空蝉

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「...氷空、灯くんだよ。起きて、会いに来てくれたよ。」


そんな声が聞こえた。俺は灯に会いたくて、重い瞼に力を入れた。瞼が重すぎて、あんまり開かなかったけれど、部屋?はそんなに明るくなくて、目が慣れてくると眠る前に見た兄さんの顔が目に入った。

「...に、さん。」

「っ氷空!!」

「...ぁ、かり、は?...げん、き、?」

「元気だよ。ほら、今日は灯くんも来てくれてるんだ。」

兄さんの腕の先に男の人が二人。一人は泣きそうな顔で笑っている。あんまり良く見えないけど、先生とお別れしたときに寝ていた灯に似ている気がする。

「...ぁ、かり?」

「...っ、うん!!元気だよ!もう退院して、これから一緒に暮らせるよ。」

「ぃ、...しょ?」

「そう!僕と、海莉さんと、風吹と妃璃さんと和都さんと、みんなで!」

それを聞いて、何故かわからないけれど、とても安心して、とても眠くなって重い瞼に抵抗せず閉じた。




















俺が再び瞼を開いたのは、灯を見た日から、一年経ってからだった。また知らないうちに歳をとっていた。

目を覚ましたとき、俺の寝ていたベッドの側で兄さんは首をフラフラさせながら寝ていた。全身に力が入らなかったけれど、どうしても兄さんに触れたくて、精一杯の力で腕をあげたら腕に刺さっていた点滴みたいなものが抜けて脇にあった機械から音が鳴り始めて少し驚いた。

その音で兄さんが、目を覚まして勢い良く俺の確認をしたから、その動きにもびっくりした。

「.....氷空?....なに?何?生きてる?」

「...に、....さん。」

「氷空!!良かった!!生きてる!!!」

寝起きだからか兄さんの語彙がなくて困惑した。起き上がれない身体を優しく抱きしめてくれた。

「氷空、喉乾いているでしょ?飲み物持ってくるから、寝ないで待ってられる?」

「...だ、ぃ、....じょ、ぶ。ね、むく…な、ぃ。」

「すぐ戻ってくるからね。」

そう言って、部屋を出ていった兄さんは本当にすぐ戻ってきた。眠る前に見た男の人を二人連れて。

「...だ、れ?」

「灯だよ!!こっちは、僕の彼氏の風吹。」

「星霜院 風吹です。病院で貴方を見つけたときに、海莉さんと一緒にいた眼鏡の人です。」

「今、風吹くんの家でお世話になっているんだ。住み込みでバイトもさせてもらってて。氷空の治療とかもしてもらってる。」

「僕の両親は医者なんですよ、氷空くん。だから、家にも医療機器があってちょうど良かったので、変に気にすることはないですよ。海莉さんにもいつも言っているのに聞いてくれないんです。」

「....申し訳なくて。本当に感謝しかないよ。」

俺の知らないうちに、灯には恋人ができてて、兄さんは、どことなく父さんの面影が出てきている。口調も昔話した父さんに似ているな、なんて思いながら自分の身体を見た。

8歳から、ほぼ成長していない身長。体格はガリガリで骨張っているし、もう、足も腕もうまく動かせない。目だって今もそんなに見えていないし、耳も若干聞き取れていない。腕にはたくさんのチューブや、点滴が繋がっているし、俺にここまでする価値があるのか不思議に思えてくる。

「.....氷空?どうした?どこか痛い?」

「.....ううん、....なんでおれ、生きて、る、のかなって。」

「...そんなこと簡単だよ。俺が氷空に生きててほしいんだ。血が繋がっていなくても、家族には変わりないだろ?

....俺はね、氷空が生きていればよかったんだ。元気がなくても、怪我してても、生きていればまた逢えるから。

.....本当にまた逢えてよかったと思っているよ。」

僕たちもだよ!と、灯にも言われて、目から水がぼろぼろ溢れてくる。

「....ま、た、逢えて、よかった。

....おれ、いらなくなかった、。

にい、さんに、げんきな、あかりにも、あえた。

....おれ、あの日までがんばって、…よかった。」

泣いている俺を兄さんは、優しく抱きしめてくれて、眠っていた間のことを話してくれた。

風吹くんの両親の力を借りて、俺に合う、もしくは同じ血液型を探したらしい。

だけど、やっぱり灯より珍しい俺の血液型はやっぱりどこにもいなくて、探すことを諦めたようだ。血液増幅サプリとか、薬を使って増やしてはいるけれど、血を抜かれ続けていたからか、体内の血を作る器官が、弱っているのか、あんまり増えていないらしい。



