溺愛

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溺愛

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今年で20年目。生まれて6歳になるまでは、ちゃんとした部屋で、乳母がいて、食事を3食食べていたのに。

―――6歳。ルートベルトの運命の分岐点。

弟が産まれた。母違いの弟。ルートベルトの母は、ルートベルトが3歳の夏に流行病で亡くなった。父はその2年後、ルートベルトが5歳の時に再婚をした。そして、産まれた。弟、リリィベルト。

だが、リリィベルトの母は以前のようにルートベルトを扱わなかった。理由は一目瞭然。自分の子が産まれたのだから。前妻の子など、邪魔者でしかない。そして、運悪く父は仕事で大陸中を転々としていた。つまり、屋敷の主導権は、リリィベルトの母が握っていたのだった。母は、父がいないのを良い事に屋敷の使用人を一掃した。

そして、ルートベルトを屋敷の最奥に作らせた地下室の檻の中に閉じ込めた。地下室は石造りで、天井に近い壁に小さな空気口があるだけだった。いくら地下でも叫べば空気口から声が漏れてしまう。だから、母はルートベルトの首に声が出せなくなる魔術を施した枷を着けさせた。

初めは、声が出せなくなり混乱して檻の中で暴れていたが、1日1食になり、食事は酷くて4日間抜かれ、風呂などに入れてもらえるわけがなく、母の息がかかった使用人が桶一杯分の水を檻の外からかけてくる。濡れた身体を拭くものなど無く、熱を出すことは日常になっていった。

月日が経ち、折の中で過ごして何年目か分からない年のある日。珍しく、母が地下室に来た。母は、ルートベルトの両手首と両足首に枷を着けた。両足の枷から伸びる長い鎖は動くとじゃらり、と石造りの床に擦れ音が鳴った。両手の枷から伸びる鎖は足の鎖より細く軽い作りだが、同じように長く手を動かす度にチャリチャリと音が鳴った。

そして、母は手の枷から伸びる鎖を掴むとそのまま引っ張り、ルートベルトを立ち上がらせた。だが、その瞬間にルートベルトの頬を殴り、再び床に転ばせた。それを何度も繰り返し、気が済むと地下室を出ていった。その暴行は、母が来なくても使用人達が変わりに行った。むしろ、使用人の方が酷かった。使用人の中には男もいるわけで。母や女の使用人などとは比にならないくらいの暴行を受けた。

そんなものが毎日のように続き、食事は抜かれ、水をかけられそのまま眠る。誰と話すことなく、暴行を受けてもうめき声すらあげられない。次第に空腹は感じなくなり、水をかけられて眠っても熱を出さなくなった。否、寒さや暑さを感じることがなくなり、熱が出ていることに気が付かない。眠ったとしても、浅い眠りで寝ていない状態に等しい。そして、暴行を受けても表情が動くことがなくなった。

――――その姿は、正しく『人形』


ルートベルトが何も感じなくなり、人形になってから月日が経ち、地下室の扉の外が騒がしくなった。空気口から射し込む光は月明かりのもので、今が夜だということが分かる。そんな時間に騒がしくなる屋敷。だが、ルートベルトは何も感じない。もはや、どうでもよくなっている。生きている意味も無く、死ぬ事も厭わないルートベルト。

その時、扉が大きな音をたて開かれた。扉を開けて中に入ってきたのは、遠い昔、記憶に薄っすらと残る父に似た風貌の青年。輝く金糸を揺らしながら剣を片手に持ちながら息を整えている。剣は赤が伝い、石造りの床にぽたぽたと垂れて水溜りになっていた。そして、息を整えた青年が口を開いた。


「....にい、さま?」

青年はルートベルトを兄と呼んだ。つまり、青年はルートベルトの弟という事だ。ルートベルトが最後に見た弟は、まだ母の乳を吸うような赤子だったのだが、そんなにも月日は経ったのかと思うルートベルトに対し、弟、リリィベルトはボロボロと涙を流しながら何度も「兄さま。」と呼びかけてくる。

扉の外から母の怒鳴り声が聞こえ、リリィベルトが檻の鍵を開け中に入ってきた。ルートベルトは動くことなく、否、動けないのだ。リリィベルトは手と足の枷を外そうとしたが、特殊な魔術が施されていて外すことができなかった。仕方なくリリィベルトは枷をそのままにして兄を、ルートベルトを横抱きにして抱え込んだ。

