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「……アイーナ。今すぐ、あの『動く麻袋』を裏の倉庫へ隠せ。手遅れかもしれんが、私の視神経が限界だ」
ヴォルフ公爵邸の門前に、アステリア王国の重々しい紋章を掲げた馬車が到着した瞬間、ギルバート様が天を仰ぎました。
「あら、ギルバート様。お客様に対して失礼ですわ。あれは我が店の立派な『看板息子レオナルド』。今やこの街の子供たちに大人気のマスコットですのよ?」
私は営業用スマイルを「国家間交渉モード」に切り替え、背筋をピンと伸ばしました。
馬車の扉が開き、現れたのはアステリア国王・フレデリック陛下。
威厳に満ちたそのお顔は、今や疲労と屈辱で土気色に変色していました。
「……アイーナ・ルベル。貴様、よくも、よくも我が息子を……!」
陛下が震える指で指差した先。
そこには、麻袋をまとい、両手にパンの籠を持って「愛の結晶、いかがですかー!」と爽やかに叫ぶレオン殿下の姿がありました。
「あ、父上! 見てください、私はついに自力で銅貨三枚を稼ぎましたぞ! これでアイーナに指輪を買ってやるんだ!」
「…………殺せ。いっそ私を殺してくれ」
国王陛下がその場に膝をつきました。王冠が虚しく石畳に転がります。
「ごきげんよう、陛下。アステリアの看板……いえ、王太子殿下なら、あちらで元気に『社会復帰』の修行中でございます。……さて、陛下。本日は私の送った『最終勧告書』のお返事を持ってきてくださったのかしら?」
私は跪くこともなく、優雅に扇子を広げて微笑みかけました。
「アイーナ……。お前は、どこまで我が国を追い詰めるつもりだ。兵は逃げ、商人はストライキを起こし、挙句の果てに世継ぎが隣国で麻袋を着てパンを売っている。……大陸中の笑いものだぞ!」
「あら、陛下。笑いものになる原因を作ったのは、私を『愛想がいいから扱いやすい』と見くびって、不当に婚約破棄した皆様ではありませんこと?」
私の声に、冷たい刃のような響きが混じります。
「……私はプロです。受けた不当な評価には、正当な『賠償』を求めます。……さあ、陛下。あそこの麻袋を回収して帰りたいのであれば、私が提示した貿易関税の永続的撤廃、および領地譲渡の書類にサインをいただけますかしら?」
「……ぐっ。……それを飲めば、我が国の財政は数十年、貴様に握られることになる……!」
「いいえ、陛下。私に握られるのではなく、私と『共栄』するのですわ。……マリエル様、例の計画書を」
「はい、アイーナ様! アステリア・ヴォルフ共同経済圏・構想図でございます!」
マリエル様が、巨大な地図を広げました。
「陛下。関税をなくせば、アステリアの特産品は隣国を通じて大陸全土へ広がります。……殿下のような無能なリーダーではなく、私の『システム』が国を動かすのです。……陛下にとって、これほど安心な話はないはずですが?」
私は陛下の瞳を真っ直ぐに見つめました。
国王陛下は、しばらくの間、麻袋を振り回して踊る息子と、目の前の美しくも恐ろしい令嬢を交互に見て……。
「…………分かった。サインしよう。……その代わり、アイーナ。一つだけ条件がある」
「あら、何かしら?」
「その息子を、絶対にアステリアへ帰さないでくれ! 頼む、彼をこの国で、パン屋でも何でもいいから一生雇っておいてくれ!」
「「「「えぇぇぇぇ!?」」」」
周囲にいた元・騎士たち、そしてマリエル様の叫びが重なりました。
「陛下、それは困りますわ。我が店のブランドイメージが……」
「金は出す! 国家予算の半分を『レオン更生維持費』として毎年振り込もう! だから頼む、アイーナ! あいつが国にいるだけで、私の寿命が削れるんだ!」
国王陛下が、今度は私の足元に縋り付かんばかりの勢いで懇願しました。
「……アイーナ。どうする? 国家予算の半分、というのは悪くない投資だが」
ギルバート様が、私の腰を引き寄せながら苦笑しました。
「……そうですわね。……いいでしょう。では、殿下には我が公爵邸の『永久・下働き(マスコット枠)』として、終身雇用契約を結ばせていただきますわ」
「おお、恩に着る! アイーナ、お前はやはり我が国の……いや、人類の救世主だ!」
国王陛下は、泣きながら契約書にサインを書き込みました。
こうして、アステリア王国の命運は、一枚の契約書と、一人の「麻袋王子」によって、完全にアイーナの手の内に収まったのでした。
「アイーナー! 聞こえたぞ! 私はついに、君の屋敷に永住を許されたのだな!? これぞ真の婚約、真の愛の成就だーーー!!」
遠くでレオン殿下が歓喜の声を上げていましたが、私は静かに指を鳴らしました。
「カイルさん。殿下の時給を、さらに半分に。……あと、騒がしいので口にパンを詰めておいてくださいな」
「はっ! 特大のフランスパンを、即座に装填いたします!」
