悪役令嬢は婚約破棄に舞い踊る!

黒猫かの

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翌朝。


ズズズズズ……。


地鳴りのような音で、私は目を覚ました。


「……地震?」


ベッドから飛び起き、窓の外を確認する。


違う。地面は揺れていない。


しかし、屋敷の外から、何やら重苦しい威圧感と、金属が擦れ合う音が響いてくるのだ。


「お嬢様! 大変でございます!」


執事のジョセフが、壁をすり抜けて部屋に飛び込んできた(こういう時はドアを使ってほしい)。


「何事? まさか、借金取り?」


「いいえ、もっと厄介な……いえ、異様な集団が門の前に!」


私はガウンを羽織り、慌てて玄関へ向かった。


扉を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。


「「「頼む!! 俺の呪いも解いてくれぇぇぇッ!!」」」


野太い声の大合唱。


屋敷の門から森の奥まで、ずらりと並ぶ黒い影。


それは、全員が身長180センチ超え、筋肉隆々の男たちだった。


彼らは皆、漆黒の騎士服に身を包んでいる。


そう、ギルバート様が率いる『王国騎士団』の団員たちだ。


その数、ざっと五十名。


「……何これ。百鬼夜行?」


私が呆然としていると、先頭にいた大柄な騎士が、涙目で訴えてきた。


「あ、あなたが噂の『聖女様』ですか!?」


「違います。コンサルタントです」


「団長が! あの『氷の騎士』団長が、今朝、スキップしながら訓練場に現れたんです!」


「スキップ」


あの美貌の騎士団長がスキップ。


想像しただけで絵面が破壊的すぎる。


「団長は言いました。『体が羽のように軽い。長年の呪いが消えた』と! そして『旧市街の屋敷に凄腕の術者がいる』と!」


騎士は自分の腰を押さえながら悲痛な叫びを上げた。


「俺もなんです! 俺も長年、腰に『古の魔獣の呪い(=腰痛)』を飼っていて……!」


「俺は首です! 後ろを振り向くと激痛が走る『死神の鎌の呪い(=寝違え)』が!」


「俺はふくらはぎが夜中に攣る『小鬼の悪戯(=ミネラル不足)』に悩まされていて!」


全員、ただの肉体疲労だ。


ブラック企業(騎士団)で酷使された彼らの体は、悲鳴を上げているだけなのだ。


しかし、彼らの目は真剣そのもの。


すがりつくような視線が私に突き刺さる。


私は深呼吸をして、瞬時に計算を済ませた。


五十人かける施術料。それにオプションのハーブティーと『魔除けグッズ(湿布)』の売り上げ。


(……ボーナス確定ね)