俺があの日、目覚めてからは毎日起きれるようになっていた。風吹くんのお父さん、和都さん曰く、『増えてないわけではないけれど、多少起きていられるだけの血液が眠っている間に作れたってことじゃないかな。』とのことだった。

毎日起きる時間が遅くて、兄さんやお手伝いさん達に迷惑かけていると思って、そんなに付きっきりじゃなくても大丈夫というのを伝えたかっただけなのだが、なぜか、勢いよく付きっきりの必要性を兄さん達に教えられた。

「もし起きたときに、誰もいなくて、誰か呼ぼうとして、氷空がベッドから落ちたり、繋いである点滴とかが抜けたら危ないだろ?
ベッド脇にある氷空の心拍数を図ってくれている機械が取れてあの時みたいに音が鳴ったと、....考えるだけで、.....。」

「そうですよ!!それから、残してもったいないとかそういう考え入りません!!食べられる分をしっかり食べていただいて、栄養を取っていただかなくてはいけないのです!!」

「何を食べても栄養が取れるようにしてあるので、食べられる量だけ食べればいいのです!!ゆくゆくは3色食べられるようにするのが目標ですからね!!」

「トイレもお風呂も、まだお風呂は体力がないから入れないけど、俺を頼っていいんだからな。ここで住み込みで働いてるんだ。仕事の一貫だし、和都さんにも妃璃さんにも許可を貰って、氷空の側にいるんだから、...それとも、氷空は俺がずっといるの嫌か?....まさか、反抗期??」

「....いや、じゃない。兄さんと、一緒にいられるのは、うれしい。お手伝いさんたちも、いっぱい、いろんなこと教えてくれるから、うれしいです。」

「じゃあ、問題ないな。」

そんな感じで、生活の全てにおいてお世話されている。

例えば、食事のときは、兄さんが俺を抱えてソファに移動させてくれる。兄さんも俺の横に座って、指先がうまく動かせない俺の手の代わりに餌付けみたいだけど、食べさせてくれる。

しかも、俺がもう食べられないなって思うと、伝わっているのか、「今日はもう無理かな?デザートはいけるか?」とか聞いてきてくれる。
食事のあとの歯磨きもやってくれて、俺の歯はきっと真っ白だろう。

お風呂とかは、少し前だったら体力がなさすぎて、和都さんからNGを貰っていたけれど、最近は長湯し過ぎず、しっかり水分補給をしながらなら、とOKが出たので、兄さんが抱えながら湯船に浸からせてくれる。

今日も、一緒に入ってうまく動けない俺の頭や身体を洗ってくれた。髪も腰まで伸びていたんだけれど、肩くらいまでに、妃璃さんが切って整えてくれた。

「氷空、痒いとこはない?」

「だいじょぶ。」

「身体は?痛いとこない?」

「....うで?」

「最近使うようになったから筋肉痛とか、関節痛かもしれないな。和都さん達が帰ってきたら聞いてみるか。」

「そこまでしなくてもだいじょぶ。」

「そうか?」

いつもこうやって、俺を洗うときに、傷ができてないか、痛いとこはないかと確認してくる。

兄さんが言うには、少しでも血を流せば、すぐにでも貧血状態に陥って倒れてもおかしくはない。と和都さんに言われたらしく、俺より俺の身体を理解していると思う。

湯船には俺一人だと、ろくに入っていられないので、兄さんの足の間に座って兄さん自身を背もたれにして浸かっている。

「お風呂、気持ちいい?」

「うん。先生はシャワー派だったから8年間湯船入ってないし、動けなくなってからは、先生が身体拭いてくれてたんだよ。」

「....そう、よかったな。」

「うん。…先生、元気かな。」

「きっと元気だよ。...俺も今度会いたいな~。」

「だめだよ。秘密は守るんだから。先生と約束なんだよ。」

「…そう。.....残念だ。」

時々、こうやって先生に会いたいとか、先生はどんな人だったとか兄さんや和都さんや妃璃さんが聞いてくる。だけど、俺は何をしてたかは教えたけど、先生については何も教えなかった。

別に俺以外に悪いことをしたわけじゃないし、俺にだって、血を抜いてただけでご飯もおやつ付きでくれたし、動けない俺の世話だってしてくれた。恨む理由はないから教えなかった。


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