そのまま地下室を飛び出し、屋敷の廊下を駆け抜けた。途中、襲い掛かってくる使用人を斬り伏せながら。玄関近くの部屋から母が顔を出し怒鳴っていたが、リリィベルトはそんな母に一瞬、目を向けて小さく「さよなら」と呟いていた。

屋敷を出て、門の前で止まっていた馬車に乗り込むとクッションを敷き詰めた上にルートベルトを降ろした。ルートベルトがリリィベルトを見ると苦笑しながら今までのことを一から説明した。


「...まずは、自己紹介かな?兄さまの弟、リリィベルトだよ。」


リリィベルトは、10歳まで兄、ルートベルトの存在を知らずに育ったと言う。10歳の秋に父が長い仕事から帰ってきた。その時に、ルートベルトの事を知った。そして、ルートベルトが監禁され暴行を受けていると聞き、父が母を追い出そうとしたが逆に父が母に殺されてしまったと言う。ルートベルトは父が死んだと聞いたが何も思わなかった。心が完全に壊れてしまっていた。

母は狂ったように笑い出し、リリィベルトはそのまま家を飛び出したと言った。家出した先で運命の番に会ったと言った。そのまま、その人の屋敷でお世話になっていると言う。


「頑張って鍛えたんだ。....やっと、やっと迎えに来たんだ。

.....遅くなってごめんね。兄さま。」


そう言って、ルートベルトの頬を撫でるが少し目線を向けただけで動くことはなかった。馬車は真夜中の街を駆け抜けて、朝方にリリィベルトの番の屋敷に辿り着いた。屋敷の中からこの屋敷の主人と執事が馬車を出迎えた。リリィベルトは屋敷の主人に抱き着いて馬車を降りた。ルートベルトは、執事が持ってきた肌触りの良い布に包まれ、抱えられて馬車を降りた。ルートベルトはそのまま眠りについてしまい、目を覚ましたのは3日後だった。

目を覚ませば、ルートベルトは肌触りのいいシーツに包まれたベッドの上だった。服装は鎖がある為か、背中の開いた前掛けのような服で首で結んで落ちないようになっていた。膝上までのワンピース型で傍から見ればかなり際どい格好だが、ルートベルトが気にすることは無い。そんな時、扉が開きリリィベルトとその番が入ってきた。


「あ、おはよう。兄さま。

...紹介するね、僕の番のオルトレイン。」

「始めまして、お義兄さん。オルトレインです。」


ルートベルトはオルトレインを見て、小さく頷いた。二人はルートベルトの服装を見て、赤くなっていたが枷が外せなくて、こうするしかなかったと言った。オルトレインが使用人に頼んで、ミルク粥を持ってきて貰ったが、ルートベルトは手を付けようとしなかった。


「...お義兄さん?食べないんですか?」

「?」


ルートベルトは小さく首を傾げた。ルートベルトは今まで出されていた食べ物が当たり前になっていてカトラリー使って食事をすることを忘れてしまっていた。リリィベルトが、スプーンでミルク粥を掬い少し冷ましてからルートベルトの口元に持っていくと、ルートベルトは小さく口を開けた。そっと口に入れると、さほど噛まずに飲み込んだ。そのやり取りを、何度か繰り返せば皿は空になった。オルトレインが見計らったように水の入ったグラスをルートベルトに手渡すと、ゆっくりした動作で受け取った。ちゃりちゃりと鎖の音を鳴らしながら水を飲むルートベルトを見てリリィベルトもオルトレインも悔しそうな顔をした。

ルートベルトは、オルトレインの屋敷の一室でゆっくりとした日常を過ごすようになった。枷をつけたまま使用人たちに風呂にも入れてもらうようになり、くすんでいた髪は、薄い金糸を取り戻し20年放置された髪は膝丈まで伸びていたが、腰までの長さに切り整えて、結っている。全身、痣や鬱血、掠り傷や切り傷で覆われていて、暫く包帯生活を送っている。ルートベルトは部屋から出ることなく、昼間は窓辺で日向ぼっこをしていた。

