相生様が偽物だということは誰も気づいていない。

文月

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三章.意識と無意識

1.武生

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「兄ちゃん? 風呂の用意できたって」
 弟の声が聞こえた。
 次に、襖が開く音。俺は咄嗟に手紙を引き出しにしまって、振り向いた。
「そういえば、今日は武生さんは? 」
 博史が俺の机の横にある自分の学習机に座りながら聞いてきた。
「ん? 師匠が次の大会の打ち合わせを今日は絶対しないといけないって言って」
 俺は引き出しにさりげなく鍵をかけながら答える。
 大丈夫だよな。不自然な感じになってないよな。
 普段鍵とかかけないのに? とか思われてないよな。
 ‥気になったけど、なるべく不自然にならない様に出来たと思う。
「へえ」
 博史は‥気にしてないように見える。
「なんで? 」
 だから、俺は博史の話に乗っかることにした。
 ‥実際博史がなんで武生の話をしたのかも気になるし。
 俺が首を傾げて博史に聞くと、ははって博史が笑って
「武生さんなら、兄ちゃんが倒れたんだったら、絶対一緒に来ると思ったからさ」
 って言った。
 武生の奴、博史に「俺のストーカー」みたいな認識されてるぞ。
 ‥確かに今回も、一緒についてくると言い張っていたが。
 俺は苦笑いした。
 博史は俺とは違う、爽やかな笑顔を浮かべたまま
「武生さん、過保護だから」
 って言ったんだ。
 ‥良かったな。博史に「やばい奴」認識されてるわけではなさそうだ。
 博史にとって武生は「面倒見のいい、いい友達」って認識らしい。
 まあ‥博史にとっても武生は幼馴染だしね。今更「キショいよなあいつ」って認識にはならないらしい。
 昔からじゃんって感じなんだろう。
 って思ってたら‥
「兄ちゃんが事故に遭って以来特に過保護になったよね」
 博史の口調が、ちょっとしんみりしたものになった。
 あの事故‥。俺が記憶喪失になった原因の事故だ‥
 この話をするとき、博史が凄く気を遣っているのが分かる。‥博史はあの時たったの5歳(6歳だっけ? よく覚えてない)だったのに‥。
 幼い子供なりに衝撃だったんだろう‥。
 可哀そうなことをした。

 それにしても‥
 武生の態度‥
 昔はそうでもなかったのか‥。

 なんだろう。何か引っかかる。
 俺が黙ると、
「あの事故の時、一緒にいたから責任感じているんだろうかな」
 ボソリと博史が呟いて‥すぐ気が付いて、は、っと口を閉ざす。

 武生が一緒にいた? あの時‥。

「そんな話、知らなかった」
 ぽつり‥と呟くと、
「あ、でも事故に武生さんは関係ないんだよ。今まで言わなかったのは、武生さんが凄く責任感じてて、その上兄ちゃんがこれを知ったら、二人が変な感じになったら悪いって思って」
 凄く焦ったように博史がフォローを入れて来た。
「‥ならないよ。武生のせいになんてしない」
 俺は肩をすくめて「大丈夫」って博史に笑って見せた。
 博史がほっとしたような顔になる。
 ホントにコイツはいい弟だ。
 俺は博史の頭をポンポンと二度叩いて「風呂入って来る」と言ってその場を離れた。

 風呂に向かいながらぼんやりと考えていた。
 ‥武生は事故の時、俺の側にいた。そしてそれ以降、俺に過剰に気を使うようになった。
 多分、博史が言うように、責任を感じて気を使っているのだろう。
 だけど、何かが引っかかる。
 ホントにそれだけだろうか? 。
 もしかして‥「特別に気を使うような」何かを知った‥?

 今まで意識してこなかったものが、一気に意識に流れ込んでくる。
「兄ちゃん。顔が怖い。それに顔色が悪い」
 博史が心配して後を追ってきた。
 
 くらくらする‥
 倒れそうになる身体を、気力が引き留める。まるで‥上から見えない糸で引っ張られるように‥支えられる。

 落ち着きなさい。今はまだその時ではない。

 あの時の男の声が脳内に響く。

 駄目だ、自分でベットまでいかなければ‥。

 ここには、武生はいないんだから‥
 無意識の中で、俺はそんなことを思った。

 そう。道場で倒れた時は、武生がいた。だけど、ここには武生はいない。

「母さん、清さんごめん。風呂は後にする‥」

 倒れそうになる体を、ぎりぎりの意識で保ちながら俺は家族に力なく笑った。

「ええ‥大丈夫なの? 」

 自分を見ている母親の顔が青い。清さんもオロオロしている。自分には見えないが、よっぽど顔色が悪いんだろう。
 手を貸そうとする博史の手を精一杯の笑顔で遮る。

 誰も触っては、いけない。誰にも、触られてはいけない。
 武生以外‥。

 部屋に入ると、そのまま二段ベッドの下の自分の布団に潜り込む。
 そしたら、もう意識を保つことは出来なかった。

 ‥このタイミングか‥。今は、まだ準備不足なのに‥

 あの男の声を、遠のく意識の向こうに聞いた気がした。
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