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「アイーナ、大変なことになった。今すぐそのエプロンを脱いで、一番高いドレスに着替えてくれ」
ギルバート様が、かつて戦場で負傷していた時よりも険しい表情で私の部屋に飛び込んできました。
「まあ、ギルバート様。ノックもなしに令嬢の部屋に入るなんて、隣国のマナー講師が聞いたら卒倒してしまいますわよ。それで、今度はどこの金塊が届いたのですか?」
私は営業用スマイルを崩さず、手元の「領地経営・改善報告書」に羽根ペンを走らせました。
「金塊ではない。……国王陛下だ。陛下が、我が家を『魔改造』した女のツラを拝みたいと、お忍びで城門までいらしている!」
「……あら、国王陛下。それはそれは、大物のお客様ですわね」
私はペンを置き、ゆっくりと立ち上がりました。
「アイーナ様! 大変ですわ、お庭の元・騎士たちが『陛下の御前で失礼があってはならない』と、一斉にフリルエプロンを脱ぎ捨てて全裸で水浴びを始めて……!」
マリエル様が真っ青な顔で報告に来ましたが、私は動じません。
「マリエル様、落ち着いて。カイルさんたちには『陛下は清潔感を最も重視される』と伝えて、予備の白いエプロンを着させてください。……ギルバート様、ドレスは着ませんわ。今の私はヴォルフ家の特別顧問ですから」
私はいつもの事務服に、少しだけ豪華な刺繍の入ったガウンを羽織り、玄関ホールへと向かいました。
そこに立っていたのは、ギルバート様をより厳格にしたような風貌の、威厳あふれる初老の男性——ヴァレリウス国王陛下でした。
「……お前か。我が国の騎士団長を骨抜きにし、近隣の諸侯を金銭で支配しようとしているアステリアの『毒婦』とは」
陛下が私を射抜くような視線で見下ろしました。
周囲の空気は一瞬で氷点下。ギルバート様が助け舟を出そうと口を開きかけましたが、私はそれを手で制しました。
「お初にお目にかかります、陛下。毒婦だなんて、光栄な二つ名ですわ。ですが、私はどちらかと言えば『効率の鬼』と呼んでいただく方が好みです」
私は深々とお辞儀をし、顔を上げた瞬間に最強の「営業用(国家予算獲得用)スマイル」を炸裂させました。
「……ほう。私の前で、その不敵な笑みを崩さぬか」
「当然ですわ。お客様の身分がどれほど高くとも、提供するサービスに変わりはございません。……陛下、立ち話もなんですわ。当家自慢の『集中力向上ハーブティー』を飲みながら、我が国の……いえ、陛下の国の『物流コスト』についてお話ししませんこと?」
「…………ぶつりゅう、こすと?」
陛下が呆気にとられたように私を見ました。
私は流れるような動作で陛下を応接室へと誘い、あらかじめ用意しておいた「王国全土・経済活性化プラン」の地図を広げました。
「陛下。この国の関所は数が多すぎます。そして、それぞれの役人が通行税を不当に吊り上げている。これでは商人たちが疲弊し、結果として王室に入る税収も減っておりますわ。……もし、私がこの関所の管理を『一元化』し、不正を根絶したとしたら……。浮いた利益の三割を私に、残りの七割を国庫に納めるというのはいかがかしら?」
「……っ。貴様、私に政治の指南をしようというのか!?」
「いいえ、ビジネスの提案です。……マリエル様、例のものを」
マリエル様が、震えながらも銀のトレイに乗った「試作の焼き菓子」を陛下の前に差し出しました。
「これは、物流がスムーズになれば王都の民全員が毎日食べられるようになる、安価で栄養価の高いパンの試作です。……陛下、国民の腹を満たすのは剣ではなく、円滑な経済ですわ」
陛下は不機嫌そうにパンを一口齧りました。……そして、その瞬間に彼の眉間のシワが消えました。
「…………美味い。……確かに、これだけのものが安く流通すれば、不満を持つ民は減るだろう」
「でしょう? 陛下、私を『毒婦』として処刑するのは簡単ですが、私を『パートナー』として活用すれば、あなたの国は大陸一の富国になりますわよ。……さあ、サインをいただけますかしら?」
私は懐から、公証人の印が押された契約書を取り出しました。
「……く、はははは! ギルバートよ、お前の言った通りだ! この女、王冠を被せても動じぬどころか、その王冠の金の純度を査定し始めそうだ!」
陛下は大声を上げて笑い、迷うことなく契約書にサインをしました。
「アイーナ・ルベル。……気に入った。今日から貴様を、我が国の『経済特使』に任命する。……ギルバート、この女をアステリアに返すなよ。返したら戦争だ」
「陛下、言われずともそのつもりです」
ギルバート様が、ようやく安堵したように私の肩を抱きました。
「さて、陛下。契約成立の祝杯に、私特製の『牛スジの赤ワイン煮込み』はいかがかしら? これ、陛下のお気に入りになること間違いなしですわ!」
「おお、煮込みか! ギルバートが自慢していたやつだな。……よかろう、今日は城に帰らん!」
国王陛下までもが、アイーナの「胃袋と帳簿の罠」に完全にハマった瞬間でした。
一方その頃、アステリア王国。
「……アイーナ、聞こえるか? 私のポエムを録音した百台の魔導蓄音機が爆破されたと聞いた。……なるほど! 君は私の声を、爆発的な情熱として全土に広めたかったのだな!? さすがだ、アイーナ! 次こそは、私の体臭を染み込ませた特製の布を一万枚送ってやるからな!!」
