22 / 28
22
しおりを挟む
「……アイーナ様。あちらの隅で、麻袋を体に巻き付けて震えている物体は、一体どう処理すればよろしいでしょうか?」
開店前の『アイーナ・スマイル・パン店』の厨房。
マリエル様が、ゴミを見るような、あるいは未知の生物を観察するような目で店内の隅を指差しました。
そこには、家宝の黄金鎧を取り上げられ、代わりに穀物用の麻袋をリメイクした粗末な服を着せられたレオン殿下が、ガタガタと震えながら座り込んでいました。
「あら、マリエル様。あれは今日からの『新製品』の広告塔ですわ。……殿下、いつまでそうして丸まっておられるのですか? 営業開始まであと十分ですわよ!」
私は営業用スマイルを「鬼教官モード」で貼り付け、レオン殿下の背中を軽く小突きました。
「……ア、アイーナ。無慈悲だ。私にこのような屈辱的な格好をさせて、挙句の果てに働けと言うのか……。私は王太子だぞ! 民に傅かれることはあっても、パンを売るなど……!」
「あら、傅かれるための『黄金の鎧』をパン一つと交換して脱ぎ捨てたのはどなたでしたかしら? 今のあなたは、ただの『パンを喉に詰まらせかけた、ちょっと顔のいい不審者』ですわ」
私は冷徹に事実を突きつけました。
「いいですか、殿下。アステリアへ帰るための馬車代、そして道中の食費。すべて合わせて金貨十枚が必要ですわ。……一日働けば、銅貨百枚差し上げます。千日も働けば、堂々と帰国できますわよ!」
「せ、千日!? 三枚も年を越せというのか!?」
「嫌なら、そこら辺の溝に溜まっている水でも飲んで生きていくことですわね。……さあ、準備はいいかしら? カイルさん、彼を店頭へ!」
「はっ! 看板息子レオナルド、配置につかせます!」
カイルが強引にレオン殿下の首根っこを掴み、店の入り口にある特設ステージ(お立ち台)へと運びました。
私はそこに、昨日徹夜で書き上げた看板を掲げました。
『期間限定! アステリアから流れてきた「反省中の王子様」が、真心込めてパンをお渡しします。……一回触るごとに、追加料金をいただきますわ』
「なっ……! 私を触り物にするのか!? アイーナ、お前という女は……!」
「あら、殿下。あなたのその無駄に整った顔立ちと、無駄に高いプライド。今ここで活用しなければ、一生の恥をかき捨てる場所がございませんでしょう?」
私が開店のベルを鳴らすと、噂を聞きつけた領民たちが一斉に押し寄せました。
「あら、本当だわ! すごく顔のいい男の人が、麻袋を着て立ってる!」
「『反省中の王子様』だって。面白いわね、パン一つくださいな!」
レオン殿下は最初こそ、真っ赤になって顔を伏せていましたが、領民たちの視線が自分に集中するのを感じると……。
またしても、あの忌まわしい「変換機能」が作動し始めました。
「……ふ、ふふ。なるほど。皆、私の美しさに惹かれて集まってきているのだな。……いいだろう、私の手からパンを受け取れる幸運を噛みしめるがいい!」
レオン殿下が、麻袋を翻して優雅な(つもりの)ポーズを決めました。
「はい、パンだ! 感謝して食べるがいい、我が民よ……あだだっ!」
背後から、マリエル様が容赦なくレオン殿下の頭を叩きました。
「レオン様! 『お買い上げありがとうございます、またのお越しを』と言いなさいと、アイーナ様に教わったでしょう!? 『我が民』なんて言ったら、営業妨害で時給を半分にしますわよ!」
「くっ……! わ、分かった。……お買い上げ、あ、ありが……とうございます。……またのお越しを……」
レオン殿下が、屈辱に震えながら頭を下げました。
その光景を見て、領民たちは大爆笑。
パンは飛ぶように売れ、レオン殿下目当ての行列は町のはずれまで伸びていきました。
「アイーナ。……貴様は本当に、無駄な資源を一つも出さないな」
二階のテラスからその様子を見下ろしていたギルバート様が、呆れたように、しかし誇らしげに笑いました。
「ええ、ギルバート様。殿下の自尊心を削って、パンの売上に変える。……これぞ究極のリサイクルですわ」
「フッ。……だが、彼が有名になればなるほど、アステリアの国王が黙っていないだろう。……そろそろ、本物の『事後処理』が必要になるぞ」
ギルバート様が、私の肩を抱き寄せ、少しだけ真面目な顔をしました。
「分かっておりますわ、ギルバート様。……殿下がここで『反省』という名の営業活動をしている間に、私は国王陛下へ宛てた最終勧告書を準備しておりますもの」
