悪役令嬢は婚約破棄に舞い踊る!

黒猫かの

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「ふざけるなーーーーッ!!」


深夜の『チューナのよろず相談所』に、私の怒号が響き渡った。


バンッ!!


私はアレクシス殿下が落とした羊皮紙を、執務机に叩きつけた。


その衝撃で、ペン立てが跳ね上がり、空中に浮いていた執事幽霊のジョセフがビクリと震える。


「お、お嬢様? いかがなさいました? 夜会で何か嫌なことでも?」


「嫌なこと? そんな生易しいものじゃないわよ!」


私はドレスも着替えずに、机の周りを熊のように歩き回った。


「見て、これ! この赤字! この借入金残高! 王国の財政が、あと三ヶ月でショートするって書いてあるのよ!?」


ソファーに座っていたギルバート様が、深刻な顔で羊皮紙を覗き込む。


「……ふむ。確かに酷いな。近衛騎士団の装備費が未払いになっている記述もある。通りで最近、部下たちが『剣の砥石が買えない』と嘆いていたわけだ」


「呑気に言っている場合ですか!」


私はギルバート様に詰め寄った。


「いいですか、ギルバート様。国が破産する=王国の信用が地に落ちる、ということです。そうなれば何が起きると思いますか?」


「……敵国が攻めてくるか?」


「それもありますが、もっと身近で恐ろしいことが起きます! 『通貨の暴落』です!」


私は金庫から、愛しい金貨袋を取り出し、テーブルに置いた。


「私が殿下から巻き上げた……じゃなくて、正当に勝ち取ったこの金貨五千枚。今は家二軒分の価値があります。ですが、国が破綻して通貨の信用がなくなれば、これらはただの『金色の金属片』になるんです!」


「……なるほど」


「パン一つ買うのに、金貨が山盛り必要になるかもしれない。私の老後資金が! 悠々自適なニート計画が! 全て水の泡になるのよ!」


私は頭を抱えてしゃがみ込んだ。


許せない。


私が必死に働いて(主に慰謝料請求で)貯めた資産を、あの無能王子の浪費が脅かそうとしているなんて。


「……つまり、チューナ。君は国の未来を憂いているのではなく、自分の財布の中身を心配しているのだな?」


「当たり前です! 自分の生活も守れない人間に、国なんて守れません!」


私が開き直って叫ぶと、ギルバート様はなぜかフッと笑い、優しげな目で私を見下ろした。


「……やはり、君は面白い」


「はい?」


「普通の貴族なら、『王家への忠誠』だの『民のため』だのと綺麗事を並べる。だが君は違う。欲望に忠実で、嘘がない。……その清々しさが、私は好きだ」


「褒められている気がしませんが、今はどうでもいいです」


私は立ち上がり、眼鏡をクイッと押し上げた。


スイッチを切り替える。


ここからは、コンサルタント・チューナの時間だ。


「ジョセフ! アンナ! 緊急会議よ! ホワイトボード(裏紙を貼り合わせたもの)を用意して!」


「は、はいっ!」


幽霊たちが慌てて準備をする。


私は腕まくりをし、羊皮紙のデータを分析し始めた。


「まず、赤字の主要因を探ります。……これね。『第ニ王子費』および『臨時外交費』の増大」


私は羊皮紙の項目を指差した。


「殿下が『幻の秘薬』や『伝説のドラゴンの卵(実はダチョウの卵)』といった胡散臭いアイテムを、国庫から買い漁っていた形跡があります。私がいた頃は全力で阻止していましたが、私がいなくなった反動でタガが外れたようですね」


「……呆れたな。あの王子、そこまで愚かだったとは」


ギルバート様が呆れ果てたように呟く。


「さらに、リリア様が頑張って経費削減をしていますが、彼女はまだ経験が浅い。殿下の浪費スピードに、削減が追いついていません。穴の空いたバケツに必死で水を汲んでいる状態です」


