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「目標、王都正門。これより『凱旋パレード(という名の殴り込み)』を開始します」
ネリネの号令とともに、北の辺境からやってきた一行は、王都の巨大な石造りの門をくぐった。
ただし、それは数ヶ月前に彼女が逃げるように去った時の、みすぼらしい辻馬車ではない。
先頭を行くのは、漆黒の毛並みが美しい六頭立ての馬車。
車体には、辺境伯家の紋章である「遠吠えする狼」と、ネリネが勝手にデザインした「算盤(そろばん)と扇子」のエンブレムが金箔で描かれている。
護衛には、ビシッと制服(ネリネ考案のスタイリッシュな軍服)を着こなした辺境騎士団の精鋭二十名。
その威圧感と華やかさに、道行く王都の民衆たちは足を止め、目を丸くして見守っていた。
「おい、あれはなんだ?」
「どこの国の王族だ?」
「見ろよ、あの紋章……『北の黒狼』シリウス辺境伯だぞ! あんな怖い人が王都に来るなんて!」
ざわめきが広がる中、馬車の窓が開いた。
そこから顔を出したのは、洗練されたドレスに身を包み、優雅に扇子を仰ぐネリネだ。
「……ふむ。注目度(インプレッション)は上々ですわね」
ネリネは沿道の人々に、まるで女王のような微笑みを向ける。
「私の失脚を噂していた暇人たちに、現実(データ)を突きつけてあげる良い機会です」
「おいネリネ。あまり身を乗り出すな。狙撃されるぞ」
隣に座るシリウスが、心配そうに彼女の肩を引き戻す。
今日の彼は、いつもの鎧姿ではない。
ネリネが王都の一流テーラー(を辺境に呼びつけて)仕立てさせた、深紅の裏地がついた黒のフロックコート姿だ。
鍛え上げられた肉体がスーツの上からでも分かり、その野性味あふれる色気は、王都のひ弱な貴族男性とは一線を画していた。
「キャーッ! 何あの方、素敵!」
「ワイルドだわ! 抱かれたい!」
沿道の女性たちから黄色い悲鳴が上がる。
「……落ち着きなさい、閣下。貴方は今、この国の『ベスト・オブ・イケメン(未発掘)』として市場価値が急上昇中です。堂々としていてください」
「イケメン……? 俺がか? 熊殺しだぞ?」
「『野獣系』というジャンルには一定の需要があります。ニッチな層を独占できますわ」
ネリネは満足げに頷く。
馬車の後方には、もう一台、荷物用の馬車が続いている。
そこには、大量のお土産(北の乙女クリーム、魔獣の毛皮など)と共に、一人の男が体育座りで乗せられていた。
ギデオン王子である。
「……ドナドナ……ド~ナ~……ド~ナ~……」
彼は虚ろな目で歌を口ずさんでいる。
服装は質素な召使いの服。
だが、その体つきは以前とは別人だった。
スクワット一万回と畑仕事で培われた筋肉が服の下で躍動し、顔つきも精悍(やつれているとも言う)になっている。
「ギデオン様、姿勢が悪いです! 荷物が崩れますよ!」
同じ馬車に乗るミモザが、ビシッと注意する。
「は、はい! すみませんミモザ教官!」
王子は反射的に背筋を伸ばした。
完全に調教済みである。
「……素晴らしい。あのバカ王子が、荷物持ちとして機能しています」
ネリネはバックミラー(魔道具)でその様子を確認し、ニヤリとした。
「さて、まずは『ゴミ掃除』から始めましょうか」
「ゴミ掃除? 王城へ行くんじゃないのか?」
「王城への挨拶は後です。先に、私の『実家』との清算を済ませねばなりません」
ネリネの瞳が、冷徹な光を帯びる。
「私の私室に残してきた私物や、母の形見……そして、まだ回収しきれていない『慰謝料の残り』を徴収しに行きます」
***
ベルガモット公爵邸。
かつてネリネが暮らしていたその屋敷は、主人の放漫財政により、どこか薄汚れていた。
