおじいさまが許すはずないでしょ? 」
 とも。
 母さんはそれ以上の詳しい話はしてくれなかった。
 大人の事情って奴だろうから、俺も触れない。
 まあ‥そんな「きっと一生会わないと思ってた人」と再び顔を合わせたのは‥俺が10歳の時だった。
 
 当時、命を狙われていた(らしい)俺は、桜によってここに連れてこられた。
 そして、事故を装って、俺と紅葉のすり替えは行われた。
 つまり、紅葉の代わりに相生の家で相生 四朗として暮らしているのが、本当の柊 紅葉なのだ。
 事故にあう(あったふりをする) → 救急車で病院に運ぶ → そこで入れ替える。
 って計画だったらしい。
 因みに救急車も病院も西遠寺の所有物だ。

 母さんも認める霊能力者で本物の柊 紅葉は、現在鏡の秘儀により相生 四朗として暮らしている。
 実際、毎日鏡の秘儀を行っているのは、「臣霊」と呼ばれる桜の式神のようなものの力だ。臣霊に、桜は力を分けて毎日鏡の秘儀をかけなおす。そうやって、紅葉は普通の人には相生 四朗に見えるのだ。

 そして、俺=相生 四朗もそう。

 俺も、見かけは柊 紅葉に見える。
 自分で鏡を見ていても、柊 紅葉にしか見えないから、すごいものだ。

 俺が命を狙われているであったら、彼女が危ないのではないか? と思うが、桜曰く、
「あの子は大丈夫。あんたよりよっぽど強い。‥今は。だけど、大丈夫よ。私があんたを鍛えてあげるから」
 母さんは、少女の顔のまま‥ドヤ顔をした。
 子供の顔で母親面されても‥。
「あの子の方が強いし、あの子には用心棒をつけているから! 
 その名も、月桂、最強の男よ。それより、問題はあんたよ。あんな遠隔地‥臣霊を使っているとはいえ、鏡が持つのはせいぜい8年位。その間に、自分を守る力を身につけなさい」
 西遠寺家で、何の力もないのに「西遠寺として望まれる力」の修行をする。その地獄の日々! (例の紅葉に十年かけて詰め込んだそれ、だ)それを桜は
「私の息子であるあんたにできないはずはないわ。それに、出来るようにならなきゃ、生きてはいけないわ」
 なんて、ことあるごとに言うんだ。

 因みに鏡の秘儀とは、集団催眠術の一種だ(と俺は思っている)
 その秘儀をかけた相手は誰からもその術者が望む姿にしか見えない‥という怖い術だ。
 例えば、術師が被術者(女)に別の男性に見える鏡の秘儀をかければ‥被術者はその男性にしか見えなくなるってわけだ。
 触ったらやっぱり被術者本人なんだけどね。
「鏡の粒子がコーティングされる感じ‥かしら? 見た目だけ変えられるの」
 って母さんが言ってた。
 なんの役に立つの? そんな術。便利な変身技? って俺が聞くと、母さんは呆れ顔(これも子供の顔でやるから腹が立つ)をして
「対話者心の声と対話する為よ」
 って言った。

 つまり、その秘儀の中(術中っていうの? )にいるとまるで鏡を見ているように、前で会話をしている相手が徐々に自分のように見えてきて、いつの間にかあたかも自分と対話しているような錯覚を覚える。
 だけど、それは怖い‥という感情ではないらしい。
 独り言を言っているかのようにリラックスして、自分の心と対話できる。
 相手は今までモヤモヤしていたことが解決したことに満足して(大概悩みってのは自分の中にあるからね)、相談に来た時とは打って変わったスッキリした表情で帰っていく‥らしい。

 西遠寺に任せれば安心‥はだけどそれとは少し違うらしいけど。
 相談者に物理的な敵がいる場合、また対応は変わるし、「非現実的な敵」の場合にも‥然りだ。(まあ‥そういうのはよくわからない。俺にはそういう話聞かされないし‥絶対聞きたくないからね)
 そういう‥ちょっとヤバい? 一族ならしい。

 だけど、西遠寺が相談を受けるのは、一般人ではなく政界の大物や各界の著名人‥と言われる「選ばれた人」たちだけで、それも「一見さんお断り」だから、怪しい記者だとか組織だとかには狙われない。
 ‥関わったらヤバい目にあうとかなんだろう。
 やっぱり、絶対関わり合いになりたくない。

「あんたはそんな西遠寺の当主の息子。勿論、わざわざ公の場でその話をすることは無いけど、調べればすぐにわかる。
 あんたに西遠寺の力は全くない。それは、私にはわかるんだけど、‥素人には分からない。
 私の息子だってだけで誘拐したり、殺害を試みたり‥そういう人間は普通にいる」
 だから、生き残るだけの力をってことなんだろう。
 そんな危険性ならそれこそ今までだってあったんじゃないか? って思うが‥どうやらこの頃(俺が10歳の頃)酷くなってきた‥らしい。だから、慌てて「今すぐにでも! 」ってなった‥と。
「問題なかったら一生会わないつもりだったんだけどね」
 って微笑んだ彼女の悲し気な表情に心が痛んだ。

