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「……アイーナ様、大変ですわ! アステリア王国の全金細工工房が、突如として二十四時間フル稼働を始めたという情報が入りました!」
マリエル様が、今度は震える手で大量の羊皮紙を抱えて飛び込んできました。
「まあ、マリエル様。随分と景気がよろしいことですわね。アステリアの経済が回るのは、元・婚約者として喜ばしい限りですわ」
私は優雅にスコーンを頬張りながら、営業用スマイルを崩さずに答えました。
「喜んでいる場合ではありませんわ! 殿下が『アイーナの愛の重さを物理的に証明する』と言って、殿下の等身大純金像を一万体作り、このヴォルフ公爵邸を囲むように配置すると宣言されたのです!」
「……一万体? ギルバート様、これ、庭の地耐力(ちたいりょく)的に大丈夫かしら?」
私が首を傾げると、隣でコーヒーを飲んでいたギルバート様が、ブフッ、と派手に吹き出しました。
「アイーナ……貴様、心配するのはそこか!? 一万体の金ピカ像が我が家を包囲するんだぞ。もはや嫌がらせを通り越して、光害(ひかりがい)だ!」
「おっしゃる通りですわね。それに、一万体もの純金を一度に市場から引き揚げたら、アステリアの通貨価値が暴落してハイパーインフレが起きてしまいますわ」
私はスッと目を細め、手元の手帳に素早く数字を書き込みました。
「……これは、プロとして見過ごせませんわ。殿下の独りよがりな『愛』で、善良な商人や民がパン一つ買えない状況になるなんて。……皆様、大掃除(経済制裁)の時間ですわよ!」
私は立ち上がり、パチンと力強く指を鳴らしました。
「カイルさん! アステリアの全商人ギルドへ、私の『隠し暗号』で一斉送信してください」
「はっ、アイーナ様! どのような内容でしょうか?」
「『現在、アステリア王宮は支払い能力の著しい低下が予測されます。本日より、王宮への全物資の納品を無期限で停止し、在庫はすべて隣国のヴォルフ公爵領へ回してください。……報酬は、私が保証します』と!」
「……アイーナ、貴様。王宮への『兵糧攻め』を仕掛けるつもりか?」
ギルバート様が、戦慄したように尋ねました。
「いいえ、ギルバート様。これは『不当な浪費に対する正当な防衛』ですわ。殿下が金塊を像に変えるなら、私たちはその像を溶かして、新しい流通経路の資金に変えて差し上げるだけです」
私はこれ以上ないほど輝かしい、そして無慈悲な笑顔を浮かべました。
数日後。アステリア王宮。
「……なんだ? 今朝の朝食、パンではなく、この『金の延べ棒』が皿に乗っているのだが……」
レオン殿下が、食堂で首を傾げていました。
「殿下……。商人たちが皆、『殿下が金を買い占めすぎて、小麦を仕入れる資金がなくなった。代わりにこの金を食べてください』と言って、逃げ出しました」
「……なんだと? では、この紅茶は?」
「それも、金粉を溶かした水でございます」
「……ト、トイレの紙はどうした!」
「……金糸で刺繍された、非常にゴワゴワした布しかございません。……殿下、城中の物資が底を尽きました。残っているのは、完成しつつある数千体の『殿下の純金像』だけです」
レオン殿下は、窓の外に並び始めた、自分の顔を模した無数の金ピカ像を眺めました。
「……な、なるほど! アイーナめ、私をこの黄金の城に閉じ込め、自分だけが私の価値を知る世界を作ろうとしているのだな!?」
「……殿下、いい加減にしてください。お腹が空きました」
侍従が力なく椅子に座り込みました。
一方、ヴォルフ公爵邸。
「……アイーナ様! アステリアから続々と物資が届いておりますわ! しかも商人たちが皆、『アイーナ様の決済は迅速で助かる!』と涙を流して喜んでいます!」
マリエル様が、活気に溢れた市場の様子を報告してくれました。
「うふふ、当然ですわ。ビジネスにおいて最も重要なのは『信用』。あのアホ……いえ、殿下には一生かかっても理解できないことですわね」
私は庭に新しく設置された、アステリア直送の最高級カカオを使ったチョコを食べながら、満足げに頷きました。
「アイーナ……貴様は、一国を経済的に麻痺させるのを『掃除』と呼ぶのだな」
ギルバート様が、私の肩を抱き寄せ、少しだけ震える声で笑いました。
「あら、ギルバート様。私はただ、美味しいものを、適切な価格で食べたいだけですわ。……さて、次は殿下が空腹に耐えかねて、どのタイミングで『金ピカ像』を叩き売りに来るか……賭けをしませんこと?」
「……フッ。私が勝ったら、今夜は仕事の話を一切抜きで、二人きりでゆっくり過ごしてもらうぞ」
「……っ。……その賭け、私が負けても、ギルバート様にはメリットしかない気がいたしますけれど?」