「へ、陛下への言い訳はどうすれば……。いや、それより借金取りが……」
ネリネの父、公爵は応接室で頭を抱えていた。
娘が家出し、王子との婚約が破棄され、彼の立場は危うくなっていたのだ。
そこへ、執事が顔面蒼白で飛び込んできた。
「だ、旦那様! 大変です! お嬢様が……ネリネ様が戻られました!」
「なに!? 帰ってきたか! あの親不孝娘め!」
公爵はガバッと立ち上がった。
「しめしめ、金が尽きて泣きついてきたか。これでまた王家にコネができる!」
彼は意気揚々と玄関へ向かった。
「おいネリネ! よく戻ったな! さあ、土下座して謝れ! そうすれば許して……ひぃっ!?」
公爵の言葉は、悲鳴に変わった。
玄関ホールに立っていたのは、泣きじゃくる娘ではなかった。
最高級のドレスを纏い、背後に「漆黒の魔王」のような大男(シリウス)を従えた、完全無欠の支配者(ネリネ)だった。
「ごきげんよう、お父様。相変わらず血色がよろしいですね。高血圧のリスクが高まっていますので、塩分を控えた方がよろしくてよ?」
「き、貴様……その男はなんだ!?」
公爵がシリウスを指差して震える。
シリウスは無言で公爵を見下ろした。
身長差三十センチ。
さらに「熊を素手で殺すオーラ」が漏れ出ている。
「……チッ」
シリウスが小さく舌打ちしただけで、公爵は腰を抜かして尻餅をついた。
「ひぃぃッ! 殺されるぅ!」
「失礼な。彼は私の婚約者、シリウス・グラン辺境伯です。お父様より三倍は高潔で、十倍は稼ぐ男です」
ネリネは公爵の前に立ち、一枚の書類を突きつけた。
「さて、本日は『絶縁状』の正式手続きに参りました」
「ぜ、絶縁……?」
「ええ。以前、金貨三万枚と引き換えに縁を切りましたが、法的な手続きがまだでしたので。ここに署名捺印をお願いします」
「ば、バカを言うな! お前は公爵家の娘だぞ! 政略結婚の駒としてまだ使える……」
「却下します」
ネリネは扇子で公爵の頭をパシッと叩いた。
「私の価値(バリュエーション)を決めるのは私です。不良債権(お父様)にこれ以上投資するつもりはありません」
「ぐぬぬ……」
「それに、署名を渋るなら……」
ネリネは指を鳴らす。
「ミモザ、例のブツを」
「はいっ!」
後ろからミモザが現れ、分厚いファイルを机に置いた。
「これはお父様が過去五年間にわたり、領地の橋の建設予算を横領して愛人に貢いだ証拠書類一式です。これを監査局に提出しても?」
「ぎゃあぁぁぁッ!! やめろ! それだけは!」
「では、サインを」
「します! しますぅぅ!」
公爵は涙目で絶縁状にサインをした。
ネリネはそれを確認し、満足げに懐にしまう。
「契約成立です。これで私は晴れて自由の身、公爵家とは赤の他人です」
そして、シリウスの方を向いてニッコリと笑った。
「お待たせしました、あなた。これで何の憂いもなく、グラン家に入れますわ」
「……お前、本当に容赦ねぇな」
シリウスは苦笑しながら、ネリネの腰に手を回した。
「だが、清々しい。行くぞ、ネリネ」
「ええ」
二人は公爵をゴミのように放置し、屋敷を出て行く。
公爵は呆然とその後ろ姿を見送るしかなかった。
「……なんなんだ、あいつは。本当に私の娘か……?」
屋敷を出たネリネは、王都の空を見上げた。
「第一段階(フェーズ1)完了。次は王城です」
「ああ。国王陛下への挨拶と……いよいよ、あの『婚約発表』だな」
「ええ。明晩の夜会。そこで私たちが主役として躍り出るのです」
ネリネは不敵に笑う。
「王都の貴族たちに、格の違い(スペック差)を見せつけて差し上げましょう。……さあ、戦闘準備(ドレスアップ)ですわよ!」