「では、どうする? 私が私財を投じるか? アイゼンシュタイン家の資産なら、王国の借金を半分くらいは肩代わりできるが」


「ダメです!」


私は即座に却下した。


「ギルバート様の資産は、将来私たちが結婚……いえ、契約を更新した際の『共同財産』になる予定のものです! それをドブに捨てるような真似は許しません!」


「き、共同財産……将来の……結婚……」


ギルバート様が「結婚」という単語に反応して、頬を染めて硬直した。


チョロい。助かる。


「根本的な解決が必要です。つまり、『バケツの穴』を塞ぎ、さらに『新しい水源』を確保する。これを三ヶ月以内に実行しなければなりません」


私はホワイトボードに大きく書き殴った。


『作戦名:オペレーション・マネーイズライフ(金こそ命)』


「やることは二つです。一つ目は、王家に対する『脅迫』……もとい、『業務改善提案』の突きつけ」


「言い直しても意味が変わっていないぞ」


「二つ目は、ギルバート様。貴方の力を借ります」


「私か? 金は出すなと言われたが」


「金ではありません。貴方の『武力』と『威圧感』です」


私はニヤリと笑った。


「借金取り立てには、強面の用心棒が不可欠ですからね」


          ◇


翌日。


王宮の国王の執務室。


そこには、頭を抱える国王と、小さくなって震えるアレクシス殿下、そして鬼のような形相で電卓を叩くリリア様の姿があった。


「……陛下。もはや限界です。来月の公務員の給与支払いが不可能です」


リリア様が冷徹に告げる。


「なんとかならんのか! 税金を上げるとか……」


「今増税すれば暴動が起きます。……殿下が先月購入した『人語を話すオウム(喋らない)』を返品できれば、数日は持ちますが」


「あ、あれはこれから喋る予定なんだ……!」


殿下が言い訳をするが、リリア様の氷の視線に射抜かれて黙り込んだ。


その時。


ドンッ!


執務室の窓ガラスが割れ、何かが投げ込まれた。


「な、敵襲か!?」


国王が叫ぶ。


投げ込まれたのは、矢文……ではなく、黒いリボンで結ばれた一通の封筒だった。


そして、窓の外には、無数の「黒い影」が浮遊している。


『ヒャハハハ……』


『金ヲ返セェ……』


『借金ハ地獄マデ追ッテクルゾォ……』


不気味な笑い声と共に、窓の外を飛び交う幽霊たち(ジョセフとアンナとその仲間たち)。


「ひぃぃぃッ! 悪霊だ!」


殿下が腰を抜かす。


リリア様は動じず、床に落ちた封筒を拾い上げた。


「陛下。手紙です。差出人は……『チューナ・ベルガモット』とあります」


「チューナだと!?」


リリア様が封筒を開封し、読み上げる。


『拝啓 国王陛下およびアレクシス殿下。


 貴国が破産寸前であることは存じております。
 このままだと私の預金価値が下がるので、非常に迷惑です。


 つきましては、私が「外部監査役」として介入し、財政再建を行う用意があります。
 
 ただし、条件があります。


 1.報酬は「成果報酬型」。再建額の10%をいただきます。
 2.私に「全権」を与えること。国王であっても私の指示には絶対服従です。
 3.アレクシス殿下の私財は全て没収します。


 以上の条件を呑むなら、明日の正午、裏門を開けておいてください。
 拒否する場合、この「財政破綻寸前」という情報を隣国および国内の商人にリークします。
 そうすれば、三ヶ月を待たずに明日には国が滅ぶでしょう。


 敬具
 よろず相談所所長 チューナ』


読み終えたリリア様の手が震えている。


「……か、かっこいい……!」


「感動している場合か!」


国王が叫んだ。


「これは脅迫だ! 国家転覆罪だぞ!」


しかし、そこへ新たな報告が入る。


「へ、陛下! 裏門に、アイゼンシュタイン辺境伯率いる『武装した騎士団』が集結しております!」


「な、なんだと!?」


「辺境伯からの伝言です。『我がパートナーの提案を受け入れない場合、騎士団全員でストライキを決行する。国境の守りがどうなっても知らん』とのことです!」


国王はその場に崩れ落ちた。


王国の財布を握る元婚約者。


王国の武力を握る最強の騎士。


そして、王宮内部を掌握しつつある秘書官(リリア)。


これらが結託した今、王家に勝ち目はなかった。


「……わ、分かった。……受け入れる」


国王が白旗を上げた瞬間だった。


「交渉成立ですね!」


扉がバーンと開き、私が高らかに入室したのは。


背後には、抜身の剣を持ったギルバート様(護衛という名の威圧役)が控えている。


「お久しぶりです、陛下。そして殿下。……さあ、楽しい『事業仕分け』の時間ですよ?」


私は極上の笑顔で、恐怖に引きつる王族たちを見渡した。


私の手には、特大のハリセン(ツッコミ用)が握られている。


まずは、あの無駄遣い王子の性根から叩き直す必要があるからだ。


「ひっ、チューナ……その棒はなんだ……?」


「これですか? 『教育的指導棒』です。痛みで覚える予算管理、始めましょうか」


私の目が怪しく光った。


これより、国を救うため(自分の金のため)の、大改革が始まる。
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