悪役令嬢は婚約破棄に狂喜乱舞する!

猫宮かろん

文字の大きさ
23 / 28

23

しおりを挟む
「……見つけたぞ」

「ギャー! なんでここが分かったのよ!」

城の図書室の奥の奥。

「禁書コーナー」と書かれた埃っぽい棚の隙間に挟まっていた私を、アレクシスはいとも容易く発見した。

「君の行動パターンは把握している。『静かで』『暗くて』『人が来ない』場所。つまり、ここかワインセラーの二択だ」

「……ストーカーもここまでくると職人芸ね」

私は手にしていた『古代魔法文明の興亡(全20巻)』の第1巻を閉じた。

ここ数日、私はアレクシスから逃げ回っていた。

顔を合わせれば「結婚しろ」「嫌だ」の問答になるからだ。

「で? 今日は何の用? また『愛の言葉』という名の呪詛を吐きに来たの?」

「いいや。今日はビジネスの話だ」

アレクシスはそう言って、脇に抱えていた分厚いファイルをドサリと私の膝に置いた。

「……何これ。レンガ?」

「『ミリオネ・ラ・ベル・フルールとの婚姻に関する特別措置法案(草案)』だ」

「法律作っちゃったの!?」

私は仰天した。

「まだ議会には通していない。君の合意があれば、即日施行する準備はある」

アレクシスは私の隣に(無理やり)座り込み、ファイルをめくった。

「君が結婚を渋る理由は、大きく分けて三つだ。『労働(公務)の拒否』『自由の制限』『飽き』。……違うか?」

「……正解よ。よく分かってるじゃない」

「なので、これらを法的に解決する条項を盛り込んだ」

彼は指で条文をなぞる。

「第一条。皇后ミリオネは、全ての公務における出席義務を免除される」

「……へ?」

「つまり、夜会、式典、パレード、外交会議。これら全てにおいて、君は『欠席』を選択する権利を持つ。私が強制することはない」

「……全部?」

「全部だ。君が『今日は眠いからパス』と言えば、それが正当な理由として受理される」

私はゴクリと唾を飲み込んだ。

それは、カイル王子が夢見ていた(そして絶対に叶わなかった)怠惰の極みではないか。

「で、でも、国民が納得しないわよ。皇后が引きこもりなんて」

「第二条。国民への説明責任は、全て皇帝アレクシスが負うものとする」

「……!」

「私が適当に理由をつける。『皇后は今、国の未来を憂いて瞑想中だ』とか、『神託を受けている』とかな。国民は私を信じているから問題ない」

「……詐欺の共犯になれと?」

「方便だ。次、第三条」

アレクシスはページをめくる。

「皇后ミリオネは、城内および帝国内の任意の場所に、自分専用の『聖域(サンクチュアリ)』を設定できる」

「聖域?」

「そこには、皇帝を含め、いかなる者も許可なく立ち入ることはできない。つまり、君が『一人になりたい』と思ったら、誰にも邪魔されずに引きこもれる権利だ」

「……え、すごくない?」

私の心がグラグラと揺れる。

結婚=束縛という概念を覆す、画期的なシステムだ。

「そして第四条。これが君にとって一番重要かもしれん」

アレクシスはニヤリと笑った。

「食事中に『一口ちょうだい』とねだる行為を、皇帝は自重する。ただし、皇后からの供給はこの限りではない」

「……ッ!」

私はファイルを握りしめた。

私のデザートを狙われる心配がなくなる。

これはデカイ。

「……な、なかなか良い条件じゃない」

私は震える声で言った。

「でも、まだ足りないわ。……もし、私が飽きたら?」

「飽きたら?」

「毎日同じ景色、同じ生活。飽きっぽい私が、この城での暮らしに退屈したらどうするの?」

「第五条を見てくれ」

アレクシスが最後のページを開く。

そこには、地図のような図面が挟まっていた。

「……何これ? テーマパーク?」

「『ミリオネ・ランド(仮)』の建設予定図だ」

「……は?」

「城の敷地内に、カジノ、劇場、ショッピングモール、そして世界中の珍味を集めたレストラン街を建設する。すべて君専用だ」

「……馬鹿なの? 予算はどうするのよ」

「君がカイルから巻き上げた鉱山の収益を充てる。君が稼いだ金だ、君のために使うのが筋だろう?」

「……」

私は言葉を失った。

この男、本気だ。

本気で私を「飼育」しようとしている。

しかも、世界最高レベルの環境で。

「どうだ、ミリオネ。これでもまだ『嫌だ』と言うか?」

アレクシスが顔を近づけてくる。

「これだけの自由と、権力と、快楽を保証されて、なお『独身』にこだわる合理的な理由は?」

「……っ」

ない。

計算機が「エラー」ではなく「即・契約!」と弾き出している。

この条件を蹴るのは、もはや合理的ではなく、ただの意地だ。

しかし、その「意地」こそが、私の最後の砦だった。

「……うまい話すぎるわ」

私はファイルを閉じた。

「こんな好条件、逆に怪しいわよ。あなたに何のメリットがあるの?」

「メリット?」

アレクシスは不思議そうに首を傾げた。