私の自由とビジネスは、ついに一国を飲み込む規模へと成長したのでした。
ヴォルフ公爵邸の門前に、アステリア王国の重々しい紋章を掲げた馬車が到着した瞬間、ギルバート様が天を仰ぎました。
「あら、ギルバート様。お客様に対して失礼ですわ。あれは我が店の立派な『看板息子レオナルド』。今やこの街の子供たちに大人気のマスコットですのよ?」
私は営業用スマイルを「国家間交渉モード」に切り替え、背筋をピンと伸ばしました。
馬車の扉が開き、現れたのはアステリア国王・フレデリック陛下。
威厳に満ちたそのお顔は、今や疲労と屈辱で土気色に変色していました。
「……アイーナ・ルベル。貴様、よくも、よくも我が息子を……!」
陛下が震える指で指差した先。
そこには、麻袋をまとい、両手にパンの籠を持って「愛の結晶、いかがですかー!」と爽やかに叫ぶレオン殿下の姿がありました。
「あ、父上! 見てください、私はついに自力で銅貨三枚を稼ぎましたぞ! これでアイーナに指輪を買ってやるんだ!」
「…………殺せ。いっそ私を殺してくれ」
国王陛下がその場に膝をつきました。王冠が虚しく石畳に転がります。
「ごきげんよう、陛下。アステリアの看板……いえ、王太子殿下なら、あちらで元気に『社会復帰』の修行中でございます。……さて、陛下。本日は私の送った『最終勧告書』のお返事を持ってきてくださったのかしら?」
私は跪くこともなく、優雅に扇子を広げて微笑みかけました。
「アイーナ……。お前は、どこまで我が国を追い詰めるつもりだ。兵は逃げ、商人はストライキを起こし、挙句の果てに世継ぎが隣国で麻袋を着てパンを売っている。……大陸中の笑いものだぞ!」
「あら、陛下。笑いものになる原因を作ったのは、私を『愛想がいいから扱いやすい』と見くびって、不当に婚約破棄した皆様ではありませんこと?」
私の声に、冷たい刃のような響きが混じります。
「……私はプロです。受けた不当な評価には、正当な『賠償』を求めます。……さあ、陛下。あそこの麻袋を回収して帰りたいのであれば、私が提示した貿易関税の永続的撤廃、および領地譲渡の書類にサインをいただけますかしら?」
「……ぐっ。……それを飲めば、我が国の財政は数十年、貴様に握られることになる……!」
「いいえ、陛下。私に握られるのではなく、私と『共栄』するのですわ。……マリエル様、例の計画書を」
「はい、アイーナ様! アステリア・ヴォルフ共同経済圏・構想図でございます!」
マリエル様が、巨大な地図を広げました。
「陛下。関税をなくせば、アステリアの特産品は隣国を通じて大陸全土へ広がります。……殿下のような無能なリーダーではなく、私の『システム』が国を動かすのです。……陛下にとって、これほど安心な話はないはずですが?」
私は陛下の瞳を真っ直ぐに見つめました。
国王陛下は、しばらくの間、麻袋を振り回して踊る息子と、目の前の美しくも恐ろしい令嬢を交互に見て……。
「…………分かった。サインしよう。……その代わり、アイーナ。一つだけ条件がある」
「あら、何かしら?」
「その息子を、絶対にアステリアへ帰さないでくれ! 頼む、彼をこの国で、パン屋でも何でもいいから一生雇っておいてくれ!」
「「「「えぇぇぇぇ!?」」」」
周囲にいた元・騎士たち、そしてマリエル様の叫びが重なりました。
「陛下、それは困りますわ。我が店のブランドイメージが……」
「金は出す! 国家予算の半分を『レオン更生維持費』として毎年振り込もう! だから頼む、アイーナ! あいつが国にいるだけで、私の寿命が削れるんだ!」
国王陛下が、今度は私の足元に縋り付かんばかりの勢いで懇願しました。
「……アイーナ。どうする? 国家予算の半分、というのは悪くない投資だが」
ギルバート様が、私の腰を引き寄せながら苦笑しました。
「……そうですわね。……いいでしょう。では、殿下には我が公爵邸の『永久・下働き(マスコット枠)』として、終身雇用契約を結ばせていただきますわ」
「おお、恩に着る! アイーナ、お前はやはり我が国の……いや、人類の救世主だ!」
国王陛下は、泣きながら契約書にサインを書き込みました。
こうして、アステリア王国の命運は、一枚の契約書と、一人の「麻袋王子」によって、完全にアイーナの手の内に収まったのでした。
「アイーナー! 聞こえたぞ! 私はついに、君の屋敷に永住を許されたのだな!? これぞ真の婚約、真の愛の成就だーーー!!」
遠くでレオン殿下が歓喜の声を上げていましたが、私は静かに指を鳴らしました。
「カイルさん。殿下の時給を、さらに半分に。……あと、騒がしいので口にパンを詰めておいてくださいな」
「はっ! 特大のフランスパンを、即座に装填いたします!」
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