彼女の瞳は、社交界という戦場を見据えて爛々と輝いていた。
一方、荷物持ちのギデオン王子は、馬車の陰で呟いていた。
「……ねえ、僕の実家(王城)に行くんだよね? やっと帰れるんだよね? ……え、僕だけ使用人枠で入城? 嘘でしょ?」
彼の受難は、まだまだ続くようである。
ネリネの号令とともに、北の辺境からやってきた一行は、王都の巨大な石造りの門をくぐった。
ただし、それは数ヶ月前に彼女が逃げるように去った時の、みすぼらしい辻馬車ではない。
先頭を行くのは、漆黒の毛並みが美しい六頭立ての馬車。
車体には、辺境伯家の紋章である「遠吠えする狼」と、ネリネが勝手にデザインした「算盤(そろばん)と扇子」のエンブレムが金箔で描かれている。
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「見ろよ、あの紋章……『北の黒狼』シリウス辺境伯だぞ! あんな怖い人が王都に来るなんて!」
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「……ふむ。注目度(インプレッション)は上々ですわね」
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「おいネリネ。あまり身を乗り出すな。狙撃されるぞ」
隣に座るシリウスが、心配そうに彼女の肩を引き戻す。
今日の彼は、いつもの鎧姿ではない。
ネリネが王都の一流テーラー(を辺境に呼びつけて)仕立てさせた、深紅の裏地がついた黒のフロックコート姿だ。
鍛え上げられた肉体がスーツの上からでも分かり、その野性味あふれる色気は、王都のひ弱な貴族男性とは一線を画していた。
「キャーッ! 何あの方、素敵!」
「ワイルドだわ! 抱かれたい!」
沿道の女性たちから黄色い悲鳴が上がる。
「……落ち着きなさい、閣下。貴方は今、この国の『ベスト・オブ・イケメン(未発掘)』として市場価値が急上昇中です。堂々としていてください」
「イケメン……? 俺がか? 熊殺しだぞ?」
「『野獣系』というジャンルには一定の需要があります。ニッチな層を独占できますわ」
ネリネは満足げに頷く。
馬車の後方には、もう一台、荷物用の馬車が続いている。
そこには、大量のお土産(北の乙女クリーム、魔獣の毛皮など)と共に、一人の男が体育座りで乗せられていた。
ギデオン王子である。
「……ドナドナ……ド~ナ~……ド~ナ~……」
彼は虚ろな目で歌を口ずさんでいる。
服装は質素な召使いの服。
だが、その体つきは以前とは別人だった。
スクワット一万回と畑仕事で培われた筋肉が服の下で躍動し、顔つきも精悍(やつれているとも言う)になっている。
「ギデオン様、姿勢が悪いです! 荷物が崩れますよ!」
同じ馬車に乗るミモザが、ビシッと注意する。
「は、はい! すみませんミモザ教官!」
王子は反射的に背筋を伸ばした。
完全に調教済みである。
「……素晴らしい。あのバカ王子が、荷物持ちとして機能しています」
ネリネはバックミラー(魔道具)でその様子を確認し、ニヤリとした。
「さて、まずは『ゴミ掃除』から始めましょうか」
「ゴミ掃除? 王城へ行くんじゃないのか?」
「王城への挨拶は後です。先に、私の『実家』との清算を済ませねばなりません」
ネリネの瞳が、冷徹な光を帯びる。
「私の私室に残してきた私物や、母の形見……そして、まだ回収しきれていない『慰謝料の残り』を徴収しに行きます」
***
ベルガモット公爵邸。
かつてネリネが暮らしていたその屋敷は、主人の放漫財政により、どこか薄汚れていた。
「へ、陛下への言い訳はどうすれば……。いや、それより借金取りが……」
