Happy nation

文月

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六章 Happy nation

5.特別な日は、皆一緒。

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 僕の腕の中で静かな寝息をたてているサカマキの白い滑らかな背中を再びそっと‥サカマキが気付かない程‥そっと撫ぜて、軽く口づけを落とす。
 よっぽど疲れているんだろう。良く寝ている。

 愛しい。
 もう、おかしい程、愛おしい。
 おかしくなっちゃうほど、可愛い。

「ん‥」
 まるで、拗ねてプイって顔を背けるみたいに
 小さく顔だけで寝返りを打つ。
 頬に掛かった毛束がさらさらとシーツに落ちる。
 いつも「おかっぱ」だった髪の毛は、気付けは肩を超えている。‥サカマキの髪型が変わったのは初めてだ。変わったというか、切らずに伸びてるだけなんだけどね。あっちにいたころは、ずっと「おかっぱ」にしてた。
 「この髪型が落ち着くんだ」って、サカマキがぼそりと言ったことがあった。
 あの村にいる子供がみんなしていた髪型。自分が高位魔法使いであると自覚して、逃げるように村を出て以来、サカマキは村の話をしなくなった。忘れてしまったのか‥忘れたいのかサカマキは何も話さなくなった。
 ‥サカマキにとって、この髪型があの村とサカマキを繋ぐ唯一のものだったのかもしれないね。
 王都では、僕かナツカが切ってた。ナツカって、フミカの同郷の幼馴染なんだ。王都では、地球でいう美容師みたいな仕事をしていた。
 そんな髪型を変える。
 ‥ちょっとしたイメチェンとかじゃない。
「‥この頃、ここにもhappynationの奴らが来るから‥ちょっとした変装だ」
 って不機嫌そうに言ったサカマキの真意は分からない。
 変装の為に髪型を変えるのが不満? それとも、髪型を変えてもいい‥って思った自分の心境の変化に戸惑っている?
 ‥僕にはその答えは分からないけれど、この髪型は凄く似合っているって思う。いつだったか、春の木漏れ日の中で微笑むサカマキを見た時は、そのまま光に溶けていってしまうんじゃないかって不安になって慌てて抱きしめた位だ(←その後、当然サカマキに殴られた)
 前髪が伸びていないのは、フミカが切っているからだろうか? ‥ちょっとガタガタだから、後で切りそろえてあげよう。
 フミカは凄く不器用なんだ。
 フミカのすぐに絡まるふわふわの髪型を整えていたのはナツカだった。遠征の際は、きっちりと三つ編みにして絡まらないようにしていた。
 王都にいるときフミカの髪の毛が、髪をくくらずにおろしてても絡まってなかったのは、一重にナツカのお陰だよな。‥思えば、あれがナツカの愛情表現だったんだろう。
 「婚約者」的なポジションって言っても、何となくそうなるんだろうねって感じの恋愛感情を伴わない約束だって、いつかナツカは言っていた。フミカにとっては確かにそうだったのかもしれないけど、ナツカは少なからずフミカのこと好ましく思ってたのかもしれない。
 密かな恋慕って、大人だよね。‥僕には出来そうにない。
 好きだって気付いたら、僕なら我慢できない。触りたいし、抱きしめたいし、‥それ以上の事だって勿論したい。(‥したいっていうか、もう既にしちゃったけど)
 好きなら、全部知りたいし、全部自分のものにしたい。それって当たり前の事じゃない?
 僕は、この髪がどんなにさらさらで、手触りが良く、しっとりしているかを知っている。
 この髪がかかる頬がどんなに柔らかくって、つるつるなのかも。
 体温も、声も、全部‥。
 未だ完全に登り切っていない頼りない朝の光の中に眠る、妖精の様なサカマキ。
 アッシュブラウンのサカマキの髪が、陽の光に透けて、まるで金の糸のようにみえる。
 金の糸が零れた白いシーツ。
 ただの白い綿のシーツがまるで絹になったかのように見える。

 花嫁の身を包む純白の絹のドレス

 それっくらい、
 何もかもが特別なものに変わる。
 あの世界では、絹織物は高価で、結婚式の際だけ教会から花嫁に貸し出されることになっている。(だから、一つの教会で一日に一件しか結婚式は挙げられないんだ)
 金持ちやなんかは「教会の使い古しを借りるんじゃなくって、自分で作りたいわ」って言うんだけど、それは禁止されてるんだ。
 絹織物は神の神聖な衣装で、私物化してはいけないから。
 神の前では、貧富の差もなく、人は皆平等だから。
 ‥って。‥あの神がそんな「正しく立派な」ものかは置いて置いても、その考え方は気に入っている。

