婚約破棄、取り消せませんわよ?

黒猫かの

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「……却下します。却下、却下、これも却下です」

結婚式を三日後に控えた辺境伯邸の応接室。

ネリネは、山のように積み上げられた「結婚式プラン」の資料を、次々とゴミ箱へダンクシュートしていた。

「ええーっ!? なんでですかネリネ様! そのフリル付きのテーブルクロス、可愛いじゃないですか!」

ミモザがゴミ箱から資料を拾い上げ、涙目で抗議する。

彼女は今回、自ら立候補して「ウェディング・プランナー」に就任していた。

「可愛い? 主観的な評価指標ですね。問題なのは機能性です」

ネリネは電卓を叩きながら説明する。

「このフリルは長すぎます。騎士たちが足を取られて転倒するリスクが三〇%増加。さらに、ソースが跳ねた際のクリーニング費用が通常の三倍。コストパフォーマンスが悪すぎます」

「でもぉ! 一生に一度の晴れ舞台ですよ!? 少しくらい無駄があってもいいじゃないですか!」

「無駄は罪です。私の結婚式は、領地の財政黒字化記念式典も兼ねているのですから、赤字を出すわけにはいきません」

ネリネは頑として譲らない。

彼女が目指すのは『筋肉質で高効率な結婚式』。

対して、ミモザ(と乙女回路が発動した騎士たち)が目指すのは『夢と魔法のロイヤルウェディング』。

両者の溝は、マリアナ海溝より深かった。

「次、ドレスのデザインについてです」

ネリネは一枚の設計図(デザイン画ではない)を広げた。

「私が考案した『タクティカル・ウェディングドレス』です」

「……たくてぃかる?」

ミモザが図面を覗き込む。

そこには、純白のドレス……のように見える何かが描かれていた。

・スカート内部に投げナイフホルダーを装備
・コルセットは防刃素材(ケブラー繊維的なもの)を使用
・ヒールのかかとに緊急脱出用スモーク噴射装置を内蔵
・ブーケは鉄製(鈍器として使用可)