私はニッコリと微笑み、手を叩いた。


「皆様、落ち着いて! 当相談所は完全予約制ですが、緊急の『集団浄化』が必要なようですね!」


「お、おお……! 診てくれるのか!?」


「ええ、もちろん。ただし、私の術は特殊です。強烈な痛みを伴いますが、覚悟はありますか?」


「騎士に二言はない! この痛み、戦場で受けた傷と思えば!」


「よろしい。ではジョセフ、アンナ! 庭に野戦病院……じゃなくて、施術スペースを設営して! 流れ作業でいくわよ!」


「「はい、お嬢様!」」


こうして、幽霊屋敷の庭は、またたく間に『青空マッサージサロン』へと変貌した。


          ◇


「はい、次の方ー。うつ伏せになって!」


「ぐあぁぁぁぁッ!! そ、そこはぁぁぁッ!!」


「邪気が溜まっていますねー。粉砕します!」


ゴリゴリゴリゴリ。


悲鳴と歓喜の声が入り混じる地獄絵図。


私はベルトコンベア式に騎士たちを捌いていた。


「ああっ! 腰が! 腰が回るぞ!?」


「見える! 真後ろが見える! 死角が消えた!」


「ありがとう聖女様! いや女神様!」


施術を終えた騎士たちは、涙を流して感謝し、金貨を置いていく。


ジョセフがそれを回収し、アンナが冷たい麦茶(一杯につき銅貨五枚の別料金)を振る舞う。


完璧なビジネスモデルだ。


昼過ぎには、五十人の行列はすべて解消され、私の手元には山のような売上が残った。


「ふぅ……さすがに疲れたわね」


私は手首をブラブラとさせながら、椅子に沈み込んだ。


「お疲れ様でございます、お嬢様。本日の売上、過去最高益を更新いたしました」


ジョセフがホクホク顔で報告してくる。


「騎士団との定期契約も結べそうね。福利厚生の一環として、王宮から予算を引っ張れないかしら」


そんな皮算用をしていた時だ。


屋敷の前に、一台の可愛らしい馬車が止まった。


騎士たちのむさ苦しい馬とは違う、貴族令嬢が乗るような白い馬車だ。


「あら? まだお客様?」


馬車の扉が開き、一人の少女が降りてきた。


ピンクブロンドの髪をふわふわと揺らし、大きな瞳を潤ませた可憐な少女。


私は思わず椅子から転げ落ちそうになった。


「……リリア様?」


そう。


元婚約者アレクシス殿下の新しい恋人、男爵令嬢リリアその人だった。


彼女はオドオドと周囲を見回し、私を見つけると、小走りで近づいてきた。


「ち、チューナお姉様……!」


「お姉様はやめてください。私は貴女と義姉妹になる予定はありませんし、なんなら他人です」


私は冷たく突き放す。


「何の用ですか? 『王子を取らないで』という嫌がらせならお門違いですよ。私はもう、あの物件(王子)は手放しましたので」


「ち、違います!」


リリア様は必死に首を振った。


その目には、本気の涙が溜まっている。


彼女は私の目の前まで来ると、ガバッと頭を下げた。


「お願いです! 私を……私を弟子にしてください!」


「……はい?」


予想外の言葉に、私が固まる。


「弟子? 何の? マッサージの?」


「違います! 事務処理の! 王宮業務の回し方の! 殿下の操縦方法の弟子にしてください!」


リリア様は悲痛な声で叫んだ。


「お姉様がいなくなってから、王宮が大変なんです! 書類は山積みだし、予算は計算が合わないし、殿下は『チューナなら分かったはずだ』って癇癪を起こすし!」


「ああ……」


容易に想像できる地獄だ。


「私、男爵家の出身だから、王族の公務なんて分かりません! ダンスとお茶会くらいしか習ってないんです! なのに殿下は『愛があればできる』って丸投げしてきて……!」


「愛があればできる、ね。便利な言葉だこと」


「愛で書類は片付きません! 愛で予算の赤字は埋まりません!」


リリア様の名言が出た。


彼女、意外とまともな感性をしているのかもしれない。


「もう限界なんです! 私、夜も眠れなくて……最近は髪もパサパサで……」


見れば、確かに彼女の目の下にはクマがあり、自慢のふわふわヘアも少し元気がなさそうだ。


「だから、お金なら払います! 私の持っているドレスも宝石も全部売りますから、どうか……どうか私に『業務を回す力』を授けてください!」


彼女は土下座の勢いで懇願してくる。


私は腕を組み、彼女を見下ろした。


(なるほど。彼女もまた、被害者というわけね)


アレクシス殿下の無能さは、周囲の人間を不幸にする災厄のようなものだ。


ここで断るのは簡単だ。


「ざまぁみろ」と笑って追い返すのが、普通の悪役令嬢物語だろう。


だが。


私はコンサルタントだ。


目の前に「困っている顧客」と「支払い能力(宝石類)」がある。


そして何より、リリア様を教育して王宮に送り込めば、間接的に私が王宮の混乱をコントロールできるかもしれない。


それは将来的に、さらなる利益を生むコネクションになる。


私はニヤリと笑った。


「顔を上げてください、リリア様」


「えっ……受けてくださるんですか?」


「条件があります。まず、受講料は高いですよ? それと、私の指導はスパルタです。泣いても喚いても辞めることは許しません」


「はい! 殿下の愚痴を聞き続ける生活よりマシです!」


「いい覚悟です。それともう一つ」


私は人差し指を立てた。


「今後、殿下の情報はすべて私に横流しすること。王宮の内部事情、特に予算の動きと人事情報は逐一報告してください。出来ますね?」


「やります! スパイでも何でもやります!」


リリア様は力強く頷いた。


どうやらこの子、天然で可愛いだけのヒロインだと思っていたが、追い詰められると化けるタイプらしい。


「交渉成立ですね」


私はリリア様の手を握った。


「ようこそ、チューナの地獄の経営塾へ。まずはその泣き顔を洗ってきなさい。ビジネスの場に涙は不要です」


「はいっ、師匠!」


こうして。


私の経営する『よろず相談所』に、新たに『王太子妃候補育成コース』が爆誕した。


騎士団に続き、王宮の次期王妃候補まで取り込んだ私。


だが、この動きがやがて、国全体を巻き込む大騒動に発展することなど、この時はまだ(薄々予感はしていたけれど)知る由もなかった。
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