ルートベルトは眠くなったら眠るというかなりだらけた生活をしていたが、眠りが浅いのと不眠ということで、医師から眠くなったら眠るということを推奨されている為、誰一人口を出さなかった。食事の時間になったとしても、眠っている場合は起こさないように使用人達は心がけた。食事は1日おきに食べていたが、最近やっと毎日1食食べるようになり、使用人一同及びリリィベルトとオルトレインが手を上げて喜んだ。

そんなある日、魔術学院に通っていて寮暮らしのオルトレインの歳の離れた弟がサマーホリデーで屋敷に帰ってきた。オルトレインとリリィベルトの事は知っており、いつも「自分も早く運命の番に会いたい」と嘆いていた。


「おかえり、アレン。」

「おかえり、アレンハルト。」

「ただいま。」


オルトレインの歳の離れた弟、アレンハルトはリリィベルトと2歳差で、お互いを「リリィ」「アレン」と呼び合う仲であった。アレンハルトは手紙で聞いていた新たな住人のルートベルトに会いに部屋の前まで赴くと、扉の向こうから好ましい匂いが香ってきた。扉をノックして中に入ると、もう駄目だった。

本能に任せ、ソファに座っていたルートベルトを押し倒し、項を噛もうとした。だが、枷のせいで噛めずに、枷をガジガジと噛んでいた。ルートベルトは只々、虚ろな目をして動かないでいた。使用人が気付き、オルトレインとリリィベルトを呼んできて、アレンハルトを抑えつけた。


「アレンッ!なにしてるの?!」

「俺の、つがい、て、を、出すな!!」

「番?!....兄さまが?」

「....噛め、てない、首の、邪魔だ。」

「落ち着け、アレンハルト。

....お義兄さん?だいじょ、...!!」


会話が噛み合っていないアレンハルトとリリィベルト。オルトレインがルートベルトを気にかけて声をかけると、ルートベルトは無表情のまま涙を流していた。アレンハルトがぎゅっと抱き締めて、再びガジガジと枷を噛んだ。時々、ルートベルトの頬を伝う涙を舐めて、こめかみに唇を落としては「大丈夫、大丈夫。」と声をかけながら。ルートベルトは泣き止むとそのまま眠ってしまった。アレンハルトは、腕の中で眠るルートベルトを抱え直し、ソファに座った。ルートベルトを動かす度に鳴る鎖の音に顔を顰めながら、アレンハルトは眠るルートベルトの瞼に唇を落とした。


「...リリィ。....この人が、お兄さん?」

「うん。」

「ごめん、急に襲う形になって...。」

「いいよ。」

「.....えと、なんて名前なの?」

「兄さまの名前は、ルートベルト。僕と同じ位の背丈だけど26歳だよ。」

「....え?26?」

「うん。でも、20年間ろくに食べてないから体重は僕らの半分もあるかどうか....。」

「...すっごく軽いもんな。全身骨張ってるのがよく分かる。」

「これでも、食べるようになったんだ。」

「...そっか。」

「...おそらく、知識や語彙は6歳で止まってるだろうな。」

「...兄さん、どういうこと?」

「リリィの話から逆算すると、リリィが産まれた年には、地下にいることになる。リリィとお義兄さんは6歳差だから、6歳でありとあらゆる教育は受けなくなってるだろうし。....その頃から話していないとなると喋り方を忘れてるかもしれない。」

「....っ、話してないって?」

「兄様の首の枷....、あれで声が出せないんだ。」

「なんで、外れないの?...あれのせいで、噛めなかった。」

「特殊な魔術が施されている。僕やオルトじゃ外せなかった。」

「....魔力量と、技術か。サマーホリデーが終わったら学院で解呪を考えてみる。」

「...ありがとう。」

「...ところで、なんで泣いたんだ?」

「...分からない。でも、アレンと会って感情が動いたのならいいことなのかもしれない。」

「....どういう、?」

「...サマーホリデーの間、一緒に過ごせば分かるよ。」

「....わかった。」


ルートベルトは話し終わると同時に目を覚ました。ゆっくり動き始め、ちゃりちゃりと音を鳴らしながら片手を彷徨わせていた。それに気付いた執事が水をグラスに入れて持ってきて、ルートベルトに渡した。水を飲んだルートベルトはグラスを握ったままアレンハルトを見つめていた。アレンハルトは少し照れながら見つめ返しつつ、髪を梳きながら撫でると、ルートベルトは気持ち良さそうに目を細めた。それを見て、リリィベルトもオルトレインも少し驚いたが、良い変化だと喜んだ。

