王太子が泣きついた。笑顔で婚約破棄を受け入れただけなのに。

黒猫かの

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「……アイーナ。庭を埋め尽くしているこの金色の山、どうするつもりだ?」


ギルバート様が、頭を抱えながら窓の外を指差しました。


そこには、アステリア王国の紋章が刻まれた木箱が積み上がり、溢れ出した金塊が夕日にギラギラと下品な輝きを放っていました。


「どうするもこうするも、ギルバート様。届いたものは『寄付金』として受領するのがマナーというものですわ」


私は温かい紅茶を啜りながら、営業用スマイルを「極悪モード」で深めました。


「寄付金……? 彼の手紙には『これでアイーナとこの国を買う。お釣りは取っておけ』と書いてあったぞ」


「あら、国家の売買なんて国際法違反ですわ。ですから、これは『アステリア王太子による、隣国への無償の経済支援』として処理させていただきます。……ねえ、マリエル様?」


「は、はい! すでに『アステリア王国・王太子殿下より、ヴォルフ公爵領の貧困対策費として多額の寄付を賜りました』という感謝状を、各国の新聞社に速達で送っておきましたわ!」


マリエル様が、すっかり私の毒に染まった良い笑顔で答えました。


「……それだけか? 貴様がそれだけで終わるとは思えんが」


ギルバート様が、疑わしげな目で私を見ました。


「さすがギルバート様、お目が高い。……カイルさん! 例の『吟遊詩人部隊』の準備はどうかしら?」


「はっ、アイーナ様! 国中から口の達者な詩人たちを百名集めました。金塊一枚につき一曲、『レオン殿下のトホホな武勇伝』を歌い上げる契約が完了しております!」


カイルが、執事服のポケットから大量の歌詞カードを取り出しました。


「……トホホな武勇伝?」


「ええ。殿下がアイーナ様に送った『愛のポエム(全集)』を、滑稽なメロディに乗せて大陸中で流行らせるのですわ。タイトルは『僕の愛は国家予算を超える』。……いい曲になりそうですわね?」


「……アイーナ。貴様、それは金銭的な打撃より、男としての尊厳を破壊しにいっていないか?」


ギルバート様が、少しだけ(本当に少しだけ)レオン殿下に同情したような顔をしました。


「ビジネスに慈悲は不要ですわ。……さらに、この金塊の一部を使って、アステリア王国内に『レオン殿下・事実確認(ファクトチェック)センター』を設立します」


「事実確認センター?」


「ええ。殿下が何か失政をするたびに、『今日の殿下の無能ポイント』をチラシにして全世帯に配布するボランティア団体ですわ。もちろん、資金源は殿下の金塊ですから、実質タダです!」


私は扇子で口元を隠し、おほほ、と高らかに笑いました。


「……マリエル様。アイーナ様に敵対することだけは、死んでも選んではいけませんよ」


「分かっておりますわ、ギルバート様。……私、お皿洗い担当で本当に良かったです」


二人が何やらヒソヒソと話していましたが、私は気にしません。


「さあ、カイルさん! 金塊をすべて現金化して、宣伝活動を開始してくださいな。……あ、お父様の煮込み用の『最高級大根』を一本買うのも忘れないでね」


「はっ! 最高級の大根、金塊三枚分ほど用意いたします!」


こうして、レオン殿下が「愛の力(金)」でアイーナを買い戻そうとした作戦は、自分自身の恥部を大陸中に宣伝する自爆装置へと作り変えられたのでした。


その数日後。アステリア王宮。


「……なんだ? 街中で、私の書いたポエムが陽気なリズムで歌われているようだが……。ようやく私の才能が国民に認められたのだな!?」


レオン殿下は、窓を開けて上機嫌にリズムを取っていました。


「殿下……。あの歌の二番の歌詞、『金は出すけど知恵は出ない、愛を語るが仕事はしない』という部分、ご自身のことだと気づいていらっしゃいますか……?」


「何を言う、マリエル(の代わりの侍従)よ。それは私への期待の裏返し……。……ん? なんだこのチラシは? 『今日のレオン様:朝食のパンを喉に詰まらせて、国家の危機だと騒ぎ立てる(無能度:星三つ)』……?」


レオン殿下の顔が、ようやくゆっくりと引き攣り始めました。


「……ア、アイーナァァァ!! さては私の金を使って、私のイメージダウンを狙っているのか!? ああ、なんという知略! なんという情熱! やはりお前は、私を輝かせるために、あえて闇を演出しているのだな!!」


「……もう、放っておきましょう」


侍従は、そっと窓を閉めました。
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