「……あの、ネリネ様。これから戦場に行かれるのですか?」

「結婚式場という名の戦場です。いつ王都の刺客や、嫉妬に狂った元貴族が現れるか分かりません。花嫁といえど、自衛能力(セルフディフェンス)は必須です」

「嫌ですぅぅッ! こんな殺伐とした花嫁見たことない! もっとふわふわでキラキラなのがいいんですぅ!」

ミモザが床に転がって駄々をこねる。

そこへ、ドスン、ドスンと重い足音が響いた。

「おう、ネリネ。ドレスの打ち合わせか?」

現れたのは新郎、シリウスだ。

彼はなぜか、全身泥だらけで、肩に巨大な角を持つ『ホワイト・エルク(大鹿)』を担いでいた。

「あら、あなた。それは?」

「メインディッシュだ。こいつの肉は最高に美味いんだが、滅多に獲れなくてな。……お前のために、山を三つ越えて捕まえてきた」

シリウスは自慢げに獲物を床に置く(絨毯が汚れるが、ネリネは目を瞑った)。

「素晴らしい! 推定重量三〇〇キロ。これならゲスト全員に行き渡りますわね。原価ゼロでの食材調達、感謝します」

「へへっ、任せとけ。……で、ドレスはどうなった?」

シリウスが図面を覗き込む。

「……ん? なんだこの『対人地雷内蔵パニエ』って」

「万が一、不審者がスカートの中に潜り込んだ際の迎撃用です」

「いらねぇよ! そんな奴がいたら俺が叩き斬る!」

シリウスが即座に却下した。

「ネリネ。俺はな、お前のその……強くて合理的なところも好きだが」

彼は少し照れくさそうに、泥だらけの手を服で拭ってから、ネリネの頬に触れた。

「結婚式の時くらい、ただの『可愛い女の子』でいてくれても、バチは当たらんと思うぞ」

「……可愛い、ですか」

「ああ。武器なんか隠さなくても、俺が守る。だから、その……ミモザの言うような、ふわふわしたやつ? それを着てるお前も見てみたい」

シリウスの直球なリクエスト。

ネリネの頬が、カァッと赤くなる。

計算高い彼女も、最愛のパートナーからの「可愛いのが見たい」というオーダーには弱かった。

「……顧客(あなた)の要望とあれば、仕様変更もやむを得ませんわね」

ネリネは咳払いをして、ミモザに向き直った。

「ミモザ様。先ほどのタクティカル仕様は凍結します。……貴女の推奨する『ロイヤル・フワフワ・プラン』を採用します」

「やったぁぁぁ! 勝ちましたぁ!」

ミモザがガッツポーズをする。

「ただし! 動きやすさは確保すること! 緊急時に走れないドレスは納品不可です!」

「善処します!」

こうして、ドレス問題はシリウスの一言で解決した。

だが、トラブルはこれで終わりではない。

「閣下ー! 大変だー! チャペルが!」

騎士の一人が飛び込んできた。

「どうした!」

「飾り付けをしてたんだが、ボルグ副団長が張り切りすぎて……!」

三人が慌てて屋敷の隣にある小さな教会へ向かうと、そこはカオスなことになっていた。

「うおおお! もっとだ! もっと派手にしろ!」

ボルグが叫びながら、祭壇に『熊の剥製』を飾り、壁には『交差した斧と剣』を掛け、バージンロードには『赤い絨毯』ではなく『魔獣の毛皮』を敷き詰めていた。

「……野蛮です」

ネリネが絶句する。

「これでは結婚式場ではなく、山賊の宴会場か、邪神の召喚儀式場ですわ」

「す、すまん……俺たちのセンスだと、これが精一杯の『豪華』で……」

シリウスが頭を抱える。

騎士たちは悪気がないのだ。彼らにとって「強い=カッコいい=めでたい」という図式しかない。

「撤去です! 直ちに全て撤去! 剥製と武器を片付けなさい!」

「ええ~っ!? せっかく熊にリボンつけたのに……」

しょんぼりする騎士たち。

ネリネはため息をついたが、ふと彼らの手元を見て目が止まった。

彼らが持っているのは、森で採ってきた花や、不器用に編まれた草の輪飾り。

「……待ちなさい」

ネリネはボルグが持っていた、歪な形の花冠を手に取った。

「これは?」

「あ、いや、ポポと手分けして作ったんだが……売り物みたいに綺麗じゃねぇから、捨てようかと……」

「捨ててはいけません」

ネリネは花冠の匂いを嗅ぐ。

野の花の、素朴で優しい香りがした。

王都の温室育ちの薔薇にはない、生命力あふれる香りだ。

「……プロの仕事ではありません。左右非対称ですし、配色バランスもバラバラです」

ネリネの辛口評価に、ボルグたちが肩を落とす。

「ですが」

ネリネは花冠を自分の頭に乗せた。

「この『手作り感(ハンドメイド)』は、プライスレスな価値があります。市場では買えない一点物です」

彼女はニッコリと微笑む。

「採用します。武器と剥製は撤去ですが、この花飾りは全面的に使用してください。壁も、椅子も、この花で埋め尽くすのです」

「ね、ネリネ様……!」

「いいんですか? 王都からお客さんも来るのに……」

「構いません。ここは辺境です。王都の真似事をする必要はありません。私たちのやり方で、最高のおもてなし(ホスピタリティ)を見せつけるのです!」

「うおおおおッ! 姉さん一生ついていくッス!」

騎士たちが歓声を上げ、再び作業に取り掛かる。

今度は武器ではなく、花と緑で溢れる、温かい会場作りへと方向転換された。

「……お前、いい奥さんになるな」

シリウスが隣で呟く。

「当然です。私はいつだって、最適解(ベストソリューション)を導き出す女ですから」

ネリネは胸を張る。

しかし、その手はしっかりとシリウスの腕を掴んでいた。

準備はドタバタだ。

ドレスの採寸はギリギリ、料理のメニューは熊肉のステーキに決定(ネリネ特製ソース添え)、招待客リストには「国王」の文字。

何もかもが規格外で、前例がない。

だが、屋敷中の誰もが笑顔で走り回っている。

「……悪くありませんね、こういう『非効率な』忙しさも」

ネリネは夕日に染まるチャペルを見上げ、明日の晴れ舞台に思いを馳せた。

計算高い悪役令嬢が迎える、計算外だらけの結婚式。

それが、どんな素晴らしい一日になるかは、もはやシミュレーションするまでもなかった。
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