「最終勧告書……?」
「ええ。……『王太子を無傷で返してほしければ、我が領地との永久的な貿易関税の撤廃と、私への慰謝料としての領地譲渡を要求する』……という、ごく常識的なお手紙ですわ」
「…………アイーナ。貴様は本当に、アステリアを骨の髄までしゃぶり尽くすつもりだな」
ギルバート様が声を上げて笑い、私の額にキスをしました。
階下では、レオン殿下が領民に囲まれながら、「アイーナ! 見てくれ、私はこんなに愛されているぞ! やはり私は、君の隣に立つに相応しいカリスマなんだな!」と、全力の勘違い叫びを上げていました。
「……お嬢様。あの方、いつか本気で刺されると思いますわ」
「大丈夫ですわ、マリエル様。彼には『愛』という名の、無敵の精神防護膜がありますもの」
私は営業用スマイルを深め、山のように積み上がった売上の集計作業に戻りました。
自由と、商売と、そしてほんの少しの(?)復讐。
アイーナの隣国生活は、今日も絶好調に加速していくのでした。
開店前の『アイーナ・スマイル・パン店』の厨房。
マリエル様が、ゴミを見るような、あるいは未知の生物を観察するような目で店内の隅を指差しました。
そこには、家宝の黄金鎧を取り上げられ、代わりに穀物用の麻袋をリメイクした粗末な服を着せられたレオン殿下が、ガタガタと震えながら座り込んでいました。
「あら、マリエル様。あれは今日からの『新製品』の広告塔ですわ。……殿下、いつまでそうして丸まっておられるのですか? 営業開始まであと十分ですわよ!」
私は営業用スマイルを「鬼教官モード」で貼り付け、レオン殿下の背中を軽く小突きました。
「……ア、アイーナ。無慈悲だ。私にこのような屈辱的な格好をさせて、挙句の果てに働けと言うのか……。私は王太子だぞ! 民に傅かれることはあっても、パンを売るなど……!」
「あら、傅かれるための『黄金の鎧』をパン一つと交換して脱ぎ捨てたのはどなたでしたかしら? 今のあなたは、ただの『パンを喉に詰まらせかけた、ちょっと顔のいい不審者』ですわ」
私は冷徹に事実を突きつけました。
「いいですか、殿下。アステリアへ帰るための馬車代、そして道中の食費。すべて合わせて金貨十枚が必要ですわ。……一日働けば、銅貨百枚差し上げます。千日も働けば、堂々と帰国できますわよ!」
「せ、千日!? 三枚も年を越せというのか!?」
「嫌なら、そこら辺の溝に溜まっている水でも飲んで生きていくことですわね。……さあ、準備はいいかしら? カイルさん、彼を店頭へ!」
「はっ! 看板息子レオナルド、配置につかせます!」
カイルが強引にレオン殿下の首根っこを掴み、店の入り口にある特設ステージ(お立ち台)へと運びました。
私はそこに、昨日徹夜で書き上げた看板を掲げました。
『期間限定! アステリアから流れてきた「反省中の王子様」が、真心込めてパンをお渡しします。……一回触るごとに、追加料金をいただきますわ』
「なっ……! 私を触り物にするのか!? アイーナ、お前という女は……!」
「あら、殿下。あなたのその無駄に整った顔立ちと、無駄に高いプライド。今ここで活用しなければ、一生の恥をかき捨てる場所がございませんでしょう?」
私が開店のベルを鳴らすと、噂を聞きつけた領民たちが一斉に押し寄せました。
「あら、本当だわ! すごく顔のいい男の人が、麻袋を着て立ってる!」
「『反省中の王子様』だって。面白いわね、パン一つくださいな!」
レオン殿下は最初こそ、真っ赤になって顔を伏せていましたが、領民たちの視線が自分に集中するのを感じると……。
またしても、あの忌まわしい「変換機能」が作動し始めました。
「……ふ、ふふ。なるほど。皆、私の美しさに惹かれて集まってきているのだな。……いいだろう、私の手からパンを受け取れる幸運を噛みしめるがいい!」
レオン殿下が、麻袋を翻して優雅な(つもりの)ポーズを決めました。
「はい、パンだ! 感謝して食べるがいい、我が民よ……あだだっ!」
背後から、マリエル様が容赦なくレオン殿下の頭を叩きました。
「レオン様! 『お買い上げありがとうございます、またのお越しを』と言いなさいと、アイーナ様に教わったでしょう!? 『我が民』なんて言ったら、営業妨害で時給を半分にしますわよ!」
「くっ……! わ、分かった。……お買い上げ、あ、ありが……とうございます。……またのお越しを……」
レオン殿下が、屈辱に震えながら頭を下げました。