「……絶対にやめてください、殿下」
侍従の必死の制止も、暴走する恋心(?)には届きませんでした。
ギルバート様が、かつて戦場で負傷していた時よりも険しい表情で私の部屋に飛び込んできました。
「まあ、ギルバート様。ノックもなしに令嬢の部屋に入るなんて、隣国のマナー講師が聞いたら卒倒してしまいますわよ。それで、今度はどこの金塊が届いたのですか?」
私は営業用スマイルを崩さず、手元の「領地経営・改善報告書」に羽根ペンを走らせました。
「金塊ではない。……国王陛下だ。陛下が、我が家を『魔改造』した女のツラを拝みたいと、お忍びで城門までいらしている!」
「……あら、国王陛下。それはそれは、大物のお客様ですわね」
私はペンを置き、ゆっくりと立ち上がりました。
「アイーナ様! 大変ですわ、お庭の元・騎士たちが『陛下の御前で失礼があってはならない』と、一斉にフリルエプロンを脱ぎ捨てて全裸で水浴びを始めて……!」
マリエル様が真っ青な顔で報告に来ましたが、私は動じません。
「マリエル様、落ち着いて。カイルさんたちには『陛下は清潔感を最も重視される』と伝えて、予備の白いエプロンを着させてください。……ギルバート様、ドレスは着ませんわ。今の私はヴォルフ家の特別顧問ですから」
私はいつもの事務服に、少しだけ豪華な刺繍の入ったガウンを羽織り、玄関ホールへと向かいました。
そこに立っていたのは、ギルバート様をより厳格にしたような風貌の、威厳あふれる初老の男性——ヴァレリウス国王陛下でした。
「……お前か。我が国の騎士団長を骨抜きにし、近隣の諸侯を金銭で支配しようとしているアステリアの『毒婦』とは」
陛下が私を射抜くような視線で見下ろしました。
周囲の空気は一瞬で氷点下。ギルバート様が助け舟を出そうと口を開きかけましたが、私はそれを手で制しました。
「お初にお目にかかります、陛下。毒婦だなんて、光栄な二つ名ですわ。ですが、私はどちらかと言えば『効率の鬼』と呼んでいただく方が好みです」
私は深々とお辞儀をし、顔を上げた瞬間に最強の「営業用(国家予算獲得用)スマイル」を炸裂させました。
「……ほう。私の前で、その不敵な笑みを崩さぬか」
「当然ですわ。お客様の身分がどれほど高くとも、提供するサービスに変わりはございません。……陛下、立ち話もなんですわ。当家自慢の『集中力向上ハーブティー』を飲みながら、我が国の……いえ、陛下の国の『物流コスト』についてお話ししませんこと?」
「…………ぶつりゅう、こすと?」
陛下が呆気にとられたように私を見ました。
私は流れるような動作で陛下を応接室へと誘い、あらかじめ用意しておいた「王国全土・経済活性化プラン」の地図を広げました。
「陛下。この国の関所は数が多すぎます。そして、それぞれの役人が通行税を不当に吊り上げている。これでは商人たちが疲弊し、結果として王室に入る税収も減っておりますわ。……もし、私がこの関所の管理を『一元化』し、不正を根絶したとしたら……。浮いた利益の三割を私に、残りの七割を国庫に納めるというのはいかがかしら?」
「……っ。貴様、私に政治の指南をしようというのか!?」
「いいえ、ビジネスの提案です。……マリエル様、例のものを」
マリエル様が、震えながらも銀のトレイに乗った「試作の焼き菓子」を陛下の前に差し出しました。
「これは、物流がスムーズになれば王都の民全員が毎日食べられるようになる、安価で栄養価の高いパンの試作です。……陛下、国民の腹を満たすのは剣ではなく、円滑な経済ですわ」
陛下は不機嫌そうにパンを一口齧りました。……そして、その瞬間に彼の眉間のシワが消えました。
「…………美味い。……確かに、これだけのものが安く流通すれば、不満を持つ民は減るだろう」
「でしょう? 陛下、私を『毒婦』として処刑するのは簡単ですが、私を『パートナー』として活用すれば、あなたの国は大陸一の富国になりますわよ。……さあ、サインをいただけますかしら?」
私は懐から、公証人の印が押された契約書を取り出しました。
「……く、はははは! ギルバートよ、お前の言った通りだ! この女、王冠を被せても動じぬどころか、その王冠の金の純度を査定し始めそうだ!」
陛下は大声を上げて笑い、迷うことなく契約書にサインをしました。
「アイーナ・ルベル。……気に入った。今日から貴様を、我が国の『経済特使』に任命する。……ギルバート、この女をアステリアに返すなよ。返したら戦争だ」
「陛下、言われずともそのつもりです」
ギルバート様が、ようやく安堵したように私の肩を抱きました。
「さて、陛下。契約成立の祝杯に、私特製の『牛スジの赤ワイン煮込み』はいかがかしら? これ、陛下のお気に入りになること間違いなしですわ!」
「おお、煮込みか! ギルバートが自慢していたやつだな。……よかろう、今日は城に帰らん!」
国王陛下までもが、アイーナの「胃袋と帳簿の罠」に完全にハマった瞬間でした。
一方その頃、アステリア王国。
「……アイーナ、聞こえるか? 私のポエムを録音した百台の魔導蓄音機が爆破されたと聞いた。……なるほど! 君は私の声を、爆発的な情熱として全土に広めたかったのだな!? さすがだ、アイーナ! 次こそは、私の体臭を染み込ませた特製の布を一万枚送ってやるからな!!」
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