「だけど、剣術やそういう護身術なら相生でも習ってきたよ? 」
 と、それからすぐに始まった修行に俺はすぐ異論を唱えた。
 礼儀作法や語学は今までやってきたことだから、問題はない。語学は「持ち前の力」でズルで来たし。
 だけど‥剣術は違った。今までやってきたことと違ったんだ。
 流派が違う。これは‥俺にとって大問題だった。
 この稽古をしてたら、元に戻った時に困る。‥それが嫌だった。
 母さんは
「やっぱりあんたは紅葉とは違うわねえ‥」
 ってため息をついた。
「あの子は、そんなこと‥関係ないから」
 って
「あの子には、西遠寺としての才能があるから、‥そんなことあまり関係ないのよ」
「西遠寺として才能? 」
 首を傾げる四朗に、桜が頷く。
「鏡の能力、よ」
「これもそうだよね? 」
 俺は、自分の腕をしげしげ見ながら言った。
 筋肉のうっすらついた、だけど細い、女の腕‥見たこともない、他人の腕だ‥を見ながら言った。
 この腕は「紅葉10歳バージョン」だ。さっき、桜に掛けられた。
「桜のことなら親かってくらい知ってるわ。でも、ホントの息子のあんたの事は‥あんまりわかんなくって、さっきあんたを見てから映し取って‥寝てる紅葉にコーティングしてきた。‥紅葉起きたら驚くだろうな~」
 ‥どんなドッキリより酷いな‥。
「どう? 」
「どうって‥」
 手足を動かしてみても、自分の感覚はちっとも変っていないが、鏡で見るそれは、全く違う。すごく変な感じだ。
 鏡の前で、よく似ているけれど「違う」顔が俺の動きに合わせて動く。動きだけ見たら、それは普通の鏡に映る自分と全く変わらなかったが、その顔も体つきも少し違った。
 感覚は、自分だし、触った感じも「正しく自分」なのだ。
 ほっそりとして見える腕も、自分で触ると筋肉がついたいつもの四朗本人の腕だ。
 何とも変な感じだ。
「見た目だけよ。自分で触ってわかったでしょ。だから、他人には触れられないように気を付けて」
 ‥どういう仕組みなんだ。
 桜曰く、被り物をしているよりも、まだ出来の悪い状態、らしい。
「そういう見た目の話をしているんじゃないの。流石に紅葉にも、鏡の秘儀は出来ないわ。
 そうではなく、技術の問題よ。
 鏡の秘術は見た目だけの話じゃないわ。
 西遠寺は、鏡のように、あらゆる他人の力に合わせることが出来る一族なの。例えば、前から剣をふるった敵が来ても、その力そのままに返すことができる。反射的にね。
 紅葉は、それが特別うまいの」
 まるで自分の事の様に、誇らしげに母さんが言った。
「つまり、すごく反射神経と適応能力が高い、と」
 俺が確認すると
「まあ、そうね」
 母さんがちょっと笑って頷いた。
「相生の力にも共通する点がありますね」
 って聞くと、
「そう? 」
 って首を傾げる。
 知らなくても無理はない。相生のことは相生しか知らない。
 ‥多分誰にも理解できないからって理由だけで今まで説明したことなかったが、さっきの話を聞いたところ、きっと母さんなら理解できるだろう‥って思った。
「相生は、水の一族と言われています。水の様に相手に合わせる一族と。
 でも、言語に関してのみです。
 相手の話す言葉がまるで自分のいつも話している言葉かの様に自分の頭の中に「入って」きます。
 だから、話している相手の言語が例えば、英語だとかフランス語だとか‥。相手に合わせて話しながら、俺たちは観察するんです。
 何か話し方に癖はないか、自国語で話すことによってみせる、相手のちょっとした気のゆるみも見逃さないように‥ただ、穏やかな関係を目を合わせている目の前の相手と築くんです。地味な力です」
 観察だけじゃない。
 あれは‥そうだ鏡って言ったら確かにぴったりくるな。
 あれは‥鏡のように映しているんだ。
 言語能力だけ、鏡で映している‥
「そうなのね‥」
 ふうん‥と母さんが頷き、ふふっと笑った。
「ふふ、それで四郎様‥貴方のお父様は私と結婚してくれたのかしら」
 ってちょっと悲しそうに? 苦笑いする。
「え? 」
 父さん? 
 急に出て来た父さんの話に、俺はびっくりして尋ねた。(思えばあの時が母さんが父さんの話をした最初で最後だったと思う)
「四朗様はご自分に相生の力がないことを嘆いておられた。だから子供には‥って。失礼な話よね」
 懐かしそうに‥そしてどこか寂しげな表情で言った。
「それが分かってたら‥結婚しなかった? 」
 自分が産まれる前の親の話は、なんとなく聞きたくない。それが、離婚をしているならなおさら、だ。
 俺は、話が暗くなるのを避けようと、わざと苦笑いの表情をつくって言った。
「どうだってよかったのよ。私は、あの人と結婚できればさえ」
 あっさりと母さんが言った。
「好きだったんですね」
 あまりの現実味のない話に、自分の両親の事だ、と一瞬忘れそう。
 自分に恋愛感情がないからか、全然何の感情もわいてこない。
 そうか‥好きって感情はそんなに強いもんなんだ。
 どうだっていいくらい、好き。
 若き日の父さんにどんな魅力があったんだろう? そんなことを考えていったら、母さんの口から出たのは
「ええ。そうね。一目惚れだったの。何て言っても、四朗様は凄く綺麗な人だったから」
 だった。
「‥ああ」
 その答えには、ちょっと脱力した。
 顔だけ。なんか、父さんらしい見染められ方‥。
「正直なのもいいし」
「‥はあ」
 ‥この人と父さんは、どういう経緯で結婚したんだろう。
 じい様が許したってことは、なんか相生家にメリットがあったってことだよね。

 愛ではなく、メリット。
 ‥そういうことを考えるのは、ひどく無駄で嫌なことに思えて、俺はそれ以来、そのことを母さんに聞くことはなかった。
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