 絹のドレスっていっても、いつもの貫頭衣の丈が長いだけって感じなんだ。Aラインだとかプリンセスラインだとかそういったデザインじゃない、すとんと踝を超える程の長さの貫頭衣って感じ。絹だから、布が柔らかくって、そのせいでいつもより身体のラインが出る。だから、同じ貫頭衣でも、何時もの服と違った感じになるんだろう。腰をベルトで調節するっていうスタイルは変わらないんだけど、いつももみたいに革のベルトでぎゅっと縛るって感じじゃなくって、ふんわりと装飾的に腰をしぼっておくって感じ? アクセント的な感じなのかな。そのベルトもいつもとは違って白い紐をあんだ華奢な作りになってるんだ。
 肩から白い薄手の大判の絹のストールをふんわりと羽織り白を基調とした生花のコサージで留める。そして頭から生花をあしらった長いレース織のベールをかぶる。花嫁が手に持つブーケは、キャスケードタイプだ。
 本当にシンプルなデザインだ。だけど、誰もが一生のうちで一番美しく見える。幸せいっぱいの花嫁は国一番の美姫になる。
 きっと、サカマキが着たら美しいだろう。
 白い花は、大輪のカサブランカにして、差し色には、サカマキの瞳の色の緑をいれよう。緑の花がどんなものがあるかなんて知らないけれど、サカマキと一緒に探しに行ってもいい。
 きっと、楽しいだろう。
 そして、それに飾られたサカマキはきっと美しいだろう。
 ‥誰よりもずっと美しいだろう。
 今は肩をすこし超えた位の短い髪だけど、もう少し伸ばしてもいい。
 真っ白な肌に純白のウエディングドレスを纏う。みずみずしい唇に、すこし紅を引いたら‥(サカマキの素材を損ねそうでそれも勿体ない気もするが)きっと、美の女神すら嫉妬する‥。

 純白は結婚式だけの色だ。
 ‥どうでもいい話だが、花婿も白い服を着る。一応、絹で、これも借りものだ。
 こっちは丈が多少長い位で、本当にいつもとそう変わらない。変わると言えば、「これからは花嫁を守る剣になります」って飾りものの剣を帯刀する。これが「騎士様みたい」って女子には人気で、男ぶりが上がる‥らしい。いや、冒険者は普段から短いけどナイフ帯刀してるけどね? ‥長い剣は別なのかな。

 結婚式は、何もかもが特別。
 金持ちも農民も、騎士も、老若男女皆一緒。

 Happy nationには、そう身分差はない。
 細かく倫理観念‥とかいうと、あの国に嫌なところだってあるけど(高位魔法使いに対する扱いなんか、嫌なところの程度を超えてるけどね)、この点は評価されてもいいと思う。身分差というか、貧富の差がない。
 王だからいい服を着ていい物を食べているわけでもない。‥歴代の王のことまでは知らないが、少なくとも僕はそうはしていないし、僕の周りに僕にそれを勧めるものはいない。

 食べ物は、王になった今でもあの村にいるときとそう変わらない。獣の肉を焼いたものとか、野菜のスープ。パン。あの村にいたころは、肉は狩らないとなかったけど、今は狩らないでも食卓にのぼるって違いかな。
 フランス料理みたいに凝った料理が開発されている感じではない。
 僕も食堂で皆と一緒に食べてるよ。
 サカマキと食べたいけど、‥高位魔法使いは基本的に部屋から出ないんだ。だから、サカマキの部屋に食堂のおぼちゃんがパンを届けたりしてるみたい。
 おばちゃんは
「顔を見たら緊張しちゃうからねぇ‥」
 って部屋の前の冷蔵庫的なものに置くだけなんだ。だから、サカマキは「どんな人か会ったことは無い」って言ってた。
 おばちゃんの態度だが、
「顔を見たくない」
 って言葉に出して言わないだけいい人だ。口の悪い者は、サカマキの顔を見るなり「縁起の悪い顔見せてんじゃねえよ。部屋から出るな」って言ったり、‥ドアを釘で打ち付けていったりする。‥サカマキは魔法使いだからそんなこと「なんてことはない」んだけどね。
(思い出したら腹が立ってきた)

