空蝉

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そんな日々を過ごしながら、俺の日課は兄さんにサンルームに連れて行ってもらって、日光浴しながら読書をすることになった。

本では見たことがあったけれど、実際のサンルームは本当に暖かかった。

だから、いつも俺は霞んでいるけどいくらか見える文字とうまくページを捲れない億劫な身体でゆっくり本を読んでいるからか、気付いたらいつも眠っていて、日が傾き始めると兄さんが起こしてくれるようになった。

「氷空、もう日が落ちてきた。そろそろ起きて。」

「...?」

「おはよう。」

「...おは、よ、ござ、ます。」

「....氷空、俺は誰?」

「....?...に、さん?」

「そう、おはよう。」

「...おは、よう。」

俺が寝起きとかで、敬語で話すと絶対に訂正してくる。
多分、先生のとこにいたときに染み付いた敬語を自分にはしてほしくないのかもしれない。もともと歳が離れていたけれど、とても仲が良かったから。

兄さんが何かを話していたけれど、寝起きの俺にはあんまり良く聞こえていなくて、気付いたら兄さんに抱えられてサンルームを出ていた。

いくらか動けるようになったけれど、まだ目は霞んでいるし、耳も聞こえづらい。腕は動かせるようになったけれど、指先の細かい動きが難しくて、どうしても人一倍以上は遅い行動になる。

足に至っては、和都さんが『まだ駄目だよ。』と、言うので歩いていない。

動くには動いているので、頑張ればいける気がする。という、淡い期待で兄さんが部屋を出ている数分の間に、ベッドから降りたら、足をついた瞬間に膝に力が入らなくてそのまま尻餅をつく形で座り込んだら、部屋に戻ってきた兄さんにとても心配されて、しまいには抱きしめられて、3時間は兄さんの膝から降ろしてもらえなかった。

帰宅した和都さんに、あのとき兄さんと一緒に戻ってきた灯と風吹くんが伝えたのか、兄さんの膝の上にいる俺を注意しに来てくれた。

「氷空くん。僕は注意したよ?」

「...ごめんなさい。」

「理由を聞いてもいいかいな、歩こうとした理由。」

「...ずっと兄さんに抱えられて移動するのは、兄さんが疲れると思うし、面倒くさいだろうと思ったからです。」

「....、なことない。」

「...?...兄さん?」

「そんなこと、ない。面倒くさくなんか、ない。むしろ、一緒にいれなかった時間を取り戻してる。」

「そのとおりだよ、氷空くん。海莉くんは君と一緒にいられなかった時間を今埋めている最中なんだよ。

それは、氷空くんも同じことが言える。

それに、僕も妃璃も、氷空くんと海莉くんを養子にして家族になりたいのに、海莉くんが頷いてくれないんだ。

書類とかも、あとは二人がサインして出すだけなのにね。だから実質、家族みたいなものだから是非とも僕たちとも仲良くしてほしいね。」

「....かぞく。」

「そう。風吹も灯くんと番になって結婚するって言っているから、高校3年生になったら一緒に家に住むと思うし、妃璃がそうさせると思うから、ね?

氷空くんも、考えておいてね。」

「.....はい。」

「さ、あとは海莉くんと二人で過ごしなさい。二人には時間が必要だ。海莉くんも仕事なんか気にしないで、今みたいに、いつもくっついていていいんだからね。」


そう言いながら扉から覗いていた灯と風吹くんを連れて、和都さんは部屋を出ていった。

「...氷空。...俺は面倒くさいなんて思ってない。」

「...うん。」

「...迷惑でもない。」

「....うん。」

「.......俺は、氷空を見つけたとき、氷空はもういなくて、幽霊が会いに来てくれたのかと思った。

あの頃から、8歳のときから姿が変わっていなくて、むしろ痩せてて、触ったら冷たくて、...でも、ちゃんと心臓が動いてた。この世界にまだいてくれた。

....俺がどれだけ、嬉しかったか分かる?」

兄さんが、俺の思っていた以上の思いを抱えていたことに驚いた。8年も先生以外との繋がりがなかったからなのか、人の感情や思いを読み取るのが難しくなっているのかもしれない。