サマーホリデーの間、アレンハルトはルートベルトの元に毎日のように通い、食事の仕方を教え、共に食べる事もしばしば。ルートベルトが眠り始めると、その横で読書を始める。勿論、解呪についての魔術書だ。

ルートベルトも気を許したのか、アレンハルトに寄りかかりながら眠るようになった。そして、アレンハルトはルートベルトの感情が動いていない事に気が付いた。時々、動く表情は撫でられて気持ち良さそうに目を細めるくらいだった。サマーホリデーが終わり、学院に戻ったアレンハルトは週末の休みに必ず帰ってきては、ルートベルトに会って学院に戻っていった。

そんな日々が1年間続いたある日。その日はアレンハルトが帰ってくる週末で、同じ時間帯に帰ってくるアレンハルトをルートベルトは迎えに出た。ジャラジャラと音をたてて壁伝いに進み、途中にぺたんと座り込んで休んでは、再び立ち上がりを繰り返して玄関に辿り着いて、玄関横で座って待っていた。リリィベルトとオルトレインは使用人に呼ばれ、ルートベルトが玄関への動向を後ろから見守っていた。アレンハルトが帰ってくると使用人ではなく、リリィベルトとオルトレインが迎え出たので、アレンハルトは驚いた。


「....今日は、二人が出迎えてくれるの?」

「....違うよ。」


リリィベルトがそう言って、向けた視線の先には座り込んで眠るルートベルト。アレンハルトは一瞬固まって動かなくなった。再び動き始めてルートベルトの近くでしゃがむと頭を撫でてから、抱えて部屋まで運んだ。


「...兄さま、頑張ったのにね。」

「...ああ、5分もしない道のりを1時間かけて出迎えたのに、こんなにも簡単に部屋に戻るんだもんな。」

「...え、そんな前から頑張ってたの?」

「褒めてあげてよね。」


その時、ルートベルトが目を覚ました。


「ルート、俺を迎えに来てくれたの?」


そう聞けば、小さく頷いたルートベルト。「ありがとう。」とお礼を言いながら撫でると目を細めて嬉しそうだった。


「...頑張ったし、たまには皆でお茶にしようか?」

「いいね。賛成。」


使用人にお茶と菓子を持ってきてもらい、お茶にし始めると、ルートベルトが興味を示したのか、アレンハルトの膝から降りてお菓子に手を出そうとした。だが、ルートベルトの手の鎖がティーカップに当たりカチャンと音をたてた瞬間にビクついて手を引っ込めて縮こまってしまった。


「...おいで、ルート。」


怖がらせないようにゆっくり手を広げるアレンハルト。小刻みに震えながらゆっくりその腕に収まるルートベルトは安心したのか身体を預けて脱力した。顔は青ざめてしまい、アレンハルトが手を握ると冷え切って氷のようだった。

そして、そのまま解呪の呪文を唱えながら枷に魔力を通すと手の枷はゴトッと音をたてて床に落ちた。手首には長年着けていた枷のせいで赤黒い痣が手首を一周してできていた。足の枷も同じように外すと、同じように痣ができていた。ルートベルトは手首や足を不思議そうに見ていた。アレンハルトに呼ばれ、上を見上げたルートベルトの首に手を当てて同じように解呪の呪文と魔力を通せば、カチリと音が鳴り首の枷が外れた。首にも手首や足首と同じように一周して痣ができていた。それをなぞりながら、ルートベルトを見るアレンハルトは本能と理性が闘っていて、必死に本能を抑えつけていた。


「.....るー、と、噛んで、いい?」


ルートベルトは不思議そうに苦しそうに顔を顰めたアレンハルトを見て、小さく頷いた。アレンハルトはゆっくり、優しく、なるべく痛くないようにルートベルトの項に噛み付いた。


「....っ、――――――っ!――――っ。」


はくはくと声にならない叫びが、口から漏れ出ているルートベルト。アレンハルトが項から離れると脱力して息を乱していた。


「ルート、ルート。俺を呼んで?」

「....―――。?」


やはり、声の出し方を忘れてしまっているようで口をパクパクと動かしているが音が聞こえてこない。アレンハルトはゆっくり思い出そう、と言ってルートベルトを撫でた。



「...番になってくれてありがとう。」




溺愛 Fin


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