「君が城にいてくれる。それだけで、私の精神安定剤(メンタルヘルス)になる。私が健康なら、帝国は繁栄する。費用対効果は抜群だ」

「……私がいるだけで?」

「ああ。君の毒舌を聞くと、脳が活性化するんだ」

「……変態」

「褒め言葉だ」

アレクシスは私の手を取り、ペンを握らせた。

「さあ、サインを。この歴史的な法案に、君の署名を」

ペンの先が、署名欄に触れる。

インクが滲む。

書くか?

書いてしまうのか?

ミリオネ・フォン・ガレリアに?

「……待って」

私は寸前で手を止めた。

「まだよ。まだ一つ、足りないものがあるわ」

「なんだ? 言ってみろ。月でも星でも取ってきてやる」

「……枕」

「枕?」

「この図書室の椅子、硬いのよ。読書用の、もっといいクッション性が欲しいわ」

私は苦し紛れに言った。

「それを今すぐ用意できたら、前向きに検討してあげる(※サインするとは言っていない)」

時間を稼ぐための、無理難題。

しかし、アレクシスは涼しい顔で指をパチンと鳴らした。

「リゲル!」

「はいっ!!」

書架の影から、待機していたリゲルが飛び出してきた。

手には、最高級のビーズクッションが抱えられている。

「用意周到すぎるわよ!!」

私は叫んだ。

「さあ、これで条件はクリアだ。サインを」

「……ぐぬぬ……!」

私は追い詰められた。

完全にチェックメイトだ。

逃げ場はない。

このまま流されるか?

いや、悪役令嬢たるもの、最後の一線だけは自分で決めたい。

「……分かったわ」

私は観念したように息を吐いた。

「サインはするわ。……でも、今日は無理」

「なぜだ」

「腱鞘炎(けんしょうえん)なの。最近、書類仕事が多すぎて手が震えるのよ」

私はわざとらしく手をプルプルさせてみせた。

「治るまで待って。全治……そうね、あと三日くらいかしら」

小学生レベルの嘘だ。

しかし、アレクシスはそれを見て、深く、優しく笑った。

「……そうか。大事な手だ。無理はさせられないな」

彼は私の手を両手で包み込み、温めた。

「三日待とう。……だが、それ以上は待たんぞ」

「……善処するわ」

私は顔を背けた。

彼の体温が心地よくて、このまま彼に捕まるのも悪くないかも、と本気で思い始めている自分がいたからだ。

「……策士ね、アレク」

「君ほどではないさ」

図書室の静寂の中、私たちの「攻防戦」は、いよいよ最終局面へと向かっていた。

三日後。

それが私の「独身最後の日」になる予感が、濃厚に漂っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

これで、私も自由になれます

たくわん
恋愛
社交界で「地味で会話がつまらない」と評判のエリザベート・フォン・リヒテンシュタイン。婚約者である公爵家の長男アレクサンダーから、舞踏会の場で突然婚約破棄を告げられる。理由は「華やかで魅力的な」子爵令嬢ソフィアとの恋。エリザベートは静かに受け入れ、社交界の噂話の的になる。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係

紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。 顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。 ※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

やり直し令嬢は本当にやり直す

お好み焼き
恋愛
やり直しにも色々あるものです。婚約者に若い令嬢に乗り換えられ婚約解消されてしまったので、本来なら婚約する前に時を巻き戻すことが出来ればそれが一番よかったのですけれど、そんな事は神ではないわたくしには不可能です。けれどわたくしの場合は、寿命は変えられないけど見た目年齢は変えられる不老のエルフの血を引いていたお陰で、本当にやり直すことができました。一方わたくしから若いご令嬢に乗り換えた元婚約者は……。

婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話

ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。 リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。 婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。 どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。 死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて…… ※正常な人があまりいない話です。

処理中です...