ネリネの父、公爵は応接室で頭を抱えていた。
娘が家出し、王子との婚約が破棄され、彼の立場は危うくなっていたのだ。
そこへ、執事が顔面蒼白で飛び込んできた。
「だ、旦那様! 大変です! お嬢様が……ネリネ様が戻られました!」
「なに!? 帰ってきたか! あの親不孝娘め!」
公爵はガバッと立ち上がった。
「しめしめ、金が尽きて泣きついてきたか。これでまた王家にコネができる!」
彼は意気揚々と玄関へ向かった。
「おいネリネ! よく戻ったな! さあ、土下座して謝れ! そうすれば許して……ひぃっ!?」
公爵の言葉は、悲鳴に変わった。
玄関ホールに立っていたのは、泣きじゃくる娘ではなかった。
最高級のドレスを纏い、背後に「漆黒の魔王」のような大男(シリウス)を従えた、完全無欠の支配者(ネリネ)だった。
「ごきげんよう、お父様。相変わらず血色がよろしいですね。高血圧のリスクが高まっていますので、塩分を控えた方がよろしくてよ?」
「き、貴様……その男はなんだ!?」
公爵がシリウスを指差して震える。
シリウスは無言で公爵を見下ろした。
身長差三十センチ。
さらに「熊を素手で殺すオーラ」が漏れ出ている。
「……チッ」
シリウスが小さく舌打ちしただけで、公爵は腰を抜かして尻餅をついた。
「ひぃぃッ! 殺されるぅ!」
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「ば、バカを言うな! お前は公爵家の娘だぞ! 政略結婚の駒としてまだ使える……」
「却下します」
ネリネは扇子で公爵の頭をパシッと叩いた。
「私の価値(バリュエーション)を決めるのは私です。不良債権(お父様)にこれ以上投資するつもりはありません」
「ぐぬぬ……」
「それに、署名を渋るなら……」
ネリネは指を鳴らす。
「ミモザ、例のブツを」
「はいっ!」
後ろからミモザが現れ、分厚いファイルを机に置いた。
「これはお父様が過去五年間にわたり、領地の橋の建設予算を横領して愛人に貢いだ証拠書類一式です。これを監査局に提出しても?」
「ぎゃあぁぁぁッ!! やめろ! それだけは!」
「では、サインを」
「します! しますぅぅ!」
公爵は涙目で絶縁状にサインをした。
ネリネはそれを確認し、満足げに懐にしまう。
「契約成立です。これで私は晴れて自由の身、公爵家とは赤の他人です」
そして、シリウスの方を向いてニッコリと笑った。
「お待たせしました、あなた。これで何の憂いもなく、グラン家に入れますわ」
「……お前、本当に容赦ねぇな」
シリウスは苦笑しながら、ネリネの腰に手を回した。
「だが、清々しい。行くぞ、ネリネ」
「ええ」
二人は公爵をゴミのように放置し、屋敷を出て行く。
公爵は呆然とその後ろ姿を見送るしかなかった。
「……なんなんだ、あいつは。本当に私の娘か……?」
屋敷を出たネリネは、王都の空を見上げた。
「第一段階(フェーズ1)完了。次は王城です」
「ああ。国王陛下への挨拶と……いよいよ、あの『婚約発表』だな」
「ええ。明晩の夜会。そこで私たちが主役として躍り出るのです」
ネリネは不敵に笑う。
「王都の貴族たちに、格の違い(スペック差)を見せつけて差し上げましょう。……さあ、戦闘準備(ドレスアップ)ですわよ!」
彼女の瞳は、社交界という戦場を見据えて爛々と輝いていた。
一方、荷物持ちのギデオン王子は、馬車の陰で呟いていた。
「……ねえ、僕の実家(王城)に行くんだよね? やっと帰れるんだよね? ……え、僕だけ使用人枠で入城? 嘘でしょ?」
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