その光景を見て、領民たちは大爆笑。
パンは飛ぶように売れ、レオン殿下目当ての行列は町のはずれまで伸びていきました。
「アイーナ。……貴様は本当に、無駄な資源を一つも出さないな」
二階のテラスからその様子を見下ろしていたギルバート様が、呆れたように、しかし誇らしげに笑いました。
「ええ、ギルバート様。殿下の自尊心を削って、パンの売上に変える。……これぞ究極のリサイクルですわ」
「フッ。……だが、彼が有名になればなるほど、アステリアの国王が黙っていないだろう。……そろそろ、本物の『事後処理』が必要になるぞ」
ギルバート様が、私の肩を抱き寄せ、少しだけ真面目な顔をしました。
「分かっておりますわ、ギルバート様。……殿下がここで『反省』という名の営業活動をしている間に、私は国王陛下へ宛てた最終勧告書を準備しておりますもの」
「最終勧告書……?」
「ええ。……『王太子を無傷で返してほしければ、我が領地との永久的な貿易関税の撤廃と、私への慰謝料としての領地譲渡を要求する』……という、ごく常識的なお手紙ですわ」
「…………アイーナ。貴様は本当に、アステリアを骨の髄までしゃぶり尽くすつもりだな」
ギルバート様が声を上げて笑い、私の額にキスをしました。
階下では、レオン殿下が領民に囲まれながら、「アイーナ! 見てくれ、私はこんなに愛されているぞ! やはり私は、君の隣に立つに相応しいカリスマなんだな!」と、全力の勘違い叫びを上げていました。
「……お嬢様。あの方、いつか本気で刺されると思いますわ」
「大丈夫ですわ、マリエル様。彼には『愛』という名の、無敵の精神防護膜がありますもの」
私は営業用スマイルを深め、山のように積み上がった売上の集計作業に戻りました。
自由と、商売と、そしてほんの少しの(?)復讐。
アイーナの隣国生活は、今日も絶好調に加速していくのでした。
2
あなたにおすすめの小説
婚約破棄から50年後
あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。
そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。
私はどうしようもない凡才なので、天才の妹に婚約者の王太子を譲ることにしました
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
フレイザー公爵家の長女フローラは、自ら婚約者のウィリアム王太子に婚約解消を申し入れた。幼馴染でもあるウィリアム王太子は自分の事を嫌い、妹のエレノアの方が婚約者に相応しいと社交界で言いふらしていたからだ。寝食を忘れ、血の滲むほどの努力を重ねても、天才の妹に何一つ敵わないフローラは絶望していたのだ。一日でも早く他国に逃げ出したかったのだ。
王太子殿下から婚約破棄されたのは冷たい私のせいですか?
ねーさん
恋愛
公爵令嬢であるアリシアは王太子殿下と婚約してから十年、王太子妃教育に勤しんで来た。
なのに王太子殿下は男爵令嬢とイチャイチャ…諫めるアリシアを悪者扱い。「アリシア様は殿下に冷たい」なんて男爵令嬢に言われ、結果、婚約は破棄。
王太子妃になるため自由な時間もなく頑張って来たのに、私は駒じゃありません!
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
可愛らしい人
はるきりょう
恋愛
「でも、ライアン様には、エレナ様がいらっしゃるのでは?」
「ああ、エレナね。よく勘違いされるんだけど、エレナとは婚約者でも何でもないんだ。ただの幼馴染み」
「それにあいつはひとりで生きていけるから」
女性ながらに剣術を学ぶエレナは可愛げがないという理由で、ほとんど婚約者同然の幼馴染から捨てられる。
けれど、
「エレナ嬢」
「なんでしょうか?」
「今日の夜会のパートナーはお決まりですか?」
その言葉でパートナー同伴の夜会に招待されていたことを思い出した。いつものとおりライアンと一緒に行くと思っていたので参加の返事を出していたのだ。
「……いいえ」
当日の欠席は著しく評価を下げる。今後、家庭教師として仕事をしていきたいと考えるのであれば、父親か兄に頼んででも行った方がいいだろう。
「よければ僕と一緒に行きませんか?」
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる