相生様が偽物だということは誰も気づいていない。

文月

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六章.迷い、戸惑い

1.「すき」が分からない俺って、どうなんだろう

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 昼休み。
 いつもの定位置で昼食を食べた四朗は、さっさと立ち上がる気にもなれずぼんやりとそこに座って、校舎の壁にもたれた。
 そうしてぼーとしていると、頭は自然に父さんの人生みたいなものを考えていた。

 今まで自分は「母親」である桜の元にいた。
 そこで感じたのは時々自分を懐かしそうに切なそうに見る桜の視線。

 ‥桜は自分を通して父さんを見ている。
 その時、俺は何となくそれが分かった。

 どういういきさつで二人が結婚して、離婚して‥それは分からない。
 そして、昨日感じた父さんの静母さんへの想い。
 一緒に過ごしてきた年月、その間に積み重ねられた想い。お互いを尊重する心。息子をともに育ててきた相棒に対する信頼。
 ‥そこに、桜はいない。

 それを感じて悲しかった。
 子供まで生まれたのに不誠実だと非難すらしたくなる。
 ‥それ位は、桜に対して自分は思い入れがある。

 だけど、母親は誰かと言われたら、間違いなく「(静)母さん」というだろう。

 世間に家族であることを示し、生活を共にする。
 子供を扶養して、教育を受けさせる社会的な責任。
 ‥そして、愛情。
 結婚というものの意味。

 桜の母さんと暮らしている間、自分はそれを桜の母さんから感じたことはなかった。
 例えて言うならば、まるで先生と生徒の様な関係‥そんな感じ。
 責任と愛情はあるけど、それは母子間の愛情じゃない。

 だけどね、俺はそれについてたとえ10歳の時であっても何も不満を持たなかったんだ。
 俺は‥きっとひとよりずっと淡泊で‥薄情なんだと思う。
 冷酷だとか‥そんな風には思わない(思いたくない)
 ただ、人間的に成熟してなくって、人に対して心から思いやりのある行動をとれない‥そう言うことだろう。

 だけど、自分より年下の博史や紅葉ちゃんの妹・千佳ちゃんは‥
 彼らは‥無駄に年がいっている自分よりずっと、人のことを思いやっている人間に見えた。
 やっぱり‥自分は根っから冷めた「優しくない人間」なんだろう‥。
 だけど‥そういうのって「心がけ」で何とかなるもんでもない‥。

 母さんも‥生まれつき「そう」なのかな。
 生まれつき淡泊な性格で、子供を産んだけど、(俺と違って恋愛感情っていうのはあるみたいだけど)母性本能はない‥とか?
 でも‥恋愛感情があるか‥も疑わしいなあ。
 アイドルに感じる憧れの感情みたいなのかも。
 四朗さん(←親父)カッコイイ! 好き!
 って思ってたら、ああいう家だから我が儘が通っちゃって結婚することになって、父さんも若かったから「美人だし、いっか! 」ってなって子供が産まれて‥
 ‥絶対普通の結婚じゃない。

 普通の結婚かあ‥。
 俺も‥出来るんだろうか‥。
 将来俺も父さんみたいに自分の意志関係なく結婚してそう。‥そんな未来しか見えない。
 ってか‥違うな。俺は‥結婚なんて‥出来ない。
 俺に‥人並みの平凡な結婚なんて無縁なんだ‥。

「あ~あ。なんか、別世界のことみたいだ‥」
 思わず泣きたくなるくらいの侘しさが胸にこみ上げてきて、四朗はわざと声に出して呟いて、自嘲気味に笑った。こうして強がってないと、涙が出てきそうだった。そして、顔を下して目を伏せた。



「‥」
 自分の足元に伸びた影で、後ろに人が立ったのが分かった。
 武生か? あいつちょっと忍者みたいだな。それに、ストーカーか! 。
 ちょっと文句を言ってやろうと思って顔を上げた四朗のちょうど口の前にすっと手が伸びた。
 その手には何かが持たれている。
 爽やかな芳香を放つ、オレンジ色の物体
「ん! 」
 また、自分の口元にそれを押し付けてこられて、四朗はなぜかそれを口に入れた。
 自然に口元が緩んだ。
「ミカンは好きなんです」
 顔を上げて、ミカンを差し出す人影に笑いかけた。

 それは、ここ数日四朗がしてきた、きれいな作り物のような笑顔ではなかった。

「そっか。それはよかった。‥まだあるよ」
 ミカンの房をいそいそと取り分けながら、田中がちょっと微笑んだ。
 四朗は、苦笑いすると今度はそれをちゃんと手で受け取った。

 ‥つい、口で受け取ってしまったよ。恥ずかしい。

 しかし、田中はそんなこと気にしている様子はない。
「好きなもの食べて、ぼーっとしてたらいいよ。時々、そういうのも必要だと思うよ」
 田中が四朗の肩をポンポン叩きながら、オジサンみたいにしみじみ言った。四朗がちょっと笑って、差し出されたミカンの小房をまた一つ口に入れた。

 ゛ミカンは好きなんです゛

 じいちゃんの心の中で、何気ないことだのについ昨日のことのように覚えられていた思い出。
 じいちゃんが口にした宝石の様な思い出話。それを聞いた時、何となく四朗君のことを思った。
 四朗君もミカン好きかも‥そんなことを思った。
 ただそれだけ。
 今日、ミカンが弁当の包みに入っているのを見た瞬間、あの時のことを想い出したんだ。
 で‥四朗君を探した。
 会えたらいいな‥って思った程度だけどね。
 まさか
 四朗君からじいちゃんの思い出の友達「四朗君」と同じ言葉を聞くとは思わなかった。
 じいちゃん。ホントだね。ホントに何気ないことだけど‥
 僕もなんだか忘れられそうにないや。

 他の同級生に言ったりする気も、勿論なかった。
 これは、秘密だ。
 ‥僕もすぐ忘れたふりをしてあげる。
 ミカンを黙って小房に分けながら田中は思った。
 四朗も何も言わず、それを受けとって、黙って口に入れ続けた。

 遠くで、昼休み終了のチャイムが聞こえた。



 差し出されたら、言うわな。本当に相当嫌いじゃない限り「好きなんです」。
 ‥そもそも俺はそんなにミカンが好きなんだろうか。

 でも今、口の中に広がる爽やかな甘みと酸っぱさは、今までの苦しみやら戸惑いを少しずつ少しずつ消していっているような気持ちにさせた、

 人を好きになるっていうのも、そんなもんなんだろうか。
 考える様なことではないのだろうか。
 好きだって言われたら、何となく好きになっていくんだろうか。

 もう一房手渡されたミカンの小房を今度は、少し見つめる。
 普通なら
 戸惑わないわけはないよね。
 気が付いたら食べてた。
 とか‥普通なら、ない。
 まして
 ‥気が付いたら結婚してた、なんてことは普通ない。

 だけど‥人ってそんなに複雑なばかりじゃないのかも。
 なんとなく‥も人との関わり合いには存在するのかも‥。
 父さんは自分の意志ではなかったかもしれないけどでも‥なんとなく「いっか」って思って‥桜の母さんと結婚した。そこには‥愛情とは違う‥何か「いっかと思わせる何か」があった‥ってことかなあ‥。

「‥また、考える。だから。考えないほうがいいって」
 困った様な‥優しい田中君の素朴な笑顔。

 ああ、それにしても田中君っていい奴だな。
「ほら、授業始まるから。そのミカン食べちゃって」
 ちょっと、オジサンっぽいし、オカンっぽいけど。

 四朗は手に残った小房を勢いよく口に入れると、ばっと立ち上がった。
 今まで四朗の頭の上にあった(←四朗がしゃがんでいて、田中が立っていたから)田中の頭は今は、頭二つ分下にある。
 田中は特にそれ以上何も言わず、すたすたと校舎に向かって歩き始めていた。
 歩くたび、辺りにミカンの芳香がほんのり広がる。
 田中君の手に握られた二つのミカンの皮。
 一度大きく深呼吸した四朗の肺にミカンの香りが広がっていくような気がした。

 ‥わからないものは、わからない。
 それは仕方がない。
 考えたところで、無駄だ。リセット、リセット! 

 そして、四朗もゆっくりと校舎に向かって歩き始めた。
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