 普段の着物の布は、みんな同じ。
 麻と綿だ。
 僕も僕の周りの家臣も、他の村人同様麻や、綿の上着(貫頭衣の丈の短い様な奴だ。地球におけるロングTシャツみたいなもんだな)を着ている。それを腰の位置で皮か紐でしばり、その下に、ズボンをはいている。それは同じ。
 国で働く者の正装は、上着に細くて長い布を重ねるのが決まりになっている。職業によって色が違うので、一目でその者の職業が分かるようになっているんだ。
 重ねる‥じゃないな。細長い布を肩から羽織るって感じかな。それを腰のベルトに巻き込んでしまう者もいるし、もっと幅を広く編んで(※特注だ)ストールみたいに肩にふんわりかけている者もいる。‥そこら辺はある程度自由が許されてて、女性は色々工夫してお洒落に着こなしてる。
 色さえ守ってたら後は、多少の事は大目に見ているんだ。
 学者は紫、魔法使いは赤。
 兵士は黄色。剣士は青だ。(適正検査の時に石に現れる色と同じだね)
 因みに、王様カラーは特にはない。僕は、適性検査の時、色々な色が混じりあったブラックオパールみたいな色になったから、黒が僕のカラーみたいになった。
 ‥黒いマントってちょっと魔王みたいで嫌だ‥。
 神官の色は白。
 別に神官が善で僕が悪ってわけじゃないよ? (そう見えちゃうんだよね‥)

 サカマキ‥高位魔法使いのカラーは、紅花を使って染めた真紅だ。他の魔法使いの赤は赤紅で、こちらは蘇芳で染められているらしい。つまり、どう違うかというと、高位魔法使いの方が高価な染料が使われてるよって話。
 因みに、学者たちとカツラギ‥賢者の色も違う。学者たちよりカツラギの方が色が深くて‥どちらかと言うと黒に近い色なんだ。マントタイプの僕と違って、カツラギはローブタイプ。でも、一見したらよく似てるよ。(濃い紫って黒っぽいよね)
 フミカは、決まりの黄色をフード付きマントにして着ている。砂漠では頭からかぶれば暑さをしのげるし、寒い時は身体に巻き付け‥と便利さ重視って感じだね。
 黄色の染料は多分、クチナシで(ウコンかもしれないな)、青は藍だろう。

 緋色の衣を纏う神々しいサカマキ。
 そう言えば、長らく見ていない。
 だけど、やっぱり僕が一番みたいのは、サカマキが純白の衣を纏うところ。
 全身真っ白の衣を纏ったサカマキが、ベール越しに潤んだ目で僕を見上げてはにかむ‥。
 そんなことを想像していたら、たまらなくなって‥サカマキの透き通った宝石みたいな引き茶色の瞳を見つめたくって仕方が無くなって‥、でも、起こすのがもったいなくて、‥眠るサカマキをただ見つめる。
 すべすべしてあったかい‥柔らかい頬に触れたい、絹糸みたいな髪にも‥でも、触ったら起きてしまう。
 口付けて、頬も身体も全部朱色に染め上げたい。
 甘い声が聴きたい。
 僕の腕の中にいるサカマキは、桜子と笑っている「新しくできた友達がうれしくて仕方がない」溌溂としたサカマキとは違うし、カツラギやフミカ‥友人としての僕と話している「弟みたいな」利発なサカマキとも違う。
 きっと、サカマキすら知らない。‥気付いてない。
 可憐で、儚くって、でも‥寂しい獣。

 一体いくつの顔があるんだろう。
 僕に乱されてた昨夜のサカマキを思い出す。
 思い出したら、それだけで下半身に熱が宿るんだけど、‥そうじゃない冷静に成れ、って自分を叱責する。

 ‥寂しくて、僕を誘う妖艶で淫靡な獣‥。

「一人は怖い。一人は嫌だ。お願い、‥俺を一人にしないで‥! 」

 乱れて、縋る‥サカマキ。
 別人のような‥否、全くの別人のサカマキ。
 
 ‥一人は怖い?
 サカマキが一人だったことなんて一度もないのに‥。
 僕がサカマキを一人にしたことなんて一度もないのに‥。
 
 酷く泣いて、僕に縋り付いて、言うんだ。
 一人にしないで。
 傍に居て。
 早く‥頂戴?
 ‥子供が欲しい。

 だって‥そう決まってるから‥
 それは、神獣の本能だから‥。
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