私が少しだけ赤くなって目を逸らすと、ギルバート様は満足そうに微笑み、私の耳元で優しく囁いたのでした。
マリエル様が、今度は震える手で大量の羊皮紙を抱えて飛び込んできました。
「まあ、マリエル様。随分と景気がよろしいことですわね。アステリアの経済が回るのは、元・婚約者として喜ばしい限りですわ」
私は優雅にスコーンを頬張りながら、営業用スマイルを崩さずに答えました。
「喜んでいる場合ではありませんわ! 殿下が『アイーナの愛の重さを物理的に証明する』と言って、殿下の等身大純金像を一万体作り、このヴォルフ公爵邸を囲むように配置すると宣言されたのです!」
「……一万体? ギルバート様、これ、庭の地耐力(ちたいりょく)的に大丈夫かしら?」
私が首を傾げると、隣でコーヒーを飲んでいたギルバート様が、ブフッ、と派手に吹き出しました。
「アイーナ……貴様、心配するのはそこか!? 一万体の金ピカ像が我が家を包囲するんだぞ。もはや嫌がらせを通り越して、光害(ひかりがい)だ!」
「おっしゃる通りですわね。それに、一万体もの純金を一度に市場から引き揚げたら、アステリアの通貨価値が暴落してハイパーインフレが起きてしまいますわ」
私はスッと目を細め、手元の手帳に素早く数字を書き込みました。
「……これは、プロとして見過ごせませんわ。殿下の独りよがりな『愛』で、善良な商人や民がパン一つ買えない状況になるなんて。……皆様、大掃除(経済制裁)の時間ですわよ!」
私は立ち上がり、パチンと力強く指を鳴らしました。
「カイルさん! アステリアの全商人ギルドへ、私の『隠し暗号』で一斉送信してください」
「はっ、アイーナ様! どのような内容でしょうか?」
「『現在、アステリア王宮は支払い能力の著しい低下が予測されます。本日より、王宮への全物資の納品を無期限で停止し、在庫はすべて隣国のヴォルフ公爵領へ回してください。……報酬は、私が保証します』と!」
「……アイーナ、貴様。王宮への『兵糧攻め』を仕掛けるつもりか?」
ギルバート様が、戦慄したように尋ねました。
「いいえ、ギルバート様。これは『不当な浪費に対する正当な防衛』ですわ。殿下が金塊を像に変えるなら、私たちはその像を溶かして、新しい流通経路の資金に変えて差し上げるだけです」
私はこれ以上ないほど輝かしい、そして無慈悲な笑顔を浮かべました。
数日後。アステリア王宮。
「……なんだ? 今朝の朝食、パンではなく、この『金の延べ棒』が皿に乗っているのだが……」
レオン殿下が、食堂で首を傾げていました。
「殿下……。商人たちが皆、『殿下が金を買い占めすぎて、小麦を仕入れる資金がなくなった。代わりにこの金を食べてください』と言って、逃げ出しました」
「……なんだと? では、この紅茶は?」
「それも、金粉を溶かした水でございます」
「……ト、トイレの紙はどうした!」
「……金糸で刺繍された、非常にゴワゴワした布しかございません。……殿下、城中の物資が底を尽きました。残っているのは、完成しつつある数千体の『殿下の純金像』だけです」
レオン殿下は、窓の外に並び始めた、自分の顔を模した無数の金ピカ像を眺めました。
「……な、なるほど! アイーナめ、私をこの黄金の城に閉じ込め、自分だけが私の価値を知る世界を作ろうとしているのだな!?」
「……殿下、いい加減にしてください。お腹が空きました」
侍従が力なく椅子に座り込みました。
一方、ヴォルフ公爵邸。
「……アイーナ様! アステリアから続々と物資が届いておりますわ! しかも商人たちが皆、『アイーナ様の決済は迅速で助かる!』と涙を流して喜んでいます!」
マリエル様が、活気に溢れた市場の様子を報告してくれました。
「うふふ、当然ですわ。ビジネスにおいて最も重要なのは『信用』。あのアホ……いえ、殿下には一生かかっても理解できないことですわね」
私は庭に新しく設置された、アステリア直送の最高級カカオを使ったチョコを食べながら、満足げに頷きました。
「アイーナ……貴様は、一国を経済的に麻痺させるのを『掃除』と呼ぶのだな」
ギルバート様が、私の肩を抱き寄せ、少しだけ震える声で笑いました。
「あら、ギルバート様。私はただ、美味しいものを、適切な価格で食べたいだけですわ。……さて、次は殿下が空腹に耐えかねて、どのタイミングで『金ピカ像』を叩き売りに来るか……賭けをしませんこと?」
「……フッ。私が勝ったら、今夜は仕事の話を一切抜きで、二人きりでゆっくり過ごしてもらうぞ」
「……っ。……その賭け、私が負けても、ギルバート様にはメリットしかない気がいたしますけれど?」
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