「...兄さん、俺、いても、いいの?」

「...当たり前だ。」

「...こんな死にかけ、迷惑だし。」

「死にかけじゃない。生きてる。動いてた、息をしてる。迷惑じゃない。

俺は、氷空とずっと一緒にいたい。血がつながっていなくとも、和都さんが言っていたみたいに。ずっとくっついて離さない。

もう、離れ離れになるのは嫌だ。」

そう言いながら、静かに大粒の涙を零す兄さん。俺を膝に乗せて後ろから抱きしめているから、病院着みたいな服が少し湿っている。

「...俺、兄さんをこれ以上泣かせたくない。

...だから、迷惑かけてるとか、面倒くさいだろうとか、思わないように頑張る。」

「....頑張って。...俺を泣かせるなよ。」

「うん。...あと、和都さんが言ってた、養子のやつ、俺は兄さんが過ごしやすいならなんでもいいよ。」

「....正直、迷ってる。

でも、今の住み込みの仕事だって、今ろくにできてないのに、給料貰ってるのが申し訳なさ過ぎて、しかも、給料減ってないのに、氷空の治療までお世話になってて、.....どうすればいいんだ。」



「あら、そんなこと簡単よ。うちの子になればいいのよ!!」

バァーンと効果音が付きそうなほど、勢いよく扉が開かれて妃璃さんと、その後ろから、さっき出ていったはずの3人が入ってきた。

「...妃璃さん、いつから、聞いて?」

「この3人が出てきてからずっと一緒に扉の前にいたわ。熱烈な告白だったわね。」

「....はっず。」

「まあ、それは置いておいて、迷うくらいなら、なりましょう!!うちの子に!!」

「いや、でも、....年齢も。」

「年齢は関係ないわね。もちろん、お金とかの心配はいらないわ!!一緒に住んでるのよ?もう家族でしょう?」

「...ゃ、あの、。」

「氷空くんも、どう?いい提案だと思わない?」

「俺は、よく分からないです。....家族も、よく分からないけど、兄さんが過ごしやすいなら、いいと思います。」

「...氷空。」

「じゃあ、決まりね!!明日書類を揃えて提出するわ。時間があるときに、名前書いてね。氷空くんは、海莉くんに代理で書いてもらいましょうね。」


兄さんは、妃璃さんに渡されたほとんど埋まっている書類を見つめて動かない。

そんな兄さんの顔は見えないけど、俺にも名前を書いてってことらしいので、言われたとおり、兄さんに書いてもらおうと思い、小さく頷いた。

兄さんが戸惑いながら自分と俺の名前を書き終えた瞬間、目にも止まらぬ速さで、和都さんと妃璃さんが書類を持って部屋を出ていった。3時間ほどで帰ってきて、「無事息子になったよ。」と報告してくれた。

「...明日、書類を揃えて出す、って言ってたのに。」

「...早かったな。いろんな意味で。」

「....俺、また新しい両親ができた。」

「...俺は初めての新しい両親だ。...不思議な感じがする。」

「...そのうち慣れるよ。俺も半年くらいで慣れたもん。」

「氷空がそう言うなら、きっとそうだね。」


それから、一年、家族として接してくれた。和都さんと妃璃さんは、俺達のことを、呼び捨てで呼ぶようになった。俺もいくらか動けるようになった。

まだ、歩くのは大変だけど、杖をつきながらならゆっくりだけど歩くことができるようになった。いつも兄さんが支えてくれるから、一人で歩くのより楽に感じる。

歩けること自体、過去の自分には考えられなかったことだから、少しでも歩けると嬉しくなる。


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